2023/6/30
もう無視できない。離職を招く意外な“盲点”とは
NewsPicks Brand Design editor
人材獲得の難易度が高まり、働き方も多様化するいま、従業員体験(Employee Experience)を高めることが、企業に求められている。
従業員体験とは、労働環境や組織の文化、業務内容や給与等の待遇を通して、働く社員が感じる一連の体験のこと。
「柔軟に働ける職場環境がある」「成果を出せば給与が上がる」といった体験が重なることで、仕事のやりがいが生まれ、それが生産性向上や企業への愛着につながるのだ。
実際にギャラップ社がおこなった調査では、社員のエンゲージメントが高い組織では、そうでない組織に比べ、欠勤率は41%低く、生産性は17%高かったという(注)。
従業員体験を高める方法としてよく想起されるのは、評価や休暇制度の見直しやリスキリング研修の導入といった人事制度の側面だろう。
だが、人事制度に注力するだけで、本当に良いのだろうか。
「テクノロジーの側面からも、従業員体験は高められる」と語るのは、フランス発の社内ポータル作成プラットフォーム「LumApps」で、チャットボットビルダーのプロダクトマネージャーを務めるトマ・メートル氏だ。
テクノロジーを通して、従業員のやりがいや働きやすさに、どう貢献できるのか。フランス・パリから話を聞いた。
注)出典:The Right Culture: Not Just About Employee Satisfaction BY JIM HARTER AND ANNAMARIE MANN, Gallup
現実味が増す「週休3日制」
──ヨーロッパでも「従業員体験」をどう高めるかが、注目のトピックだそうですね。
メートル ええ、状況は日本と同じです。
優秀な人材を獲得して定着させるために、いかに働きやすく、かつ自身が成長できる環境を提供できるか。多くの企業が試行錯誤しています。
従業員体験を高めるという潮流の中で、ヨーロッパ各国では「週4日勤務制(週休3日制)」を実験的に導入する動きも出ています。
ベルギーでは、給料は減らさず、週4日勤務を可能にするよう法律が改正されましたし、フランスでも活発に議論がなされています。
私も基本的にレイジー(怠惰)な性格なので、この制度改革には大賛成。ですが、休みが増えた分、企業の業績が下がってしまったというわけにはいきません。
そこで、テクノロジーを使って無駄な仕事を減らし、価値を生み出せる仕事に注力する必要があるのです。
──具体的には、どんな場面で無駄な仕事を減らし、従業員体験を高める余地があるのでしょう?
さまざまな場面があると思いますが、たとえば「社内情報の検索」に無駄な時間を費やしている人は、多いのではないでしょうか。
「システム利用の申請ってどうやるんだっけ」とマニュアルを社内ポータルで検索していたら、いつの間にか30分も時間が経っていた、なんて経験がある人も多いと思います。
──確かに、身に覚えがあります。
従業員にじわじわと負荷をかけるこうした状況は、休暇制度を導入しても、「ワークライフバランスを重視しよう」と呼びかけても改善しません。
現実的に業務を円滑にし、無駄な仕事をなくせるテクノロジーこそが、解決できる問題なのです。
一方で、ITツールさえ導入すればいいという話でもありません。
先日、金融系の企業に勤務する友人から興味深い話を聞きました。自社のITツールの使い方に無駄が多く、それに嫌気が差して会社を辞める人が出てきていると。
本来、ITツールを導入すれば、従業員は楽になって嬉しいはず。それなのに、ITツールがストレスを招き、会社を辞める原因にすらなっているのは本末転倒です。
チャットボットは「社内」でこそ使おう
このような問題を解決し、社内業務を円滑化するツールの一つが、「チャットボット」ではないかと私は考えています。
チャットボットとは、人工知能を活用した自動会話プログラムのこと。人間と対話するように、直感的な操作で問題を解決できるので、ユーザーのストレスが少ないのが大きな魅力です。
チャットボットと聞くと、「顧客向けのカスタマーサポートにおいて、接客をスムーズにするもの」というイメージがあるかもしれません。
ですが企業にとって従業員は、顧客と同等に、もしくはそれ以上に大切な存在。さらに先ほど話に挙がった通り、社内の情報こそ整理されていないケースが多いのです。
対顧客だけでなく、対従業員にもチャットボットを活用してほしい。その思いから、私はチャットボット開発を専門とする企業を創業し、社内業務サポートに特化した50以上のチャットボットを開発してきました。
そして2022年12月から、社内ポータルを作成するプラットフォームである「LumApps」に加わり、今年LumAppsに新たに搭載されたチャットボット「デジタルアシスタント」を開発したのです。
──チャットボットは、具体的にどのように従業員の働きやすさを支えるのですか?
