2023/4/1

【岐阜】「ひつじサミット」は業界DXにつながるか

ジャーナリスト/岐阜女子大学非常勤講師
新型コロナウイルス感染拡大は、衣服の販売不振などでアパレル関連企業にも大きな打撃を与えています。

「自社がよくなっても、産地のエコシステムが壊れてしまう」――。創業135年の老舗繊維メーカー・三星毛糸(岐阜県羽島市)の岩田真吾社長(41)は、コロナ禍をきっかけに社外の現状に危機感を強めました。

そこで始めたのが、地域や経済界も巻き込んだ産地の復興イベントです。これが地域に思わぬ効果をもたらしました。
INDEX
  • コロナ禍で産地のエコシステムが危機に
  • 「ひつじサミット」が生んだ副産物
  • 古い機械のほうが面白い
岩田真吾(いわた・しんご) 1981年愛知県一宮市生まれ。1887年創業の素材メーカー「三星グループ」の5代目として、岐阜県羽島市を拠点に世界中を飛び回っている。慶応義塾大学卒業後、三菱商事、ボストン・コンサルティング・グループを経て2010年から現職。欧州展開や自社ブランド立ち上げ、ウール回収再生プロジェクト「ReBirth WOOL」などを進める。2019年、ジャパン・テキスタイル・コンテストでグランプリ(経済産業大臣賞)受賞

コロナ禍で産地のエコシステムが危機に

2021年10月、毛織物の一大産地である愛知県⼀宮市から岐⾩県⽻島市を中⼼とした尾州地域で、新たな試みとなる大規模イベントが開催されました。ヒツジとウールにちなんだイベント「ひつじサミット尾州」です。
仕掛け人は岩田さん。繊維業が盛んなこの地域を盛り上げようと、「ものづくり」と「体験型観光」を組み合わせたクラフトツーリズムのイベントとして企画しました。
織物工場の見学、羊毛を使った工作教室、ヒツジのえさやり、羊肉のバーベキュー……2日間にわたって開かれたこのイベントには、地域の53事業者が参加し、各地で工夫を凝らした企画が実施されました。来場者は、6月のプレイベント2日間と合わせた計4日間で約1万2000人。翌2022年には、さらに規模を拡大して開催され、今年も開かれる予定です。
岩田:「使う人と作る人がつながるべきだという考えは、以前から持っていました。ただ、それは自社が単独でやるイメージで、産地の同業他社と一緒にやる発想はありませんでしたね。家業を継ぐために東京から戻ってきたときは、古いしきたりがイヤで同業他社と慣れ合ってはいけないと思っていたくらいですから。自分たちが尖った新しいことをやって、それが地域に普及していけばいい、というくらいの感じだったんです」
そんな岩田さんの考えを、コロナ禍が一変させました。
新型コロナが世界を襲った2020年、岩田さんも不要不急の支出を抑えたり、資金繰りを確保したり、目の前の対応に追われました。そして、一息ついたときにまわりを見回して愕然とします。
岩田:「ほかの会社さんも経営が非常に悪化していて、尾州の産地はけっこう大きなダメージを受けたんですよね。飲食業や旅行業のような手厚い補助もないので、このままでは産地のエコシステムがダメになってしまう。自社だけよくても持続していけるものでないということが肌感覚でわかりました。そこから考え方が180度変わったんです」
そこで思い立ったのが、産地を挙げて「ひつじサミット」を開催することでした。
その年の冬、岩田さんは同業他社の後継ぎ仲間を呼んで、羊肉のジンギスカン料理を食べながら「一緒にやろう」と誘いました。この仲間を中心にして実行委員会をつくり、手弁当で奔走しながら、業界を超えて地元企業に協力を求めていったのです。
(提供:三星毛糸)
岩田:「まさか自分がラッパーとギャラ交渉までするとは思いもしませんでした」
愛知県一宮市出身で、祖父が繊維業者だったという歌手・SEAMOが、岩田さんの熱意に応えて、イベントのためにオリジナル曲を書いてくれました。
「ひつじと紡ぐサステナブル・エンターテイメント」と題し、産業観光、地域共創、持続可能性、事業承継、担い手育成といったキーワードを総動員して、メディアへの発信にも力を入れました。
さらに、岩田さんが地元の地方銀行で「ひつじサミット」への熱意を語ったところ、思いがけず協賛を申し出てくれたといいます。それが呼び水となって、ほかの金融機関や有力企業も相次いで協賛することになり、自治体も補助金を出して支援してくれました。
岩田:「尾州といっても広いし、大きい会社もたくさんあって、歴史もある。大組織みたいなものです。イベントを実現させ、成功させるために、その“大組織”がどう意思決定すればいいのか、どこを突けば動くのか。それを見極める力は、若いころの商社やコンサルタント会社での経験が役に立ちました」
三星毛糸が手掛ける「ReBirth WOOL」プロジェクトでウールを再生する工程(提供:三星毛糸)

