2023/5/29

なぜ「ゆるいつながり」が私たちの仕事を楽しくするのか

News Picks Brand Design Senior Editor
 以前からさまざまな調査を通じて指摘されている日本人の幸福度の低さ。
 働くうえでの充実度や仕事の裁量においても、国際的に見ると日本人は低い順位となっている。
 日々忙しく働くなかで、私たちが「幸せに働くこと」「幸せに生きること」を実現するには、どうしたら良いのだろうか。
 三井不動産が主催したイベント「WORK STYLING Well-Being Week 2023」のトークセッションで話し合われたなかから、「幸せになるための4つの因子」と「働き方についての国際調査」にフォーカスを当ててレポートする。

幸福になるための4つの因子

前野 今回、あらためてビリギャルこと小林さやかさんの経歴を拝見したのですが、非常に面白いですよね。
 愛知県の中高一貫校を経て、学年ビリから慶應義塾大学のSFCに合格、現在は世界大学ランキング11位の米国・コロンビア大学院に在学されている。
 なぜ現在はコロンビア大学院に在籍していらっしゃるのでしょう。
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。
小林 もともと私は慶應を卒業してから、ウエディングプランナーとして働いていました。
 大学を卒業して4年くらい経った頃に、大学受験時代の恩師である坪田信貴先生がブログに書いていた私の合格までのエピソードが、ネット上で話題になったんです。
 そこから「ビリギャル」の本が出て、映画になって、私も全国の中学校・高校から年間100回以上も講演に呼ばれるようになりました。
 元々、ウエディングプランナーを天職だと思っていたのですが、学校や教育に触れる機会が多くなり、「昔の私がなぜあんなに努力できたのか」をもっと科学的に理解することで子どもたちの未来に貢献したいと思うようになり、学習科学という分野で修士号を取ったんです。
 ただ、修士号を取るあたりで「私は一度、日本から出た方が良い」と直感的に思ったのと、恩師の坪田信貴先生(ビリギャル著者)の助言もあり、30代で米国の大学院受験を志しました。
『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(坪田信貴・著)の主人公であるビリギャル本人。慶應大卒業後はウェディングプランナーとして従事した後、ビリギャル本人として500回以上の講演や記事執筆など、幅広い分野で活動しながら、教育科学の研究のため聖心女子大学大学院に進学、修士課程を修了。2022年秋には「子どもの能力を信じて引き出すことができる教育者の育成」を研究テーマに、米国コロンビア教育大学院にて認知科学を学んでいる。著書「ビリギャルが、またビリになった日 勉強が大嫌いだった私が、34歳で米国名門大学院に行くまで」(講談社)
前野 小林さんは人生の節目節目で、いろいろな方に助けてもらったり、チャンスを掴んだりするのがすごく上手だと経歴を伺って思いました。
小林 確かに、坪田先生をはじめとするメンターたちや、支えてくれる家族や友人たち、そして留学に快く賛成してくれた夫の手助けがなかったら、今の場所にいないなと感じます。
前野 私は人を幸福に導く因子が4つあると考えているのですが、小林さんはそれらを全て備えていらっしゃるなと感じています。
小林 その「4つの因子」って具体的にどんなものなのでしょうか。
前野 1つ目は「やってみよう因子」です。
 やりがいとかやる気に支えられた主体性があると、人は仕事もプライベートも充実します。
  2つ目は「ありがとう因子」です。
 これは「感謝」や「利他」「つながり」に関連する因子です。
 周囲の人とのつながりがあり、他人のために何かをしてあげたいと思う気持ちを持っている人は、幸福度が高いことがわかっています。
 3つ目は「なんとかなる因子」です。
 未来に対して「なんとかなる」と楽天的に構える心があると、新しい課題に果敢にチャレンジできます。
 自分に対してネガティブな気持ちを持ってしまうと、自己肯定感が下がり、幸福度が低下してしまいます。
 他人に対してネガティブな気持ちを持っている人は、他人の欠点が目に入りやすく、ストレスを溜め込みやすいので、幸福度が下がります。
 4つ目は「ありのままに因子」です。
 ありのまま、今のままで幸せだと思う気持ちです。
 別の言い方をすれば「比較をしない因子」と言えるかもしれません。
 ビジネスパーソンに身近な因子かもしれませんね。
「あいつの方が先に出世した」「隣の家の方が良い車に乗っている」「同期のあいつは起業して成功したらしい」。
 どんなに頑張っても上には上がいるので、比較意識がある限り常に劣等感を覚えることになります。
 そのため「ありのままに因子」がないと幸福度は上がりません。

