2023/6/23

【現場ルポ】都心・虎ノ門に、一夜で“橋”が架かるまで

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
2023年秋に開業予定の「麻布台ヒルズ(虎ノ門・麻布台プロジェクト)」。工事は大詰めを迎え、周囲は大きく様変わりしている。

街中の大規模再開発には、道路や歩道橋、地下道などの公共インフラの建設・整備も伴う。

そうした「都市土木」を、麻布台ヒルズで担うのが、清水・三井住友建設JV(※)だ。
※ジョイントベンチャー。複数の建設会社が1つの建設工事を受注・施工することを目的として形成する事業組織体

既存の都市機能や人々の生活を止めることなく進む都市土木は、どのような技術に支えられているのか。

その神髄を確かめるために、「麻布台ヒルズ」の新設ビルと、桜田通り(国道1号)を挟んで向かい合う「オランダヒルズ森タワー」を結ぶ歩行者デッキ新設工事の最前線に密着した。
INDEX
  • 「全長36m、重量56t」を、たった一晩で
  • “リニューアルタウン開発”は、まるでパズル
  • 技術が進歩しても「掘ってみるまでわからない」
  • なぜ制限時間は「1時間」だったのか?
  • 気持ちを通じ合わせてこそ、役割を全うできる
  • 人々の生活を止めずに、街をつくり変える
  • 世代を超えてつくり、世代を超えて愛される街に
国内最大規模の再開発「麻布台ヒルズ」の建設状況。日本一の高さになるA街区タワー(写真左側)も清水建設が手掛けている。

「全長36m、重量56t」を、たった一晩で

 4月23日、日曜日の未明。日の出前の暗い空の下、桜田通り上に、オレンジ色の街灯に照らされた人々の姿があった。
 彼らの視線の先には、片側3車線を占拠する400t吊りの巨大クレーン。そのフックの先には、全長36m、重量56tの歩行者デッキがあった。
 ここは、東京・虎ノ門を貫く桜田通り。昼間は多くの車両が行き交う幹線道路だが、この時間帯はタクシーがまばらに通り過ぎる程度だ。
 現場を含む約450mの区間が全面通行止めになる。いよいよだ。
 工事の制限時間は1時間。関係者に緊張がみなぎるなか、クレーンはうなりを上げながら、デッキを吊った“腕”をゆっくりと左へ旋回させていく。
(映像提供:清水建設)
 2019年8月に着工した、国内最大規模の再開発事業「麻布台ヒルズ」。
 そのC街区とオランダヒルズ森タワーを結ぶ歩行者デッキの新設工事には、都市土木の難しさが凝縮されていた。
 この日を迎えるまでに、重機や工法の選定、道路の管理者や安全管理者、近隣との調整などをひとつずつクリアし、入念なシミュレーションも繰り返して、施工手順を確認してきた。
 いったい何がこの工事を難しくしていたのか。時計の針を巻き戻そう。

“リニューアルタウン開発”は、まるでパズル

 2018年12月。「麻布台ヒルズ」の建築工事の着工より一足早く、道路や地下道、歩道橋など、再開発に必要な公共インフラの整備に向け、土木工事がスタートを切った。
 それから約4年半。建築工事は終盤を迎え、全貌が明らかになりつつある。
「再開発では高層ビルの建設が注目されがちですが、私たち土木工区もここからがクライマックス。ようやくゴールが近づいてきた状況です。
 歩行者デッキの架設とともに、開発エリアと地下鉄駅(東京メトロ 日比谷線 神谷町駅、南北線 六本木一丁目駅)を結ぶ接続通路の新設工事も進めています」
 そう語るのは、同プロジェクトで土木工区の所長を務める上隆義氏(以下、上氏)だ。
 ゼロから街をつくるニュータウン開発と異なり、再開発事業に代表される都市土木を、上氏は「既存の街をつくり変える“リニューアルタウン開発”」と表現する。
「都市土木では、開発エリア周辺にお住まいの皆様が普段どおりの生活を営めるよう、近隣への影響を最小限にとどめる施工方法を選んでいます。
 街の主役は、住民の皆様。ですから、都市土木は『工事をする』のではなく、『工事をさせていただく』というスタンスが前提になります」
 夜間作業が多い都市土木では、騒音や振動を抑える対策はもちろん、できるだけ音の小さい小型の重機を使うといった配慮が不可欠だ。
 だが重機が小型になれば、工事に時間がかかり、費用もかさむ。
 近隣第一を貫きながら、いかに工事を予定通りに進めるか。ここに、都市土木の難しさがある。
平日昼の桜田通り。車や歩行者が絶えず行き交う。
 また、現場の敷地内で行う建築と異なり、都市土木は「自分たちの持ち場がない」ことも特徴だという。
「たとえば道路の場合、国道ならば国、都道は東京都というように、管理する行政機関があります。
 道路工事をするには、各所に施工内容や範囲などをお伝えし、協議のうえで許可を得なければなりません。いわば、土地をお借りして工事をするわけです」
 誰が、どの順番で、どこを優先して作業を進めるか。各所の要求を理解しながら、粘り強く調整を積み重ね、工程を管理していく。
「まるでパズルのような調整ですね。一つ誤れば、作業が後ろ倒しになり、最終的に工期にまで影響することもあります」

