女性イノベーター対談_夏野x玉城 (1)

本当の自分が「理想の義体」を追いかける

「人の体をハックする」ことで見える未来

2015/2/18
iモードの生みの親でありドワンゴ取締役の夏野剛氏が、既存のビジネスや価値観に新風を吹き込んだ女性イノベーターと、イノベーションを実行する上での難しさや面白さを余すところなく語りあう対談企画。第二弾は、 人の手をコンピュータで動かす世界初の装置「PossessedHand」を開発し、 米『TIME』誌が選んだ「The 50 Best Inventions(世界の発明50)」に選出された開発者、玉城絵美氏が登場。医療機関や大学、研究所を対象に製品版の販売を開始し、2014年に単年度黒字化を達成するなどビジネス面でも成功する玉城氏の“イノベーティブな仕事ぶり”とは?(全4回)
第1回:リアル”攻殻機動隊”を実現した女性イノベーター
第2回:女性イノベーター、発想の源は「欲深さ」
ポゼストハンドとは?

義体技術のベースは愛?

夏野:「PossessedHand」は、体温測定はできないの? 例えば、「恋人つなぎ」っていう、男女が指を交互に絡ませる手のつなぎ方があるじゃないですか。あの手のつなぎ方が、なぜカップルの親密度を高めるのかが科学的に分かったら面白いよね。

玉城:なるほど。そうですねえ。

夏野:実は、純粋に技術として、筋電を通信にどう使えるかを研究している人はいるんです。でも、そもそも手を握って何を通信するんだ、と。それ以前に、男女が手を握ることができた時点でコミュニケーションが取れているじゃないかと(笑)。

LINE(ライン)の普及により、単純な人間関係はいくらでもつくれる世の中になった。そうすると、その先の深いコミュニケーションを研究しなければならないと思うんだよね。愛のあるカップルの手の握り方と、そのときに筋肉にどんな電流が流れるか、愛のないカップルとは何が違うのか? そういうのって、面白い視点だと思うな。

玉城:深いですね。

夏野:あと、僕ね、ぜひ玉城さんに、「カメレオン手」っていうのを作ってほしいんですよね。

玉城:カメレオンですか?

夏野:つまり、カメレオンのように色を変えられる手です。このアイデアは、例えば、宝飾品を売るときに、使えます。一口にゴールドといっても、最近は、ピンクゴールドやイエローゴールド、ホワイトゴールドやブラウンゴールドなどさまざまな色がありますよね?

彼女の肌の色に合うゴールドリングはどれか、彼女の皮膚のデータを他人の手に送ることで、分かれば面白くない? そもそも、男には“サプライズ症候群”っていうのがあるからね。彼女を店に連れて行かず、いきなり最適な指輪を買ってあげたいのよ。

玉城:あぁー、確かに、サプライズの贈り物で失敗する男性って、多いですよね。

夏野:結局、サプライズ失敗の原因は本人で試してないからでしょ? だから、本人の手をスマホ(スマートフォン)で撮ってくると、店員さんの手が義体となって彼女の色に変わり、試着ができるといいなって。技術的にはそんなに難しくなさそうじゃないですか?

人間の肌の色のバリエーションはそれほど多くないから、いくつかの色素をちょっとコントロールするだけで技術的には出来ると思う。もし、それが出来たら、宝飾品ブランドが飛びつくよ。

玉城:結構、生々しい話をされますね(笑)。

夏野:だって、研究を実体ビジネスにつなげるって、そういうことでしょ。しかも面白い展示ができますよ。「この新作の指輪は、地球上のすべての人種の手に似合う」とかいって、手の色が変化していくの。CGと違ってリアルな手でやれば、話題になること間違いなし。どう? 手の色は、細かい素子を入れてあとは電圧で調節すれば、なんかできそうじゃないですか?

玉城:夏野さん、さっきから恋人つなぎとかサプライズのプレゼントとかおっしゃいますが、日頃からそういうこと、よくなさるんですか?

夏野:全然。たとえサプライズのプレゼントをしても、奥さんは僕にちっとも感謝してくれないし(笑)。

玉城:そもそも「PossessedHand」という装置は、私が誰かの体の中に入ったり、誰かの体を共有したいという“欲”から生まれた装置なんです。ですから例えば、夏野さんがイケメンのモデルさんを操って自宅に帰り、「今日の僕はイケメンモデルだよ!」といって奥さまを驚かすサプライズなら、将来可能になるかもしれません。

夏野:それって、奥さん、喜ぶのかなぁ?

