2023/5/19

宇宙で実験、日本の新技術「固体電池」が人類の未来を変える

 日本特殊陶業とNewsPicksがタッグを組んで送る、新番組「Niterra Files」(ニテラファイルズ)。

“技術者”たちのイノベーションにスポットを当て、未来のビジネスのヒントを探りファイリングしていく番組です。

 全3回(予定)の放送を通し、未来を担う最先端技術を専門家とともに深掘りしていきます。
 次世代型電池と呼ばれ、今世界で注目されている「固体電池」。初回は、この固体電池の鍵を握る「固体電解質」をテーマにお届け。
 MCは古坂大魔王さんと鷲見玲奈さん。ゲストは、一橋ビジネススクールの楠木建さん、名古屋大学教授の入山恭寿さん、日本特殊陶業 固体電池開発プロジェクトリーダーの獅子原大介さんです。
 固体電池開発の裏側と最先端のイノベーションに迫ります。

世界で注目を集める、次世代バッテリー「固体電池」とは

(スタジオトーク)
古坂 始まりました、新番組「ニテラファイルズ」。司会の古坂大魔王です。
鷲見 同じく司会の鷲見玲奈です。よろしくお願いします。「ニテラファイルズ」は「技術者たちのイノベーション」にスポットを当てて、未来のビジネスのヒントをファイリングして行こうという番組です。
古坂 技術とビジネスって相互関係にありますよね。技術からビジネスが生まれ、ビジネスから技術がどんどん広がる。様々な技術革新の事例を知ることはビジネスパーソンにとって大きな意味があるはずです。さて、今回のテーマは?
鷲見 はい、手のひらサイズのこちら。これ、次世代型の電池なんです。
「固体電池」といって、私たちの暮らしを一変させる可能性を秘めていると、今世界の注目を集めています。入山先生、この固体電池は従来の電池と何が違うのでしょう?
入山 従来の電池で使用する電解液を、固体電池では使っていません。液漏れや発火の危険性がなく、安全なんです。液を使わないので耐熱性も非常に高く、放電・充電を繰り返しても劣化しにくい。365日毎日放電・充電を繰り返しても30年は持ちますよ。
鷲見 獅子原さんのチームが、この固体電池を開発したんですよね。今、“夢の計画”が進行中だと伺ったのですが。
獅子原 そうなんです。“月面”での実験を開始しました。民間の宇宙スタートアップispaceさんによる、HAKUTO-Rという月面探査プログラムの着陸機(HAKUTO-Rミッション1)が、私たちが開発した固体電池を搭載して昨年12月に発射。4月末に着陸して、月面での性能を検証する予定です(※配信日2023年4月21日時点)。
鷲見 具体的にはどのような検証を行うんですか?
獅子原 月面にも昼と夜があり、昼間は110度くらいまで高温になります。従来の電池では高温に耐えられなかったのですが、固体電池は耐熱性に優れています。昼間の性能検証が成功したら、今後、月面調査でも活用できると考えています。
古坂 従来の電池は月では使えないんですか?
獅子原 宇宙は真空なので、液体を使う従来の電池だと揮発して破損や爆発を引き起こします。固体電池は電解液を固体にしているのでその心配がなく、月面など過酷な環境での使用が期待されているんです。
古坂 まさに革命ですね。
鷲見 日本特殊陶業といえば、自動車部品であるスパークプラグを作るメーカーとして有名です。楠木さんはこの新しいチャレンジについて、どう思われますか。
楠木 スパークプラグはエンジンを点火させる時に使う、“ガソリン車”の部品です。一方、世界ではEV、“電気自動車”へのシフトが進んでいる。電気自動車だとスーパープラグは不要なわけです。
 既存の事業で儲けているだけでは、時代の変化についていくことはできません。ビジネスで大事なのは将来に向けての積極的な投資。固体電池はまさに、日本特殊陶業にとっての投資ビジネスですよね。技術的には、固体電池とスパークプラグに関連性はあるんですか?
鷲見 いいところに注目されました。では、ここから固体電池の「材料開発」を深掘りしていきましょう。
 この薄いシートは「固体電解質」といって、固体電池の電極間にあるもの。高性能の固体電池を作る上で、重要な鍵を握っているんです。
 世界をリードするイノベーションの秘密に迫っていきましょう。

