2023/5/29

“地域事業者×スタートアップの協業”で直面するハードルとは?

NewsPicks Re:gion 編集長
 社会が抱える課題解決のために、いまこそセクターを超えた共創が求められている。ユーザーベースグループで新規事業創出支援を行うアルファドライブは、関東経済産業局と連携して「官民連携によるイノベーションの社会実装をテーマとしたプロジェクト」を推進。
 3月27日に開催した成果報告会では、3自治体の事例発表に加えて、地域における産学官連携や新規事業の実績を持つ2名のRe:gionピッカーが登壇、地域とスタートアップの協業のポイントについて語り合うパネルディスカッションが行われた。本記事ではその模様をお届けする。
INDEX
  • 初期段階でのカルチャーの理解、ゴールの共有は不可欠
  • 「コンサル食い逃げ問題」はスタートアップでも起こりうる
  • 成功事例そのものでなく、その「基盤」に着目する
  • 「圧倒的な成功事例」は、何もしなくても横展開していく

初期段階でのカルチャーの理解、ゴールの共有は不可欠

──田村さんも古堂さんもそれぞれ、地域事業者とスタートアップとの協業について豊富な知見をお持ちです。
田村 博報堂でテクノロジーの研究開発の仕事を15年ほど経験したのち、2013年にリ・パブリックを設立しました。2013年に設立しましたので今年が10周年になります。
 いまは福岡に住みながら、自治体や企業、大学と連携して持続的にイノベーションが起こるエコシステムを研究しつつ、地域に実装する仕事をしています。
 知恵を出すだけでなく、その実装まで自分たちで担いたいとの思いから「シンク・アンド・ドゥ(Think and Do)」を掲げて活動しています。
古堂 私も田村さんと同じ福岡在住です。出身は山口県で東京の大学を卒業後、山口銀行に入行。以来、山口を皮切りに福岡、大阪、広島、東京で営業畑を歩んできました。
 2017年からは山口フィナンシャルグループで新規事業開発を担当したのですが、残念ながら成果は出ず、2019年に山口銀行の投資専門子会社である山口キャピタルの代表に就任しました。
 新規事業開発に挑戦した際、銀行単独で考えているだけでは新規事業はつくれないと痛感しました。その経験を踏まえて、現在はスタートアップへの投資活動に力を入れています。
 将来、山口にスタートアップが誕生することを目指して、首都圏や福岡のスタートアップに投資しながら、山口をはじめとする地域の事業者との連携を進めています。
 また日本初のサーチファンドを活用して、地域の中小企業の事業承継課題を解決する活動にも注力しています。サーチファンドとは、優秀な若者に「経営者」というキャリアパスを提供し、後継者がいない企業に経営者を送り込む仕組みです。
──では、ディスカッションに移りましょう。トークテーマの1つ目は「地域事業者とスタートアップ企業の連携のポイントは?」です。連携がうまくいくポイントはお互いのカルチャーの理解、運転資金の調達など様々あると思いますが、いかがでしょうか?
田村 どれだけ初期の段階でお互いのカルチャーを理解し、ゴールを共有できるかにかかっているんじゃないでしょうか。例えば、京都大学発のスタート「リージョナルフィッシュ株式会社」は、陸上養殖とゲノム編集の技術を活用して日本の漁業をサステナブルな成長産業にしようと活動しています。
 「近大マグロ」の養殖で有名な近畿大学をはじめ、さまざまな大学や企業と連携をしているのですが、会社の立ち上げ時から地域との協業を視野に入れて活動しています。魚の品種改良はリージョナルフィッシュが担い、養殖そのものは地域に担ってもらおうとしています。
 だから、地域との親和性が高い。カルチャーの理解やゴールの共有もうまくできていて、連携もスムーズに進んでいます。
 シーズドリブンで自治体や地元の事業者と連携する場合は、スピード感や利益の追求に対する姿勢にどうしてもギャップが生まれやすいですね。そうなるとかなりの確率でプロジェクトが空中分解してしまう。
 そうならないためにも、地域事業者とスタートアップの協業においてはカルチャーの理解やゴールの共有は欠かせないと思います。
古堂 同感です。スタートアップのプロダクトを地域に導入するだけならそれほど難しくないんですよね。けれども、スタートアップと地域がリソースを出し合って新しいゴールを目指すようなプロジェクトは非常に難易度が高いですし、時間がかかります。
 長期的な視点でゴールに向かっていくためには、カルチャーの理解やゴールの共有は不可欠です。
山口でも、成長志向のある意識の高い地元企業がスタートアップとの協業を希望して実 際に活動していますが、そういう企業ですらスタートアップのスピード感や価値観になかなか追いつけないという現状がある。
 ですから、まずは協業は簡単ではないし、成功するまでには長い道のりであることを認識したほうがいいと思います。その上で、地域の事業者がスタートアップの価値観を理解して、マインドを変えるところから始めてほしいと思っています。
 スタートアップと地域の事業者のあいだには最初のうちは当然ギャップがあります。お互いの利害が真正面からぶつからないよう、私たちのような第三者があいだを取り持ってオーダーメイドで調整するようにもしていますね。

