2023/6/15

次世代リーダーに求められる「5つの素養」

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
生成AI、ESG、DX、不穏な世界情勢......。ビジネス環境が目まぐるしく変化するいま、多くのリーダーが「企業変革」に向けたアクションを起こしている。
しかしながら、リーダーが変革に向けて試行錯誤をする一方で、現場からは「会社が目指す方向性がわからない」「ダイバーシティと言いつつ、いつも同じ顔ぶれ」など、冷めた声が聞こえてくることも少なくない。
これまでのビジネスの常識が通用しなくなっているいま、企業変革を成し遂げるために何が必要なのか。PwC Strategy&の最新刊『ビヨンド・デジタル ―企業変革の7つの必須要件』では、リーダー自身の自己変革の重要性を説く。
なぜいま変わり続ける力が必要なのか。未来のリーダーに求められる素養やマインドセットとは。創業から35年、取次を通さない「直取引」と独自の企画力で異彩を放つ出版社、ディスカヴァー・トゥエンティワンの成長をけん引してきた創業者の干場弓子氏と、戦略コンサルタントとして企業変革を支援するPwCコンサルティング Strategy&のパートナー唐木明子氏が、「新時代のリーダー像」について意見を交わした。

リーダーに求められる「変わり続ける力」

──ビジネス環境が目まぐるしく変化するいま、リーダーはどのような状況に置かれているのでしょうか。
唐木 みなさん、ものすごく悩んでいます。なぜなら、既存ビジネスを推進しながら、同時に企業変革や新たな事業づくりに挑まないといけないからです。
 既存ビジネスも、原料高や世界情勢の不安などさまざまな課題に直面していて、乗り越えるべき問題は多数あります。一方で、ビジネスの広範な構造変化が進んでおり、起業家精神を持ちながら、新たな事業や価値を創造することも求められる。
 この既存事業の成長と企業変革の両立は、とても大きなチャレンジになっています。
東京大学法学部卒。コロンビア大学ロースクール修了(LL.M)。 JPモルガンで社内弁護士を経験。現在は消費財、小売り中心のクライアント企業に対して、戦略コンサルティングやグローバル化などの支援をリード。 I&D(インクルージョン&ダイバーシティ)やサステナビリティ推進にも積極的に取り組む。著書に『PwC Strategy&のビジネスモデル・クリエイション』(2021、中央経済社)。
 しかも、企業変革には大きなリスクが伴います。変革を前に進めるためには、リーダー自身がリスクを取らなければなりません。
 その覚悟をどれだけ強く持てるか。こうした緊張感のある状態に常に置かれているのが、リーダーの現状だと感じています。
干場 私が経営していたのは小さな出版社ですが、企業規模の大小にかかわらず、新しいことをするときに足かせになりやすいのが既存事業を取り巻く環境だと思います。
 従業員もいる、取引先もいる。既得権益やこれまでのルールがあるなかで、自分たちだけ変えるわけにはいきません。これは新聞社にも言えますし、電子書籍が日本に上陸したときには取次の顔色をうかがって出遅れた出版社もありました。
お茶の水女子大学卒。世界文化社「家庭画報」編集部等を経て1984年、(株)ディスカヴァー・トゥエンティワンを共同創業。以来、取締役社長として、経営全般に携わり、同社を取次を通さない直取引で日本随一の出版社に育て上げた。海外版権営業、SNS活用のいち早い導入やビジネス書大賞創設でも知られる。編集者としても、勝間和代氏らビジネス系ベストセラー作家を多数発掘育成。 2020年1月独立後は、講演、一般企業の顧問、文章指導等を行うほか、21年5月に、発行元出版社BOW&PARTNERS設立、同年10月にBOW BOOKSを創刊。人気を博す。 (一社)日本書籍出版協会初代女性理事、現在はInternational Publishers Association 日本代表理事。主な著書に『楽しくなければ仕事じゃない』(東洋経済新報社)。
 いまあるものから新しいものに変わるには、大きなエネルギーが必要です。変化には常に何らかの痛みが伴います。
 そうしたリスクや痛みも含めて、リーダー自身がまずは覚悟を持つ。そして、時代の変化に適応するためにも、リーダーには変わり続ける力が必要なのだと思います。

