2023/7/26

【変革】日本の脱炭素を、「見える化」から急加速させる

NewsPicks Brand Design Editor
 日本政府のカーボンニュートラル宣言から3年。CO2排出量の可視化や削減貢献の取り組みが、いよいよ企業価値やビジネスの方針に影響し始めた。
 グローバルから日本へ、大企業から中小企業へと、ビジネスのサプライチェーンを通して「脱炭素」の波は広がっていく。
 だが、CO2排出量の算出管理は煩雑で、排出量を計算できても、どう削減すればよいのかと途方に暮れる担当者も多い。
 そうしたなか、電気代やガス代などの請求書をアップロードするだけで自社のCO2排出量を可視化し、その先の削減に向けたプロセスまで請け負うのが、総合商社大手・三井物産の子会社である「e-dash」だ。
 総合商社発のスタートアップは、気候変動対策にまつわる企業課題をどう捉えたのか。CO2排出量可視化の先に見据える事業の姿とは?
 e-dash代表取締役社長の山崎冬馬氏と、三井物産の生澤一哲氏に聞いた。
INDEX
  • 脱炭素は「全員参加」で成し遂げる
  • なぜ「脱炭素」が経営課題なのか
  • 可視化から報告まで、全部できます
  • 着想は、シリコンバレー
  • 「スタートアップ」をつくった理由
  • 脱炭素の「ハブ」になる

脱炭素は「全員参加」で成し遂げる

山崎 2020年10月、日本政府によるカーボンニュートラル宣言を転機に、CO2排出量削減への取り組みが一気に加速しました。
 政府や自治体だけでなく企業や投資家もより一層、脱炭素を重視するようになっています。
 そうしたなかで、多くの企業は脱炭素へ向かう具体的な道筋が見えず、苦慮している状況があります。
 2050年のカーボンニュートラルは一部の業種や大企業だけで解消できる課題ではありません。たとえ1社あたりのインパクトが小さくとも、中小企業も含め、あらゆる企業がCO2排出量を削減していかなければとても実現できない。
 脱炭素に本気で挑むなら、社会全体で取り組む必要があります。
 そのときに、自分たちがどれだけCO2を排出しているかが見えていなければ、削減計画も立てられません。有効なアクションを検討し、目標を立てて評価することもできないのです。
 私たちはまずCO2排出量を可視化することから、企業の事業戦略、成長戦略としての脱炭素を加速させようとしています。

なぜ「脱炭素」が経営課題なのか

生澤 これまで環境への取り組みはCSR(企業の社会的責任)活動の一環として捉えられてきましたが、いまや脱炭素への取り組みが、そのまま企業評価や取り引きの成否に直結する流れが加速しています。
 日本国内の場合、2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂により、現在の東証プライム市場への上場企業は、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)や、それと同等の国際的な枠組みに基づいて、気候変動への取り組みを開示するよう、半ば義務づけられるようになりました。
 これにより企業の意識は、ますます高まっています。
 東証では、「Comply or Explain(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」という考え方を重視しています。つまり、やらないのであれば、その理由を説明しないといけない。
 こうした動きは、もはや一部の国や大企業だけにとどまりません。
 たとえばAppleは、2030年までにすべての自社製品をカーボンニュートラルにする目標を掲げており、サプライヤーに対しては、Apple製品の製造に関わるエネルギーをすべて再エネへ切り替えるよう要請しています。
 すでに2023年4月までに、28カ国、250社以上のサプライヤーがこの要請に対応すると確約しました。
 こうした、いわゆるScope 3(サプライチェーン全体での温室効果ガス排出量)の対策は、日本企業でも本格化しています。
山崎 いまや脱炭素は、「取り組むか否か」ではなく「どう取り組むか」という経営課題です。
 たとえば、「これまではCO2を100トン排出してきたけれど、再エネ由来のエネルギーに転換したことで10トンの削減に貢献しました」と、具体的な数値や方法を示す必要があるわけです。
 サプライチェーン全体での排出量削減は、一朝一夕には実現できません。
 大企業がScope 3のCO2排出量を精緻に把握するには、サプライヤーの1次データが必要になるため、川下企業は川上のサプライヤーに対して排出量の開示を要請します。要請を受けたサプライヤーは、自社排出量の開示と削減貢献に着手する。そして、さらに川上のサプライヤーに要請し……と、産業全体に波及していきます。
 この不可逆な流れによって、中小企業を含むあらゆる企業が「自社はどれだけCO2を排出しているか」、そして「いかにして削減するか」を考えることが求められているのです。

