2023/7/31

【新潮流】「レジリエンス」がビジネスのスタンダードになる

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 社内コミュニケーション、進捗管理、データ共有──。今や多くの業務をITツールやSaaSに頼る時代になった。
 社内サーバとパブリッククラウドの併用も当たり前となり、ChatGPTをはじめとするAIのビジネス活用も広がっている。
 現場からは「増え続けるITツールや複雑化する社内システムを理解するのに精一杯」という声も聞こえてくるが、事業成長を目指すにあたってビジネスのデジタル化はもはや避けて通れない。
 一方で、その複雑さによって現場が生産性を落とすケースが出てきているほか、システムインシデントが発生した時のダメージもかつてないほど大きくなっている。
 こうした現状に対し、経営層や組織のリーダーたちは何から手をつければよいのか。
「いま意思決定者がやるべきことは、組織のデジタル環境とデータを可視化することです
 そう語るのはSplunk Services Japan合同会社社長の野村健氏だ。
「Splunk」とは世界中の大手企業が導入している統合データプラットフォームのこと。
 Splunkを通じて企業のDXを支援する野村氏に、組織のデジタル環境が複雑化する時代に求められるマネジメントのあり方を聞いた。
慶應義塾大学経済学部卒業。1999年日本アイ・ビー・エム株式会社でキャリアをスタート。2013年マカフィー株式会社入社。通信・メディアおよび運輸・旅行業界の営業部長を務める。2015年シニアセールスマネージャーとしてSplunkに入社。上級職を歴任し、大規模な顧客獲得にチームを導く。その後、エリアヴァイスプレジデント兼ストラテジックセールスの責任者としてセールスチームを指揮し、顧客および協業先との強固な関係を構築。2021年より現職。日本国内におけるビジネス開発、Go-To-Market戦略の策定、営業統括を担う。

加速する組織のサイロ化。デジタル化の功罪

 現在、あらゆる組織は複雑なデジタルの網の中にある。
 部門ごとにITインフラが増設され、SaaSやITツールが乱立。組織のサイロ化も加速している。
「社内システムが複雑化する要因の一つは、旧来のシステムを受け継ぐことです。一定の歴史を持つ企業の場合、仮に現行ビジネスに最適なITシステムがあっても、全面的な刷新はせず、レガシーなシステムと新たなシステムを組み合わせるのが一般的です。それによって、それぞれのシステムの管理者や組織が必要になる。結果として組織はサイロ化し、社内システムも複雑化していきます」(野村氏、以下同)
 他にもトライアルで始めた小さな事業が成長し、ITシステムが大幅に増えるケースもある。
 各種の事情によって複雑化が進み、「もはや人の管理能力を超えている」と野村氏は語る。
「Splunk」は、そんな迷宮と化した組織のデジタル環境を見える化し、データを整備するプラットフォームだ。
 その特徴は、「マシンデータ(※)の一元化」と「用途に応じて最適化されたグラフィカルなUI」の2点にある。
※コンピュータやサーバ、モバイル端末など、あらゆる機器から出力されている各種のデータ
 まずは組織内のあらゆるデジタルシステムのログ(利用履歴や記録)をプラットフォーム(=Splunk)に取り込み、一つのデータ群に自動成形する。
 つまり、組織で活用するデジタルシステムに残されたあらゆる記録がSplunkプラットフォームに集まり、知りたい情報はそれを見れば一目瞭然という状態になる。
 取り込んだログやデータはSplunk上で検索が可能だ。
 7月には新機能として生成AIを活用した新たなアプリケーションが発表され、ユーザーはチャット機能を使用してSplunkを操作し検索することができる。
 ユーザーはSplunkに取り込んだデータ群から必要なデータのみを取り出し、ダッシュボード上に表示することもできる。
 ダッシュボードはIT、セキュリティ、営業、マーケティング、商品企画、生産管理など、部門のニーズごとにカスタマイズすることが可能だ。
「IT部門長であればシステムの異常や不審なアクセス、経営者であれば目標と現状の差分、チームマネジャであれば勤怠状況やプロジェクトの進捗など、部門ごとに見たいデータは異なります。Splunkはそれぞれの部門に必要なデータを直感的に把握しやすい仕様で表現します」(同)

