2023/6/5

【必見】地方創生ビジネスに絶対に欠かせない視点とは

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 過疎化や高齢化が進む地域で、産業創出や移住促進のための施策が広がっている。
 宮崎県の県央部に位置する町「都農(つの)」。農業が盛んで、「都農ワイン」でも知られる人口約1万人の同町は、新たなビジネスチャンスをつかむ舞台として町を「開放」している。
空から見た都農町(写真提供:一般社団法人「TSUNORU」)
 都農町長や民間企業で構成される町づくり団体「一般社団法人TSUNORU」は今年2月、都農の町づくりに関するビジネスプランを募るプラットフォーム「TSUNORU」をリリース。
  町の発展に寄与する計画については「一般社団法人TSUNORU」が事業化の支援をする。
 その内容は幅広く、資金助成や人材紹介といった行政的なバックアップに加え、TSUNORUに参画する民間事業者らがマーケティングやクリエイティブのノウハウを提供するなど、官民両面から応募者を支える仕組みだ。
 応募者側からすれば、潤沢な事業資金や地域との関係を持たずとも、アイデア一つで町づくりに携われるのが大きな魅力と言える。
 地方創生の熱が高まり、地域活性ビジネスに関心を寄せる人も少なくないだろうが、事業計画はどのような視点で考えれば良いのだろうか。
 都農町長の河野正和氏、「TSUNORU」の企画・運営に携わる株式会社タングルの宗像洋斗代表、「沿線まるごとホテル」(東京都奥多摩町)や「NIPPONIA 小菅 源流の村」(山梨県小菅村)など多様な地域活性事業を手掛ける株式会社さとゆめの嶋田俊平代表の鼎談から、そのヒントを探る。
今回の鼎談は都農高校跡地で実施。同校は2021年に閉校したが、その跡地を多世代が交流する施設として再活用することが決定。都農の新たな動きを生み出す拠点になることが期待されている。

町全体を産業創出の場として開放

──「TSUNORU」では都農町の課題解決につながる事業計画を募集しています。まずは町の現状を教えてください。
河野 都農町は「農の都」。名前の通り、果物や畜産などの農業を長く主産業としてきました。
 しかし、その他に主要な産業がなく、かつては町民1人当たりの所得が県内で常にワースト3に入る時代もありました。働く場所がないので、若い町民はどんどん外に出ていきます。
 若い人たちに地元で働く選択肢を示すためにも、クリエイティブやITなどを駆使して農業従事者らが「6次産業化」(※)を図っていくことが必要です。
 町としてもそのための投資をしなくてはなりません。
 ※生産者(1次産業)が加工(2次産業)と流通・販売(3次産業)も行い、経営の多角化を図ること
1980年(昭和55年)、都農町役場に入庁。宮崎県庁への出向などを経て地域振興課長、農林水産課長などを歴任。2007年の町長選挙で初当選し、現在4期目。高鍋高校時代はラグビーに打ち込み、ポジションは司令塔のスタンドオフ。高校日本代表候補にも選出された。
 投資によって雇用を生み、町民所得を増やし、税収を増やし、その税収を再投資していく──この正のスパイラルを回すことに取り組まなければならない。
 その思いから、ここにいる宗像さんたちと一緒に策定したのが、「都農町WALT計画」です。
宗像 WALT計画は、「W:ワーク、A:アカデミー、L:ライフ、T:都農」の頭文字を取ったもので、それぞれの課題を解決し、人口増加につなげていく抜本的改善計画です。
「共に創り、共に育てる町。共創型インキュベーションタウン都農」をコンセプトとしています。
 どの地域にも、外からの参入に抵抗を感じる方がいらっしゃいます。その壁を乗り越えるには、新しい風が既存産業に良い影響を与えることが欠かせません。そこで「共創」を計画の中心に据えました。
 このWALT計画を実現するために創設したプラットフォームが「TSUNORU」です。
 地域活性に寄与するビジネスプランを持つ人と、都農町のヒト・モノ・コトをつないで、新たな活動を生み出すためのプラットフォームです。
嶋田 「地方創生」という言葉が出始めた約10年前、コンサルティング会社やシンクタンクがあらゆる地域で計画を策定したり、政策提言したりしていました。
 その頃は地域の中にそのアイデアを実現する人材がいたのですが、今はアイデアがあっても、それを実践する人がいないという状況です。
 その中にあって、このTSUNORUは外からアイデアをもらうだけでなく、事業プランを提案した人が自ら町に入って、当事者として事業に携わる、という仕組みですね。
京都大学大学院農学研究科終了後、環境専門コンサルタント・シンクタンクに入社。地域資源を活用したコミュニティ・ビジネスの事業計画立案、地域の森林利用・保全計画の策定支援、農山村をフィールドにした企業のCSR活動の企画立案等に従事。2013年5月、株式会社さとゆめを創業。道の駅やアンテナショップのプロデュース、商品開発・プロモーション、地域振興のビジョン策定など幅広い事業領域で地域を支援。これまでに関わった地域は50を超える。2019年8月には、山梨県小菅村に、「700人の村がひとつのホテルに」をコンセプトとした分散型ホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」を開業。その他、山形県河北町の地域商社・株式会社かほくらし社、人起点の地方創生を目指す株式会社100DIVE、JR東日本との共同出資会社・沿線まるごと株式会社の代表取締役も兼務。
宗像 おっしゃる通りです。ワクワクするアイデアを持っているのなら、ぜひ都農町でやってみませんか、という。
嶋田 そこが大きなポイントですね。
 行政やコンサルが計画を作り、補助金も用意して、最後に「これをやってくれる人はいませんか?」と呼びかける「計画起点」の事業は、あまりうまくいかないんです。
 他人が作った計画をやりたい人なんて、まずいませんから。
 その点「TSUNORU」は、アイデアを持っている人が、それを自らの手で実現する。計画起点でなく「人起点」で物事が始まるプラットフォームと感じました。
宗像 提案いただいた事業計画が実現するよう、我々タングルも参画している「一般社団法人TSUNORU」が応募者に伴走します。
 この社団法人には、不動産、ブランディング、クリエイティブ、マーケティングなどさまざまな分野のプレイヤーが所属しており、個々のスキルを活かしながら事業化をサポートするほか、地域人材や空き家の紹介なども行っています。
一般社団法人TSUNORUのメンバーであり、民間企業では、新規事業やサービスデザイン、クリエイティブ制作などを行う株式会社タングル代表取締役兼チーフクリエイティブオフィサー。また、TANGLE社はインキュベーション事業を行う株式会社DCのグループ企業であり、インキュベーション事業にも強みをもつ。
 また、この団体は応募された事業の審査や応募者との面接も行っていますが、単にふるいにかけるための審査ではありません。
 採択されなかった場合も、事業計画を形にするためのサポートをします。
 「共創」をテーマにしているプラットフォームとして、勇気を出して応募してくださった方とのご縁をどうにかして形にしたいと考えています。
河野 そこもTSUNORUのユニークなところですよね。
 行政の審査では、「落としてしまうのはもったいない」と思っても、白か黒かを判断しなければいけませんから。