可視化から報告まで、全部できます

──しかし、どうやって可視化すればいいかわからない企業や、取り組む余裕がないと敬遠する企業もありそうです。
山崎 おっしゃるとおり、脱炭素への取り組みは、その一連の流れが「煩雑」であることが企業の大きな障壁になってきました。
 たとえば、企業が電力の使用によるCO2排出量を算出するには、「電力使用量」の数値に、電力プランに応じた「排出係数」を掛け合わせます。
 計算式自体は非常にシンプルです。しかし、電力使用量ではなく「電力料金」を間違えて入力してしまうなど、算出時にミスが生じるケースが後を絶ちません。
 長年にわたって法令に基づいた報告をしてきた大企業でも、こうしたミスの回避に苦慮しているのです。
 当然、すべての企業が脱炭素専任の部署や人材を抱えられるわけではない。それでも世界的な脱炭素の流れを受けて、取り組みを開始しなければならない。
 だからこそ、専門知識や経験値に左右されない、シンプルで使いやすいインターフェースが必要になる。e-dashはここにこだわってきました。
 そのインターフェースを入り口として、可視化から報告まで、一連の流れをすべてサポートしています。
 エネルギー関連の請求書をアップロードして可視化されるCO2排出量をもとに、e-dashの専門チームが削減目標の設定や、削減施策の検討、そして実行、報告まで伴走します。
「脱炭素」と言っても画一的な施策だけでなく、その企業に合う進め方があるはず。そこへ導いていくことこそ、e-dashが描く理想のあり方です。

着想は、シリコンバレー

──ビジネスの着想はどこから得たのですか。
生澤 三井物産では長らく電力・エネルギーの分散化や気候変動にまつわる事業に取り組んできましたが、脱炭素はもはや特定の産業領域だけでなく、社会全体で取り組むものになっています。
 そこで2020年、エネルギー、モビリティ、デジタル化など複数の領域を集約し、一体となって脱炭素事業に取り組むエネルギーソリューション本部を発足しました。
 それに先駆けて、私は米シリコンバレーに駐在していた山崎と共に、米国でクリーンテックやクライメートテックと呼ばれる企業への投資や共同事業開発などに取り組んでいました。
山崎 e-dashのCO2可視化ビジネスの着想は、このシリコンバレーでの経験が大きく影響しています。
 2015年から5年ほど駐在したなかで、脱炭素系のスタートアップとして急成長を目指すビジネスモデルや事業の進め方を目の当たりにしました。
 気候変動問題に対し、事業を通してコミットしようとする意識が、当時の日本よりも驚くほど高かったのです。
 もちろん、米国全土を見ると「どこから手をつけていいかわからない」という企業も多くありました。
 しかし、すでにシリコンバレーには、環境問題や気候変動の動向、制度設計に精通し、企業からの問い合わせにコンサル的に応じられる新興企業が多く存在していたのです。
 近い将来、日本にもこのようなビジネスが求められるようになるはず。そう考えて立ち上げたのが「e-dash」です。
 その後、2021年10月にはプロダクトのベータ版をリリースし、国内数十社へのテスト導入を開始。
 ユーザー企業からのフィードバックを受けながら地道な改善と開発を重ね、2022年4月、ついに正式版のリリースに至りました。

「スタートアップ」をつくった理由

──エネルギーソリューション本部で事業を立ち上げた後、なぜ、あえてスタートアップとして独立させたのでしょうか。
山崎 世界がカーボンニュートラルへと向かうなか、次々に新しい制度やソリューションが生まれています。価値あるサービスを提供するには、世界の動向を敏感にキャッチし、スピーディーに動く必要がある。
 さらに、エネルギー、サステナビリティ、テクノロジーが掛け合わさったこの領域で、できるだけ多様なバックグラウンドや専門スキルを持つメンバーも必要でした。
 エンジニアやデザイナー、エネルギー分野の専門家に加え、SaaS事業におけるマーケティングや営業、カスタマーサクセス経験者。
 そうした人材が集まった「化学反応を起こせる企業体」でこそ、カーボンニュートラルを実現できるという想いがあったのです。
生澤 三井物産は、中期経営計画で「創る・育てる・展(ひろ)げる」というビジネスモデルの構築を掲げており、新規事業の創出に力を入れています。
 それを後押しする仕組みとして、2018年には、三井物産グループの新規事業開発を目的とした独立組織「Moon」も設立され、社員や部署の新しいアイデアの具現化や挑戦を促しています。
 多様なアイデアを具現化し、ビジネスとして軌道に乗せた後に事業会社化するというe-dashのような新規事業は、三井物産のさまざまな事業領域で生まれています。

