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日本と欧州のスタジアム経営の違い

スタジアムに投資すれば、日本のスポーツ界は変わる

2015/3/8
ビッグクラブのすべてでは、最新のスポーツビジネスの姿を描くべく、サッカー、野球など、あらゆるスポーツのビッグクラブのビジネスをインフォグラフィックで解説。あわせて、スポーツビジネスを知り尽くしたデロイトトーマツのコンサルタントたちが、クラブ、リーグという視点から分析を行う。今回は、デロイトトーマツのコンサルタントによる分析編です。

テレビやインターネットに勝てるのか

スポーツの楽しみ方は人それぞれだが、選手やプレーを生でみたい、一緒に応援をして盛り上がりたい、歴史的な瞬間に立ち会いたい、といった「ライブ感」を堪能したいという人は多いだろう。だが、実際にスタジアムで試合を生で観戦してみると、期待していた「ライブ感」が体験できず残念な思いをすることもある。

筆者自身、スタジアムでサッカーの試合を観戦したときにそのような経験をした。まず不満に感じたのは、フィールド全体がよく見えないということだ。スタンドからフィールドまでの距離が遠く、席によってはフィールドが見えない。また屋根がないため雨に濡れながらの観戦となった。

さらに、天候の影響もあり観客が少ないためか、観客の声援が外へ抜けていってしまい、今ひとつ盛り上がりにかけた。そして帰り道だ。駅からスタジアムまでが遠く疲労感が大きい。周辺に食事をする場所もないため、試合後の打ち上げで仲間と盛り上がる計画も立てられなかった。

もちろんどんなスタジアムも改修され、少しずつでも改善されているように思う。だがテレビやスマートフォンに慣れた私達からすると、「ライブ感」が多少味わえなくとも、スタジアムまで足を運ばずに家でインターネットやテレビを通じて観戦することを選びがちだ。実際、せっかくスタジアムに来ているのにスマートフォンや携帯ゲームに集中する人を見ることもある。

筆者の経験にかぎらず、スタジアムの環境自体が、日本のスポーツの観客動員数の減少、収益の減少に繋がっていることは容易に想像がつく。テレビやスマートフォンに慣れた多くの日本人にとって、「スタジアム観戦」ならではの魅力が乏しい。

では、海外のスタジアムでは、どんな体験ができるのか?筆者は昨年、英プレミアリーグのマンチェスターシティのホームである、エティハド・スタジアムを訪問したが、そこでのスタジアム体験は日本とは別世界だった。

スタジアムは、どの席からでもフィールドが見渡せるようにスタンドの傾斜が計算されているし、大画面デジタルディスプレイもゴール裏のサポーターが見やすいようにコーナー奥に設置している。

ほかにも、寒い冬でも冷えないヒーターつきの座席(チェアマンズ・シートと呼ばれるVIP席)、スポーツ観戦をしながら商談できるVIPルーム、試合前後に食事を楽しめりレストランやバーもある。

さらに、サッカー以外の使用も可能だ。コンサートなどでは最大60,000人を収容できる上、最大1500名を収容できるホールや試合用のホスピタリティー用スペースなどでは、カンファレンスやパーティーなどのイベントも常時開催できる。

実際に体感してみて、スタジアムが観客で埋まるのがよく分かった。事実、エティハドの平均観客動員率は99%である。

改修費という「投資」に励む欧州のチーム

日本と欧州のスタジアムの差は、データからも明らかだ。

表1に示したのは、日本と海外のスタジアムの総観客動員数と平均観客動員率(1試合あたりの平均観客動員数/収容人数)である。収容人数では日本と海外は同水準にあるものの、平均観客動員率ではJ-リーグが56%、プロ野球が75%なのに対し、欧州のサッカーリーグは94%、MLBは85%と大きな差がある。
 動員数サッカー (4)

 動員数野球 (1)

