アスリート解体新書

秘密は腕の振り方にある

なぜロッベンは90分間「キレ」を持続できるのか?

2015/2/23
オランダ代表のロッベンは2014年W杯において、高温多湿の気候にもかかわらず、90分間キレのある動きを見せて大活躍した。なぜロッベンは高速スプリントを繰り返しても疲れないのか? その謎にトレーナーの西本直が迫る。

不定期連載で復活

みなさん、お久しぶりです。トレーナーの西本直です。

昨年10月から約3カ月にわたって、人間にとって効率的で効果的な動きを探る連載『アスリート解体新書』を担当させていただきました。

あらためて連載という形ではありませんが、私の中での気づきを書かせていただけることになりました。

今回は2014年W杯で、オランダ代表の3位躍進に貢献したアリエン・ロッベン選手に注目します。彼の動きから「サッカー選手に求められる90分間動き続ける能力」の秘密を探ってみたいと思います。

持久力に特化したトレーニングは必要ない?

今月、九州と沖縄を中心に、Jリーグの各クラブはシーズン前のトレーニングキャンプを実施しました。どのチームもシーズンを通して戦える体力の養成や、90分間走り続ける能力を高めることに取り組んだと思います。いわゆるフィジカルトレーニングです。

私はここに、日本サッカーの成長を妨げる要因があるのではないか、と感じています。

90分間走り続けられることが、本当にサッカー選手としての能力の優劣を決める要素なのでしょうか。

私は違うと思います。

サッカー選手に必要なことは、90分間それぞれの選手が持っているサッカー選手としての技術を、発揮し続けることです。単に走ることとは意味が違うはずです。

私は「走り続ける」ではなく「90分間動き続けることができる能力」こそが、目指すべき方向性であると考えています(余談になりますが、1月28日からの3日間、J2のカマタマーレ讃岐の臨時コーチとして指導させていただきました)。

その発想を、最も高いレベルで表現しているのが、オランダ代表、およびバイエルン・ミュンヘンでプレーするロッベン選手です。

驚くべきトップスピードからの急ターン

私は昨年のW杯まで、申し訳ないことにこのスーパースターの存在すら知りませんでした。

スポーツライターの木崎伸也さんから、一流選手の動き分析を依頼され、彼らの動きを穴が開くほど見続けました。それぞれの選手に、一流と言わしめる特徴を見出すことができました。

ロッベン選手も例外ではありません。その走り方に釘付けになりました。

「走り方」も体の動きというくくりにおいて、「90分間動き続ける」ためには最も重要な要素となります。

ロッベンはグループステージから3位決定戦を含む7試合に、ほぼフル出場して3得点を挙げる活躍をしました。

私が注目したのは、あれだけのスピードで走り続けていながら、後半になっても運動量が落ちることなく動き続け、試合を重ねてもそれが変わることがなかったという事実です。W杯期間中のブラジルの高温多湿な気候を考えると、よりそのすごさが際立ちます。

現在31歳という年齢ですが、以前はそのスピードが災いしてか、筋肉のトラブルが多かったそうですが、今回そんなことがあったことすら感じさせない動きの連続でした。

圧巻だったのは、グループステージ初戦のスペイン戦で見せたゴールシーンでした。

自陣のセンターサークル手前に位置していたロッベンが、相手ディフェンスの裏に出されたロングボールに対して素早い反応で走り出し、まず自分より約5メートル前方にいた選手を追い越します。そして前に飛び出したGKのところまで、トップスピードで迫って行きました。

するとロッベンはスピードを緩めることなく右回りで1回転してGKをかわし、シュートを阻もうとするDFの間を、冷静にコントロールした左足のシュートでゴールを決めました。

どんな時も骨盤が起きている

このシーンのどこがすごいのか、もう少し踏み込みましょう。

まずは動き出しの一歩目に注目です。裏へロングボールが出されることを分かっていたように、力むことなく滑るように走り出しています。

対するDFは、ロッベンのスピードを分かっているため、なんとか体を進路に入れて対応しようと動き出しますが、ロッベンの速さに気後れしたのか、胸、おなか、上腕部など体の前側の筋肉に力が入ってしまい、体が丸くなり膝を引き上げながら追いかけています。

