2023/6/30

アドビの「生成AI」でマーケティングの“大転換点”がやってくる

NewsPicks Brand Design Editor
 アドビは「Adobe Summit 2023」において、生成AIを活用した新しいコンテンツサプライチェーンの未来像を示した。
 生成AIのインパクトが世間の耳目を集める一方で、まだ国内で生成AIの活用例は聞こえてこない。世界中のクリエイターが利用する「Adobe Creative Cloud」を有するアドビはいかにして生成AIを企業のマーケティング・クリエイティブの現場に実装させるのか。
 アドビ株式会社DXインターナショナル マーケティング本部 執行役員 本部長の祖谷考克氏に聞いた。

数クリックでキャンペーンを実行する「Adobe Sensei GenAI」

──2023年3月に開催されたAdobe Summit 2023では、生成AI「Adobe Sensei GenAI」の可能性が示されました。アドビはAIでマーケティングの現場をどのように変えようとしているのでしょうか?
祖谷:「Adobe Sensei GenAI」は、顧客体験を管理するプラットフォーム「Adobe Experience Cloud」において、副操縦士(コパイロット)のような役割を担う生成AIです。
 今実装されているのは一部の機能のみですが、「Adobe Sensei GenAI」のあらゆる機能が実装された場合、デジタルマーケティングはどう変わっていくのか。我々が考えている未来をご紹介します。
 アドビのAIはこれまでマーケターが長い時間をかけて行っていた、マーケティングの計画から実行、分析までのプロセスを大幅に効率化。さらにはデータに基づいてパーソナライズされた顧客体験の手助けをしてくれる存在となります。
 「Adobe Sensei GenAI」は具体的にはコピーライティングや画像生成など、マーケティングやクリエイティブに関わるプロセスを最適化する役割を担っています。
 「Adobe Sensei GenAI」が活用するテクノロジーの1つである画像生成AI「Adobe Firefly」は、不要なオブジェクトを取り除いたり、シンプルなプロンプトから画像を生成したりすることが可能です。背景や人物の衣装を一瞬で、違和感なく変えることもできます。

0→1を人が考え、1→100万をAIがつくる

──生成AIを使うことで、コンテンツ制作のプロセスも変わりますか?
 例えば、キャッチコピーを作成する場合、AIが答えたコピーをそのまま採用することはまだまだ難しいかもしれませんが、AIが提案したコピーを基により洗練された表現を探す、アイデアの壁打ちに使うといった活用は有用です。
 あるいは、デザインをお客様に提案するとき、今まではラフ画で説明していたのが、プロンプトから生成AIが一瞬でビジュアルイメージを作成し、お客様に提案できるようになる。より具体的なイメージがあれば、確認やイメージの共有もしやすくなります。
 生成AIのサポートによって、企画からプレゼンテーション、承認までのプロセスがスピーディに行われるようになり、マーケターやクリエイターは空いた時間でさらにアウトプットのクオリティを高めたり、新しいアイデアを考えることに集中できるようになるでしょう。
──さきほど見せていただいたデモでは、数クリックと数行のプロンプトでキャンペーンが実行されました。マーケターやクリエイターの仕事も変わっていきそうですね。
 確かに画像の合成など、これまでデザイナーが行っていた細かい作業を、AIにプロンプトを打つだけで実現できるという側面はあります。そういう意味ではプロンプトを打つスキルは求められるようになるかもしれません。
 しかし、商用利用するクリエイティブにおいては、生成AIが登場したとはいえ、やはりクリエイターやマーケターの手を介すことが重要です。
 マーケターはお客様のために何をしなければいけないのかを考え、AIが提示した選択肢の中から最終的に何を実行するかを判断しなければなりません。
──人間がきちんと手綱を握っている必要があるわけですね。
 加えて、AIは過去のラーニングデータをふまえて最適解を出すため、0→1をつくっていくことは得意ではありません。新しい価値を生み出す部分は人間だからこそできる領域なんです。
 マーケターとクリエイターは、これからも0→1を生み出すことにチャレンジしていくことに、変わりありません。生成AIはそのサポートをする存在。
 すべてをAIに任せることは難しいかもしれませんが、マーケターやクリエイターのイマジネーションを広げ、より高度なアウトプットを生むためのサポートツールとして、「Adobe Sensei GenAI」を活用してもらえればと考えています。
 だからこそ、私たちは生成AIを副操縦士(コパイロット)として位置づけているのです。
 逆に、生成AIは0→1は苦手ですが、1のアイデアを100万通りに量産するようなことは、とても得意です。
 AIからインプットをもらい、それに刺激を受けた人が0→1のアイデアをつくる。そのアイデアをあらゆる顧客体験やフォーマットに最適化して量産する部分を生成AIが担う。コンテンツの制作は、今後こういった流れになっていくと思います。
──今後の生成AIへのニーズをどのように捉えていますか?
 eMarketerの調査によると、一般的な人がデジタルコンテンツに費やす時間は1日あたり約8時間という結果が出ました。人々は日々ものすごい量のデジタルコンテンツを消費しているわけです。
 デジタルマーケティングの世界では、従来のようにクリエイターによるエッジの利いたクリエイティブが求められる一方で、パーソナライズ化にも対応する必要があるため、膨大なデジタルコンテンツを量産することが求められます。
 グローバル企業の場合、例えば製品が1000個あり、それぞれにつきアイデアを25案作成し、15地域で展開する場合、37万5000ものコンテンツのアセットが必要です。これはとても人の手でできる数ではありません。
 しかし、お客様に届けたい核となるメッセージをクリエイターやマーケターがつくり、その後の量産する部分で生成AIを活用すれば、実現可能性は高まります。
 生成AIによって今までは物理的に不可能だった規模のコンテンツが量産できるようになり、その膨大な量のコンテンツを「Adobe Experience Cloud」で管理していただく。今後デジタルマーケティングのスタンダードは大きく変わっていくと考えています。

