2023/8/4

【必見】子どもにプログラミングを好きになってもらう方法

NewsPicks Brand Design シニアエディター
「取材の趣旨はわかりました。ところで……この“プログラミング”ってなんですか?」
 打ち合わせ中、真顔でとぼけて周囲を困惑させたが、もちろんこの人が知らないわけがない。
「Why!」でおなじみ厚切りジェイソンさんは、かつてプログラマーとしてグローバル企業で働き、現在NHKのプログラミング番組にも出演している。
 2020年、小学校で必修化されたことを皮切りにプログラミングは教育現場にも急速に広がっている。将来を見据えて身につけてほしいと願う親も少なくないだろう。
 幼少期からプログラミングに親しんできた厚切りジェイソンさんは、プログラミング学習の魅力をどう捉え、習熟することでどんな可能性が広がると考えているのか。
 もしいま10代に戻れるなら、どんなプログラムを作ってみたいと思うのか。
 そんな妄想からプログラミング学習を継続させるコツまで、厚切りジェイソンさんとプログラミング学習の普及に尽力するプログラミング総合研究所の飯坂正樹代表が語り合った。

その場で結果がわかるプログラミングの魅力

飯坂 厚切りジェイソンさんは、これまでのキャリアでプログラミングと深く関わっていますよね。
 IT企業でプログラマーとして働いた経験もあり、NHKの子ども向けプログラミング学習番組「Why!?プログラミング」にも出演されています。
2016年スプリックス入社。教員向けのWebサービスや、エンジニアラボの立ち上げを経て2020年にプログラミング総合研究所の代表取締役社長に就任。長岡技術科学大学でプログラミングの講義も行っている。
ジェイソン そんな「プログラミングの達人」みたいに持ち上げられると困ります(笑)。いちおう大学ではコンピュータサイエンスの学士号、大学院では修士号を取得しました。
 実務ではGE Healthcareで3年ほど電子レントゲンの補完システムなどのプログラミングを経験しましたが、現在の会社に移ってからは経営にシフトし、プログラミングの実務からは離れています。
 そしていつの間にか芸能にも手を染めてしまって(笑)。
米国GE Healthcareにて、ITのソフトウェアに特化したリーダーシップ育成加速プログラムを修了。Salesforce.comのグローバルトップCPQパートナーである、米国BigMachinesの日本法人を立ち上げ、Country Managerに就任。 2012年クラウドシステムの開発を行う(株)テラスカイにグローバルアライアンス部部長として入社(現任)。同年(株)テラスカイの米国法人TerraSkyInc.を設立し、Corporate Officerに就任(現任)。2019年からは、クラウド領域のベンチャー企業を投資対象とするテラスカイベンチャーズ取締役も兼任している。
飯坂 でも、結果として経営と芸能の両方でプログラミングに関わっているから、すごいキャリアですね。プログラミングとの最初の出会いは?
ジェイソン 30年前です。電気技師だった父が仕事で使わなくなったパソコンを僕にくれたのですが、その中にゴリラがバナナを投げ合うゲームが入っていました。
 コードを書き換えるとバナナが飛ぶ軌道を変えられるのですが、いろいろ試してみてもぜんぜん動かない。唯一できたのは、ゴリラの顔を少し四角くすることだけ(笑)。
「え? 散々頑張ってこれだけ? コーディングって大変だな……」と子ども心に思いました。それが最初のプログラミング体験です。
 ぜんぜん大したことありませんが、当時7歳だったので許してください(笑)。
飯坂 いや、その齢でゴリラの顔を変えただけでもすごいことですよ。30年前だと、ドラッグ&ドロップではなく、コードを書かないといけませんから。
ジェイソン 確かにめちゃくちゃ大変でしたが、それ以上に自分でプログラムを書き換え、実際に動かせたときの喜びが大きかったんです。
 車にせよ電化製品にせよ、設計図を作ってから半年、1年とかけて試作をして、やっと動くかどうかを確認できるじゃないですか。
 その点プログラミングは、コードを書けばその場で画面が動いてすぐに喜びを感じられる。その魅力にハマってプログラミング中毒になりました。
飯坂 それでずっとプログラミングを続けるようになったんですね。これまで制作した中で思い入れがあるものはありますか?
ジェイソン いや……なんだろう。特に自慢できるようなものを作っていたわけではないんです。
 中身のないWebサイトのサーバを立ち上げたり、レゴブロックを動かしてベッドに寝ながら壁の照明スイッチを消す仕掛けを作ったり。立ち上がって普通に消せよ、という話なんですけど(笑)。
 唯一役に立ったものといえば、日本語を勉強していた頃に作った、単語帳をコンピュータ上で再現するアプリです。
 ボタンを押せば単語が切り替わるだけの単純なものですが、手書きの単語帳を作ったり持ち運んだりする手間から解放されたのがとにかく嬉しかった。
 自分が直面している問題を一瞬で解決できるのも、プログラミングで得られる喜びですよね。
飯坂 もし、ジェイソンさんがいまの時代に10代の子どもに戻れるとしたら、どんなプログラムを作りますか?
ジェイソン 10代なら、やっぱりゲームかな……。あっ、でも最近こんなアプリあったら良いなと思うものが一つあって。
 僕、インコを飼っているんですよ。たまに動物病院に連れていくのですが、そこの病院のカルテは紙ベースなんです。高齢の獣医さんで、ITを取り入れる気配が全くない(笑)。
 そこをデジタルデータ化してスマートフォンで見られるアプリがあれば、インコも飼い主も獣医さんもみんなハッピーになるのにな、と。
Thirawatana Phaisalratana / iStock
飯坂 それはまたずいぶんニッチなアプリですね。
ジェイソン いや、まさに。いまはプログラミングが身近になった分、いろんなサービスが誕生して、逆に世の中にないものを探す方が難しいじゃないですか。
 メジャーなサービスを作れば世界中の人に使われる可能性がありますが、現実的にはニッチな領域にこそニーズが埋もれている気がします。

