なぜいま「UXデザイン」の重要性が増しているのか(次世代ビジネス書著者創出)

2023/6/2
「学ぶ、創る、稼ぐ」をコンセプトとする、新時代のプロジェクト型スクール「NewsPicks NewSchool」。
かつて勝間和代を世に出したディスカヴァー・トゥエンティワンの創業社長である干場弓子さんがプロジェクトリーダーを務めた「次世代ビジネス書著者創出」には約30名が参加。
約3ヶ月の時間をかけて、そもそもなぜ書籍を書くのかというミッションの定義に始まる企画の立て方から、構成案、原稿執筆、そして、ブックデザインからタイトル、帯コピーまで、著者の神髄とスキルを干場さんと一緒に学びあった。
今回はプロジェクトをきっかけとして、出版までたどり着いた荻原昂彦さんへのインタビューを実施。
荻原さんの著書『はじめてのUXデザイン図鑑』が世に出るまでのストーリーとはー。

UXデザインが過小評価されている

──はじめに、荻原さんのキャリアについて聞かせてください。
荻原 現在はToikakeStudioという自身の会社で、自動車メーカーや銀行、食品メーカー、ITのスタートアップなど、幅広い業界のクライアントに対して、UXデザイン(体験設計)、マーケットリサーチ、新規事業開発の伴走支援をしています。
それまではP&Gやリクルートなどで働き、仕事以外では、グロービス経営大学院にも通い、今も京都芸術大学でサービスデザインを学んでいます。
UXデザインと出会ったのは、7年ほど前にIT企業に勤めていたときのことになります。
ただ、UXデザインという言葉を当時はじめて知ったものの、その実践自体はUXデザインを知る前から、似たような取り組みは長年実践していました。
──書籍にしてまで、伝えたかったこと、体系化したかったことがあったのでしょうか。
出版への思いは大きく2つあり、1つはUXデザイン、つまり体験設計が過小評価されている現状に、もったいないという思いをもったことでした。
UXデザインと言えば、「アプリやウエブを作ること」「ポストイットやホワイトボードを使って、カスタマージャーニーを作るワークショップみたいなもの」と誤解されていることも多く、まだまだ正しく本質が理解されていないという感覚がありました。
UXデザイン(体験設計)の重要性は今後ますます加速することが予想されていただけに、「もっといろんなことに活用できるのに」という、UXデザインの本当の意味を伝えたいという思いは、出版に向けた根本の部分と言えます。
実際、本来のUXデザインは、全ての業界に有効で、商品開発やマーケティング、営業、人事、チームマネジメント、コミュニケーションなど、活用できる範囲も多岐にわたります。
それこそ、今回出版したことで、公務員や医師といった方からも、役に立ったという感想をいただくこともあるほどです。
もう1つが、UXデザインの担い手を増やしたいという思いでした。
やはり、これまでのUXデザインはわかりにくさも否定できず、「自分とは関係のない分野」と敬遠されがちでした。
私としては、多くの人々に知ってもらうには、まずUXデザインを学ぶ環境や実践の道筋が整っていない現状を変えなければいけないと考えています。
今でもUXデザインの書籍はないわけではないですし、セミナーなども開催されています。しかし、それらは各理論やツールの説明が中心で、料理で例えると、鍋や包丁などの調理道具の説明はあるものの、レシピが足りていないようなものです。
そのため、いざ興味を持ったところで何をしたらいいのかもわからないという状況です。
私としては、幅広い事例と全体の流れを分かりやすく世の中に伝えることで、さまざまな立場の方が、UXデザインを活用できる環境を整える一歩になるのではないか、という思いです。
──学ぶ場が少ないなか、荻原さん自身はどのように学びを得たのでしょうか。
私自身、試行錯誤の連続でした。成功と失敗を繰り返しましたし、クライアントにも恵まれたと思います。
私はまずIT企業でUXデザインの経験をたくさん積ませていただきました。その上で、その経験を活かしながら、銀行やメーカーなど幅広い業種の、UXデザインとかかわりがないと思われがちな方々のご支援をする機会に恵まれました。
そういった試行錯誤を繰り返すことによって、相手の役に立てるような場面やUXデザインで既存事業の成長、新規事業の成功、組織の活性化、ブランディングなどに貢献できるメソッドを見いだせていけたと考えています。
──UXという言葉が市民権を得たのは、この数年のことだと思います。改めて、UXデザインの必要性について、教えてください。
体験というと定義は様々ですが、シンプルな定義は「誰もが日々の生活でしていること」になるかと思います。そのため、極端な言い方をすれば、UXは2000年前も重要だったはずです。
ただ、当たり前だからこそ、これまでは重要だと思われてこなかったとも感じています。
世の中には、自動車や飲料、金融、ITサービスなど商品は溢れていますが、それが商品の提供で終わっていて、体験の提供になっていないことが少なくありません。多くの体験は企業や商品を中心として、商品作りからマーケティングや営業、プロモーションまで考えられています。
そのため、本来は中心であるべき利用者に、体験が最適化できていない現実があります。
現代は、体験が本当の主人公である利用者に沿って最適化されていない時代だからこそ、体験設計が求められるとも言えるかも知れません。

