あのネコ型配膳ロボット販売会社の決断を支えたアドバイザーの想い

2023/3/27
2022年8月、日本のM&Aシーンにおけるエポックメイキングなディールが成立しました。
IPOを視野に事業を拡大していた株式会社DFA Robotics(以下、DFA)が、東証プライム上場企業である株式会社チェンジ(以下、チェンジ)に株式の約8割を売却し、グループ会社となったのです。
DFAは「さらなる成長を目指す選択」としてグループインを決断。M&A後も引き続きIPOを目指しています。これを支援したのがM&Aクラウドのアドバイザー集団、MACAP(M&A Cloud Advisory Partners)です。
話題を生んだディールの裏側を、担当したM&Aアドバイザーが赤裸々に語るシリーズ「スタートアップM&A成約ヘの道」の第一弾は、本ディールを手がけた福田一樹が登場。「スタートアップエコシステムを隆盛させていく大きな一歩になった」と語る本件の成約に至ったポイント、そしてアドバイザーとして得た学びを振り返ります。
■今回の語り手
福田 一樹(M&Aアドバイザリー事業部長)
新卒で住友商事に入社し、船舶事業部にて、欧州顧客をメインに日本建造船のトレードビジネスに従事した他、パートナー企業との共同出資会社のマネジメントを担当。また、船主(船のオーナー)向けの融資事業ファイナンス事業を行うべく、メガバンクや地方銀行、船主へのヒアリングに基づいて新規事業を企画立案。その後、NASDAQ上場会社を対象企業としたクロスボーダーM&A案件を担当。2020年7月にM&Aクラウドに入社。M&Aアドバイザーを経験した後、現在はM&Aアドバイザリー事業部の部長を務める。
INDEX
  • 「スタートアップM&A」の概念を変えるディールとの出会い
  • 今、ポジティブなM&Aが増えるべき理由
  • 売り手個人に100%向き合う。問われるスピード感とコミットメント
  • “総合商社のM&A”からのアンラーン
  • 聴くべきは“言葉”よりも“心”。大きな決断に寄り添うアドバイザーの役割とは
  • どんなときも、闘う起業家の隣に

「スタートアップM&A」の概念を変えるディールとの出会い

今回のディールは、スタートアップM&Aとしては規模が大きかったこともあり、INITIAL「2022年 Japan Startup Finance」などで、2022年の代表事例として取り上げられました。
また、DFAはIPOも並行して検討していたため、本件はスタートアップの出口戦略としてIPOとM&Aの準備を同時進行する手法「デュアル・トラック・プロセス」の事例としても注目されています。
デュアル・トラック・プロセスは、日本では2021年9月、決済サービスのPaidyがIPOを目指しつつ、直前の決断でアメリカのPayPalによるM&Aを選択したことで、話題になりました。
M&Aクラウドでも「将来へ向けた企業成長を加速させるディール」を扱うべく、デュアル・トラック・プロセスの支援パッケージをつくり、2022年3月31日にプレスリリース。DFA代表の波多野さんからご連絡をいただいたのは、その当日です。翌4月1日に私が初回面談させていただくというスピーディーな流れでした。
▽プレスリリース
私にとって本件は、「こういうM&Aが増えれば、エコシステム全体のレベルアップにつながる」と本気で思えたディールです。
波多野さんは、M&A経験豊富な起業家。今回、投資家に対して最大のリターンを返すことと、自社のさらなる成長を同時に実現するため、IPOとM&Aの双方を検討されていました。短期的にはIPOした方が時価総額は上がると考えられますが、会社の長期的な成長を見据えてM&Aを選択された形です。
M&Aを選択したタイミングも絶妙でした。詳しくは、下記のインタビューで波多野さん自身が語られています。「さらなる成長のためのM&A」を選ぶタイミングとして、まさにお手本のような事例でした。
▽事例紹介記事
今まで会社を売却した時も、何かしらでナンバーワンになったタイミングでしたが、DFA Robotics社も2022年8月に配膳ロボットの販売台数と修理台数で世界一になったんです。
次の領域のナンバーワンになるまでには数年かかりそうで、おりしも競合会社も出てきました。このタイミングで、私が経験したことのないIPOを実施するのか。それとも、シナジーが得られる会社とM&Aをして、経営に加わってもらうのか。悩んだ末にM&Aを選びました。
「うちは日本一です」「世界一です」って言えるとやはりシンプルに強いですよね。そしてナンバーワンでありオンリーワンでもある時期って、そんなに長くありません。その時期に何かしらのアクションをするのがいいのだと思います。
一方、買い手のチェンジもM&A巧者でした。トップ自らが積極的にディールに関わり、DFA側と定期的に1on1等を実施してモメンタム維持と一次情報のキャッチアップを図っていました。買い手が売り手の実現したいことを把握できていたことが、WIN -WINなオファーにつながったと強く感じました。

