2023/4/19

0→1の秘伝。サントリーから「規格外の挑戦」が出てくる理由

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 やってみなはれ、みとくんなはれ──。創業以来組織に根付く開拓者精神をもとに、数々の革新的製品を世に送り出し、市場を切り拓いてきたサントリー。

 2021年に創設された社内ベンチャー制度「FRONTIER DOJO」のキックオフイベントには有志約1300人が参加し、初年度から300件の新規事業プランが集まった。

 それから2年、選考プロセスの過程で事業計画をブラッシュアップし、「免許皆伝」となった各起案者が、新会社の設立やパートナー企業との事業化を進めている。

 なぜサントリーは新しいアイデアを呼び起こし、実現へとつなげられたのか。FRONTIER DOJO第1期最優秀賞受賞者の言葉から、「事業を創り、人を創る」ための秘訣を探る。
INDEX
  • 世界に誇るワイン産地を、ゼロからつくりたい
  • 400年続くボルドー、1から苗を植える北海道
  • 挑戦する風土が、新たな価値のフロンティアだ
  • アイデアは、日々の仕事に隠れている

世界に誇るワイン産地を、ゼロからつくりたい

 ワインの特徴を表す要素に、「テロワール」がある。元はフランス語で「土地」を意味し、地形や土壌、気象、周囲の植生など、ブドウの生育を左右する自然環境全体を指す言葉だ。
 サントリーの桜井楽生氏が挑むフロンティアは、日本のテロワールを活かし、世界に通用する新しいワイン産地をつくること。
 大学時代にワインの奥深い世界に魅せられ、いつしか世界最高峰のワインづくりに挑戦したいという夢を持った。入社後の9年間は清涼飲料や缶チューハイの商品開発に従事し、その後、念願のワインづくりに携わる。
「山梨県のサントリー登美の丘ワイナリーの醸造責任者となり、フランスのボルドー大学でワイン醸造学の研究員として働いたあとも、自分の生涯をかけて世界最高峰のワインをつくりたいという想いはますます強まりました。
 当時はまさか自分がシャトー ラグランジュ(後述)へ行けるとは思いもしなかった。挑戦の場を求めて、会社を辞めて海外へ行くしかないと思い詰めた時期もありました」(桜井氏)
 だが、海外へ行く前に、もう一度日本で挑戦できることはないかと考えた。彼がやったのは、全国の気象データを分析し、雨が少なく、地質がよい土地を探すこと。
 既存のブドウやワインの産地から選ぶのではなく、国内にまっさらな「テロワール」を探すことから始めたのだ。
「調べてみると、北海道伊達市は年間を通して降雨量が少なかった。2014年から伊達市に通うようになり、4〜5年かけて少しずつ調査を進めました。
 北海道には粘土質の土壌が多いけれど、伊達市周辺は有珠山が何度も噴火していて、火山性で砂礫が多く、水はけがよかった。平均気温が低くスティルワイン(一般的な非発泡性ワイン)には向きませんが、スパークリングワインには最適だろうと考えました。
 しかも、まだ誰もブドウの生産者がいなかった。自分が10年、20年かけて、ここを世界に誇るスパークリングワイン産地にできればおもしろいと思ったんです。
 サントリーとしては誰も生産者のいない場所はリスクが高くてやれなかった。でも僕は、大きな夢に挑戦し、自分自身が生きた証を残したかった。そんな思いに駆られ、まずは個人で挑戦してみようと動き始めました」(桜井氏)

400年続くボルドー、1から苗を植える北海道

 本業では東京のワイン生産研究本部に勤め、プライベートでは伊達市の役所や仲間と計画を練る。そんな桜井氏に、2020年、転機が訪れる。
 一つは、サントリーが経営するフランス・ボルドーのワイナリー、シャトー ラグランジュのCSOに就任したこと。もう一つは、伊達市で仲間と合同会社を設立し、ブドウの苗の定植に向けて動き始めたことだ。
「ラグランジュでワインづくりに携わることは、私にとって入社前からの夢でした。世界トップクラスのテロワールと、蓄積してきた高い技術力がある。周辺には世界最高峰のワイナリーがひしめいている。
 ここではテロワールの重要性、その力を引き出す1本1本のブドウの樹の大切さ、長期視点での品質向上への取り組みがいかに重要かということを改めて学びました。
 ただ、ここには数百年の歴史があり、サントリーが40年かけて培った文化がある。たとえ私がいなくなったとしても最高のワインを追求し続けることができます。
 一方で、国内に全く新しい、しかもスパークリングに特化したワイン産地をつくるのは、私しかできないかもしれない。贅沢な悩みですが、伊達市の活動も諦めきれなかったんですよね」(桜井氏)
 2021年、サントリーは社内から新規事業プランを募り、起案者自らに実現のチャンスを与える「FRONTIER DOJO」を立ち上げた。サントリーホールディングス副社長の鳥井信宏氏が指揮を執り、全社員に向けて新しい挑戦を促すプロジェクトだ。
 桜井氏が取り組んできた伊達市のワインづくりはこの選考を通過し、サントリー社内の公式プロジェクトとして事業計画を具体化していく。最終的には最優秀賞に選ばれ、新会社を設立して事業化されたのだ。