「多様な知」を味方にする

──これからの時代、具体的に組織を率いるリーダーにはどのような変化や能力が求められると考えますか。
唐木 私は「知の多様性」を活かす力が求められると考えます。
 これまではリーダー一人が困難を引き受けて、問題を解決することができたかもしれません。しかし、想定外のことが起きる可能性が高い変革期では、従来のやり方は通用しない。
 そもそも自分一人の経験値にも限界があります。すべてを一人で抱え込んでしまったら、複雑な課題を解決しきれないでしょう。不確実性の高い時代だからこそ、いろいろな人を巻き込み、率いることができるリーダーが必要です。
 他人の意見に丁寧に耳を傾け、対話のプロセスを大切にしながら変革を進める。表面的なインクルージョン&ダイバーシティではなく、本当の意味で多様性を活かし、多様な知性を味方にする力が現代のリーダーに求められていると思います。
干場 とても共感します。ただ経験上、何かを決めるときに「みんなの意見を聞いて相談する」というシステムが作られてしまうと、スピーディーに意思決定できないですし、大きな変革は起こせないようにも思います。
 特に変革を実行するとなると、相当な力が必要。私が自分の会社をあのスピードで成長させられたのは、誤解を恐れずに言うと独裁的なリーダーであったことも影響していたと思うのです。
 もちろん、いま振り返れば、「あのときあの人の意見を聞けばよかった」という反省もあります。社員から提案されたPRのアイデアを優先順位が低いと判断して一蹴したのに、数年後に他社がそのPRの方法で売上を伸ばしているのを見たときとか……。
 意思と力を持って組織を率いながらも、周囲の人から意見を取り入れる機会を、自身で意識的につくることが必要だったと思います。

明るく、ご機嫌であれ

唐木 干場さんにもそのような経験があったのですね。やはり対話をおろそかにしないことは大切だと思う一方で、どんな時代においてもリーダーは心身ともに大変なポジションです。
 創業から35年、ディスカヴァー・トゥエンティワンの成長をけん引されてきた干場さんは、そうした壁や悩みをどのように乗り越えてきたのでしょうか。
干場 私は編集者から経営者になったので、経営やリーダーとしての振る舞いは一つ一つ勉強しながら取り組んできたのが正直なところです。
 そのなかで、リーダーとして大切にしていたことは4つ。「ビジョンを示す」「リソース配分を考える」「社員を鼓舞する」「笑顔でいる」です。
 ビジョンを示して、予算や人の配分を考えるのは経営者の基本ですよね。そしてビジョンを実現するには、社員にモチベーション高く取り組んでもらえるように鼓舞することも重要だと考えていました。
 実際、会社が何を目指すかを日頃から伝え、社員を鼓舞していたことで、危機的な状況に陥ったときに社員一人一人が自ら考え行動してくれた出来事がありました。
 また実は、まだ社員が20人ほどだったとき、取引先が廃業して売上の3分の2を失ってしまったことがあるんです。突然のことで私もすぐに対応策が浮かばなかったのですが、社員が本気で自分事として考えてくれて。
 普段はあまり発言しない経理担当がリーダーシップを執ったり、営業メンバーが率先して行動してくれたり。結果として、2カ月で売上を倍にすることができました。
 危機が起きたときにリーダーが全部を考えなくてもメンバーが自主的に動ける組織をつくることが、リーダーの仕事だと身を持って感じることができた経験でした。
 4つ目の「笑顔でいる」ことは、リーダーの仕事の中でも実は一番大事だと思っています。売上が下がったり、トラブルが起きたりしたときにリーダーが険しい顔をしていたら、社員もみんな不安になります。
 だからこそ、私はオフィスに入ったら足取りは軽く、明るくご機嫌でいることを心がけていました。暗い顔をしているマネージャーを見つけたときは「自分のチームの社員を元気づけるのがリーダーの第一条件」と伝えることもありましたね。