なぜここまで日本と欧米のスタジアムの差があるのだろうか。その理由のひとつは、欧米では、スタジアム自体をビジネスとして捉える意識が強いことにある。

そもそも、スタジアムの収益は以下の4つから構成されている。

・観客収入(観客数×客単価)

・命名権等のスポンサー収入

・スポーツ以外での利用収入

・周辺施設収入

たとえば、エティハド・スタジアムは、多様なニーズに応じた様々な価格帯のチケットを用意して客単価を向上させている。あわせて、改修を行うことにより、商談や会食などサッカー観戦を主目的としない観客の利用を促している。

エディハドは同国で最大のコンサート会場のひとつとなるように設計されているため、サッカー以外での利用機会も多い。そして、サッカーを中心にして来場者数を増やすことが、高額のスポンサー収入にもつながる。

このようにスタジアム改修の背景には、改修費という「投資」を行うことで、スタジアム自体の収益を向上させ、結果としてその「投資」を回収するという狙いがある。観客動員率が低いチームの場合、まずは来客施策で観客動員数を増やし、スタジアム建設などの大型投資は後回しにしがちだ。

しかし、もしスタジアム自体が来客のボトルネックになっているのだとすれば、それを改善することが先決だ。スタジアムそのものでビジネスを成立させることができるよう、改修費という多額の「投資」を行っているのが欧州のクラブチームなのだ。

バイエルンによるアリアンツアレーナビジネス

欧州のスタジアム経営の実例として、独ブンデスリーガのバイエルン・ミュンヘンを取り上げてみよう。

ドイツのミュンヘンに、半透明の特殊フィルムで覆われ3色に変わるひときわ目立つ美しいスタジアムがある。バイエルンミュンヘンのホームスタジアムである、アリアンツ・アレーナだ。

バイエルンは、このスタジアムの建設に際し、2005年に3.4億ユーロ(約467億円:1ユーロ=135円換算)の借入を行った。当初、バイエルンは、25年をかけて返済する予定を組んだ。利子を無視して単純平均で計算しても毎年約1400万ユーロ(約19億円)の返済が必要になるはずだった。しかし、バイエルンは昨年11月、その借金を完済したと発表。これは予定よりも15年近く早く、僅か9年半で完済したことになる。

なぜバイエルンは、15年も前倒しで借金を完済できたのだろうか。

図1はバイエルンの売上高推移である。2004年に1.9億ユーロ(約256億円)だった売上は、スタジアム完成後の2005年以来増加を続け、2013年には4.9億ユーロ(約658億円)と約2.5倍になった。この9年間の平均売上高成長率は約11%。スタジアム投資の結果、売上が大きく増加したことが分かる。
 バイエルン売上高 (1)

この売上増加の要因としては、ドイツ最大手保険会社でありミュンヘン市に本社を置くアリアンツ社の存在も大きい。同社はコーポレートブランディングの一環として、スタジアム建設時に30年間のネーミングライツを獲得。その費用は年間800万ユーロ(約11億円)に上る。

さらに同社は昨年2月、バイエルンミュンヘンに1.1億ユーロ(約149億円)を出資し、株式の8%を取得している。バイエルンはスタジアムを活用し観客数を増やし収益性を高めるとともに、アリアンツをスポンサー・株主として迎え入れることによって、スタジアム建設資金を返済するための資金を獲得したのだ。

レアルもバルサもスタジアムに積極投資

スタジアム投資に励むのは、バイエルンだけではない。すでに高い観客動員率を誇るサッカークラブも、スタジアムの魅力をさらに上げるため投資していく計画だ。

事業価値、収益ともに世界ランク1位のレアル・マドリッドの本拠地、サンティアゴ・ベルナベウスタジアムは、4億ユーロ(約540億円)を投じた改修を計画。可動式の屋根や、全座席から見ることのできるビデオスクリーンを設置し、ハイテク技術を駆使したドーム型スタジアムに生まれ変わる予定だ。またピッチの見えるビジネスラウンジや、ホテルや商業施設、飲食店やレジャー施設も併設する。