アドビ独自のラーニングデータでAIサービスを実現

──個人レベルでの生成AIの利用は散見されるものの、まだ日本国内においては企業の生成AIの活用は普及していないように感じます。何が阻害要因になっているのでしょうか?
 アドビの調査によると、日本企業の場合、「AIが顧客体験を改善するうえで役立つ」と感じている方が多いにもかかわらず、「生成AIがつくったコンテンツを積極的に使いたいか」という質問に対しては米国に比べて「NO」が多く、及び腰になっている現状が見えてきました。
 商用利用に対するハードルとなっているのが、情報漏洩や著作権侵害のリスクです。
 例えば、企業のデータベースを活用してAIをトレーニングするときに機密情報が漏れてしまう、あるいは、ほかの企業やクリエイターが持つ知的財産を気づかないうちに侵害してしまう。こうした不安材料があるために、生成AIの商用利用に踏み出せない企業が多いのだと思います。
 生成AIを商用利用するためには、これらのリスクを犯すことなく使えるサービスが必要です。その点で、アドビが提供している生成AIサービスは権利関係がクリアになっているため、安心して商用利用できます。
──そういう意味では「Adobe Sensei GenAI」はアドビがアクセス可能な大量のデータを有しているからこそ実現できる?
 Adobe Stockには商用利用可能で第三者のプライバシーを侵害しない数億点もの写真、ビデオ、音楽などが存在し、それらをラーニングデータとして活用することができます。これらはジェンダー・人種などのほか、セクシャリティや暴力表現にも配慮するガイドラインがあるため、安心です。
 また今後、アドビの生成AI機能はPhotoshopなどのクリエイティブ製品に搭載されます。コンテンツ制作の来歴の透明性を図る試みを行っているため、どこからAIが作成し、どこから人が作成したのかもわかるようになっています。そのため、世界中のクリエイターが使用することで、さらに学習に磨きがかかることが見込まれます。
 他方で、Adobe Experience Cloudの製品群は世界中のさまざまな業界・業種の企業の皆さんにお使いいただいており、お客様の合意をいただいた上で、匿名化したビッグデータとしてAIの開発に活用させていただいています。
 アドビはアートとサイエンスの両方で適切なラーニングデータを有しているからこそ、皆さまに信頼のできるAIサービスを提供できるのです。

アドビが目指す「Experience-Led Growth」

──今後、アドビが目指す方向について教えてください。
 今はWebやアプリだけでなくリアルも含めて、あらゆるタッチポイントにおいて一貫したメッセージをつくらなければなりません。
 どのタッチポイントで何を伝えるのがお客様にとってベストなのか。ここで選択を間違うと、お客様のエンゲージメントを下げることにもつながります。
 例えば、些細なことですが、チャットで事前に聞かれていた内容を店舗でもう一度聞かれるというようなことが、いろいろなところで起きています。
 しかし、大量コンテンツの時代に、あらゆるお客様に最適な顧客体験を提供するためには、人の手だけではもはや追いつきません。
 お客様のエンゲージメントを高めるためには、「Adobe Sensei GenAI」が副操縦士のようにマーケターやクリエイターを支えつつ、生成AIを活用した大量のコンテンツを効率良く制作、配信、分析するために「Adobe Experience Cloud」でコンテンツサプライチェーンを最適化することが必要です。
 部署やチームごとに施策を行っているため、コンテンツを管理するスプレッドシートが組織の中で散在していて、それゆえに組織全体でコンテンツを把握することができない状態に陥っているケースが見受けられます。
 その点で「Adobe Experience Cloud」を組み合わせて使うことで、コンテンツの企画、制作、配信、分析の一連の流れが整理され、アセットの一元管理やコミュニケーションの可視化が可能になります。
 顧客に最適な体験を提供できるようになり、肥大化するデジタルコンテンツの需要に対して、無駄なく迅速に対応することができます。
──Adobe Summit 2023ではナラヤンCEOから「Experience-Led Growth(エクスペリエンス主導の成長)」というキーワードが語られました。
 顧客体験は、企業の競争力の源泉です。価格競争から抜け出し、いかにお客様に最適な体験を提供するかが、企業の持続可能な成長につながります。こうした意識を持つ企業が、この1年でさらに増えてきていると感じます。
 これを実現するために必要なのが、「do more with less」という考え方。デジタルコンテンツの需要が増えたとはいえ、予算を大幅に増やせる企業は多くないと思います。企業は少ない予算や限られた人数で、より良い顧客体験を提供し、収益を上げていかなければなりません。
 それを実現するツールが、「Adobe Experience Cloud」や「Adobe Sensei GenAI」です。
 お客様のライフタイムバリューを考える上でのタイムラインの中で、企業がエンド・トゥ・エンドで一貫した顧客体験を提供していくためには、ワンプラットフォームで、スムーズに施策の計画、実行に落とし込んでいくことが必要です。
 マーケターやクリエイターが膨大なコンテンツの制作や管理に追われることなく、お客様に何が最適な体験かを考える時間を増やすために、アドビのテクノロジーを活用していただきたいです。