挑戦する風土が、新たな価値のフロンティアだ

  自己資金を投じて2020年に家族や仲間と合同会社を立ち上げたときも、伊達市に最初のブドウの苗を植えたときも、桜井氏はフランスにいた。
 それでも「ブドウを植え始めてみよう。いつか伊達市に広大なブドウ畑が広がる姿が見たい」と、2年間ボランティアで協力してくれた人たちがいたから、伊達市のプロジェクトは前進した。
 そんなときに公募されたFRONTIER DOJOは、桜井氏にとって「天から降ってきたようなチャンスだった」。
2022年5月の植え付けにはのべ40人を超える市民ボランティアが集まった。伊達市のスパークリングワインに多くの市民が期待を寄せている。
「まだ製品どころか、ブドウも採れていない。なんの実績もないところからワインをつくり、1本1万円のプレミアム価格で売ることに挑戦すると説明するわけです。当然、FRONTIER DOJOのメンタリングでは耳が痛いこともたくさん言われました。
 これまで1人の生産技術者として経験してきたことの範囲を大きく超えて、ワインをつくる前でも何かできることはないか、誰か協力してくれる人はいないかと、必死になって考えました。
 その経験は私を成長させてくれましたし、純粋におもしろかったですね。サントリーの『やってみなはれ精神』とはこのことかと、入社22年目にしてようやく気づけたように思います」(桜井氏)
なんの実績もない土地のワインが、本当に売れるのか。桜井氏がFacebookで未来5年分のワインの予約購入を呼びかけると、50口1000万円が集まった。
 2019年に試験栽培された伊達市のブドウを使ったスパークリングワインは、2022年に670本生産され、周辺のホテルなどで提供された。
 現在のブドウ生産者数は、5事業者。経験の浅い地でブドウやワインの品質を高め、その知見を共有しながら生産者を増やす取り組みが本格化する。目指すのは、「アジアのシャンパーニュ」だ。
「このプロジェクトがうまくいくかはわからない。そんなことに工数を割くより、もっと稼げて現実味のある仕事をやってくれ、と。大企業であるほど、そうなるのが当然ですよね。
 でも、FRONTIER DOJOはその当たり前を揺さぶって、新しい挑戦に光を当ててくれました。
 100年前に鳥井信治郎が新しい市場創造に挑戦したからジャパニーズウイスキーの今があるように、今始まったばかりの挑戦は、より大きな社会貢献──新しい産業とブランドを創り、北海道や日本の経済を発展させていくための土壌になります。
 せっかくチャンスをもらえたからには、この事業を軌道に乗せ、さらに多くの人が挑戦する風土づくりに貢献したい。
 私はここから、50年、100年先のサントリーのビジネスが生まれると信じています」(桜井氏)

アイデアは、日々の仕事に隠れている

 FRONTIER DOJOの旗を掲げたサントリーホールディングスの鳥井信宏副社長は、2021年の第1期、2022年の第2期に寄せられた事業プランを見て「こんなにも、やりたいことが隠れてたんか」と感じたそうだ。
 それぞれの事業や日々の業務のなかで、さまざまなアイデアが生まれている。開発したものの埋もれてしまう技術も多いだろう。
 そのアイデアは、どのように事業に発展するのか。
 第1期で免許皆伝を受け、サントリー社外に飛び出して新しい製品・事業の開発に挑む2人のイントレプレナーの事例を紹介する。
 錠剤のマルチビタミンサプリを買っているんですが、よく飲むのを忘れるんです。もっと手軽に飲める形態があればいいのにと、ミスト状のサプリメントを考案しました。
 フードスプレーという食品用エアゾール缶を使って、液体サプリメントをぷしゅっと「飲む」。少量を複数回に分けて摂取でき、しっかり味わえるので気分転換にもおすすめです。現在、販売元となる企業と共同で、マルチビタミン、美容、睡眠の3種類を開発中。クラウドファンディングで先行販売する予定です。
 全国各地から厳選した最上級のシングルオリジンティーをさっと溶かしてまるごと飲める新しいお茶です。これまでの粉末茶は溶けにくさがネックで、本当においしいお茶はリーフタイプのお茶だけに使われていました。
 このお茶は特許申請中の技術で熱を加えず顆粒にするため、味や栄養を損なわず、青汁(ケール)よりも栄養価が高い。バラエティに富んだシングルオリジンティーをサブスクリプションでお届けする事業化に向けて、パートナー企業とともに準備を進めています。ぜひ応援してください。