デジタル化の加速で増大するインシデントリスク

 現在、国内外の大手企業がSplunkを導入している。その背景にあるのは、システム障害やサイバー攻撃のリスクだ。
 例えば今年6月、国内の交通系モバイル決済の大規模なシステム障害が二度発生し、チャージができなくなるなどサービスの一部が利用できなくなった。
 一度目の障害は電源工事のミスが原因だったが、二度目は外部の決済プラットフォーム側のシステムトラブルが誘発したものだった。
 しかし、「システム障害」の報道を目にして鉄道会社のミスと思い込んだ人もいただろう。鉄道会社からすれば風評被害と言える。
whitebalance.oatt / iStock
 製造ラインやサービスの停止に伴う経済損失を最小限に抑え、想定外の風評被害やユーザーの不便を防ぐためにも原因の素早い特定が必要だが、それを阻むのが組織のサイロ化だ。
 組織内でシステムにかかわる部門や担当者は増加、分散傾向にあり、それぞれが自部門のこと以外ほとんど把握していない。
 それゆえ疑わしい部門を一つひとつ潰していく、という作業が発生し、原因究明に多大な時間を費やしてしまう。
 加えて、他社とのデータ連携をはじめ、組織の外にもネットワークが広がっていることが状況確認をさらに難しくさせている。
 だからこそあらゆるデータを一元管理し、最新の状況を誰もが瞬時にわかるようにしておくことは、インシデント対策として欠かせないという。
「システム障害・サイバー攻撃によるシステム停止は、いつか発生してしまうという前提で、全社のデジタル環境を可視化し、迅速な状況把握と分析を行い、ビジネスを元の状態に戻す能力、すなわち『レジリエンス』を強化することが、現代の組織には不可欠です。
 全てを可視化しておけば、トラブルの発生要因が自社にあるのか他社にあるのかもすぐにわかります」(同)

「レジリエンス」が企業を成長させる

「レジリエンス(Resilience)」は「回復力」「復元力」の意味を持つ。
 近年ではシステム障害を検知し、迅速に対策を講じてダウンタイム(システムが停止する時間)を最小限に食い止める「デジタルレジリエンス」が、ビジネスシーンで注目を集めている。
「先が読みにくい昨今、困難が発生した際に、しなやかに乗り越えて、そこから回復する力が、ビジネスでは大変重要になります。それがレジリエンスです」(同)
 マイナスをゼロに戻す力、回復するための力ということから、「レジリエンス=防衛」と受け止める人も多いだろう。
 だが、企業がレジリエンスを強化する効果は、守りに限定されるものではない、と野村氏は言う。
 例えば、それまで時間をかけて捉えていた顧客ニーズの変化をリアルタイムに察知し、需要の高い商品をクイックに投入して売上向上につなげるなど、成功要因を瞬時に特定するといったことも可能になる。
 Splunkはそれを実行するためのプラットフォームというわけだ。
「Splunkを活用し、ビジネスの拡大やサービス向上を実現している企業様はたくさんいらっしゃいます。当社グループの調査では、レジリエンスを高めることがビジネス成長につながることを示す結果も出ています」(同)
 近年ではステークホルダーがESGを重視することから、サステナブル経営(※)や人的資本経営の優先度が高まっている。それらの領域にもSplunkは貢献する。
※環境・社会・経済の観点から、自社と社会が共存し、それぞれが持続可能な状態を実現していくことを目指す経営スタイル
 例えば上図で取り上げたSCSK社は、従業員の労働状況の正確な把握に課題を持っていた。
 同社は全社的なリモートワークを導入して以降、勤怠システムの打刻時間やオフィスルームへの入退室データだけでなく、社外(自宅)から社内システムにアクセスするためにVPNを接続した時間も勤怠管理情報に加え、それらのデータを突き合わせるデータ基盤としてSplunkを導入した。
 導入と同時に、従業員は業務終了時に勤怠情報を入力し、VPNをログアウトするルールを徹底。打刻時間とVPNによるリモートアクセス時間に一定のズレが生じた時にはアラートを通知する仕組みを整えた。
 この働き方改革により、SCSK社ではより正確な勤怠状況の把握や従業員の健康管理が可能になったという。
lechatnoir / iSotck
「SCSK社の事例は、社内システムへのアクセスデータが社員の勤務状況を捉えることにも使えることを示しています。
 例えばリモートワークを導入している会社で、多くの社員が活発にコミュニケーションを取っている中、特定の人としかビデオ会議をやっていない社員がいれば、《社内で孤立しているのかもしれない》といったことが見えてくるわけです。
 この事例はセキュリティ部門のデータが人事部に大きな気づきを与えることを示唆しています。
 ログをSplunkで一元管理し、組織横断的に共有することで、用途が限定されていた情報に新たな価値が見いだされる。これがSplunkの真価と考えます」(同)
 取得したデータの活用範囲をセキュリティ、ITの可視化、人材活用に広げていくことで、一石二鳥、一石三鳥を実現し、ビジネスを加速させていく。
 これが野村氏が提言するこれからの経営のあり方だ。
 それが可能な組織体制、すなわち組織の現状を素早く把握し、然るべきアクションを起こせるレジリエンスを備えた体制を、経営層がリーダーシップを取って築くことが大事だという。
「ヨーロッパでは『レジリエンスリーダー』というポジションが生まれるなど、組織のレジリエンス強化を担う人材の育成が進んでいます。
 15年前《クラウド》という言葉が出てきた時、怪訝な顔をする人はたくさんいましたが、今日では常識になりました。それと同様に、《レジリエンス》は既にグローバルではスタンダードな概念になりつつあり、日本にも近い将来その波が訪れるでしょう。
 今日のリーダーにとって「ビジネスの可視化」は最重要の経営課題です。そこに真正面から取り組み、レジリエンスの強化に突き進む時、Splunkは大きな力を発揮します」(同)