「コンサル食い逃げ問題」はスタートアップでも起こりうる

田村 「コンサル食い逃げ問題」みたいなことが地域とスタートアップとの協業で起こらないようにしたいですよね。
 予算があるうちはコンサルが地域に入り込んでいろんな施策を考えてくれるけれども、予算が終わったら成果を渡してプロジェクトは終わりになる。ビジネスである以上、これは当たり前のことです。
しかし、コンサルは「食い逃げした」と言われるし、行政は「持続しない施策ばかりして」と住民から言われる。せっかく協業しても、こんな終わり方は双方にとって幸せなことではありません。
 同じことは、スタートアップと地域の連携でも起こりうると思います。自治体の予算があるうちは連携が続くが、予算が途切れたら、そこで連携も途切れてしまうんです。
 そうならないためには、どうやって成果を着地させるか、成果を持続可能な形にするかを最初から考えて、そのための環境を整えてから受け入れるべきだと思います。
古堂 道徳の話みたいで恐縮ですが、地域とスタートアップの連携でも「いかに相手を思いやれるか」が大事なんじゃないでしょうか。
 地域の事業者側がスタートアップからいろいろなメリットをもらう一方で、地域も「彼らのメリットって何なんだっけ?」と考える。地域事業者もスタートアップも、お互いのメリットは何なのかを考えて協業しなければならないと思います。そのことを、山口キャピタルも地道に伝えていくしかないと思っています。
田村 協業を持続可能な形にするために、私は最初から「中間組織」をつくることをおすすめしています。
 中間組織がスタートアップと地域、それぞれの考え方や思いを翻訳できる「翻訳者」となり、その時々の課題や双方の思いを言語化しながら進めていくのがいいと思います。もちろん中間組織をつくっただけではだめです。地域とスタートアップ、中間組織が密にコミュニケーションを取り合って全員が汗をかかなければなりません。
古堂 協業を持続可能な形に持っていくためには、「資金」も重要ですよね。
 スタートアップは「向こう3年間、赤字でも構わない。4年目以降に大きく成長できればいい」という精神構造でビジネスをしていますが、地域の事業者は3年間赤字の事業に対してリソースを割けるほどの体力はありません。
 私たちのようなベンチャーキャピタルはイグジットを考えますから、スタートアップと地域との連携にはベンチャーキャピタルのお金もつきにくい。
 となると、頼みになるのは自治体の補助金です。厳しい3年間を乗り切るための公的な資金があると、地域事業者とスタートアップとの協業は軌道に乗りやすくなるんじゃないかと思います。

成功事例そのものでなく、その「基盤」に着目する

──2つ目のトークテーマは「プロジェクトの横展開のために重要なことは?」です。スタートアップと地域事業者との協業がうまくいって一定の成果が出ると、次に考えるのが成果の「横展開」です。そこで重要となるポイントは何だと思われますか?
田村 正直言って、横展開はめちゃくちゃ難しいと思います。なぜなら、地域とスタートアップの協業の原理原則は「プレイス・ベースド」だから。
 地域によって文化も歴史も風土も違いますから、そこで必要となる技術もコミュニケーションのあり方も変わってくる。ある地域でうまくいったことを、別の地域で同じように横展開するのは簡単ではありません。
 しかし、成功事例を他地域に持っていったり、成功事例の地域と連携したいという希望は当然あると思います。そのときに大事なのは、成功事例の基盤が何なのか、ということです。
──「基盤」ですか。ぜひ詳しくうかがいたいです。
田村 獣害対策を例に取りましょうか。例えば、Aという地域でスタートアップと地域が協業して、イノシシの獣害対策に成功したとしましょう。その成果をシカの獣害に悩んでいるBという地域が導入したいとする。
 そのとき、イノシシに特化した獣害対策をそのまま持ち込んでも、同じような成果は出せないと思います。イノシシとシカの獣害対策は基本はいっしょでも細部は違う。まさに「プレイス・ベースド」だからです。
 ではどうするか。そこで重要になるのが、成功事例の基盤です。成功事例そのものではなく、その基盤となった技術やノウハウに注目するんです。
 基盤とは、例えばイノシシがワナにかかったことを知らせる「システム」、イノシシがいまどこにいるかを把握するためのヒートマップの「技術」などです。
 その基盤さえわかれば、知見のあるスタートアップや大学と連携して、横展開先の地域やシカにカスタマイズした獣害対策を実装できます。場合によっては、地域のDXが必要かもしれませんね。
 みんな、うまくいったサービスにばかり注目しがちですが、そのサービスがどんな基盤に乗っかっているかを見るほうが大事だと思います。

「圧倒的な成功事例」は、何もしなくても横展開していく

──横展開においては、抽象化と具体化によって地域に合わせたカスタマイズが重要になるということですね。古堂さんは、横展開のポイントをどう考えていますか?
古堂 田村さんのお話に100%同意です。成功事例を単純に横展開するのは非常に難易度が高い。成功事例を抽象化し、具体化して、地域の事情に合わせて落とし込んでいくことが必要だし、場合によってはDXが必要になるという点も同意します。
 その上で、私のほうからも付け加えたいことがあります。それは、横展開されるのは、あくまでも「成功事例」だということです。
 圧倒的な成功事例をつくれば、何もしなくても自然と広がっていきます。まずは誰からも成功だと思われるような決定的な成功事例をつくるのも、横展開の大事なポイントだと思います。
──たしかに1つ成功すると、それを見たよその自治体や企業が真似する例はたくさんありますね。
田村 そう考えると、成功事例をどうやって共有するかも横展開のポイントになるかもしれませんね。先日のWBC(World Baseball Classic)で、日本代表チームの最年長であるダルビッシュ有選手が、若手に惜しみなく自身の技術を伝授したことが大きな話題になりました。
 野球の世界でも、自分の技術やノウハウを他人に伝授するのは稀なことなんだ、とわかり、興味深かったのですが、これは何も野球に限ったことではありません。
 地域事業者とスタートアップの協業の成功事例も、なかなか共有する機会ってないんですよ。経済産業局やユーザベースには、成功事例の共有の場をこれからもぜひつくってもらいたいなと思います。
──この後、自治体からの事例発表もあります。協業がうまくいったポイント、実装や横展開が実際どのように進められたか、ぜひ共有していただけたらと思います。田村さん、古堂さん、本日はありがとうございました。(終)