技術が進歩しても「掘ってみるまでわからない」

 今回、歩行者デッキを新設する前に、まず桜田通り上に架けられていた古い歩道橋を撤去している。
 撤去工事に用いるクレーンの選定には、歩道橋の重量に関する情報が必要だが、1968年に架設された歩道橋の電子記録は存在しない。
 歩道橋の鋼材使用量を実測して算出することから、撤去工事の準備は始まった。
老朽化した歩道橋の撤去工事の様子。重量を見誤ると、撤去できないことも……。(画像提供:清水建設)
 こうした情報不足をはじめ、都市土木では想定外の状況への柔軟な対応も求められる。
 その一つが、地下鉄や埋設物を破損するリスクだ。
「現場の道路直下には、日比谷線が通っています。他にも地中には、上下水道やガス、光ケーブル、電線などの埋設物があります。
 掘削する際は、その有無を図面で確認しながら進めますが、実状とは異なることも珍しくありません。
 また、埋設物のなかには、現在は使用していない管路や不明な残置物なども含まれていて、各所に確認を取るまで撤去の可否はわかりません」
 上氏によれば、事前の協議や埋設物探査などで、ある程度は地中の状況を想定できるものの、現場で必ず一度は掘削し、目視で埋設物の有無や位置を確認してから、本作業を進めるという。
「公共の場で工事を行うからこそ、こうした時間と手間のかかる作業が不可欠なのです。住民や通行人の皆様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」
 新設される歩行者デッキの片側は、オランダヒルズ森タワーの2階につながる。
 全体で長さ約42m、重量約68tにもなるデッキを支えるには、新たに頑丈な橋脚が必要だが、オランダヒルズ森タワーが竣工した2005年当時、このデッキの架設はもちろん想定されていない。
「橋脚の基礎となる杭は、敷地の境界と既存の地下の壁との間、わずか1.5mのスペースに打ち込まねばなりませんでした。
 建物前の歩道は狭く、工事可能なスペースは限られます。直径1mの杭を3本打ち込む当初の計画には、大型重機が必要で、処分する土量も多く、道路を長期間占有してしまいます。
 そこで、細径の回転杭を用いる工法に変更しました。
 直径40cmの杭6本でも、施工性が優れているので、道路の占有期間も短く、処分する土砂もほとんど発生しません」

なぜ制限時間は「1時間」だったのか?

 計画当初、歩行者デッキの新設はクレーンによる「一括架設」を予定していなかったという。
 まず検討されたのは、道路の中央に支柱を立て、歩行者デッキを2回に分けて架設する工法だった。
 この場合、支柱の建設から撤去まで、道路中央での車線規制が必要になってしまう。
 現場の交通量や安全性、近隣への影響を考慮した結果、地上で歩行者デッキを組み上げてからクレーンで一気に架ける一括架設が選ばれた。
 しかしそれでも、短時間ながら桜田通りを全面通行止めにする必要がある。
 警察と国道事務所との協議のうえで許可された時間帯は、最も交通量の少ない日曜未明のわずか1時間だった。
都市土木における最大のハードルは『時間』です」
 上氏はそう明言する。
「決められた時間内で、予定した作業を滞りなく終わらせる。当たり前のことながら、簡単ではありません。
『時間』の約束を守るには、入念な準備が必要です。ただ、それだけでは不十分。分刻みのスピード感が求められます。
 そして工事に関わる全メンバーが、自分に与えられた職務や役割を理解し、周りの状況に気を配りながらお互いに助け合う。これが最も大切だと考えています」
 ミスによる手戻りは許されない。そのため、事前に入念なシミュレーションが行われた。
 工事関係者と段取りを話し合い、当日の動きをCGアニメーションや3Dプリンタ模型で検証。さらに懸念点を洗い出す。
CADデータを基に制作された歩行者デッキの模型。階段部分は、架設後に設置予定。
 デッキを接続するオランダヒルズの2階には、せり出した軒(のき)がある。これが、一括架設の難易度を押し上げた。
 クレーンで吊り上げたデッキをまっすぐ下ろすことは不可能。そこで、まずデッキ先端をオランダヒルズに対して斜めに差し込み、デッキの角度を戻して、橋脚の固定位置まで引き戻す、という手法が採用された。
 大雑把に言えば、軒と橋脚によってできた“穴”に、横からデッキを差し込む要領だ。
(映像提供:清水建設)
 想定では、デッキを所定の位置まで動かすのに40分、橋脚との固定に20分。所要時間ジャスト1時間で、1分たりとも余裕がない。
 他にも、クレーンのオペレータの選定や、建築工事側との調整、社内の経験者によるクロスチェック、近隣に配慮した機材選定、全面通行止めの事前告知──当日までにやらねばならないことも、山ほどあった。それもまた、時間との戦いだった。

