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問題児のギリシャとロシアを捌く辣腕

「傲慢」とも「日和見」とも違う、メルケル流のケンカの作法

2015/3/11
Weekly Briefingでは毎日、ビジネス・経済、メディア・コンテンツ、ワークスタイル、デザイン、スポーツ、中国・アジアなど分野別に、この1週間の注目ニュースをピックアップ。Weekly Briefing(ワールド編)では、世界で話題になっているこの1週間の読むべきニュースを各国のメディアからピックアップします。

3月9日、ドイツのAngela Merkel(アンゲラ・メルケル)首相が来日した。メルケル首相は安倍晋三総理と会談し、日本は脱原発するべきであり、軍事侵略の歴史を直視するべきだと持論を展開した。

日本は戦前から、政治・経済などにおいて、ドイツの影響を受けてきた。だが、日本人はどこまでメルケル首相のことを理解しているだろうか。

今回のWorld Briefingでは、メルケル首相率いるドイツの現在の課題について、ドイツの視点からお伝えする。

周知の事実だが、ドイツは欧州最強の経済大国だ。

だが実は最近のドイツは、「it’s hard to be Germany(“ドイツでいる”ことは難しい)」という悩みを抱えている。それは、現在ドイツは二つの“戦線”で激しく闘っているからだ。

一つ目は、メルケル首相が西側首脳陣に、ロシアのプーチン大統領とのウクライナ問題などを含む交渉責任者としての役割を押し付けられていること。二つ目は、この3年間に渡り、ドイツが苦心してつくった欧州連合(EU)の破綻国家の救済制度について、ギリシャが変更を希望していることだ。このような“ハードな戦い”が続く中、ドイツは欧州内の過激な右派や左派からの激しい批判に対して、忍耐強く、ぶれない政策を貫いている。

メルケル首相の“アキレス腱“は経済だ。その弓矢はどこから来るのだろうか?(Peter Schrank, the Economist)

メルケル首相の“アキレス腱“は経済だ。その弓矢はどこから来るのだろうか?(Peter Schrank, the Economist)

Pick 1:ウクライナ危機対応で、ロシアとアメリカの板挟みにあうメルケル

From The Telegraph and RT.

ウクライナ危機に関して、メルケル首相の姿勢はつねに“曖昧”なように見える。当初、彼女はロシアに対する経済制裁の慎重派であり、クリミア合併に際しても、アメリカが主張する「プーチン大統領やその取り巻きに対する経済制裁」に対して慎重だった。

しかし、それは「マレーシア航空17便撃墜事件」後、完全に変わった。メルケル首相は、プーチン政権の体力を低下させる長期戦略の担い手として、経済制裁の擁護者になった。

一方、プーチン大統領は、メルケル首相に面と向かって、東ウクライナの分離主義の反逆者を支援しないと嘘をつきながら、実際には支援を強化した。これにより、両者の関係はますます上辺だけの関係になった。

さらにメルケル首相は、アメリカがウクライナに武器を供給しようとしたことを潜在的な危険とみなし、2月に開かれた、ウクライナ、ロシア、フランスの首脳と会議の場で、ウクライナ停戦合意を結んだ。

メルケル首相の行動は、政治的駆け引きが多いように見える。彼女は、プーチン大統領から何度踏みにじられようとも、中立やフェアネスを重視する価値観と、欧州にウクライナ問題が飛び火しないようにする実利との間で、葛藤しているようだ。

こうした彼女の煮えきらない行動は、ロシアからもアメリカからも矢継ぎ早に非難を浴びた。例えば、ロシアの大手メディア「RT」によると、ロシア国会内で超国家主義者の政治家は、ドイツに第2次世界大戦の賠償を要求している

さらに、アメリカの上院議員John McCain(ジョン・マケイン)氏は、メルケル首相はまるで1930年代にナチス・ドイツがヨーロッパに侵入した際に宥和(ゆうわ)政策を取った連合軍のようだと非難した。マケイン氏は「独裁者に少しでも譲歩すると、彼らはつけあがり、さらに要求を強める。それは歴史が証明している」とイギリスのメディアThe Telegraphに語っている。つまり、彼女はロシアに甘すぎるというわけだ。

Chancellor Merkel speaks with Japanese PM Shinzo Abe in Tokyo. (Aflo/Reuters)

Chancellor Merkel speaks with Japanese PM Shinzo Abe in Tokyo. (Aflo/Reuters)

Pick 2:「ウクライナがロシアと戦争したら、絶対負ける」と発言

From The Telegraph.

