20150223_ギリシャ危機

ギリシャのユーロ圏離脱の現実味

ギリシャとユーロ。「危険な賭け」はいつまで続くか

2015/2/23

ギリシャの巧妙な瀬戸際外交

欧州債務危機を、あなたはまだ覚えているだろうか。2010年にギリシャが債務不履行(デフォルト)の瀬戸際に追い込まれ、欧州共通通貨から退場しかけたことを機に、債務危機がユーロ圏に広がったあの日々を。

ほんの数カ月前の報道を見ていると、あの危機がほとんど忘れられているかのように思えた。ギリシャ国債の10年債の利回りは、昨年9月に5%強まで下げた。4月には4年ぶりに国際資本市場に復帰して30億ユーロ相当を起債。目標の25億ユーロに対し、需要は8倍の200億ユーロを超えた。

ギリシャ経済全体が、ようやく危機を乗り越えたように見えた。実際、2014年上半期の成長率は年率で0.8%を記録。沈滞するヨーロッパ経済で3番目の好成績だった。

しかし、ユーロ危機の悪夢が再燃している。ただし今回は、ギリシャは「グレグジット(Grexit:ギリシャのユーロ圏離脱)」を巧妙にちらつかせ、瀬戸際外交を展開している。

1月末の総選挙で勝利を収めたアレクシス・ツィプラス新首相は、2010年に欧州連合(EU)の金融支援の条件として課された緊縮財政政策を拒否して、危険な賭けに出ている。

2月末に期限切れが迫っていた支援策はひとまず4カ月の延長が決まったが、対外債務の大幅削減などをめぐる協議は難航している。ギリシャの銀行向けの流動支援が撤回されることがあれば、政府も銀行も財政破綻は避けられないだろう。

緊縮財政に「もうたくさんだ!」の声

それなのになぜ、ギリシャは債権者との衝突を避けようとしないのか。

まず、ツィプラス首相には、自分が国民の声を代弁しているという自信がある。「私はギリシャ国民から、ただちに緊縮財政を終わらせて政策を変えることを託された」と、ツィプラスは議会で演説した。実際、ツィプラスが率いる急進左派連合(SYRIZA)は、緊縮財政を放棄するという公約を掲げて圧勝した。

国際通貨基金(IMF)の緊急支援を受けるすべての国と同じように、ギリシャは厳格な「融資条件」を課されている。公共支出を大幅に削減し、民営化と構造改革を進めることが支援の絶対条件だ。

ただし、IMFの支援を受ける国の大半と違って、ギリシャは自国通貨を切り下げることができなかった。GDPは2010年から25%縮小し、実質賃金は22%以上下落して、失業率は2013年に28%に達した。賃金カットと大量失業を伴う「内的減価」で競争力の回復を図る政策は多大な痛みを伴い、ギリシャの人々は「もうたくさんだ!」と思っている。

ギリシャの国庫には数十億ユーロが融資されてきたが、その大半は、EU加盟国の政府保証がついた欧州金融安定基金(EFSF)からの拠出金に対する債務交換にあてられている。実際にギリシャ経済の支援に使われたのは、ほんの一部にすぎない。

一方で、ギリシャの政府債務残高(GDP比)は、2010年の130%から2014年は175%と、雪だるま式に膨れ上がっている。その大きな理由は、名目成長率が名目金利を下回ると、債務残高比が自動的に増えるからだ。

「離脱」という最強の脅し

ギリシャが債権者とあえて対立する二つ目の理由は、おそらく取引が可能だと思っているからだ。ツィプラス首相は、「債権団」のトロイカ(EU・IMF・欧州中央銀行〈ECB〉からなる体制)を相手に強い立場で交渉に臨めると踏んでいる。

ドイツ出身の経済学者、故アルバート・ハーシュマンは『離脱・発言・忠誠─企業・組織・国家における衰退への反応』(1970年、邦訳:ミネルヴァ書房)で、組織の仕事ぶりに不満を募らせた人は、離脱か発言という二つの反応を示すと論じている。

離脱の場合、消費者は商品を買うのをやめ、従業員は退職し、会員は団体やクラブ、政党を離れる。それに対して発言は、自分の不満を明確に表明し、抗議して、組織を説得して進行方向を変えさせようとする。

ある状況で、離脱と発言のどちらが勝るかは、組織のさまざまな構造的要因で決まるだろう。しかしハーシュマンは、離脱と発言が相互に作用する場合もあると考えた。特に、メンバーの離脱に伴うコストが高い組織において、忠誠なメンバーが離脱をちらつかせながら発言すると、最も効果が高いという。忠誠は個人の感情で定義することもできるが、離脱のコスト障壁が高い組織では、離脱の脅威の真実味も増す。

加速する預金流出

ギリシャが直面しているリスクには二つの意味がある。

まず、トロイカと合意に達しなければ、ギリシャ政府は今年前半にも資金繰りで行き詰まるだろう。債務の返済期限の繰り延べはたびたび議論されており、7月にもIMFとECBに対して多額の返還期限が訪れる。ギリシャの国庫が底をつけば、「借用書」を書くことになるだろう。

これは、ユーロ圏を離脱して新通貨を導入するシナリオの最初のステップでもある。

それ以上に差し迫った脅威は、ギリシャの銀行システムが資金繰りに行き詰まることだ。複数の投資銀行によると、ギリシャの銀行の預金流出率は、今年1月に過去最高を記録した。このまま預金流出が加速すれば、銀行システムの再建はますます難しくなる。

ECBはすでに、特例として認めていたギリシャ国債の担保受入れを停止している。さらに、緊急流動性支援(ELA)は継続するが、ギリシャが債権者との交渉で妥協点を見出すことを条件としている。ギリシャの銀行がECBから資金を調達できなくなれば、ギリシャは預金流出を制限する資本規制を導入し、一時的に並行通貨を発行して流動性を確保する必要に迫られるだろう。

ユーロは「トランプの城」

ツィプラス首相は、ユーロ圏離脱が現実的な選択肢ではないことを理解している。離脱すれば通貨切り下げに伴う痛みは減るだろうが、対外債務は縮小されずにそっくり残る。事実上、アルゼンチンの二の舞だ。

そう考えると、国内では緊縮財政を続けながら、トロイカについていくのが現実的だろう。あるいは逆説的だが、ユーロ離脱につながる政策をちらつかせてトロイカを脅し、EUの債権者に方針転換を迫ることも考えられる。

ECBにとって、ギリシャのデフォルトを認めるのは危険な賭けだ。ギリシャ政府もその点は十分に承知している。ツィプラスの右腕で、ゲーム理論の専門家でもあるヤニス・バルファキス財務相は次のように述べている。「ユーロは脆弱だ。トランプの城のようだ。ギリシャというカードを引き抜けば、城ごと倒れるだろう」

まずは、ギリシャとトロイカの妥協点を模索することだ。ヨーロッパ流の「スマートな債務調整」が見つかるかもしれないのだから。

(執筆:Moritz Zander、写真:Matt Cardy/Getty Images、翻訳:矢羽野薫)

【プロフィール】
モリッツ・ザンダー(Moritz Zander)
スイス・リー・バイスプレジデント。ポリティカルリスク・クレジットリスクの分析を担当。ワシントンの世界銀行でエコノミストを務めた後、現職。ジュネーブ大学で学士号、スタンフォード大学で修士号を取得。CFA(米国証券アナリスト)。