人を作るのは環境の力

小林 なるほど。確かに私は全部持ってるかもしれません。
 私も学校での講演会で似た話をするんですよ。
 例えば「やってみよう因子」に近い話だと、子どもたちに「自分が、ワクワクする目標を立てよう」という話をします。
 人間って感情の生き物なので、自発的に「やってみよう」と思えないと、努力できないんですよね。
「やってみよう」の対義語って「やらされている」じゃないですか。
 やらされている仕事、やらされている学習でパフォーマンスが上がらなかった経験は、誰しもあると思います。
 私の場合は最初に坪田先生のところに行った際に、「東大いったら?」と言われて、「えー別に興味ない」と答えたところ、「じゃあ慶應は?」と言われたときに「嵐の櫻井翔くんがいるところだ!行きたい!」って言ったんです。
”浅い動機だな”とお叱りを受けそうですが、感情って一歩踏み出すときに強力な動機になるので、目標を決めるときは、本人がワクワクしてそれを心から望んでいるかどうかがとても大事なポイントだと思います。
前野 日本人って目標を聞かれると、真面目だから”社会のために”とか”地域のために”というご立派な目標を立てがちですよね。
小林 そうですね。
 その目標に本人のパッションが乗っているなら良いと思うのですが、”目標とはこうあるべき”と、周りの反応や世間体などを強く意識して決めてしまっている部分が割とあるんじゃないかと思うんですよね。
 例えば、地方の有名高校に講演に行ったとき、生徒たちに目標をきくと、「地元の国立大に行って、将来は公務員になりたい」という声をよくききます。
 多くの選択肢がある中で、本当に本人が心からそれを望んでいるのか、それとも周りの大人の希望や願望に応えたい気持ちが無意識にその子の目標となってしまっているのか、長期的に考えると、これはとても大きい違いだと思います。
 その人生を歩むのは、親や教師ではなくその本人ですからね。
前野 本心でないと、目標に対して最後まで頑張れないですからね。
小林 そうなんです。
 だから、「ワクワクする目標」を掲げることが第一歩ですね。
 私は講演会で、「目標が定まったら、プロに相談に行こう」という話をしています。
 実は多くの人って何かに悩んだときに、同僚とか先輩とか、身近な人にしか相談していないことが多いんです。
前野 確かに、仕事で悩んだときに会社の役員に相談したり、学校の悩みを教育学者に聞いてみたりはしないですね。
小林 身近な人がくれるアドバイスももちろんありがたいのですが、人って意外とわかんないことややったことないことでも、想像や今までの経験値に基づいてそれっぽいアドバイスをできちゃったりしますよね。
 でも、その道のプロに聞けば、思いもよらなかった解決策が見えてくることがあります。
 私の場合、大学受験も大学院受験もそうやって、その道のプロの力を借りて乗り越えました。
 できれば、一人のプロだけでなく何人かに話をきいて、そのなかから自分に合うメンターや戦略、方法を探すと、目標達成のための最適解・最短ルートが見つかりやすいと思っています。
 連絡を取っても時間をとってくれないだろうとか、相手にしてもらえないんじゃないかって、自分から決めてしまって可能性を閉じてしまうともったいないです。
 まずは行動あるのみです。
前野 「やってみよう因子」でもあり、「ありがとう因子」でもありますね。
 インターネットで世界中とつながれる時代になったのに、会社の人とだけやりとりをして、黙々と働いてしまっているのは非常に損をしていると感じます。
小林 もう1つ私が講演会で強調しているのが「環境を自分で選ぶこと」です。
 講演会場で「ビリギャルは中学受験もしたエリートなんだから、真に受けるな」とか、わが子に対して「お前はもともと才能がないんだから、夢を見るな」と言っている親御さんにたくさん出会いました。
 こういう「努力することに否定的な環境」にいたら、パフォーマンスが落ちてしまい、モチベーションを高く保って努力を継続し、夢や目標を達成するのは極めて困難です。
 心理学的にはピグマリオン効果、ゴーレム効果という名前で知られています。
前野 逆に言えば、自分が変わりたければ環境を変えたら良いわけです。
 今日の会場である”WORK STYLING”が、自分を変えたいという人、企業や社会を変えたいという人が集まる空間として機能してほしいですね。
小林 ジャン・ピアジェっていう心理学者が、「学ぶということは空っぽな脳みそに、知識を詰め込むことではなく、持っている知識や考え方の枠組みを、新しい刺激によって組み換えることだ」と言っています。
 そして、レフ・ヴィゴツキーという心理学者が、それをやる一番の材料は、対話だって言ったんですよ。
 イノベーションが必要なビジネスの世界では、ちょっとした人とのつながりだとか、そこで生まれる会話のなかで、アイデアが生まれ、共有され、つながっていって、広がっていくことが、大事だと思っています。
 そういう刺激の場として、”WORK STYLING”が進化していってほしいですね。

