2023/6/21

責任逃れ、及び腰…。硬直組織をほぐした「責めない」文化

ライター
初の自社ブランド商品をあいついで生みだすなど、家業を立て直してきた木村石鹸社長の木村祥一郎さん。でも若いころは「油くさくてせせこましい町工場」が大嫌いでした。

大学時代にITベンチャー企業を起業した後、父に請われていやいやながら40歳でもどってきた木村石鹸は存亡の危機に瀕していました。

そこからの復活を振り返ります。
INDEX
  • 30年ぶりに戻った工場の魅力と危機
  • 「失敗を責めない」文化に戻す
  • 給与アップと提案を自己申告。社員の経営者マインドを育む
  • 社員たちの知恵で乗り越えたコロナ禍

30年ぶりに戻った工場の魅力と危機

中学以来、約30年ぶりに工場に足をふみいれた木村さん。あれほど嫌だった工場の風景なのに、大人になってから眺め直すと、全く違った魅力にあふれていました。
原料の「釜焚き」から始まって、手間ひまかけて家庭用洗剤が作られていく様子。「釜焚き」で、石鹸成分を細かく調整できるからこそ、安全で特色ある商品が生み出せるという強み。
変わらない製法に、むしろ新しい可能性があるのではないかと木村さんは感じました。
一方、決算を見てびっくりしました。
2001年から2013年まで会社の売り上げはほぼ横ばいですが、2007年ごろから利益は減り、2013年には売り上げ7億円に対し、営業利益はゼロになっていました。
ヤシ油などの原料費が高騰しているのに、業務用の商品の価格は10年以上据え置かれていました。営業利益が出ていなければ、客が減っても利益が減ることはありません。業務用の商品をいっせいに15%値上げし、当面の利益を確保しました。
でも、一番深刻だったのは、社内の雰囲気でした。
現役を終えた煙突。石炭を燃料に石鹸を焚いていた時代の名残=同社提供
父が元気だったころは、一生懸命働く社員を大切にして、失敗しても責めることはありませんでした。だから職人たちはのびのびと仕事をしていました。
父に代わって現場を見るようになった外資系出身の執行役員は、厳しい成果主義をとりいれました。
社員30人足らずの会社なのに7つも判が押された稟議書が木村さんのデスクに回ってきます。「全員の承認をとっておけば責任を取らされないからです。責任逃れのための連判状みたいなものですよ」
新製品の開発も及び腰。「こんな商品がほしい」と提案しても、新商品が生まれることはありませんでした。「この会社は『言ったもん負け』ですわ」という声も聞きました。嫌気がさし、会社を去る社員もいました。
「現場の人がおびえているんですよ。売れないと責任を取らされるから、新しい商品を提案せず、言われたものだけを作る。そうすると価格もお客様のいいなりになるから、商売は全くおいしくない」

「失敗を責めない」文化に戻す

木村さんは「失敗してもいいから挑戦しよう」「社員の責任は仕事をやりとげるところまで。失敗の責任は会社が負います」と発信しつづけました。
石鹸液を容器に充填する社員=同社提供
面倒な書類や審査を廃し、営業担当と開発担当が「自分がほしいもの」「大切な人にあげたいもの」と合意すれば、開発に着手してもいいことにもしました。
さらに、OEM(他社ブランドの製造)の顧客企業との打ち合わせには、営業だけでなく開発担当者も同席することにしました。
その結果、ほかにはない長所をもつ衣類の撥水剤など、社員からのアイデアをもとにしたOEM商品が次々にヒット。新しい商品ができるたびに社内は活気づいていきました。
「もともとが『ものづくりの会社』なので、新しいものができれば活気が出ます。社内が『どんどん面白いものを作っていこう』という雰囲気に変わりました」

給与アップと提案を自己申告。社員の経営者マインドを育む

木村石鹸には「部長」や「課長」という肩書はありません。社長以外は「○○さん」と名前で呼びあいます。2020年に三重県伊賀市に新工場ができたときも、6人の立ちあげメンバーが「私たち全員が工場長みたいなもの」と言うので、工場長はおきませんでした。
上下関係のない組織にするのは、社員一人ひとりに仕事を「自分ごと」ととらえてほしいからです。自分で考えて決断したほうがモチベーションが高まります。個々の社員に経営者的な感覚を求めているのです。
とくに若手社員には、困難で大きな仕事に挑戦させます。自社ブランド商品の開発担当の大半は入社5年以内の社員です。
「若いメンバーが失敗しても、しかたないよね、となります。若い人の挑戦をベテランが支える形が望ましいと考えています」と木村さんは言います。
社員たちに誕生日を祝ってもらう木村さん(中央)=同社提供
2019年には社員が希望する給与を自己申告する制度を導入しました。「能力給」は一般的に、過去の実績を査定し、報酬に反映します。ですが「自己申告型給与」は過去の実績は査定対象にしていません。半年先、1年先にどう貢献できるかを社員自身が提案し、それに見合う給料を社員が申告する制度です。
社員の提案は、各グループの代表の社員が審査して「これを盛り込めば、さらに報酬を増やせます」「報酬が高すぎるので、提案した内容か報酬を見直してください」とフィードバックして給与の額を決めます。6割は自己申告どおりの額で決まります。
たとえば商品をチェックする品質管理の仕事を担当する社員は、新たに初心者向けの作業動画マニュアルを制作したり、品質管理の大切さを定期的に発信したりすることを、給与自己申告の際に提案しました。その結果、品質管理のレベルが大きく向上しました。

社員たちの知恵で乗り越えたコロナ禍

石鹸の原料を担ぐ従業員=同社提供
売り上げの3割を占めていた中国向けの新工場が三重県伊賀市で稼働を始めた2020年1月。同時期に中国で新型コロナウイルスの集団感染が発覚し、中国への輸出はゼロになりました。
頭を抱える木村さんに、社員が「こんなものを作ったら?」と提案してきたのが「ハンドミルク」です。
コロナ対策で頻繁に手を洗い、アルコールで消毒するので肌が荒れます。それを防ぐため、すでに開発していたボディーミルクをハンドミルクに転用するというアイデアでした。発売直前にテレビでとりあげられ、1000件を超える予約が殺到しました。
その年の4月に発売した「12/JU-NI」(ジュ―二)も、「巣ごもり」生活に入った人たちがSNSでとりあげてくれて、売り切れが出るほどの人気になりました。OEM商品の売り上げも急増し、中国関連の損失を一気に取り戻しました。
「ハンドミルク」も「12/JU-NI」も木村さんの指示ではありません。社員が自主的に考え、動いたことで、コロナという未曾有の危機を乗り越えたのです。