気持ちを通じ合わせてこそ、役割を全うできる

 架設工事の当日。穏やかな天候のなか、予定通り土曜午後8時から作業はスタート。まずは桜田通りを一部通行規制し、作業帯を確保した。
 400t吊りのクレーンは、その巨大さからそのまま路上を走ることはできない。
道路陥没を防ぐため、クレーンの設置位置にクレーンの荷重を分散させる鉄板を敷設。4時間もかけてクレーンが組み上げられた。
 クレーンのパーツを載せたトレーラーが次々と作業帯に入場し、作業員たちが声を掛け合ってパーツを組み立てていく。その様子を、上氏は少し離れたところから、じっと見守っていた。
「私の仕事は、いかに仕事を任せられるかに尽きます。
 実際に手を動かす職人さんには、技術とプライドがある。それゆえに、厳しい意見をぶつけ合うこともあります。彼らに正面から向き合って、気持ちを通じ合わせてこそ、良い仕事ができるのです。
 今回の現場も、直前まで全員で段取りを確認していました。あとは、それぞれが与えられた役割を全うしてもらうのみ。
『これだけ打ち合わせたのだから、あとは自分自身と周りの仲間を信じて、何としてもやり抜く』という信頼関係の上に、都市土木は成り立っています」
 日付をまたいで、クレーンのワイヤーにフックが取り付けられた。
 まるで命を吹き込まれたかのように、うなりを上げ、クレーンが動き始めるが、まだ組み立て作業は終わらない。
 今度はクレーンが自らのボディに鋼製のウェイトを積み始める。56tものデッキを吊り上げるには、クレーンにも相応の重量が必要なのだ。
 いよいよクレーンが始動する。旋回し、麻布台ヒルズの敷地に横たわる歩行者デッキのほうを向いた。
デッキは12mずつ3分割して工場製作。現場に搬入後、一体化してから接続部を塗装して仕上げたという。
ワイヤー先端のフックをたぐり寄せ、作業員が手際よくデッキに取り付けていく。
 そして、クレーンはその重さを確かめるように、デッキを少し浮かせた。

人々の生活を止めずに、街をつくり変える

 いよいよ、その時が来た。
 桜田通りの全面通行止めを確かめてから、クレーンはデッキを地面から5m超の高さまで吊り上げた。
 橋脚や路上には数名の作業員が配置され、クレーンのオペレータと無線で通信し合う。
 そのままクレーンはアーム部分を左へ旋回させる。デッキが大きな弧を描きながら、C街区のビルすれすれを通過する。
 通行止めから10分。デッキが道路に直行する位置取りになった。
 続いて、オランダヒルズ森タワー側の“穴”とデッキの高さを合わせにかかる。
 繊細な操作で、じわり、じわりと、デッキをオランダヒルズ森タワーへと近づけていく。風が強まるなか、慎重に。
 通行止めから30分。オランダヒルズ森タワー内にデッキの先端が差し込まれた。
 さらに、それぞれの橋脚にいる作業員が手作業でデッキの角度を調整。デッキの重量が橋脚に預けられた後、作業員が接合部を素早くボルトで固定していく。
 予定の1時間に収まる形で一括架設が完了した頃には、夜が白々と明け始めていた。

世代を超えてつくり、世代を超えて愛される街に

 今回紹介した作業は、麻布台ヒルズプロジェクトのほんの一部にすぎない。土木工区に限らず、各街区の工事は大詰めを迎えている。
「この再開発は、30年以上前から計画されてきたものです。この場所には、権利者の皆様をはじめ、開発に携わった人々の長年の思いが込められています。
 そうした流れを受けて、当社も工事に参画させていただいています。
 だからこそ、50年、100年という長いスパンで、愛される街にしていかなければ。そうした思いで工事に向き合い、一つひとつをしっかり納めていくことが、我々の使命なのです」
 歩行者デッキ架設のビフォーアフター。
 早朝、歩道を行き交う人々が、新しい歩行者デッキの下を通り過ぎていった。まるで、以前からそこにあったかのように。
 人々の生活を止めずに街をつくり変える。都市土木の神髄は、清水建設の中に受け継がれている。