[YF]世界を翔ける_150220

 自身の表れか、それとも「日本を震え上がらせる」ためなのか

中国:戦後70年 習近平国家主席の軍事パレード

2015/2/20
 習近平国家主席は2015年9月、北京での抗日戦勝利70周年にプーチン露大統領を招いて軍事パレードを行い、国内外に軍権掌握を誇示する予定だ。中国政府が半年以上先の日程を発表するのは異例という。日本を意識した式典になることは明かで、背景には安倍晋三首相が集団的自衛権の容認や歴史認識の変更を通じて戦後秩序を変えようとしている、との警戒感がある。安倍首相が準備を進める戦後70年の談話は軍事パレード前に出されることになるが、ベテラン・チャイナウオッチャーは内容次第では中国が政治的に利用する、と指摘する。
朝日代表12)開会式に出席する習近平国家主

権力基盤を着々と固める中国の習近平国家主席。2014年2月、ソチ五輪の開会式で=毎日新聞社提供

異例の外交日程の事前発表

旧正月(春節)前、習近平国家主席の今年の重要な外交日程が相次いで発表された。5月9日にロシア・モスクワで開かれる対独戦勝70年記念式典出席のため、訪露し、9月3日に開く抗日戦勝利70周年にはプーチン露大統領を招いて一連の行事を共同主催する。その直後には初めて米国を公式訪問し、9月の国連総会に合わせて開かれる国連70周年の記念式典にも出席する。

元首の外国訪問はぎりぎりまで公表しないのが中国政府のこれまでのやり方だった。半年以上先の日程が発表されるのは異例のことだ。反腐敗運動を通じて権力基盤を固めた習主席が今年は外交に比重を置くということだろうか。自信の表れのようにも思える。モスクワ、北京の式典では軍事パレードが挙行される予定だ。中国人民解放軍とロシア軍が相互訪問してパレードに参加するという話も流れている。

習主席にとって特に重要な意味を持つのが北京での軍事パレードだ。建国以来の歴史を見れば、軍事委員会主席としてパレードでの観閲式を主催することが軍権掌握を内外に誇示する象徴的なイベントとなってきたからだ。

「鉄砲から政権が生まれる」。毛沢東の有名な言葉だ。抗日戦争、国民党との内戦を経て政権を奪った中国共産党には軍権こそが権力という信奉が根強い。毛沢東、鄧小平ら歴代の最高指導者の権威は党や国家の地位よりも中央軍事委員会主席という軍の地位から生じてきた。

毛沢東主席が中華人民共和国の建国を宣言した1949年10月1日の式典では1万6000人を超える兵士が参加して軍事パレードが行われた。これ以降、1959年までの10年間は毎年10月1日の国慶節(建国記念日)に軍事パレードを行うことが恒例化した。

その後、大躍進政策や文化大革命の混乱でパレードは中断する。再開されたのは1984年の建国35周年だ。1981年6月に中央軍事委員会主席に選出されて最高実力者になった鄧氏が25年ぶりのパレード復活を主導した。

この時のパレードには約1万人の兵士が参加し、初めて戦略ミサイル部隊が登場し、大陸間弾道弾も披露された。沿道には「時は金なり」「効率は命なり」などの標語も掲げられ、鄧氏が始めた改革・開放路線の宣伝の場ともなった。青少年交流で招かれた日本人青年3000人もパレードを見学し、中国メディアでも報じられている。

1989年の建国40周年は、6月4日の天安門事件の影響でパレードを実施できず、次に行われたのは1999年の建国50周年だった。鄧小平氏が1997年に死去し、名実ともに最高実力者になっていた江沢民国家主席(当時)にとって最高の晴れ舞台となった。

鄧氏以降、軍事パレードの閲兵では国産の最高級車「紅旗」に乗った軍事委主席が兵士とかけ声を交わすことが慣例になっている。

主席:同志們好(同志諸君、こんにちは)
兵士:首長好(指導者、こんにちは)
主席:同志們辛苦了(同志諸君、ご苦労様)
兵士:為人民服務(人民のために)

江氏も、開閉する「紅旗」の屋根から上半身を出して閲兵し、兵士らに声をかけた。党や国家に対する忠誠というよりは主席個人への忠誠の誓いに思える光景だった。一連の式典の模様は中国で初めてのハイビジョン中継で試験放送された。

当時、北京に駐在していた。国慶節前の9月、夕食後に北京市内を歩いていると、轟音と共に戦車や装甲車が街頭に姿を現し、「クーデターでも起きたのか」と肝を冷やしたことがある。パレードの予行演習だったのだが、日常生活の中に突然、巨大な兵器が現れたことで、軍が暴力装置であることを実感した。