「夢ドリブン」で町の未来を描く

──2023年の2月1日にTSUNORUがローンチして、約2カ月が経ちました。現在の応募状況を教えてください。
宗像 3月末で第1期の募集を終了したところですが、20件の応募がありました。内訳は宮崎県内の3件を含む九州圏で6件、関東都市部で9件、その他地域から5件です。
嶋田 関東からも9件というのはすごいですね。実際にどんな応募が来ているのですか?
宗像 「お笑い」を通じた社会課題の解決事業、都農町の名産で“幻の柑橘”と呼ばれている「日向へべす」のブランディング企画、ドローンを活用して農薬を散布する事業、婚活事業、ビーチ開発事業など、バラエティに富んだプランが集まっています。
 全くのゼロからのスタートで、これだけ応募をいただけたのは嬉しい限りです。
 募集に際しては、「町づくり、一緒にしませんか?」というワンフレーズを、応募サイトやウェブ広告など全てのプロモーションで展開しました。
 このメッセージが「そもそも自分も町づくりに携われるんだ」という気づきにつながり、応募者の心理的ハードルを下げることにつながったのではないかと思います。
嶋田 この応募サイトは私も拝見しましたが、「アクション100」というコーナーが面白いですよね。
河野 都農町にこんな仕組みがあったらいいなと思う我々の夢を掲げ、それを実現するための具体的な行動も示したものです。
嶋田 行政のまちづくり施策では「こんなに衰退しています」「こんなことで困っています」とネガティブな課題を強調しがちですが、私は「課題ドリブン」よりも「夢ドリブン」であるべきだと考えています。
 そうでないと物事は前に進まないし、人も集まってこない。その意味で、この「アクション100」からは「夢ドリブン」のポジティブなメッセージが伝わってきます。
河野 ありがとうございます。ちなみに地域活性のエキスパートとして嶋田さんが気になったアクションプランはありますか?
嶋田 例えば、「観光」のカテゴリーに「都農の味覚を満喫、ワイナリー直営レストラン」というアクションがありますよね。
「アクション100」の観光のコーナーより
 改めて、ワイナリー(都農ワイナリー)は、都農町の重要な観光資源と感じます。
 近年、日本のワインは世界的に評価が高まっています。都農ワインの知名度や価値もこの町づくりの取り組みを通して高めていけるのではないでしょうか。
 都農ワインの評価が高まれば、ワイン作りに関わるブドウ農家(1次産業)やワイナリーの従業員(2次産業)への還元をはじめ、ワインを楽しめるレストランの開設といった3次産業の発展、つまり6次産業への展開も考えられる。
 そんなポテンシャルを感じます。
河野 そう言っていただけるのは嬉しいですね。
 他にも、宮崎県内で最も格式の高い「日向国一之宮(ひゅうがのくに いちのみや)」に位置づけられた「都農神社」や、日本の滝100選にも選ばれた「矢研の滝」など都農には観光資源がたくさんありますが、あまり生かしきれていないのが現状です。
嶋田 それら一つひとつの観光スポットが「点」として消費されているからかもしれません。
 点をつなぐ体験型のパッケージ商品を作り、さらにゆっくり滞在できるホテルを設けて「面」にしていく。そんな発想が必要ではないでしょうか。
 滞在時間が延びれば、地域に落ちるお金も増えていきます。
宗像 滞在施設については、私たちの間でも話をしているところです。
 都農にはワイナリーの丘の上など景色のいいロケーションがあるので、そういうエリアにバケーションレンタル(貸別荘)のスポットを設けていく。
 実は今回の応募の中には、木材を用いた「バレルサウナ」を作りたいという提案もありました。
 そういうものを組み合わせれば、魅力的な滞在体験を提供できるかもしれません。
Reimphoto / istock
河野 実は都農町には京都の樽メーカーの工場があるんです。ワイナリーと樽工場を両方持っている町は、なかなかありません。
嶋田 それはすごい武器ですね。それこそ樽メーカーさんにバレルサウナを作ってもらってもいいわけですし。
宗像 これもぜひ実現したいですね。