FCバルセロナの本拠地、カンプ・ノウスタジアムも、2017年から、総工費6億ユーロ(約810億円)をかけ10万5,000人規模の屋根付きスタジアムに全面改築する。新しいリングボックス席やピッチの見えるレストラン、VIP用のスーパーボックス席など5,700のラグジュアリー席を増設する。

ガンバ大阪が目指す、画期的なスタジアム建設法

翻って日本を見ると、改修が一筋縄ではいかない。その最大の理由は、スタジアムが賃貸である点にある。特にサッカーについては多くのクラブチームが地方公共団体所有のスタジアムを賃貸しており、プロ野球でも9チームがスタジアムを賃貸している。この賃貸という形式のため、スタジアム運営に制約が生じ、スタジアムビジネスが展開しにくくなっているのだ。

賃貸が多いのは、自チームでスタジアムを利用する機会が限られる中、多額の建設コストを負担するのが難しいからである。仮に原資を借入で賄った場合、借入利息の負担が非常に大きくなる上に、自前でスタジアムを保有すれば減価償却費も追加で負担しなければならない。さらに、固定資産税等の維持運営管理費の負担も馬鹿にならない。

だが一方で、こうしたスタジアムビジネスの課題を解決しているケースもある。その一例が吹田市に建設中のガンバ大阪のサッカー専用スタジアムだ。このスタジアムは屋根付きで、ピッチとスタンドの距離が近く、VIPルームも設置するなど建設時からクラブチームの意向が反映されている。

また試合が行われない日は、サッカースクールやコンサートなどに利用できる。スタジアム周辺には、ショッピングセンターや地元大阪の食が楽しめるフードエンターテイメント施設などを整備する予定となっている。

そしてこのスタジアムの最大の特徴はその資金調達方法である。建設費約150億円のうち、約30億円を各種助成金、残り120億円を一般個人および企業等からの寄付金により賄う。そして、スタジアム完成後はスタジアムを吹田市に寄付し、最終的にはガンバ大阪がそのスタジアムの指定管理者となることを目指す、という方法である。

この方法であれば、サッカークラブが抱える建設コストと維持運営管理費の負担を減らしつつ、使用者の利便性等を反映した収益性のあるスタジアムを建設できる。もちろんこの構想を実現するには、寄付者が惹きつけられるような、地方公共団体から理解を得られるような、魅力的なプランが不可欠だ。

楽天と広島の問題解決法

プロ野球の世界では、楽天イーグルスと広島東洋カープが、球場使用料の問題を解決している。

楽天は新規参入時に宮城球場(現コボスタ宮城)の所有者である宮城県と、改修費用を全額負担することと引き替えに、都市公園法に基づく管理許可制度を活用して管理者となっている(宮城県への支払いは年間5000万円)。球場内の広告・宣伝権をはじめ、グッズや飲食販売など、すべての収益が球団に入る仕組みをつくり、参入初年度からの黒字を実現した。

広島も指定管理者制度を活用し、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島の管理者となっている。球場使用料とは別に広島市へ10年間で21億1000万円を支払うことで、場内の広告宣伝費やグッズ販売権など10年間の管理・運営権を独占する契約を結んでいる。

加えて、「スマート・べニュー」構想も、スタジアムビジネスの追い風になるかもしれない。これはスポーツ施設をコアとした多機能複合型施設を伴う街づくりを構想するもので、地域経済活性化の一つの施策である。この背景には施設の老朽化や、2019年のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピックなどによるスタジアム・アリーナの新設需要がある。

ここまで見てきたように、スタジアムビジネスは「投資」ビジネスという側面が強い。仮説を立て、フィージビリティスタディを行い、事業計画を精査し、パートナーの協力を取り付け資金調達をする。

そして、スタジアム建設後は、観客数を増やし収益性を高め、リターンを獲得する――こうした「投資」的な視点を導入することが、日本のスポーツ界の活性化、ひいては地域活性化に繋がっていくはずだ。

(執筆:鈴木 麻依子)

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