2023/6/30
【罠】年収が「上がる」転職こそ気をつけて
2万人のキャリアを支援してきた第一人者・EggFORWARD代表の徳谷智史が、その経験をあますことなく詰め込んだ『キャリアづくりの教科書』が3年の執筆期間を経てついに発売された。
「会社を出るべきかの判断基準は?」「エージェントの良し悪しをどう見極める?」「育休までにしておくべきこととは?」「あなたの市場価値を高めるには?」キャリアのすべてを網羅した決定版から、一部を編集しお届けする。
INDEX
- 年収が上振れるキャリアに共通していたこと
- 実力以上に給料が上がる「インフレの罠」
- 能力の有無に関係なく稼げて「しまう」
- あなたはどんな価値を創れるか?
- 会社の「看板」よりも「個」の時代
- 「精一杯がんばっても報われない」をなくす
年収が上振れるキャリアに共通していたこと
たとえば、ここに数万円の初任給の高低「のみ」で、最初のキャリアを選択しようとする新卒学生がいるとする。
あなたは、何と言うだろうか?
きっと、「目先の初任給数万円だけじゃなくてさ、もう少し他の観点から検討してもいいんじゃない?」とアドバイスするだろう。しかし、中途の転職においても本質的には同じことがよく起こっている。転職時に「短期」、つまり目先の年収のみを追ってしまうパターンだ。
この考え方の危うさに、多くの方は気づいていない。
私が創業したエッグフォワードは、複数の転職エージェント会社と共同で、1万人以上のキャリアについて、転職時だけではなく、転職の一定期間後まで追跡してデータを取り、研究を行ったことがある。
すると「30代後半〜40代以降で年収水準が大きく上振れていく人」には明確に共通点があることがわかった。
彼らはキャリアのどこか(20代、30代のいずれか)で、目先の年収にとらわれることなく(つまり一時的に年収が下がるリスクを取ってでも)、自身の能力が上がるような経験を選択していた。
逆に危険なのは、特に転職時「目先の年収水準のみ」を追ってしまい、「中長期の能力・市場価値の向上(キャリアの広がり)」の機会を逸することだともわかった。
「目先の年収のみを追うな」といっても、なかなか響かないかもしれない。実例を挙げよう。
ある高収益で有名な某外資系のIT・システム会社は、シェア最大手で、強いビジネスモデルを構築し、高い収益性を維持する構造がつくり上げられている。業界でも、年収が高く待遇もよいことで有名だ。
しかし興味深いことに、転職マーケットでこの会社は、「個人の能力以上に年収が上振れている」ことで有名で、大きく敬遠されているのだ。
実力以上に給料が上がる「インフレの罠」
「短期的な年収アップ」が正解とはかぎらないことがわかってもらえただろうか。給与水準が高いこと自体、まったく悪いことではない。だが、それには「年収がどうやって決まるか」をきちんと理解しておくことが重要だ。
では、給料はどうやって決まるのか?
働く個人から見た「給料」を、会社側から見てみよう。
給料は会計用語で言えば「人件費」であり、人件費の原資は「粗利」、ざっくりと言えば売上-原価=利益のことだ。
収益性が高い、価格競争にさらされにくい業界だと、人件費の「原資」となる粗利が多くなる。そのため、人件費が高い、すなわち給料が高くなりやすい。つまり、年収は、能力だけではなく、業界の構造、ビジネスモデル、バリューチェーンなどに基づく収益性によって変わってしまうのだ。
どんなに優秀な個人でも一定以上給料が上がらない業界もあれば、さほど優秀でなくとも給料が高くなりやすい業界もある。そして、後者の場合、転職時、自らの「現在の収入」と「提示される収入」のギャップに驚くこととなる。これが多くの方が陥る「業界インフレの罠」だ。
能力の有無に関係なく稼げて「しまう」
厳しいのは、会社としてのビジネスモデル・収益性が強固だという理由で、個人の能力の有無がさほど問われず、年収が上がって「しまう」場合だ。
もしその業界・個社の収益性が下がったら何が起こるかというと、経営側から見て人件費が重たい、つまり「年収が高い人材」ほど、一気に外に放出される。
実際にそうした状況が目立ってきている。順調に収益を上げてきたとある外資系企業が、突然人員の3割カットを打ち出し、強制的に各組織に削減目標を下ろす、といった例もいまや珍しくない。外部環境の変化によって、業界の構造や収益性が瞬時に変わってしまうのがこの時代だ。
そのとき、「前職の給与水準でもぜひ来てほしい」と言われる方と、「その水準であればまったく必要ない」という方に、残念なまでに二極化してしまうのだ。
あなたはどんな価値を創れるか?
20代のうちは、まだ給与差も少なく、ポテンシャルで見られるウェイトも大きい。しかし、特に40代以上は二極化が顕著だ。業界構造によって給与が上振れしていた人は、その数字がもはや幻想にすぎないことを、転職活動時に初めて知る。
40代以上になると、経営にも相応にインパクトを与えられる即戦力が求められ、その価値がない人は書類選考で弾かれ、面接に進むことすら難しい。
年収と市場価値がイコールで結ばれ、業界構造が変化しても望みどおりにキャリアをつくっていけるのは、「個人として(会社の「看板」に頼らず)、自分がどういう価値を生み出せるか」を言語化できる人に限られるのだ。
最後に加えておくと、「業界インフレの罠」が起きやすい業界は、ある程度の寡占・独占が起きるか、規制に守られている産業に多い。総じて競争が少ない割に収益性が高く、人件費のウェイトが相対的に高い業界は、要注意だ。
会社の「看板」よりも「個」の時代
これからの時代、ひとことで言えば、どこの会社に所属しているかという「看板」ではなく、「個」の価値が求められる時代になる。つまり「どこの会社にいたか、いるか」よりも「個人として何をなしたか、何をなせるか」が明確に問われていく。いま一度、
- 事業やビジネスモデルが強く、個人の能力に依存せず成果が出せてしまっていないか
- 業務が標準化されており、個人の裁量の余地が少なくないか
- その結果、個人の力で仕事をしているようでいて、実は会社の看板に頼ってしまっていないか
を、自らに問い直してみるといいだろう。
しばしば誤解されているのだが、大手の人気企業や、有名スタートアップに入っていれば「個」の価値が高く評価されるわけではない。あくまで見られるのは「個人として何がなせるか」だ。
認知度の高い企業にいても、身につくスキルセットが明確でないために、その後の年収水準が低いケースも珍しくはない。
「精一杯がんばっても報われない」をなくす
私は、「人の本来持つ可能性」を実現し合う社会をつくるため、エッグフォワードを創業し、過去2万人以上のキャリアを支援してきた。その中で、キャリアにおける多くの「構造的な問題」にぶち当たってきた。
個人は、会社に命じられた業務を丁寧に、精一杯こなす。しかし、業績が傾けば、ある日突然「あなたはもう不要だ」と言わんばかりに、会社の外に出されてしまう。その後、十分に能力・市場価値が高まっていなかったために、「不遇のキャリア」を歩まざるを得ない人を、何度も、何度も目にしてきた。
今も、あのとき出会った人たちが「本来持つ可能性」を十分に発揮しきれていたらと思うと、悔しくてたまらない。
やはりキャリアという、すべての人に必ず関わりがあり、そして人生に極めて影響の大きなこのテーマに、誰もがまっすぐに向き合う世の中をつくらなくてはいけないのだ。
執筆:徳谷智史
デザイン:石丸恵理
編集:井上慎平
デザイン:石丸恵理
編集:井上慎平