都農で生まれたソリューションを都市部に、そして世界に

──嶋田さんはこれまで多様な地域活性事業を手掛けてこられています。「TSUNORU」のような仕組みを通じて地方創生ビジネスに携わりたいと考えている人に、アイデアの出し方や視点の持ち方などを伝えるとしたら、どうアドバイスしますか。
嶋田 なかなか難しいお題ですが、基本的なことをお伝えするなら、その町を歩いてみることでしょうか。
 丘に登ってみる、川べりに下りてみる、集落に入ってみる。そうすることで、町の資源やスケール、位置関係が把握できます。
「ここからここまで歩いて5分か。意外と近いから一つのツアーにできそうだな」というように、先ほどお話しした「点」と「点」をつなぐアイデアも浮かんできます。
 もう一つは、事業の「範囲」を決めること。いきなり都農町全域でやるのか、あるいは町内の一つの地区からスモールスタートしたほうがいいのか。この範囲を決めるのが意外に難しい。
 山梨県・小菅村の「NIPPONIA小菅 源流の村」は「700人の村が1つのホテルに」というコンセプトで立ち上げた、村全体を一つの宿に見立てた分散型ホテルです。
 これは「700人」という規模だから実現できたこと。1万人の町、5万人の市、という単位では難しかったと思います。
宗像 なるほど。ちょうどいま次の募集に向けて現地の説明会も兼ねたツアーを検討しているところですが、都農への解像度を高めていただくためにもやったほうがよいかもしれませんね。
嶋田 あと、これは応募者だけでなく、TSUNORUの運営側も含めた話になりますが、新しいことをやるときは、新しい人と組むことが大事だと思います。
 答えも前例もない中で事業を創っていくわけですから。
河野 まさにおっしゃる通りで、若い人たちの柔軟な発想を活かせる環境を用意することは非常に重要なことだと思います。
 過疎化に直面する自治体では課題が山積し、財源も限られています。
 その中で、私はあえて「補助金には頼るな。自前で財源を生み、自分たちのやりかたでやろう」と職員に呼びかけています。
 国や県の補助金には事細かな縛りがあって、自治体が自由に使えない。
 そういう縛りが志を持った人たちの発想を狭め、その結果できあがったものに目新しさはなく、住民のニーズからも乖離してしまうことが珍しくありません。
 だからこそ、都農町は自主財源を確保するために、これまで積極的にふるさと納税に取り組み、いただいた寄付金の一部を、今はTSUNORUに投資しています。
宗像 河野町長がこういう感覚をお持ちの方なので、TSUNORUも自由度の高い運営ができているように思います。
河野 私はTSUNORUを成功させ、同じく過疎化に悩む地域のロールモデルになりたいと考えています。
 私が町長に就任した2007年当時、都農町は全国的にもワーストに近いほどの財政難。さらに、2010年には家畜伝染病の口蹄疫による牛や豚の全頭殺処分という痛ましい出来事も経験しました。
 そのとき、獣医師の派遣や多額の義援金を寄せていただくなど、全国の方々に助けていただきました。そのご恩を町民が忘れることはありません。
 いちばんの恩返しは、私たちの町が元気になっていく姿を見せることです。
 さまざまな方との共創を通じて、都農町ならではの究極の返礼品を生み出し、全国の皆様に届ける。そして、地方創生の新しいムーブメントを起こしていく。これが私たちにできる最大の恩返しです。
 その実現に向かうべく、TSUNORUを介して多くの方とのご縁が生まれることを心から願っています。