なぜ、日本の若手は「仕事が楽しくない」のか

中山 私はパーソルという主に人材派遣や転職支援を行う企業で、ウェルビーイング推進のプロジェクトを担当しています。
 パーソルグループでは「はたらいて、笑おう。」というグループビジョンを掲げており、どうやったら、はたらく人たちの仕事を通じたウェルビーイング実感が高まるのかを明らかにするのが私の仕事です。
松尾 自分はEY Japanという会社で、会計監査やコンサルティングといったサービスを提供しています。
弊社は「より良い社会の構築へ」というパーパスを掲げているので、パーソルさんがどんなデータを分析し、どんな考察をされているのか、非常に気になるところです。
中山 ありがとうございます。
 私たちは働くという領域のウェルビーイングを3つの質問で測っています。
 質問の意図としては、Q1でその体験を瞬間的にどう感じているかを、Q2でその体験にどういう意味づけをするかを聞いています。
 そしてその状態につながる要因のひとつとして、Q3で自己決定できているかを聞いています。
 別の調査で幸福度に与える影響力比較がされているのですが、自己決定が所得・学歴よりもよりも強い影響を与えることが分かっています。このように選択肢を持てている感覚があって、自分自身で選択ができるかどうかはウェルビーイング実感に大きく関わってきます。
 全世界を調査対象にしており、日本の結果がこちらです。
出典:「はたらいて、笑おう。」グローバル調査。
中山 まず、結果の全体像を見ると、地域ごとにばらつきが大きいということが言えます。
 日本をはじめとする東アジアは、どの質問に対しても「はい」と答えた割合が低い傾向にありました。
松尾 日本は順位こそイマイチですが、70%以上の人が仕事を楽しいと思っていると考えると、思ったより悪くないですね。
中山 そうですね。
 グローバル全体の結果と比べると、日本での平均的な立ち位置は「仕事に対して楽しみはあまり感じていないけれど、自分の仕事は周りの人の役に立っているし、ある程度仕事への裁量もある」といったところでしょうか。
 グローバル全体と比較すると、特にQ1の仕事を楽しいと感じている人の割合には伸びしろがありそうです。
 さらに年代別に見てみると、実は日本の中でも年代ギャップが大きいことが明らかになっていて、20代、30代は仕事を楽しいと感じている人の割合が、グローバル全体に比べて低かったんです。
出典:「はたらいて、笑おう。」グローバル調査。
松尾 期待を胸に入社してきた若手社員たちが、いつの間にか希望を失っている様子がデータに表れていますね。
中山 グローバルでも年齢を経るごとに高まっていくのは日本と同じ傾向ですが、20代30代でここまで差があるのは大きな課題ですね。
 大きな会社だと若手になかなか裁量権がなくて、というのが「仕事の楽しさ」に関する世代間のギャップを生んでいる要因のひとつなのかもしれません。
松尾 そのあたりは文化的、社会的な背景がありそうですね。

「ゆるいつながり」が企業を伸ばす

松尾 弊社では社会や企業が抱えている構造的な問題も現場レベルの工夫で解決できると考えており、ウェルビーイングを高めるためのワークショップを行っています。
 ワークショップのポイントは「ゆるいつながりの構築」です。
 私は「そんなに深い付き合いじゃないけど、何かあれば相談に乗ってくれる関係」があることが、社員の心理的安全性につながり、仕事の楽しさや充実感に直結すると考えています。
 そこで、社内の信頼関係をいかに構築するかに焦点を当ててワークショップや施策を作りました。
 ポイントは下記の3つです。
 その一例として現在、定期的に行っているのが、徒歩旅行という企画です。
 出発場所に着いたら、その場で役職や部署に関係なく3人1組になってもらい、50分散歩をしてから会社のカフェに直行してお茶してもらう。
 役職や属性を超えた人間としての何気ないつながりが生まれ、関係性が若干遠いからこそ、ちょっとした悩みを話せたり、思いがけないアイデアや協力者などを得られたり、こんな人が同じ会社にいたんだという嬉しい発見があったりと、普段の仕事では生まれないようなことが起きます。
 そうした心理的に安全な環境がある中でのつながりが、社員同士の信頼関係の構築に役立ちます。
中山 なるほど。
 弊社の場合は部活動がその役割を担っているかもしれません。
 現在、200以上の部活があって、2000人を超える社員が参加してるんですよ。
 グループ内で会社や部署を跨いで参加するので、「全然違う部署でこんな仕事してる人がいるんだ」というゆるいつながりになっています。
松尾 すごく先進的で活発な取り組みですね。
 こうした社内部活みたいな企業の「遊び」の部分って、少し前だったら「無駄な活動」と言われてしまっていたと思うんです。
 しかし、こうした活動が社内交流を活発にし、社員の所属意識を高め、企業のパフォーマンスにも寄与することが認識されるようになってきました。
 ゆるいつながりやコミュニティは、これからの企業経営にとって、より大きな価値を持つはずです。