2023/4/19

手本は「LVMHグループ」日本の中小製造業へのヒントがここに

フリーランス 記者
日本の会社の99%以上は中小企業。そのことが日本の生産性が低い原因になっていると批判する人も多いなかで、金属部品の切削加工メーカー・由紀精密(神奈川県茅ヶ崎市)の大坪正人・代表取締役は、中小企業だからこその強みがあると言います。

優れた要素技術を持つ全国の中小製造業をたばねてホールディングス化することで、失われつつある日本のものづくりを支える“技術集団”を作れないか――。

そう考えた大坪さんがイメージしたのは、ルイ・ヴィトンなど世界的ブランドが集まったフランスのラグジュアリー企業「LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)」グループでした。
INDEX
  • ホールディングス化に「2つの手本」
  • 由紀精密の「成功体験」をほかでも実践
  • IoT人材の育成組織も設立
大坪正人(おおつぼ・まさと) 1975年神奈川県生まれ。1998年東京大学工学部産業機械工学科卒業。2000年東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻修了。同年、3次元プリンターサービスのインクス(現ソライズ)に入社。高速金型部門で開発を担当し、世界最高速で金型を作る工場を立ち上げる。06年、祖父が創業した由紀精密に常務取締役として入社。13年代表取締役社長に就任(現在は代表取締役)。経営危機に陥っていた由紀精密を、電気電子業界から航空宇宙業界や医療関連業界にビジネス転換し、V字回復を実現した。17年10月由紀ホールディングスを設立し、代表取締役社長に就任(現職)。

ホールディングス化に「2つの手本」

「由紀精密での経験上、やっぱりきついんです。中小企業は、いろいろな機能が足りない。ひとつの会社でやろうとしても苦しいことがたくさんあるんです」
2017年10月、倒産寸前だった家業の由紀精密を10年かけて軌道に乗せた大坪さんは、次のステップへ進むことを決めました。由紀精密を含むものづくり企業をグループ化し、ホールディング・カンパニーを設立することです。
会社経営には「製品を作って販売する」という仕事以外にも、たくさんの業務があります。財務、総務、IT化、企画広報、採用、人材育成……こういったバックオフィスの仕事を20〜30人規模の中小企業ですべて切り盛りすることは、大きな負担です。ホールディングス化すれば、それらの業務を補い合いながら合理化できると考えたのです。
(提供:由紀精密)
「たとえば、中小企業で1人の広報担当者を雇用しても、それほど仕事があるわけではありません。それなら複数の企業がグループになって、広報機能を共有したほうが効率的です。企業戦略や事業計画も同じことです。そうすれば、経営的に苦戦している会社も立ち直るきっかけができるのではと思ったのです」
このとき、大坪さんの頭の中には“手本”が2つありました。
1つは、世界的ブランドが集まったフランスのラグジュアリー企業「LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)」グループです。LVMHはルイ・ヴィトン、ディオール、ヘネシー、ブルガリなど、ファッションから香水、時計まで多様な商品の有名ブランドを傘下に抱えながら、それぞれのブランドに引き継がれてきた伝統を尊重しています。
大坪さんは、そのLVMHの会長兼CEO、ベルナール・アルノー氏がインタビューで語っていたことが、グループ経営のモデルケースとして影響を受けた、と言います。
「LVMHは、M&Aを繰り返しながらも、グループに迎え入れた企業の個性と歴史を尊重し、あくまで裏側でブランド戦略や経営をバックアップすることで個別のブランドを伸ばしています。それまで経営的に苦しんでいたブランドが、本社のインフラや財務によるバックアップを受けて投資をすることで業績が伸びていく。もちろん規模はあまりにも違うんですが、この形は実は個性の強い日本の中小企業に合ったスタイルなんじゃないかと思ったんです」
もう1つは、大坪さんが大学卒業後、家業に戻るまでの間、新卒として入社したベンチャー企業「インクス」での経験でした。インクスは高速金型製造システムや3Dプリンターを活用した企業の草分け的存在でしたが、「雷鳥ファンド」というファンドで国内の優れた技術力のある製造業の再生事業にも取り組んでいました。
「ファンドと言っても、投資利益を重視するものではなく、私も技術面でかかわって立て直しのサポートなどをしてきました。もともといい技術があるけれど経営的に苦戦していた会社が、われわれが入ることによって立ち直っていくのです。そういうケースを見ていて、このような形が実現できればいいなというイメージを持っていました」