プログラミングを学ぶ時期は早いほど良いのか

飯坂 ジェイソンさんはお子さんがいらっしゃるそうですが、お子さんたちのプログラミングの学習環境とご自身の子ども時代を比べると違いを感じますか?
ジェイソン それはもうぜんぜん。小学生の娘が3人いますが、彼女らを見ていると、僕が10代の頃より学習ツールや環境が格段に充実しているし、ネットで世界中のベストプラクティスを調べることもできる。
 娘たちが習熟するスピードは僕が10代の頃より間違いなく速いでしょうね。
飯坂 娘さんたちとプログラミングの話をしたり、やり方を教えたりしているんですか。
ジェイソン 彼女らが通っている小学校では全員に1台ずつタブレットが配布され、それを自宅に持ち帰って勝手に遊んでいます。
 タブレットにはさまざまなプログラミング教材がインストールされていますし、クラスメートがプログラミングした作品も共有され、そこに他の生徒が改良を加えていくこともできます。
 そういった環境の中で、娘たちは友達同士で楽しみながらプログラミングに取り組んでいます。僕は娘から質問されたときに少し教えるくらいですよ。
Hakase_/ iStock
飯坂 楽しみながら自ら学んでいるというのは素晴らしいですね。でもそれは決して当たり前の光景とは言えません。
ジェイソン と言いますと?
飯坂 ジェイソンさんの住んでいる地域に限らず、いまは全国の小・中学校で1人1台ずつタブレットが支給されています。
 ただ、その使い方は自治体や学校によって差があり、タブレットを家に持ち帰ることを禁じている自治体も少なくありません。また、学校や先生の間でもプログラミングに対する理解に差があります。
 そうした環境の下、ジェイソンさんの娘さんたちのようにプログラミングに楽しさを感じた子は自分からどんどん学んでいきますが、壁にぶつかってモチベーションを維持できない子も出てきています。
 そのギャップがプログラミング学習を推進するうえでの大きな課題と言えます。
ジェイソン それで言うと、小学校の先生はそもそも仕事を任されすぎじゃないですか? 
 ただでさえ多くのことをやらされているのに、英語もプログラミングもって……全部できるわけがないから、あらゆることが中途半端になってしまうんですよ。
 プログラミング学習も、学校で担いきれないところは家庭でカバーするのが理想ですが、親の知識や意識も家庭ごとに差があります。
 そうなると、民間のスクールに頼らざるを得ないかもしれませんね。
飯坂 これまで多くの保護者様にお話をうかがってきましたが、「子どもにプログラミングを習わせたい」という保護者のニーズは年々高まっているように感じます。
 ジェイソンさんは7歳でプログラミングと出会ったとのことですが、プログラミングを習う最適な年齢についてはどうお考えですか。
ジェイソン この年齢までは早過ぎる、というラインはないと思います。
「赤ちゃんは日本語がわからないから、日本語で話しかけません」なんてありえないですよね。話しかけるから習得するわけです。プログラミングも一緒です。
「いつからプログラミングを習わせよう」と悩むよりは、ただ機会を与えればいい。
