2023/5/20

【茨城】地域の和菓子店が海外進出する理由と“勝算”

フリーランス 記者
茨城県日立市にある和菓子店「御菓子司 風月堂」の3代目である藤田浩一さんはいま、1本1万円の高級和菓子「万羊羹」の販売先を世界に広げようとしています。なぜ、海外の市場に目を向けるのか――。そこには、少子高齢化で国内市場が縮小していくなかで、地域の和菓子店が生き残っていくために自分たちができることを考え、たどりついた“戦略”がありました。
INDEX
  • 世界的なデザイン賞を受賞
  • 「家業という枠を取っ払ってほしい」
  • 中小だからこその「海外の可能性」
  • 和菓子をもっと身近に感じてもらうために
藤田浩一(ふじた・こういち) 1983年、茨城県生まれ。東京製菓学校和菓子学科を卒業後、神奈川県で5年間修業し、2009年から茨城県日立市にある「御菓子司 風月堂」に事業承継を目的にUターン。3代目として菓子づくりを担当する。2020年に株式会社常陸風月堂を立ち上げ、代表取締役に就任。

世界的なデザイン賞を受賞

2022年9月、藤田さんはロンドンにいました。前年の12月に販売を開始した1本1万円の高級栗蒸し羊羹「万羊羹」が、世界的なパッケージデザイン賞であるペントアワードで食品部門の銀賞に選ばれ、その授賞式に出席するためです。日本企業で一緒に受賞したのは、サントリーや資生堂といった大企業がほとんど。この年は、世界60カ国から応募がありました。
「じつは、受賞が決まるまではそれほど権威のある賞だとは知らなかったんです。デザイナーにとっては一生に一度受賞できるかどうかの大きなコンテストで、風月堂のような中小企業が受賞できて、本当にうれしかったです」
地元・茨城減の最高級栗「飯沼栗」をふんだんに使った「万羊羹」は、その品質の高さを表現するためにパッケージに高級感のある桐箱を採用しました。受賞理由の詳細は明らかになっていませんが、商品のデザインにプラスチック製品をほとんど使わず、この桐箱のパッケージにしたことが「サステナブル(持続可能)な商品」だと高く評価されたようです。
「いまは経営にもデザインが必要だと言われる時代です。和菓子業界には、既製品の袋に商品名を印刷しただけのものがたくさんありますが、万羊羹は、既製品とはまったく異なるデザインにしたいと思っていました。それで、商品企画から一緒にやってきたデザインチームと検討に検討を重ねて、洗練された高級感が一目でわかるパッケージにしようと、こだわってもらったんです」
日本全体で生産量の減少が続く和菓子業界では、経営が厳しくなっています。多くの和菓子店は製造工程の機械化によるコストダウンを進め、人件費を削減しています。そんな時代の流れに反し、手作業ならではのおいしさと「高くても選ばれる和菓子」を目指す藤田さんにとって、ペントアワードの受賞は勇気を与えるものでした。

「家業という枠を取っ払ってほしい」

和菓子職人である藤田さんが、こうした商品ブランディングの重要性を考えるようになったきっかけは、「なにかしなかったら、うちのような小さな和菓子屋は本当に終わってしまうのではないか」という恐怖心からでした。
藤田さんは2020年、知り合いの紹介で「家業イノベーション・アイデアソン2020」に参加しました。茨城県を中心に公募などで選ばれた家業後継者が抱える課題について、さまざまな経験や技術を持つ人がアイデアを持ち寄り、解決に導いていこうというプログラムです。
また翌2021年には、このアイデアソンの参加者から誘われて、新しい事業づくりにチャレンジする人を応援する「茨城県北ビジネススクール」にも通いました。いずれも、風月堂の経営について、第三者の視点から捉え直したいと思ったためでした。
2つの新しい経験から得た「気づき」は、風月堂の経営理念を変えることになりました。
「講師の方から『あなたのやりたいことは何ですか』と聞かれて、『和菓子の伝統と文化を未来につないでいきたい』と答えたんですが、即座に『違う』と言われてしまって……。思わず、えっ? となって、ほかにもいろんな理由をつけて説明したのですが、『そうではなく、自分自身が何をやりたいかを聞きたい。家業という枠を取っ払ってほしい』と。私にとって“家業”はずっと背負ってきたもの。それを外して物事を考えるのが、これほど難しいのかと気づかされました」
藤田さんは3人姉弟の末っ子で、親が「男の子の後継ぎができてよかったね」と言われるのを何度も聞いて育ちました。振り返れば、家業が地域密着の客商売なので、悪い評判が立つようなことはしないよう、無意識に“自制”しながら生活してきたと感じます。高校卒業後に東京の専門学校に行ったのも、そんな窮屈な世界から抜け出したいという思いがありました。
和菓子職人として自立し、26歳で実家に戻ってきた後も、ずっと「家業」の縛りに自分の思考ががんじがらめになっていたのではないか――改めて自分自身を振り返るきっかけになりました。
藤田さんが新しく定めた風月堂の経営理念は「笑顔の連鎖と循環」。お菓子を買ってくれた人、お菓子を作っている人、原材料を生産している人。すべての人が笑顔になることを掲げています。幼少期に食べた和菓子がおいしく、みんなが笑顔になった原体験に立ち戻って考えた結果です。