今、ポジティブなM&Aが増えるべき理由

今回のように、「IPOを視野に入れたスタートアップが、それに勝る成長戦略としてM&Aを選択する」というケースは日本ではまだ稀です。実際、本件の開示後に私の周囲でも「DFAは業績好調なのにM&Aするの?」という反応が一定数ありました。
日本では、スタートアップM&Aに対して「IPOが難しくなったときの苦肉の策」というネガティブなイメージがまだまだ残っています。それゆえ資金調達環境が整う一方で出口戦略は“IPO一辺倒”になりがちで、「スタートラインに大勢の人が集まっているのに、ゴールは限りなく狭い」という状態になっています。
これでは、パラダイムシフトを起こすほどの新しい技術を持つ企業や、これから価値を生み出す可能性を持った企業が、それを発揮する前にマーケットから退散してしまう可能性もあります。
起業が盛んなアメリカでは、スタートアップの9割がM&AでEXITしています。世界の時価総額ランキングで常に上位のGAFAMは、年平均で10件以上のM&Aを行っており、雪だるま式に企業価値を高めているんです。
もちろん、売り手もM&Aによって売却先のアセット(ヒトモノカネ)をフル活用できるようになるため、事業成長の大きな加速を期待できます。
そうした意味で、IPOを視野に入れていたDFAが、M&Aによって事業の非連続成長を目指すという意思決定をしたことは、業界の常識を変えていく大きな一歩だったと思っています。

売り手個人に100%向き合う。問われるスピード感とコミットメント

スタートアップM&Aのサポートでは、全般にスピード対応が求められますが、中でも今回は格別でした。まず波多野さんは海外在住で、「GWに帰国予定があるので、そのタイミングでトップ面談をしたい」とのこと。波多野さんと私の初回面談が4月1日ですから、1カ月後です。
通常なら、当社で買い手のロングリストを作成後、売り手との間で何度かやり取りしてブラッシュアップしていきます。しかし今回、GWのトップ面談設定から逆算すると、ロングリストの提出・検討ができる機会は1回のみ。ベストのリストに仕上げるため、MACAPメンバー全員にCEOも加わり、M&Aクラウドの総力を挙げて臨みました。
なお、デュアル・トラック・プロセス支援パッケージは、売り手がIPOを選択した場合は、当社へのフィーは発生しない仕組みです。「クライアントをM&Aに誘導しているのでは?」と思われるかもしれませんが、決断するのはあくまでクライアント。アドバイザーは判断材料を提供するのみです。
私としては、「A社にジョインした場合のメリット/デメリット」「B社にジョインした場合のメリット/デメリット」をフラットに提示することに努めました。ただ、私は前職で総合商社にいた経験を踏まえ、早く成長したいスタートアップは大企業のリソースを活用しない手はないと確信しているので、そこは自信を持ってアドバイスできた点です。

“総合商社のM&A”からのアンラーン

一方で、MACAPで扱う案件には、商社時代に関わっていたM&Aとは異なる点も多々あります。商社時代のM&Aは、あくまで法人対法人の関係で、交渉プロセスもシステマチックでしたが、MACAPでスタートアップの売り手につく場合、ディールの行方にはクライアントの人生がかかっています。
そして、起業家の皆さんは、単に企業価値の最大化を求めるだけでなく、実現したい世界のために手を動かしている方が多いので、アドバイザーにも同じレベルの熱量が求められるのです。
私はMACAPに移った当初、その感覚の違いの部分でなかなかアンラーンできず、苦戦した時期がありました。今振り返れば、当時のクライアントからは「アドバイザーというより、サラリーマンが来たな」という印象を持たれていたと思います。
今回のディールは、売り手が海外にいる点、IPOも同時に検討している点など、イレギュラーなファクターが多々ありました。そんな中、クライアントに極力寄り添う対応ができ、成約へと導けたことは、私にとって自信を深める機会になりました。

