2023/5/31

代官山で本気の環境ビジネスを。東急不動産の実験的プロジェクトの舞台裏

NewsPicks Brand Design シニアエディター
「100年に一度」と言われる渋谷駅周辺の大規模再開発。2012年以降に新施設が続々誕生し、わずか10年で渋谷駅は様変わりした。
 2020年代に入り、再開発の範囲はさらに拡大。施主である東急不動産は、渋谷駅から半径2.5キロ圏内を「広域渋谷圏(Greater SHIBUYA)」と定義し、エリア全体の魅力を高めるまちづくりを進めている。
本MAPが示しているのは広域渋谷圏の中心部。MAPに示している再開発プロジェクトについて、東急不動産は再開発準備組合員ならびに事業協力者として本事業に参画している。
 10月下旬には代官山に新施設「Forestgate Daikanyama(フォレストゲート代官山)」がオープンする。
 同所はMAIN棟とTENOHA棟(TENOHA代官山)の2棟からなる複合施設。各所に見所があるが、本稿ではTENOHA代官山に注目する。
 東急不動産は近年のビジネスシーンのキーワードである「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の本格的な確立を目指しており、その舞台となるのがTENOHA代官山だからだ。
 サーキュラーエコノミーとは、環境負荷を最小限に抑えながら最大限の経済効果を得るための新しい経済システムのこと。
 廃棄物や環境汚染物を発生させないことを前提としていることから、リサイクル資源を使用しながら最終的には製品が廃棄される「リユース・リサイクルエコノミー」とは一線を画す。
 既存のビジネスに最適化されたバリュー・チェーン(※)の見直しを迫られるが、東急不動産はどう挑むのか。
 代官山の開発プロジェクトを牽引する東急不動産の山田潤太郎氏と、企画・運営などで関わるSOLSO代表の齊藤太一氏に聞いた。
※原材料や部品の調達活動、商品製造や商品加工、出荷配送、マーケティング、顧客への販売、アフターサービスといった一連の事業活動を、価値の連鎖と捉える概念