中小だからこその「海外の可能性」

藤田さんの代になって、地域の和菓子店である風月堂は変わりつつあります。先代の父の時代から売り上げで1.5倍、利益率も5%程度上昇し、2020年には社会的信用力を持つために「株式会社常陸風月堂」として法人化しました。
そして藤田さんがいま、目を向けているのが「海外の可能性」です。世界的な日本食ブームのなか、日本の食の品質の高さはもっと評価されていいし、海外ならばもっと高く売れてもいいだろうと考えるからです。
「ペントアワードの授賞式でロンドンに行ったとき、ランチは日本円で3000円ぐらい出さないと食べられませんでした。日本だったら600円で食べられます。また、現地の和食レストランでは、ウニの軍艦巻きと鳥の照り焼き、それとカツサンドとお酒2杯で3万円でした。日本から行くと驚きますが、海外では品質の良い商品に高いおカネを払うのは当たり前なんです。向こうの人に価値を感じてもらえるならば、利益率はいまよりもグッと大きくなります」
そこには、大量生産の大手にはマネできない、手作りにこだわった和菓子作りだからこその“勝算”があります。
「大手だと大きな面で市場を押さえるということが大事でしょうけど、中小だからこそ、自分たちの強みを生かして狭いところ、たとえば富裕層に刺していくことができるのでは。質の高い仕事をしているならば、小さい店でも、海外に売りに行く挑戦をすべきです」
海外進出の第一歩として、冒頭のペントアワード受賞と同時期に実施した台湾でのクラウドファンディングは目標額を大きく上回りました。近く、現地のECサイトで店舗をオープンさせる予定です。

和菓子をもっと身近に感じてもらうために

海外に販路を拡大できれば、そこで得た利益を地元のお客さんや取引先の農家、そして店の従業員たちに還元することができます。後継者不足に悩む飯沼栗の生産農家を盛り上げることもできるし、店舗で働くパートタイムの店員も現在の1000円程度の時給から欧米並みの3000円まで上げることだってできる、と藤田さんは将来的な目標を語ります。
「海外事業が伸びていけば、工場新設のタイミングもあるかもしれません。そこには、地域の人たちの憩いの場になるようなカフェスペースをつくりたい。職人さんとお客さんがコミュニケーションできるオープンキッチンみたいな仕組みとか、子どもたちが和菓子作りの体験ができるようなスペースとか、夢は膨らみます」
いま足元で藤田さんが取り組んでいるのが、和菓子の魅力を多くの人に伝えることです。ケーキやチョコレートといった洋菓子に比べて、いまの日本の家庭では和菓子を作る機会が少なくなっています。そのことが、日本人の和菓子離れの要因のひとつになっていると感じているからです。
「和菓子の料理教室を開いたり、家庭でも簡単に作ることのできる和菓子を経験してもらったり、小さなころから身近なお菓子だと感じてもらう機会を増やしたいと思っています。和菓子を愛する人が増えれば、原材料の小豆の消費量も増え、生産者の方を助けることにもつながるのではと思っています」
藤田さんが、菓子作りの専門学校に通っていた学生時代に学んだことのひとつに「菓子は人なり」という言葉があります。菓子の味や価値には、それを作っている人間が現れる。だから一個一個をていねいに作ることが、なによりも大事だということを改めて実感しています。
さまざま経験を経て藤田さんはいま、「やりたいことは何ですか」という質問にこう答えるようになりました。
「風月堂にかかわるすべての人が笑顔になる世界を実現したいと思っています」
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