ゼロリスク志向からの脱却

唐木 4つ全部に共感します。私もお客様から「コンサルタントなのによく笑っている」と言われたことがあって。
 コンサルタントって難しい顔をしているイメージがあるみたいなんです。
干場 あれ、カッコつけてるだけですよね(笑)
唐木 ですよね。難しい課題に直面しているときこそ、リーダーはポジティブでいるべきだと思うんです。
 私はチームで難しい課題に取り組んでいるメンバーがいる場合、一緒になって直面している課題の具体的な内容や優先度、課題の解決策のアイデア、アイデアの内容を検証する方法などをホワイトボードにすべて書き出して、限られた時間内で何に集中して取り組むべきかを考えたりしました。
 分解して可視化することで、難しい状況だったとしても、なんだかクリアできそうに思えてくるんです。
 コンサルタントの仕事は岐路に立ったときにそれぞれの道のリスクとリターンを明らかにして、クライアントの迷いを断ち切ってあげること。これはリーダーにも共通する部分があると思います。
干場 課題に気がつけば解決策を考えることができますが、そもそも課題を課題だと認識できていないこともありそうですね。
唐木 おっしゃるとおりで、コンサルタントの仕事でよくあるのは、思っていたところと全く違う点に問題があったというケース。
 だから、本当の課題を発見することが、コンサルタントの仕事の一つでもあります。そしてリーダーは都合の悪いことにふたをするのではなく、課題をきちんと見極め、リスクを受け入れることが必要です。
 日本企業は“ゼロリスク”を好む人が多いですが、いつか起きるかもしれないものがリスクであって、ゼロにすることは不可能。それなのに、リスクがゼロでないと進まなかったり、ゼロでないと指摘されてしまったりする。しかし重要なのは、リスクをどのようにマネジメントするかです。
干場 リスク抜きに変革は起こせないですよね。
唐木 そうなんですよ。リスクと向き合った経験が少ないから、リスクを受け入れて管理できる人は多くない。
 すると、いつまでもリスクを扱うスキルが身につかず、成長できない悪循環に陥ってしまいます。リスクをみんなで捉え、受け入れるカルチャーをつくるのもリーダーの役割だと考えています。
干場 リスクと向き合う経験は、若手でもできます。
 たとえば、謙虚であることをやめてみる。日本では謙虚であることを美徳に捉えられる傾向がありますが、それはうまくいかなかったときの保険をかけているとも言えます。
唐木 私も若手の頃は、どんどん前に出ることにすごく抵抗がありました。自分がファシリテートする会議でも、資料に書く名前は上司から順番に書いていました。
 でも、その時の上司に「この場は誰が仕切るのか、この場の誰がリーダーなのか」を問いかけられ、自分の名前を一番上にあげたことがありました。このやりとりは、私にとって、リーダーの役割とは何かを強く意識するきっかけになりましたね。

素直にぶつかり、正しさの「外側」に目を向けよう

──次世代のリーダーを育成するために、お二人が意識していることはなんですか。
干場 これも反省がありまして、以前、入社2〜3年の優秀な若手にマネージャーを早めに任せたのですが、頑張りすぎてつぶれてしまったんです。
 自由にやらせてあげようと思ったのですが、負荷が重かったみたいで。その時にリーダーは若手を育てようとしたら、完全に任せるだけでなく、ある程度まで導くことも大切だと感じました。部下がどこまでできるのかをきちんと理解したうえで、権限を渡すということですね。
 逆に、若い方は自分に素直になって、周囲を存分に頼ればいいと思います。
唐木 素直さは大きな武器ですよね。
 ただ人を頼る時に意識してほしいのは、仮説は持っておくこと。大切なのは、自分自身はどうしたいと思っているのか、ということです。
 「こういう理由で、ここに悩んでいる」「次にこうしようと思うが、この点がわからない」と言ってもらえば、いくらでも助けることができます。しかし、「わかりません、どうしたらいいですか」とだけ言われても、こちらのサポートにも限界がある。
 ビジョンをどう達成するかを考えることが、コンサルタントの仕事です。これは、「考える努力」をすることで身につきます。
 周囲のサポートに甘えるだけではなく、自分から仮説をぶつけていく。懐を借りるくらいの気持ちで仕事に取り組んでもらいたいですね。
干場 おっしゃるとおりですね。加えて、私から若い人に向けてメッセージがあるとしたら「前提を疑う」ことを大切にしてほしいと思います。
 いま当たり前だと思っている世界の外側に、新しい発見や答えはあるものです。
 過去の成功体験に縛られすぎないことは、若手の特権。正しさの外側を探求する勇気を持ってもらえると嬉しく思います。
唐木 私も最後に付け加えるなら、「肩書きを外せるコミュニティ」に参加することも大事だと思います。私的な勉強会や社会人MBAでも、趣味、学校や地域の活動でも構わないと思います。自分が先陣を切って集まるものであればなお良いです。
 会社での役割を離れた自分を体験することで、自分自身の幅が広がりますし、新しい世界や価値観と出会えるはずです。企業変革を成し遂げようとするすべてのリーダー、そして次世代リーダーのこれからの挑戦を応援しています。