聴くべきは“言葉”よりも“心”。大きな決断に寄り添うアドバイザーの役割とは

日本のスタートアップ界にとって、大きな意義を持つ今回のディール。私個人にとってもいろいろな学びがあった中、あえて一つを挙げるなら「売り手の真のM&A目的を把握すること」です。
M&Aの目的は、事業承継案件であれば当然、会社の存続。スタートアップM&Aでは、ファンドの償還期限が迫り、VCがEXITしたがっているケースや、売り手のランウェイが尽きそうになっている救済型M&Aもあります。
今回、DFAはIPOも検討していたくらいで、業績好調でした。波多野さんにとってM&Aの目的は、株主への還元と事業成長の加速の2点であり、ここをアドバイザーがいかに深く理解できているかが、ディールをまとめるうえでのカギだったと思っています。
実は当初、波多野さんは価格面を重視しており、私との会話の中でもチェンジ社が価格面で折り合えるかを懸念されていました。しかし、最終的には、価格面ではチェンジ社を上回るオファーを出そうとしていた買い手がいたにも関わらず、チェンジ社を選択。会話を重ねる中で同社とのシナジー創出への期待がふくらんだ結果になりました。
私は過去、この逆のパターンを経験したことがあります。価格よりも事業成長重視という売り手に希望に沿った相手を紹介したのですが、最終契約直前で「シナジーは理解できるが価格面に納得がいかない」とディールブレイクとなりました。このときはかなりショックを受けました。
でも、冷静に考えてみれば……人間、自分自身ですら心の底の思いを認識できていないというのはよくあることです。自社を売却するという一生に何度もない決断を下す瀬戸際になって、初めて本心に気づいたとしても不思議はありません。
アドバイザーにはそうした心の機微も踏まえ、クライアントの発言に注意深く耳を傾けつつ、その奥に潜む思いまで感じ取るセンスが求められるのでしょう。この痛恨の経験を活かせた点も、私にとって今回のディールで得られた大きな収穫となりました。

どんなときも、闘う起業家の隣に

昨年11月、岸田首相が「スタートアップ5か年計画」を発表したように、今、スタートアップの活性化を後押しする機運が起きています。そして、エコシステムを盛り上げるうえでは、主役の起業家たち、その背後にいる投資家たちに加え、私たちのようなM&Aアドバイザーにもまた、担うべき役割があると考えています。
それは少し大げさに言うなら、「スタートアップの新しい成長戦略を創り上げていく」こと。その意味で今回、日本ではまだ認知度の低いデュアル・トラック・プロセスでの大型M&Aをサポートでき、先に触れたPaidyやKDDIにジョインしたソラコムに次ぐ事例となったことは、意義が大きかったと思っています。
また、大型の資金調達を実施していなくても、右肩上がりの売上がなくても、高値を付けたIPOをしなくても、きらりと光る特性があれば評価される点もスタートアップM&Aの面白さであり、やりがいです。アドバイザーにとっては難しさでもあります。
私が以前、担当した案件では、売り手のAI関連企業は赤字の状態。売上もほとんど立っていませんでした。ただ、調べれば調べるほど、時代を変える高度な技術を持っているように感じられたのです。
そこで、たとえ売却額が小さくとも、なんとかして未来が失われないようにと売り先を探しました。すると、とある東証プライム上場企業が興味を持ってくださり、最終的には想像以上の高値を付けてオファーを頂いたのです。
同社のように、IPOという出口の手前にM&Aという選択肢を持っていれば、大きく可能性が拓いていく企業は多数存在すると思っています。M&Aが企業成長のための当たり前の選択肢になるよう、エコシステム全体の流れを変えていく必要があるのです。
どんなときも闘う起業家の隣に寄り添い、柔軟な発想で会社や個人の希望に沿った選択肢を提案していく――そんな存在としてスタートアップ界で広く認知いただけるよう、MACAPのプレゼンスを高めていきたいと思います。
取材・文:オバラミツフミ
編集:「UPDATE M&Aクラウド」編集部