脱炭素の「ハブ」になる

──これから先、CO2排出量を可視化した先で脱炭素化を進めるには、何が必要になるでしょうか。
山崎 可視化はあくまでも脱炭素への「はじめの一歩」でしかありません。可視化された情報をもとに、いかに排出量を下げていくか。その道筋を明確にする必要があります。
 e-dashは、そこも含めてお客さまと伴走できるようにします。省エネや再エネの導入など、企業が自社努力で取り組めるCO2排出量削減のソリューションを増やしつつ、どうしても自社努力だけでは削減が難しい排出量については「カーボン・オフセット」を活用できる基盤を整えています。
Keyword①「カーボン・オフセット」
オフセットとは「相殺」。自社で削減し切れないCO2排出量がある時に、他の事業者の削減活動による環境価値をカーボン・クレジットや非化石証書として購入し、自社の不足分を埋め合わせるという考え方。

Keyword②「カーボン・クレジット」
他の事業者によるCO2排出削減価値をクレジットとして発行し、取り引き可能にする仕組み。政府主導の「J-クレジット」や民間主導の「ボランタリークレジット」など、さまざまな発行主体がある。

Keyword③「非化石証書」
再エネなど、CO2を排出しない発電方式で発電された電力(非化石電源)であることを証明する証書。電力に対してのみ適用できる。
 カーボン・オフセットは、その種類や目的に加え、そもそもいつ、どこで、いくらで購入できるのかわかりにくいことが大きな課題でした。
 そこに一石を投じ、誰もが手に取れる選択肢にしたいという思いから、カーボン・クレジットを希望のタイミングで必要な量だけオンラインで直接購入できる「e-dash Carbon Offset」を2022年7月にスタートしました。
 これは、国内初のボランタリークレジット(民間主導のクレジット)のマーケットプレイスであり、民間のオンラインマーケットプレイスとして初めて国が主導する「J-クレジット」も扱っています。
生澤 三井物産は長年にわたって、再エネやエネルギーマネジメントサービス、次世代エネルギーやCO2を回収して地下に貯留する技術(CCUS)などへも投資し、AIやIoTなどのテクノロジーも活かしながら、省エネやCO2排出量の削減に資する事業の開発に取り組んできました。
 今後、これまで脱炭素やエネルギーを強く意識してこなかった企業も、CO2排出量削減の当事者になっていきます。
 ゆくゆくはe-dashのようなプラットフォームをハブとして、さまざまな領域のバリューチェーン全体を脱炭素化していく。そんな貢献を目指したいですよね。
山崎 そうですね。自社の排出量がわかるだけでは、気候変動という社会課題は解決できない。現状を把握したあとは、一緒に削減計画を策定し、実行するところまで寄り添いたい。
 われわれのサービスは、時代の要請に応えるものであっても、まだまだROI(投資対効果)を示しにくい領域です。
 一方でサービスの正式リリースから1年経ち、利用企業も順調に増え、データの収集や排出量の算出に苦労していた担当者が「こんなに楽になるなら、もっと早く使いたかった」と喜んでいただくまでになっています。
 また、初めて取り組みをスタートする企業からは「脱炭素は、言葉として知っていたけれど、ようやく具体的なアクションがわかった」という声をいただくこともあります。
 こうした成果やフィードバックは、われわれ自身がe-dashの事業の可能性を信じる礎にもなっているし、企業を導く知見もますます蓄積されています。
 これを開発へと反映させ、さらに高いユーザーエクスペリエンスの提供にもつなげられています。
──2050年のカーボンニュートラルに間に合うと思いますか。
山崎 難しい質問ですね。おそらく、「これさえあれば脱炭素は実現できる」という「万能策」は存在しません。
 われわれにできるのは、お客さまと丁寧に対話しながら、期待されるサービスやソフトウェアの機能を高いクオリティで提供していくこと。
 ただ、e-dashは、地域の脱炭素化というミッションを共有する全国約150の金融機関にパートナーとして選んでいただいており、まさにこれから脱炭素化を始める中小企業の支援に取り組んでいます。
 お客さまやパートナーなど一緒に取り組む仲間を増やし、やがて大きな船になっていけば、カーボンニュートラルへの加速に貢献していけると思っています。