上記のように、メルケル首相の外交政策は一見辻褄が合わない。だが、実はこれは彼女流の戦術だ。メルケル首相は、緊張高まるロシアとアメリカの間をうまく“遊泳”し、EUにとって最もコストの低い解決策を粘り強く模索している。

彼女は、プーチン大統領が“ソ連時代的なもの”を再形成しようとする野心を決して受け入れない。かといって、アメリカの遠まわしな挑発行為も支持しない。

The Telegraph」によると、2月のミュンヘンで開催された安全保障会議で、メルケル首相はウクライナのポロシェンコ大統領の目を見ながらこう言ったという。

「率直に言って、たとえウクライナの軍隊が最新鋭の武器を手に入れたとしても、プーチン大統領が軍事的脅威を感じるとは思えない。現実をみなさい」

アメリカにどのような強力な武器を提供されても、ロシアとの戦争に勝つことはできないと面と向かって言える西側首脳陣は、世界広しといえど、メルケル首相くらいなものだろう。

Pick 3:問題児ギリシャの“ゆすり”にも動じない独財務相

From The Guardian and Fortune.

メルケル首相率いるドイツは、ギリシャ問題にも、ウクライナ問題と同じく、ぶれない政策を貫く。Wolfgang Schäuble(ヴォルフガング・ショイブル)財務相は、ギリシャが再三にわたりドイツに財政援助を求めても、ほとんど譲歩しない。

例えば2月、ギリシャのAlexis Tsipras(アレキシス・ツィプラス)首相がナチス・ドイツの戦争犯罪で受けた被害の損害賠償を求め、「ドイツには倫理的な義務、歴史的な義務がある」と語ったが、ショイブル財務相はこれをまったく相手にしなかった(イギリスのメディア「The Guardian」より)。

そもそも、ドイツ人にとって、「頑固さ」はバリュー(価値観)の源泉だ。

昨年、ドイツは財政収支均衡を40年以上ぶりに達成した。これは、予定より一年早い達成だ。しかも、ほぼゼロ成長にもかかわらず、税収は増加しており、失業率(6.5%)も低下しつつある。財政健全化が進んだからだ。

この成功から、ドイツはギリシャなどの債務超過国に財政を健全化するよう働きかけている。だが、ドイツが実行した改革は国民に勤労と献身を要求するものだ。多くのドイツ人は、「ギリシャに同じような献身を求めるのは難しい」と半ば諦め顔だ。

一方で、ドイツはギリシャ問題などEU全体の経済問題に対し、現実的な譲歩を受け入れつつある。例えば、ドイツは欧州中央銀行(ECB)の金融緩和策に「懐疑的だ」と言いながらも、その声に屈した。

その理由を深読みすると、ドイツ経済にとってEUの金融緩和は実は追い風だからだ。なぜなら、ドイツ以外のEUの国がこの金融緩和で時間を稼ぎ、経済改革を先送りしている間に、輸出大国のドイツは、金融緩和により輸出コストが下がることで、かえって得をする。

こうしたドイツの政策面での的確なリスク管理は、欧州人にとって少しも不思議はない。通常、ドイツは、ある政策が行き詰まるまでは、保守的な価値観を主張する。だが、その政策が完全に行き詰まると、その価値観と少しだけ異なるが、正反対にまではならない改良案の策定に心血を注ぐ。しかも、その次の改良案までをも見据えている。つまり、ドイツ流の政治は、ある程度は柔軟であるが、決して常識からは外れない。

メルケル氏の新たなリーダーシップ・スタイルは、臆面もなく主導権を握りたがるワシントンとも、油断も隙もない日和見主義のモスクワとも全く違う。もし、メルケル氏がギリシャとウクライナの問題を解決できれば、ドイツは世界の過激な政治衝動を抑える中立大国として、ますます存在感を発揮するだろう。