すぐには儲からなくてもやらなければいけないこと

──今秋、代官山に新施設「Forestgate Daikanyama」がオープンします。どのような施設なのでしょうか。
山田 「Forestgate Daikanyama」はMAIN棟とTENOHA代官山からなる複合施設です。
 MAIN棟の方は賃貸住宅・シェアオフィス・商業施設で構成され、「暮らす」「働く」「遊ぶ」の異なるシーンが融合した新しいライフスタイルを提供します。
 一方のTENOHA代官山は、サーキュラーエコノミーの実践の場と位置付けています。
 カフェとイベントスペースで構成され、訪れた人にサーキュラーエコノミーを体験してもらうだけでなく、そうした活動をしている事業者同士が出会う場にもしていきたいと考えています。
──なぜサーキュラーエコノミーに取り組むことになったのでしょうか?
山田 今は世界全体で環境保全を追求する時代です。
 我々の業界においても、経済性と環境保全を両立するプラットフォームを作ることが目下の課題。それをいち早く作ったところが次世代のまちづくりを牽引していくことになると考えます。
 サーキュラーエコノミーはその要求に応えるものですが、いきなり大規模に展開するのは、さすがにハードルが高い。
 そこで、環境先進性の追求をコンセプトに掲げた代官山の新施設で、SOLSOさんなど見識のあるクリエイターの皆さんと力を合わせながら、実験的に取り組みを始めることにしました。
1973年生まれ。1996年東急不動産入社。主に大規模な商業施設開発、市街地再開発事業の計画から開業までを担当。担当物件は、あべのキューズモール、東急プラザ銀座、渋谷フクラス(以上、既に開業済)、Forestgate Daikanyama、東急プラザ原宿「ハラカド」(以上、計画中)。
齊藤 サーキュラーエコノミーは、本質的には里山文化と変わらない気がします。
 生ごみを堆肥化して作物を育てるなど、土地の資源を有効活用し、コンパクトなコミュニティの中で循環させていく。そんな暮らしが里山では自然と成り立っていました。
 近年注目される循環経済においても、資源、エネルギー、経済が循環する地理的経済圏をできるだけコンパクトにすることが重要です。
 循環の輪が大きくなってしまうと、物流などによる環境負荷が生じるほか、都市部のような消費に偏重するエリアも出てくるため、現状とあまり変わらなくなってしまいます。
 東急不動産さんは、エネルギーから都市開発まで包含して取り組めるので、コンパクトな循環を作れる可能性を秘めている。
 そこに僕らも期待しているし、力を尽くしたいと思っています。
岩手・花巻生まれ、15歳からガーデンデザインを始める。高校時代にフランク・ロイド・ライトの「落水荘」を本で見たのをきっかけに、植物と建築、暮らしが調和した空間作りを志すように。東京・青山の園芸会社でグリーンコーディネートや造園などの仕事に8年従事したのち、2011年、株式会社DAISHIZEN設立。グリーンデザイン『SOLSO』のディレクターとして住宅や商業施設、オフィスなどのインドアグリーンやランドスケープデザイン、ライフスタイルに寄り添うグリーンを提案するショップやファームの運営などを手がける。2020年サーキュラーデベロップメントRGB株式会社を設立し東急不動産代官山プロジェクトの企画、運営にも関わっている。
──サーキュラーエコノミーを実践することにはどんなハードルがあるのでしょうか?
山田 端的に言えば、ビジネスとして成立させるための難易度が高いということです。
 例えば当社では、建築資材の調達はコストパフォーマンスが最大化する取り引きをしており、完全にエコに配慮ができているとは言えません。
 サーキュラーエコノミーはそういった既存のビジネスモデルの見直しを迫るものです。
 ただし、現時点での経済合理性を崩すことになるので、しばらくの間は事業コストが跳ね上がる。
 そして、そのコストを消費者が負担する社会風土は日本に根付いていない。正直かなりハードルの高い挑戦です。
齊藤 この代官山プロジェクトで活動を共にしているRGB株式会社(※)代表の八島智史さんは、東急不動産さんはクレイジーだと言っていました。もちろん、良い意味で、です(笑)。
※「ネイチャー」を軸としたコンセプト立案、場の開発、プロジェクト推進、事業構築などを手がける企業
 僕も八島さんも過去に同様の案件に何度も関わり、収益性の壁にぶつかって挫折したり、取り組みが表面的になってしまったりしたケースを数多く見てきました。
 実践することの難しさがわかるからこそ、東急さんが代官山の一等地に大きな施設を造り、組織の第一線の人たちを投入し、実態のあるサーキュラーエコノミーを確立しようとしているところに、ある種のクレイジーさというか、並々ならぬ本気度を感じています。
──サーキュラーエコノミーの確立に向けて、TENOHA棟ではどんな取り組みを進めていくのでしょうか。
山田 様々な構想があります。
 一例を挙げると、当社は東急プラザなど多くの飲⾷店舗を抱えていますが、そこで生じる⾷品廃棄物から電気を生み出し(バイオマス発電)、当社施設で活用する仕組みを整えています。
 また、バイオマス発電の残渣(ざんさ=残りカス)を堆肥にして提携農家に提供し、そこで得られた農作物をTENOHA代官山の飲食店で提供したいと考えています。
齊藤 残渣利用堆肥って結構すごいんですよ。堆肥のアリ・ナシで小松菜の生育具合を比較したら、サイズが倍近く違いましたから。
 そういうのを実際に見てもらえると、生活者の方も考え方が変わると思います。
──ゴミと思っていたものに実は有用な使い道があるかもしれない、と。
山田 都市から「ゴミ」として廃棄されるものを採掘し、価値を⾒出して再利⽤することを「アーバン・マイニング(都市鉱⼭)」と呼びますが、それとも近い話ですよね。
 解体が決まった建物から古材を引き取って家具や道具類を作っているリビルディングセンタージャパン(リビセン)という会社が長野にあります。彼らは廃棄物に価値を与え、社会に戻している。
 TENOHA代官山の家具や什器は彼らのプロダクトを導入したく、いまリビセンと打ち合わせを重ねています。
齊藤 廃棄物に利用価値を見出すことはもちろん、そもそも無駄を出さない仕組みを追求することも重要ですよね。
 ちょっとこちらを見てください。
 これは構想段階で作ったTENOHA代官山の模型です。
 当初は小さな建物の集合体を想定していましたが、最終的には建物の数は二つに絞り、一つの建物の規模を大きくする方針です。
 ただ、この模型の通り、六⾓形のモジュール式の建築を採用することは当初から変えていません。
 この建物は、分解し再建築することが可能な工法を採用しています。
 将来、代官山の土地を別の用途で活用することになるかもしれませんが、その際、建物を壊して廃棄して──ということをやっていては、従来と変わりません。
 そこで、移築可能な構造を追求し、環境建築デザインを手がける建築家ユニットSUEP. (スープ)とその仕組みを突き詰めました。
山田 今のお話に付け加えると、TENOHA代官山の建築資材は、東急不動産ホールディングスグループの保全森林がある岡山県の西粟倉村の間伐材を使用します。
齊藤 間伐材というのは、森林の過度な密集を防ぎ、残った木の成長を促す目的で間引かれる木のことです。
 木を伐採して森から下ろすことにも相応のコストがかかります。
 間伐材は特に質が良いわけではありませんが、誰かがある程度の額で購入しないと間伐が進まなくなる。間伐が進まなければ、森の豊かさは失われます。
 そこに一石を投じるためにも、TENOHA代官山では間伐材を積極的に使用しています。
 本気で環境先進性を追求するなら、建物自体がそのメッセージを体現するつくりになっていないと説得力がありませんから。
取材を実施したSOLSO KEEP GREEN HOUSE。この施設もTENOHA代官山と同様の工法で建てられている

日本とオランダ、国民の意識に大きな差?