導入編、図鑑編、活用編

──なるほど。『はじめてのUXデザイン図鑑』にも生かされていそうですね。この著書についても、聞かせてください。
拙著は、導入編と図鑑編、活用編の3つのパートにわかれています。
まず、導入編として、なぜUXデザインの重要度が増しているかというWHYと、どうすればできるかというWHATを、コンパクトに説明しています。
次の図鑑編は、ITなどの一部業界だけではなく、幅広い業界と領域から集めた60の体験設計の事例を分析しています。そこから抽出した、読者がご自身の日々の仕事に転用可能な22パターンの体験エッセンスも解説しています。
最後の活用編は、導入編と図鑑編で学んだことをいかに活用できるかを具体的にイメージできるよう、対話形式のストーリー仕立てにしてあります。
調味料メーカーの社長とUXデザインのアドバイザーの2人で対話を進めながら、体験設計を駆使して二人三脚で会社の立て直しを図る物語で、読者には主人公になったつもりで読んでもらえると、イメージもわきやすいのではないかと考えています。
──3部構成の理由はありますか。
理由は2つあり、まずは出版理由の1つでもあった、UXデザインが広まらないボトルネックとなっていた問題を解消したかったからになります。そのため、幅広い業界から事例を集め、全体像をわかりやすく示すことを意識しました。
もう1つは、読者体験として、読者がどの順番で、どの要素に触れることによって、興味を持ってもらえるかを考えました。読み終わった後に一歩踏み出すことができ、何か迷ったときがあれば、再度本を開いてもらえるように、構成を考えました。
具体的には、導入編では「UXデザインは“脚本作り”」として、UXデザインを実務で使うための5ステップを提示しています。ドラマや映画の脚本家からも「その通りだ」と言われたくらいで、体験設計は脚本作りのようなものだと考えています。
その上、これから体験設計を始める方にとっても、ベテランの方にとっても、イメージも湧きやすいはずだと、脚本作りと表現しました。
──次の図鑑編では、22の体験エッセンスと60の事例が、4つの系統で紹介されていますね。
「居心地系」「後押し系」「納得系」「参加系」の4系統にわかれていますが、前提として系統にこだわることなく、活用してほしいと考えています。
実は導入編の「脚本作りの5ステップ」だけでも体験設計は可能とも言えますが、それだけでは不十分でもあります。なぜかと言えば、“感じる壁”と“行動する壁”という2つの壁があるからになります。
まず“感じる壁”は、5ステップで学んだ技術を生かせば体験設計自体はできるものの、もうひと工夫がなければ、体験から価値を感じ取ってもらえない場合が多いのが実情です。
そのひと工夫をする上で、スパイスとして図鑑編で紹介している22の体験エッセンスが活用できると考えました。
そして、“行動する壁”に関しても、体験設計をして実際に提供価値を実感してもらえるものになったとしても、相手に行動に移してもらわなければ意味がなくなります。相手に一歩踏み出してもらい、やり続けてもらうためのスパイスとしても、22の体験エッセンスを入れました。
ただ、22の体験エッセンスのどれを参考にすればいいかと混乱する場合もあるはずなので、「居心地系」「後押し系」「納得系」「参加系」の4系統にグルーピングしています。一度読んで終わりではなく、後にヒントを探す際にも図鑑として振り返りやすいような構成にしています。
──最後の活用編は、実務での活用するイメージがわきやすくなるよう、ストーリー仕立てにしているとのことでした。実際にUXデザインを実務で活用するためのポイントはありますか。
まずは、脚本作りの5ステップを実践してもらいたいと考えています。実際、IT以外の自動車や銀行といった様々な分野で活用してもらいましたが、最終的にどの分野でも効果がありました。
一方、UXデザインの活用が上手くいかない例としては、「カスタマージャーニーはこういうやり方」といった、手段ありきの場合が多いですね。それぞれUXデザインのひとつの手段でしかないのにも関わらず、本来の体験設計ではなく、手段が目的化してしまっていたりします。
そのため、脚本作りの5ステップは最初の一歩として踏み出しやすいと考えています。いきなりUXデザインを極めようと思わず、まずは完璧でなくても、自分たちが現状提供している商品やサービスを脚本として書いてみて、その脚本を分析します。
すると、「この脚本では利用者が喜ぶわけがない」といった欠点に気づき、改善の第一歩になり、その現状の脚本をもとに理想の脚本が生まれるものです。
まずは、いきなり難易度の高いツールを導入しないことで、ツールありきにならないこと。そして、もう1つは、いきなり理想の体験を追求するのではなく、現状の商品やサービスは、利用者目線でどのような脚本になっているかを分析する。その2つがUXデザインに挑戦しやすくなるポイントだと思います。
(取材:上田裕、構成:小谷紘友)
※後編に続く