玉城:今でも夏野さんは、十分にイケメンですけれどね。

夏野剛(なつの・たけし)株式会社KADOKAWA・DWANGO取締役、株式会社ドワンゴ取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授、World Wide Web Consortium顧問会議委員。エヌ・ティ・ティ・ドコモにてマルチメディアサービス部の部長や執行役員などを務め、iモードを起ち上げたメンバーの一人として知られる。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA。

夏野剛(なつの・たけし)
株式会社KADOKAWA・DWANGO取締役、株式会社ドワンゴ取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授、World Wide Web Consortium顧問会議委員。エヌ・ティ・ティ・ドコモにてマルチメディアサービス部の部長や執行役員などを務め、iモードを起ち上げたメンバーの一人として知られる。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA。

義体は心のドーピング

夏野:僕は、人間の身体能力は錯覚だと思っているんですよ。例えば、「あなたはすごい!」と人に乗せられると、人間ってものすごい力を発揮するじゃないですか。ディズニーアニメの『ボルト』は、自分がスーパーヒーロー犬だと勘違いしている犬の話だけれど、ボルトは「僕は飛べる!」と信じているから、本当に飛べてしまう。それと同じことを義体を使ってできないかと思うんです。

玉城:逆上がりの練習のような感覚ですよね。最初は補助器具をつけて練習し、さもできたかのような感覚を覚えていくと、補助器具なしでもできるようになるという。

夏野:まさに、それそれ。結局、心の問題と義体の問題はつながっていると思うんです。義体でハッピーな気持ちになれれば、それが実体なのか義体なのかはもはやどちらでも良い。僕の友達の石黒先生が自分に似せて作ったアンドロイドに、今度は自分を似せようと整形をするのと同じことです(前回「女性イノベーター、発想の源は『欲深さ』」を参照)。

玉城:本当の自分が「理想の義体」を追いかけるイメージですね。

夏野:そう。面白い例があります。アパレルの試着室の鏡は、ほんの少し角度がついていて、足が長く見えたり、痩せて見えたりする。その鏡を買って、家の玄関に置いておくといい。そうすれば、自信に満ちあふれた生活になる。逆に、あんまり美しく映らない鏡だと、どんどん自分はダメだという気分に追い込まれてしまう。

つまり、僕が何を言いたいかというと、人間にとって「本当の自分」なんてものは、どうでもいいんですよ。自分が自分に自信を持てれば、それでいい。そして、自信があるように振る舞うと、自分自身がだんだん本当に美人やイケメンになっていくんです。だから、心の問題と義体の問題って一緒なのよ。

玉城:では、筋電を操作されたり、視覚や聴覚をハックされても、自分に自信が持てれば…。

夏野:それでいいんじゃないかな。そもそも、それがハックなのか現実なのかわかんない。でも、それで自分がハッピーになればいい。最終的に、その義体に実体としての自分の能力が追い付ければなお良い。言ってしまえば義体とは、“心のドーピング”だね。

玉城絵美(たまき・えみ)H2L株式会社代表取締役。1984年沖縄県生まれ。2006年琉球大学工学部情報工学科卒業。2008年筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程修了。2010年に米国ピッツバーグのディズニー研究所でインターン。2011年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了、同年東京大学総長賞を受賞。東大大学院総合文化研究科特任研究員。2012年、東大の研究室の後輩だった岩崎健一郎氏らとH2L設立。2013年から早稲田大学人間科学学術院助教。

玉城絵美(たまき・えみ)H2L株式会社代表取締役。1984年沖縄県生まれ。2006年琉球大学工学部情報工学科卒業。2008年筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程修了。2010年に米国ピッツバーグのディズニー研究所でインターン。2011年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了、同年東京大学総長賞を受賞。東大大学院総合文化研究科特任研究員。2012年、東大の研究室の後輩だった岩崎健一郎氏らとH2L設立。2013年から早稲田大学人間科学学術院助教。

靴を履いたら、全身ハック

夏野:ところで、玉城さんは、鍼灸(しんきゅう)師とは付き合いはないんですか?

玉城:ありませんね。

夏野:はりって面白いですよ。ベテランのはり師は、患者の胃が痛いときに、全然関係なさそうな手足のツボを刺激して、痛みを感じさせなくすることができるんです。ツボのメカニズムは科学的には解明されていないけれど、経絡で全身がつながっているのって、一種の筋電みたいなものなんじゃないかな。そのうち、足裏に接続するだけで、全身がハッキングできてしまったりして。

玉城:足裏に接続するだけでその人の情報をハッキングできれば、すごい楽ですね。靴を履くだけでOKとか。

夏野:でも人の体をハッキングするなんて表現を使うと、人によっては不謹慎だとか、とんでもないとか、非人道的だとか、言うでしょう?(次回に続く)
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※本連載は毎週水曜日に掲載する予定です。

(取材:佐々木紀彦、佐藤留美、構成:朝倉真弓、撮影:遠藤素子)