 反腐敗運動で長老の影響力排除

2009年の建国60周年の国慶節では胡錦濤国家主席(当時)が軍事委主席としてほぼ同じ形式で閲兵を行った。慣例どおりなら次は2019年の建国70周年の際に軍事パレードを行うはずだったが、習主席は戦後70年の節目を利用し、前倒しして兵士たちに忠誠を誓わせる儀式を実施することになる。

習主席が2012年秋の総書記就任以来進めてきた反腐敗運動は長老の影響力を排除することにつながった。江沢民氏に取り立てられて最高指導部である政治局常務委員会入りした周永康・元政法委書記や、やはり江派で軍の制服組トップの地位に着いた徐才厚・元中央軍事委副主席らを次々に摘発した。

昨年12月には胡錦濤氏の側近だった令計画・統一戦線工作部長が摘発された。今年に入り、長く江氏の秘書を務め、軍における江氏の利益代表的な立場にあった賈延安・総政治部副主任(上将)も取り調べ対象になっているとの情報が伝わっている。

腐敗摘発の一方で習氏は省長を務めた福建省や党委書記だった浙江省などで関係の深かった部下、知人らを政府や軍の有力ポストに登用している。香港メディアなどは浙江省書記時代に新聞に連載していたコラム「之江新語」をもじって「之江新軍」と呼んでいるが、いまや江氏の上海閥や胡氏の共青団閥をしのぐ勢いだ。

もちろん、江氏や胡氏が次のターゲットになることはありえない。両氏の打ち出した方針は憲法や党の綱領にも盛り込まれており、もはや党の歴史の一部になっている。それを否定しようとすれば、共産党自体の基盤が揺らぎかねない。長老の影響力を実質的に排除できれば、権力闘争としては「勝負あった」なのだ。

「戦後秩序の変更」安倍首相を警戒

習時代の到来を内外にアピールする集大成の場が抗日戦勝利70周年の軍事パレードともいえる。鄧小平氏に指名されてトップに就任した江氏や胡氏は鄧氏の作った枠組みの中で動かざるをえなかった。しかし、習氏は鄧氏に指名されたわけではない。自前の歴史を作ることも可能になるわけだ。

鄧氏も軍事委主席に就任した直後、1981年9月の満州事変50周年前後に河北省で大規模な軍事演習と軍事パレードを実施し、観閲式を行っている。今回もこれと似た構図だ。あえて慣例とは異なるやり方を取ることで、強い指導者を演ずる狙いもあるのではないか。軍事パレードに外国首脳を招くのも初めてのことだ。

国慶節の軍事パレードよりは小規模にし、平和への貢献をアピールするとの情報もある。あからさまに軍事力強化を誇示したり、中露の連携をアピールすれば、米国や日本をいたずらに刺激しかねない。多少の配慮はありうるだろう。中国外務省も一連の行事は日本に対するものではないと表明している。

しかし、中国メディアには「日本を震え上がらせる」など刺激的な表現も目立つ。日本を意識していることは確かだろう。李克強首相は1月のスイス・ダボス会議での経済演説の中で戦後70年の意義に触れ、「第二次世界大戦後に形成された国際秩序と普遍的に公認された国際関係の法則を擁護し、破ってはならない」と述べている。

日本から見れば、戦後の国際秩序を力で変更しようとしているのは中国自身ではないか、と突っ込みも入れたくなるが、中国は安倍晋三首相が集団的自衛権の容認や歴史認識の変更を通じて戦後秩序を変えようとしていると見ているのだ。安倍首相が準備を進める戦後70年の談話は軍事パレードの前に出されることになるが、中国はこれを警戒している。

尖閣諸島問題などをめぐり、戦後最悪といわれた日中関係は昨年11月の日中首脳会談以降、対話の流れができつつある。しかし、安倍談話が戦後50年の村山談話や戦後60年の小泉談話から大きくかじを切ったと受け止められるような内容になれば、中国はこれを政治的に利用するだろう。

米露など第二次大戦の戦勝国に日本の不当さを訴える材料にしたり、自国の軍事力強化を正当化することにつなげたりすることが考えられる。安倍談話発表以降に予定される習主席の一連の外交日程には中露、米中の首脳会談、国連での演説などが含まれているのだ。基盤を固め、外交攻勢の準備を進める習体制にどう対応するのか。安倍政権の戦略も問われることになる。

(坂東記者の記事は、こちらの記者ページでもご覧いただけます)

※本連載は月5回配信の予定。原則的に毎週木曜日に掲載しますが、毎月第5回目はランダムに配信します。