「固体電解質」開発におけるイノベーション

 日本特殊陶業で新しいテーマとして期待されていた、電池関連のエネルギー分野。しかし、開発はわずか3名という少数体制でのスタート。世界各国でも電池の開発競争が進む中、大手メーカーとは資金も人数も違う形での挑戦が始まりました。
 開発の要となるのは、急速な充放電を可能とするイオン伝導率の高い「固体電解質」。日本特殊陶業が培ってきた材料開発の技術力と、セラミックスの持つ高い安全性を活かした、オリジナルの固体電解質を開発することとなりました。
獅子原「どうやったらセラミックスの技術を活かせるのか。様々な原料を混ぜて固体電解質を構成し、性能が出るかでないか、検証をしていました」
 様々な原料を混ぜる、固体電解質の調合。この工程を担当したのは、材料開発のエキスパート、主任の竹内さんでした。
竹内「固体電解質を構成する元素は色々あるのですが、その中の元素を置き換える実験を繰り返しやっていました。どこに何を置換するのか、どれくらいの量を置換するのか、パターンは何万通りもあります」
 当時、開発チームでは日本特殊陶業がセラミックスの分野で培っていた「焼結」という技術を活かそうと考えていました。焼くことで粒子と粒子は密着し、高い伝導性を得ることができます。しかし、実験を進める中で、この「焼結」は電池の大型化には不向きであることが分かってきました。
 セラミックスという材料は、硬くて脆いことが特徴。薄くて大きな固体電解質を作ろうとすると、折れてしまう可能性が高まります。培ってきた技術を活かそうとするも、突き当たった大きな壁。チームの誰もがセラミックスを材料として使用するのを諦めかけていたその時、獅子原さんは竹内さんにあるアイデアを伝えました。
竹内「獅子原さんからセラミックスを“焼かない”というアイデアが出たんです。最初はうまくいくのか半信半疑でした。そもそもセラミックスって硬いもの。イメージがつきませんでした」
獅子原「“焼かない”プロセスで得られるメリットがいくつも想像できました。焼かなければ簡単に割れることはないわけです。セラミックスを活用するためには、“焼かない”方法で作るしかないと思いました」

ピンチの時こそ発想を逆転させる

(スタジオトーク)
古坂 「焼結」という日本特殊陶業の強みを捨てるという選択。なかなか勇気が必要だったのではないですか。
獅子原 日本特殊陶業が「焼結」技術が高いのはそうですが、ここを変えなければ目標には到達できないと思ったんです。
楠木 手段と目的の話ですよね。「焼結」は非常に強みになる技術だけど、あくまで手段。固体電池を作るという目的を達成するための手段として、有効でなければ仕方ない。
 当たり前のような話ですが、ビジネスにおいて手段が目的化してしまうことはよくありますよね。手段と目的がずれてしまうと、意思決定の間違いが起きがちです。獅子原さんの中で、焼結しないセラミックスで固体電池の開発が成功するという確信はあったんですか?
獅子原 セラミックスを焼くことで、電池としての性能が高まることは分かっていたのですが、焼く前の粉の状態でも伝導性は非常に高かったんです。セラミックスの特性を活かして、どう大型化するかというところで課題にあがったのが焼結。材料自体には自信があったので、焼結しないという選択ができました。
楠木 自信となる核があったからこそ、出てきた発想ですよね。多くの人がおそらく「セラミックスではダメだな」と諦めてしまうところで発想を転換できたのは、自信であり強さだと思います。

違和感の正体を突き止める

 焼結から非焼結への方針転換。セラミックスを焼かずに電解質にするというのは、未知の領域。正解があるかも分からない、暗中模索の道のりでした。
竹内「材料開発って右肩上がりに成果が目に見えるものではありません。ある時、一瞬にして成果が出る感じなんですよ。100回中100回失敗することもありますし、むしろ一回成功したらいいほうです」
 2013年から16年まで、原料の配合や焼成した材料の密度が記録されたノートが残っていました。結果が出ない中で、ひたすら混ぜ合わせて、失敗して、また合わせて、その繰り返し。何とか結果を出さないと、と必死に実験を続けていたといいます。
 そして、材料開発スタートから3年目の春。竹内さんは、あるシグナルに気がつきます。
竹内「ある元素を入れた時に、いつもと違うなと、違和感があったんです。“気配”を感じました」
 材料の結晶構造を表したグラフ。何も置換していないものに比べて、元素Aを入れると少し挙動に変化が。
 さらに元素Aに別の元素を加えて配合させた結果、高イオン伝導性のピークにかなり近づいたのです。
 元素は、マグネシウムとストロンチウム。材料の開発競争が盛んになる中、急いで特許を取得。この粉末をベースに、さらにイオン伝導性をアシストする物質を追加することで、イオン伝導性の高い“焼かない電解質”の実現が見えてきました。
竹内「まさに逆転ホームランでした。研究者に必要な資質は、忍耐だと思います。なかなか結果の出ない世界、予定調和はありません。思った通りにことは運ばない。興味があること、ふと浮かんだことをやってみることで、考えもしなかった結果が出たりするんですよ。そこを見逃さないことが大事だと思います」
(スタジオトーク)
古坂 実験って、とてつもない回数をやっているんですね。
獅子原 そうなんです。マグネシウムとストロンチウムの話がありましたが、片方だけではなく、“二つとも”を置き換えることでいい性能が出たわけです。考えうるパターンを、しらみつぶしにやり続けた末に辿り着いた結果ですね。
入山 実験が成功したのは、AIの力があったのか、それとも研究者の勘から生まれたものだったのか、どちらですか?
獅子原 もちろん日本特殊陶業では機械学習も使っています。でも、今回の研究においては、研究者の勘ですね。材料開発は運が占めるところがかなり大きいと思います。