 最初はわからなくても、触ってみることが大事で、親はそれを見守ればいいんです。そのうち自然と興味を持ちますから。
飯坂 私もそう思います。多くのお子さまを見てきましたが、プログラミングに興味を持った子たちは、こちらから何も言わなくても自主的にどんどん学習を進めていきます。
 中には「プログラミング能力検定」(プロ検)で高校3年生レベルのスコアを出すような小学生も出てきています。
ジェイソン 「プログラミング能力検定」というのがあるのですか!? 英語検定や日本語検定は知っていますが、そのプログラミング版みたいな……?
飯坂 おっしゃる通り、プロ検はプログラミングの基礎知識に関する資格試験です。私が代表を務める「プログラミング能力検定協会」が運営しています。
ジェイソン 一番高いレベルになると、どんなことが求められるんですか?
飯坂 最上級になると「クラス」(オブジェクトの設計図)なども出てくるので、プロのエンジニアでも勉強しないと簡単には受からないかもしれません。
 とはいえ、誰もがプロを目指すわけではありません。
 私たちは子どもたちが自分なりのペースで学んで好きなものを作りながら、しっかりと技能を伸ばしていくことが理想と考えていますが、プログラミングは学習の過程でどのくらい力がついているのか捉えにくいところがあります。
 スキルアップが実感できないと、途中で飽きて学習が続かなくなります。スクールに通わせている親御さんも、子どもの上達がわからないとやめさせてしまいます。
 その点、客観的な評価指標があると、学習者の習熟度がわかります。それが自信になって、学びの継続やスキルアップのモチベーションにつながっていく。
 そこにプロ検の意義があると考えます。
ジェイソン なるほど、自分のレベルの現在地がわかることが大事なわけですね。
飯坂 いま当社ではプロ検のグローバル化を進めています。
 海外の人と比べて自分のレベルを知って自信をつけてもらったり、身につけた技能が世界中で活かせることに気づいて学習意欲を高めてもらえたら、と思っています。
ジェイソン 海外に目を向けるのは良いですね。
 僕が就職活動をしていたとき、日本とアメリカ両方の会社から内定をいただいたのですが、アメリカの方が給料が5倍高かった。
 日本の5年分を一気に稼げるわけですから、結局アメリカの会社を選びました。
 いまプログラミングを学んでいる人には、日本における評価が全てだと思ってほしくありません。
 正直、日本はエンジニアの市場価値がまだまだ低い。けど、それは当たり前じゃないんです。アメリカではトッププログラマーは子どもが憧れるスターですからね。
 子どもにプログラミングに興味を持ってもらいたいなら、そういうスタープログラマーの活躍を教えてあげるといいと思います。
飯坂 アスリートに憧れるのと同じようなものですよね。近年日本でも多くの子どもがプログラミングに触れるようになりました。
 子どもたちが楽しみながら学べるような環境が広がれば、日本からもスタープログラマーがどんどん生まれるかもしれません。
 そんな未来が訪れるよう、プログラミングを学ぶことの楽しさやそこから多様な世界が開かれることを、これからも子どもたちに伝えていきたいと思っています。