──サーキュラーエコノミーの成否のカギはどこにあるのでしょうか。
齊藤 生活者の意識改革に尽きると思います。サーキュラーエコノミーが最も進んでいると言われるオランダは国民の意識が圧倒的に高い。
 使えるものは再利用するのが当たり前。国が明確な方針を掲げ、教育現場でも環境問題に関するメッセージを発信しています。
 国土の4分の1が海抜ゼロ以下の干拓地ですから、温暖化による海面上昇は死活問題です。置かれた環境も意識の高さに関係しているのかもしれません。
《オランダの取り組み》
オランダは環境問題への意識が高い欧米の中でも、特にサーキュラーエコノミーの取り組みが進んでいる。首都アムステルダムは、2050年までに完全サーキュラーエコノミーへの移行を目指すと宣言している。

代表的な施設は、同国のメガバンク「ABN AMRO」がオープンした複合施設「CIRCL」。銀行関連施設だが、誰でも気軽に立ち寄れることをテーマに、レストランやカフェを併設しているほか、サステナビリティーに関するイベントなども開催されている。

また、都市部の廃材を活用する「アーバン・マイニング」の手法を採り入れ、建物を建築している。
──日本は恵まれた環境のため危機意識を持ちにくい、ということでしょうか。
齊藤 特に都心にいるとそうなると思います。RGBの八島さんは、「東京では意識しないとすぐに100%消費者になってしまう」と言っていました。
 消費する環境があまりに整っていて、仕事して、外食して、休日はレジャーを楽しんで──という日々の繰り返し。食べ残した廃棄物や、飲み終わった後のペットボトルがどうなるかなんて考える隙がない。
 僕からすると、都心では生活の利便性を高めるサービスや、消費財を届けるためのシステムばかりが注目され、生産者の存在が少し軽んじられているように思えます。
 その意識を変えていくためにも、TENOHA代官山で消費者と生産者が出会うイベントを開いて、生産者へのリスペクトを育てていきたい。
 エシカルなアイテムを提供するだけの場になってしまっては、都心の消費の延長から抜け出せませんから。
jakejung / istock
──生活者の“脱消費者化”を進める上で、代官山というエリアはどのような意味を持つのでしょうか。
齊藤 企業がCSRやコンセプトありきでサーキュラーエコノミーを始めても、生活者は“自分ごと”と感じません。
 サーキュラーエコノミーが日常として溶け込むことが不可欠です。だからこそ、ライフスタイルやカルチャーの発信源である代官山でやることに意味がある。
 僕らは今回、TENOHA代官山のグリーン・プロデュースだけでなく、メンテナンスも任されていますが、その作業をあえて周りから見えるように、かつスタイリッシュにやろうと思っています。
 近くを訪れた人に、「TENOHA代官山でやってること、なんかイケてるな」と感じてもらうことが第一歩ですね。
──生活者にカルチャーとして受け入れられることは、ビジネスとしての成功につながりますか?
山田 オランダでは、サーキュラーエコノミーを実践していたり、環境に配慮していたりするオフィスビルには、世界的な企業が入居しています。
 近年の潮流として、先進的な企業はテナント料が高くても、サステナブルな取り組みを実践している施設を選ぶ傾向にあります。むしろそういう施設に入居していることが企業のステータスになっている。
 その意味で、TENOHA代官山の取り組みが多くの生活者に広がり、その価値が広く認識されることは、当社のビジネス面でも非常に重要なことです。
齊藤 僕らはTENOHA代官山を気軽に誰もが参加できるコミュニティにしたいと思っています。
 代官山を含む広域渋谷圏は、スタートアップ企業も多く、社会課題への感度が高く発信力もあるZ世代が集まってきます。それなのに、同じ課題意識を持つ人が出会う場所が、これまであまりなかったんです。
山田 TENOHA代官山を、出会いと行動を起こすための拠点としたいですよね。
 東急不動産は長期ビジョンスローガンとして「WE ARE GREEN」を掲げています。
《WE ARE GREENとは》
東急不動産が2030年に向けた長期ビジョン「GROUP VISION 2030」の中で示した、環境への取り組みを目指した姿勢を指す言葉。

“GREEN”は社のコーポレートカラーでもあると同時に、環境への取り組みやサステナビリティの象徴、そして誰もが自分らしく輝ける未来の象徴でもある。

 この代官山プロジェクトにおいて、サステナビリティの象徴である「GREEN」が重要なのはもちろんですが、それと同じくらい「WE」も大事だと思っています。
 この「WE」は、東急不動産とSOLSOさんなど当社のパートナーのみを指しているのではなく、これから代官山で一緒に新しいライフスタイルを作り上げていく多様な実践者や生活者も含めた言葉です。
 TENOHA代官山に多様な人たちが集まるコミュニティが生まれ、環境先進性に富んだ新たなライフスタイルや活動が生まれていく。
 さらに代官山が起点となり、広域渋谷圏全体にこの流れが広がっていくことが我々の願いです。
 それを実現するためにも、オープンまでのここから半年、SOLSOさんたちと協力しながら、多くの方に価値を感じていただける施設を真摯に追求していきます。