大きなイノベーションは小さなイノベーションの掛け算

 世界トップクラスのリチウム伝導性がある粉末を生み出すことに成功した開発チーム。次の目標は、電池の大型化を見据え、薄い形状に仕上げること。
 日本特殊陶業のコア技術であるセラミックスの粉末に、バインダーと呼ばれる粘着性の樹脂などを混ぜて作られる“シート”が鍵を握ります。開発のバトンが渡されたのは、半導体を守るセラミックスの部品を作っていた宮本さんでした。
宮本「バインダーとの相性が悪いとシートに亀裂が入ってしまいます。シートの形自体はすぐにできましたが、私が求めるクオリティのものが出来上がるまでには二年近くかかりました。1,000回は失敗を重ねましたね」
 プロジェクト発足から約10年、技術者たちのあくなき探求の果てに、オリジナルの固体電解質が世に放たれました。
宮本「これまで日本特殊陶業の培ってきたコア技術と新しく開発した材料、私が学んできた技術が合わさってきた時、『あ、これがイノベーションなんだ』と感じました」
 開発当初から見守り続けてきた主席専門職の彦坂さんは、今回のイノベーションについて、こう話します。
彦坂「それぞれ自分の技術に自信を持っていて、世に出したいという思いがありました。各々のブレイクスルーの段階に小さなイノベーションがあって、合わさることで、今回のような大きなイノベーションが生まれたんだと思います」

広がる技術革新。世界競争で勝つには?

(スタジオトーク)
古坂 今回の開発に携わられた登場人物、少ない印象ですね。
楠木 少数精鋭という言葉がぴったり。少数だから精鋭になるということもいえます。
鷲見 獅子原さんは国の研究機関とも共同で研究を進められています。そのあたり詳しくお聞かせ下さい。
獅子原 NIMSという物質・材料に関する研究に特化した国立研究開発法人で、様々な企業が集まって、未来を拓く物質・材料の研究に日々取り組んでいます。一緒に研究開発していこうという取り組みのプラットフォームです。
古坂 企業同士はお互いライバル関係にありますよね。技術の取り合いにはならないんですか?
獅子原 確かに難しいところではあります。ですが、ライバル同士でも一つの場所に集まって、新しいことを始めようというのは貴重な機会。日本の技術力を上げるための、大事な一歩かなと思います。
入山 固体電解質の材料開発にはまだまだ課題があります。各社の強みを活かし合いながら、互いに競争し続けられると理想的ですよね。
鷲見 楠木さん、こうしたいわゆる“オープンイノベーション”をうまく起こすための秘訣はあるのでしょうか?
楠木 国内外で、オープンイノベーションという概念は誤用されていますね。何も強みを持っていない人の、言い訳のように使われている。
 弱いもの同士が組んでも絶対に強くはなれません。頼りにされるような強いものがないと、結果的にオープンイノベーションという現象は起きないと思います。そういう強い存在に日本特殊陶業がなると、日本の技術力は強くなれるはずです。
鷲見 最後に、獅子原さんが考える、最終的なゴールはどこにありますか?
獅子原 日本特殊陶業を日本および世界トップクラスの材料メーカーにしたいと考えています。
鷲見 日本の未来は技術者のみなさんのチャレンジにかかっているということですね。入山先生、いかがでしたか?
入山 チームとして頑張っていくというのは、大きなイノベーションを生み出すんだなと改めて感じました。固体電池はこれからもっと伸び代がある電池だと思うので、期待しています。
鷲見 古坂さん、いかがですか?
古坂 勉強って何かというと、インプットをしてアウトプットをすることにワクワクすることだと思うんです。
 研究者のみなさんの顔をみていると、少年少女のようにワクワクしていましたよね。コスパがどうの、成功報酬はいくらだ、ではなく“ワクワクすること”の大切さを忘れている人が多い気がしますね。夢中になって作られたものが世界を変えていく。そういうことだと感じました。
鷲見 私自身もお話を伺っていて、本当にワクワクしました。本日はありがとうございました。
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