これがまさに体の前側にある「屈筋」の特性で、いざという時の緊急避難的な状況に陥った時に反応する筋肉の特性です。

これではスピードに乗ることができず、5メートル前方にいたにもかかわらず、あっという間に置き去りにされてしまいました。

ロッベンの動きの特徴は、第一にどんな姿勢の時にも骨盤がきちんと起きていることです。

多少前かがみで猫背のように見えるときでも、骨盤の角度は維持され背番号の下の部分はしっかり反っています。

そのため股関節の自由度が高く、動き出しがスムーズであるばかりか、小刻みなステップも踏みやすく、トップスピードを維持したままでの方向転換やターンといった、普通では考えられない動きを見せてくれます。

それを可能にしているのが、ロッベンの特徴的な腕の使い方です。

ロッベンは背中から腕を振っている

普通、走る時には肘を曲げたまま、肩を中心として腕を振るイメージがあると思います。しかし、ロッベンは肘を伸ばしたまま、背中から腕を振っているように見えます。
 13_ロッベン (1)

これは以前の連載でも強調してきた、広背筋を使っていることの証明です。

背中全体を覆うほどの大きさを持つ「広背筋」の停止部は、上腕骨の小結節という一カ所しかありません。

逆に言えば、その一点をうまく起点として使うことで、広背筋の能力を瞬間的に発揮させることができます。

より詳しく言えば、腕をうまく振ることで骨盤が引き上げられ、股関節が前方に振り出しやすくなる形を作ることができる、ということです。

左右の腕を伸ばしたまま、交互に後方に引き込むことで肩甲骨と股関節が素早く連動し、滑るように高速で前に進んで行くことができます。そうすると、地面を蹴るという感じがしません。

まさにロッベンは背中から腕を振ることで、この動きを実現しています。

狭いエリアの中での動きやターンの際、またシュート態勢に入る時などには、腕を素早く動かすことによって細かいステップを踏みやすくするために、少し肘を曲げて使うこともありますが、その際にも肩甲骨からしっかり動かしているのが分かります。

赤ちゃんのハイハイが参考になる

木崎さんが撮影したバイエルンの練習動画を見せてもらったのですが、ロッベンの動きは他の選手がスローに見えるほど素早くキレのある動きでした(動きのキレという概念については、いつかまた書いてみたいと思います)。

ロッベンはこの体の動き方を完全に自分のものにしているようです。

それが完成形に近づいたことで、無駄な筋力を使う必要がなくなり、90分間トップパフォーマンスを続けることができるようになったのではないでしょうか。

以前言われていた筋肉系のトラブルが多かった頃とは、動きの質が変わってきたのだと思います。

ならば我々日本人でも、そういう意識を持つことで単純に走り続ける能力ではなく、持っている技術を発揮し続ける能力を獲得することができるのではないでしょうか。

ロッベンの動きはまるで四つ足の動物が二本足で立って動いているかのようです。

手足の動きが同調し、全く無駄がありません。

あれだけ高速でステップを踏んでも、猫背になることはありません。

日本でラダートレーニングを行っている選手の姿を見ると、細かいステップを早く行うことが優先され、前かがみで猫背になっている選手がほとんどです。

これでは本来の目的とは違うトレーニングになってしまいます。腕はどうやって振れとか、太腿をしっかり引き上げてなどという、分離した指導はおかしいと思います。

しっかり背中をそらせた赤ちゃんがハイハイしながら進んで行く様子を見てください。

背骨を介して、骨盤と肩甲骨がうねるように連動し、何の力みもなく動き続けることができます。

手足は、それに対応して体を支えているにすぎません。

その動きが、そのまま立ち上がって高速で動いているのがロッベンです。私が指導している走り方の理想がそこにあります。

日本代表が世界で戦うために、必要な要素だと思いますがいかがでしょう。

※本連載は不定期に掲載します。