まずは「LumApps」がどんなサービスなのか、そこからお話しさせてください。
LumAppsとは、一言で言えば社内ポータルを作れるプラットフォーム。ITの知識がなくても、ノーコードで社内ポータル自体やそこに掲載するコンテンツを作成できます。
複数ある社内ポータル作成プラットフォームの中でも、私たちは「従業員エクスペリエンスプラットフォーム」を標榜しています。
使い心地にこだわり抜いたサービスを提供して、従業員のやりがいや働きやすさの向上に貢献したいと考えているのです。
LumAppsの大きな強みは「横断検索」。
Google Workspace や、Microsoft 365などのグループウェアのストレージ内の情報を、LumAppsを起点に一括で検索できるのです。SDK でサードパーティツールと連携させることも可能です。
たとえば「あの資料はTeams上で見たんだっけ? それともGmailで送られてきたのかな?」と迷ってしまうことは、よくありますよね。
そんなときにTeamsやGoogle Workspaceを立ち上げて探す必要はなく、LumAppsから一括で検索できるのです。
さらに新たに追加されたチャットボット「デジタルアシスタント」を使えば、その「社内の調べ物」がさらに円滑になります。
具体例をお伝えした方が早いですね。
たとえば、あなたが社外の人から贈り物をもらったとしましょう。受け取っていいのかどうかがわからないから、人事のポリシーを確認したいけれど、どこにあるのかわからない。
そんなときは人事の人に質問するかのように、「贈り物をもらったけれど、受け取っていいのかわかりません」と、デジタルアシスタントに質問してみてください。
すると、「50ユーロ以下のものなら受け取れますが、金額がそれ以上の場合は専用フォームに記入してください。フォームはこちらです」と、すぐにデジタルアシスタントが回答してくれます。
このように、社内のあらゆる手続きや質問の窓口が、このデジタルアシスタントになる。
休暇や残業の申請はもちろん、PCの不具合の相談から、育休制度に関する質問など、ユースケースは多岐にわたります。
生身の人間とは違い、デジタルアシスタントは24時間365日、多言語かつ高速で従業員の仕事をサポートできます。
私たちの調査では、このデジタルアシスタントを使えば、従業員は従来の4倍速く悩みを解決でき、人事や総務、情報システム部門の業務量は半分にできるとの結果が出ました。
チャットボットはより人間らしく
──数年前まで、チャットボットは定型の答えを返すだけで、業務のサポートとしては物足りない印象でした。
昨今の生成AIの進歩により、チャットボットはこれまでになく進化していますよ。
かつては、チャットボットに答えさせたい項目をすべて準備して入力する必要がありました。100個程度ならまだしも、それが数千となるとその労力は膨大。
しかし、LLM(大規模言語モデル)をはじめとする自然言語処理の技術が発展したことで、チャットボットのトレーニングにかかる労力を大幅に削減できるようになりました。
LumAppsのデジタルアシスタントを例にすれば、いまでは網羅すべきITや人事、総務に関連する文書をAIに読み込ませた上で、多少の訓練を加えれば、的確に質問に答えられるまでになっています。
答えられる質問の幅も、大幅に広がりました。スペルミスがあったとしても、きちんと質問内容を解釈してくれますよ。
さらにLumAppsのデジタルアシスタントは、口調のカスタマイズまで可能です。
礼儀正しいアシスタントがいいのか、ちょっとフレンドリーな方がいいのか。チャットボットの「人間らしさ」という側面も、AIの進歩とともにさらに加速していくでしょうね。
このように、デジタルアシスタントによるサポートで生まれた時間を使えば、従業員が日々さらされるストレスも軽減でき、やるべき仕事の生産性も高まるはず。週休3日制を実現できる日も、遠くないと感じます。
一方で、そんな未来を実現させるには、AIに読み込ませるデータの品質の向上や、ツール連携のシームレスさの追求など、まだ課題も残っています。
私をはじめとするLumAppsの開発担当者は、そういった課題に一つひとつ向き合っています。
5年後には、LumAppsを活用する職場の従業員体験は、いまとはまったく違うものになっているはずです。そんな未来が来るのが楽しみでなりません。
執筆:横山瑠美
撮影:小島マサヒロ
デザイン:堀田一樹[zukku]、岡さやか[zukku]
編集:金井明日香