由紀精密の「成功体験」をほかでも実践

大坪さんが2017年に設立した由紀ホールディングスは、ニッチだけど世界レベルで高い技術を持つ中小製造業をたばねて、大坪さんが由紀精密で得た知見を体系化した「YUKI Method(由紀メソッド)」を共有しながら、ともに成長させていくことがコンセプトです。
グループ会社の共通機能は、持ち株会社が担います。具体的には「資金調達」「事業戦略」「人財採用・HR」「企画広報・デザイン」「製品開発」「製造技術開発」「システム・IT・IoT」「営業戦略・海外展開」の機能を共有する、プラットフォーム型ホールディングスです。これによって、各社はそれぞれの個性を重視し、研究開発に集中できる環境を整えられるのです。
(提供:由紀ホールディングス)
現在、由紀ホールディングス傘下の企業は、由紀精密を含めて9社。超硬合金を製造・加工する国産合金、マシニングセンタでの試作、プレス金型を得意とする仙北谷など、金属加工を軸にまったく異なる分野の企業が集まっています。
(提供:由紀ホールディングス)
もっとも、「日本のものづくり企業をもっとよくしたい」と思って始めたこの新しい試みは、はじめから順調だったわけではありません。準備期間を経て実質的に事業が始まったのが2018年。そこから試行錯誤を繰り返し、ようやく軌道に乗ってきたと思えてきたのが2019年になってから。その翌年に、新型コロナウイルスが世界に大きな打撃を与えました。
「これからという時にコロナ禍になってしまったのは、本当につらかったです。由紀精密も、航空機部品の発注が次々とストップしてしまいました。グループのほかの取引先企業も、開発系の予算がストップしてしまって……」
グループ会社の中核を担う由紀精密の売り上げは4割減。しかも、コロナの影響は予想以上に長期化し、2021年の業績も思うように回復しませんでした。
経営としては苦しい日々でしたが、それでも、この期間に伸び続けた部門があったのが、わずかな光をもたらしました。電気自動車やハイブリッドカーの部品部門は堅調に成長し、小型衛星などの宇宙部門も好調。日本のお家芸である半導体製造装置も、ますます世界で必要とされていると実感しました。
コロナの影響から立ち直ることができたのは、2022年になってからです。グループ全体の売り上げは、21年度の76億5000万円から、22年度は90億円を上回る見込みとなりました。
ホールディングス化の効果として、グループ企業間のシナジーも生まれ始めました。そのひとつが、極細の「超伝導ワイヤー」の開発です。
最近までグループ会社のひとつだった明興双葉(4月3日に株式譲渡)は、電線・ワイヤーハーネスの製造会社で、0.05ミリという髪の毛よりも細い線を連続的に加工できる技術があります。ここに国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)から線材加工に関する問い合わせがあり、共同開発がスタートしました。
さらに由紀精密の取締役社長である永松純氏は、学生時代の超電導領域の研究で国際的な科学技術誌「Nature」に論文が掲載された実績がありました。現在は、それらの知見を掛け合わせた共同開発が進められています。
電線・ワイヤーハーネスを製造する明興双葉(提供:由紀ホールディングス)
由紀ホールディングスの取り組みに手応えを感じている大坪さんは、こう力を込めます。
「日本が持っているよい技術を残していくために、どうすればいいのか。いま私たちが実践している方法をひとつの解として実証したいんです。由紀精密が切削加工を軸足にしてピボットさせながら、航空宇宙分野の部品製造や医療機器分野に展開し、業績を伸ばしていったような方法論を、いろいろな会社で実現していきたいと考えています」

IoT人材の育成組織も設立

日本のものづくり文化を復活させ、継承していくために、大坪さんは、技術力のある中小製造業をたばねるホールディングス化と並行して、ものづくり産業の底上げに必要な人材育成にも力を入れています。
2020年には、中小企業のデジタル化を推進できる現場人材を育成する「ファクトリー・サイエンティスト協会」を設立し、代表理事に就任しました。発足から3年で協賛企業は60社を超え、600人以上の受講者が研修を受けました。
いま日本企業では「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の必要性が叫ばれていますが、製造業でそれがスムーズに進んでいるとはいえません。日本の競争力にかかわる問題です。
「経営者がDXをするというと、たいていIoT機器を使って従業員を監視したくなってしまうんです。機械がどれだけ稼働しているか、サボっている人がいないかを確認するためです。そういった使い方では、現場の人たちの反発を招くだけです。こうした上司が部下を管理するための使い方ではなくて、たとえば、現場のスタッフが自ら担当する10台の機械をスマホでモニタリングするためにカメラ設置したなら問題は起きないでしょう。つまり現場の人たちが、自分たちにとって便利な使い方がわかれば、より有効に広がっていくだろう、という考え方です」
現場で働く人たちが、自分たちの作業を効率化するためにIoT機器を活用するにはどうすればいいのか。そのノウハウを伝えるために、「現場主導型のDXを体験してもらい、実践に移せる人材を増やしたい」と大坪さんは言います。
いま衰退が懸念される日本のものづくり産業ですが、世界に通用する優れた技術を持つ企業はまだまだたくさんあります。経済産業省は、個々の市場規模は小さくても、世界市場でシェア率が高い製品を製造している企業を100社選び、「グローバルニッチトップ企業」として表彰しています。そこには、一眼レフカメラの交換レンズ、反射防止フィルム、印刷用インクなど、さまざまな分野で世界トップの企業が表彰されています。
「日本の企業は、じつは市場規模の大きい分野でトップシェアというのは少なく、市場規模は小さいけれどシェアが高い、という企業が多いんです。だけど、これはとてもいいことです。というのも、それぞれがすごく重要な分野でありながら、過当競争にならないからです。私たちも、グループ企業でこうしたグローバルニッチトップ企業を増やしていきたいですね」
次の世代のものづくり文化を見据えた大坪さんの挑戦は、いま始まったばかりです――。
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