「ひつじサミット」が生んだ副産物

「ひつじサミット」は、尾州の繊維業界に思わぬ副産物をもたらしました。一緒にサミットを実現させた仲間たちの間で、新たなコミュニティが生まれたのです。
岩田:「産業観光は、来場者に自社工場を見せて体験してもらうわけですけど、それはすなわち、地域の人たちとも見せ合う関係になることです。これによって、お互いの事業内容も理解できて、すごく信頼感が生まれました。この2年間、一緒にイベントをやって、お互いに見せ合って、その結果、これまでにない深い信頼関係ができていました」
そして、このコミュニティをベースに同じ目線の仲間たちが集まって、新しいことを一緒にやっていこうという機運が生まれている、と岩田さんは言います。
岩田:「たとえば、DX(デジタル・トランスフォーメーション)などの新しい分野を、産地の企業で連携して取り組んでいこうという構想が具体化しつつあります。こんな展開になるとは正直、想像していなかったですね」
岩田さんは、すでにこんな経験をしています。
岩田:「三星で人事労務管理のシステムをクラウド化しようと思ったときに、社内で相談したら『2年かかる』と言われて……どこもそんなものかと、ひつじサミットの仲間の経営者と話していたら、なんとその会社は導入済みでした。そこで、恥を忍んで『御社の社員からうちの社員にノウハウを教えてほしい』とお願いしたんです」
すると、社員たちの目の色が変わって、わずか半年で初期導入できたそうです。岩田さんにとって、目からウロコの出来事でした。
岩田:「中小企業はリソースが限られているので、営業や商品開発など攻めの部分に人と時間をかけられるように、バックオフィスなどで知見やノウハウを共有できるものは一緒にやっていけたらいい、という考えです。まずは、お互いのDXの知見を共有し合って、導入を進めてみようという話になっています。そうしたことで、みんなで地域の競争力を高めようぜ!と盛り上がっています」
ウールの原材料となる天然の羊毛はオーストラリアなどから輸入している(提供:三星毛糸)

古い機械のほうが面白い

産地のエコシステムを守っていくために、三星毛糸では尾州地域で培われてきた技術の継承にも取り組んでいます。
尾州では、繊維業者が原料を出して一般家庭などで織物を織ってもらう「出機(でばた)」による分業が進んでいました。三星も、もともとは自分たちで生地を織っていましたが、だんだんと出機に任せるようになり、自分たちは商品企画に軸足を移してきた歴史があります。
岩田:「ただ、やはり高齢化などで出機さんたちも継続が難しくなってきたので、最近は働き手をこちらで雇用して派遣することをしています。それでも続けられない場合は施設や設備を譲り受けています。彼らの培った技術や丁寧に使ってくれていた機械はちゃんと生かしていきます」
三星毛糸の元食堂のスペースには、出機で活躍していた古い織機が置かれていました。実際、丁寧にメンテナンスされてきたこれらの機械はまだまだ現役です。
岩田:「じつは、ふわっとした風合いを出したいときとか、繊細な糸を使うときとかは、高速織機ではカチッとしすぎてしまって、むしろ古い機械のほうが面白いものづくりができるんです」
業界全体が斜陽と言われるなか、三星毛糸はウールを使ったさまざまな新規事業で注目されてきました。そのかじ取りをする岩田さんは、この先になにを見ているのでしょうか。
三星グループは創業130周年の2017年、「100年すてきカンパニー」という言葉を企業理念として打ち立てました。そこに込められた思いを、岩田さんはこう語ります。
岩田:「会社って、1人の人生で終わらない物語だと思うんです。代々継いでいく法人は(スペインの未完の建築作品)サグラダ・ファミリアみたいで面白い。先人が積み重ねてきた信頼という物語の上で成り立っていて、未来の人たちが継いでいきたいと思える物語をつくっていこうという意味を『100年』という言葉に込めています」
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