売上200億、M&A10件。SaaSから動画までDONUTSのここがすごい

2023/3/30
M&Aクラウドの及川です。M&Aをアップデートしていきます。
みなさん、DONUTSというユニークな会社をご存知でしょうか。バックオフィス業務を効率化するクラウドサービス「ジョブカン」シリーズ、ライブ配信アプリ「ミクチャ」、ファッション誌「Ray」の運営元と言えば、ピンと来る人も多いかもしれません。
今、挙げたサービスの多彩さからも、そのユニークさが分かるでしょう。BtoBのクラウドサービス事業、医療事業に加えて、BtoCのライブ配信アプリ事業や出版メディア事業、ゲーム事業など多角的に事業を展開しています。
また経営体制もユニークです。2007年の創業から一度も外部からの資金調達は行わず、自己資本による経営を続けてきました。2022年6月期のグループの売上高は200億円を超えています。
そんなDONUTSが2023年2月15日、ゲーム実況やオリジナル番組、eスポーツ大会の配信が楽しめる配信プラットフォーム「OPENREC.tv」を運営するOPENRECを買収したことを発表しました。今後は「DONUTSグループの各事業体と連携しながらより魅力的な企画やコンテンツ配信を行う」ことで、「日本のゲーム配信市場を牽引するサービスを目指す」としています。
OPENRECの買収を含め、DONUTSはこれまで10件のM&Aを公表しています。M&Aによって事業規模を拡大している会社と言ってもいいでしょう。今回は、そんなDONUTSのM&A戦略について考察していきます。
■案件概要
買い手:DONUTS
対象会社:OPENREC(サイバーエージェント孫会社)
発表日:2023/2/15
バリュエーション:非公表
INDEX
  • ソーシャルゲームの成功がSaaSの起爆剤に。toC・toBの双方で事業を拡大
  • 3年間に8件の買収。M&Aを繰り返し、事業を多角化
  • なぜ、eスポーツ?OPENREC買収の狙い
  • 武器はマーケティング力。“伸ばせる”事業を次々と仲間に

ソーシャルゲームの成功がSaaSの起爆剤に。toC・toBの双方で事業を拡大

DONUTSは2007年に創業したスタートアップです。共同創業者の西村啓成さん(代表取締役)、根岸心さん(取締役)はDeNA出身。西村さんが根岸さんに「起業しよう」と声をかける形で、2人はDeNAを退職し、2007年2月にDONUTSを設立しました。
創業後は受託開発で収益を稼ぎ、その収益を自社サービスの開発に充てていきました。そして立ち上がったのが、女性向けハウツーサイト「ハウコレ」と、クラウド型の勤怠・シフト管理システム「ジョブカン(現・ジョブカン勤怠管理)」です。
自社サービスは立ち上げ当初はなかなか軌道に乗らず、すぐに収益が見込めそうなソーシャルゲームの開発に着手。そこから生まれたのが暴走族バトルゲーム「単車の虎」でした。
「単車の虎」は大ヒットゲームとなり、その収益を「ジョブカン」の広告費に回したことが、ジョブカンの成長にもつながりました。その後、ジョブカンはワークフロー、経費精算、給与計算といった分野にも横展開を進め、2021年6月には会計ソフト開発のビズソフトを買収して会計分野にも進出しました。ジョブカンシリーズは現在、15万社以上が利用するサービスとなっています。

3年間に8件の買収。M&Aを繰り返し、事業を多角化

DONUTSを語るにあたって欠かせないのが、ライブ配信アプリ「ミクチャです。累計ユーザー数は1000万人、月間訪問者数は200万人(アプリのみ)を突破する規模にまで成長したミクチャは、実はM&Aから生まれたサービスです。
DONUTSは、2013年1月に就活生に特化したランチマッチングサービス「ソーシャルランチ」を運営していたシンクランチを買収。シンクランチ共同創業者である福山誠さんがDONUTSに参画後、新規事業としてミクチャを立ち上げました。ミクチャは当初、動画共有SNSとしてリリースされましたが、海外で動画配信アプリ「17LIVE」などが流行っていることを知り、サービス内容をシフトさせています。
このシンクランチの買収を皮切りに、DONUTSはM&Aを積極的に仕掛けていきます。2013年11月にCtoC海外旅行サービス「Meetrip」を運営するダックダイブからMeetripを事業譲受。現在、タイ・バンコクを拠点にサービスの拡大を図っています。
2020年には、3月にライバーマネジメントサービスのライズアースをグループに迎えたほか、7月には国内最大級のファッションショー「SAPPORO COLLECTION」をBitStarから譲受。10月にはプロゲーミングチーム「Unsold Stuff Gaming」を受け入れ、eスポーツ事業に参入しています。
2021年3月には主婦の友社から雑誌「Ray」関連事業、ソニー・ミュージックエンタテインメントから女性向けメディア「andGIRL」「mamagirl」の譲受を発表(「andGIRL」「mamagirl」はDONUTSグループ会社のハウコレが譲受)。その2カ月後の5月には、VR・バーチャルYouTuber研究所「Akihabara Lab(通称・アキラボ)」をBitstarから買収しています。
2021年6月に前述の会計ソフト「ツカエルシリーズ」を開発するビズソフトを買収。そして、2023年2月にeスポーツ大会の配信が楽しめる配信プラットフォーム「OPENREC.tv」を運営するOPENRECを買収しました。
DONUTSのM&A実績

なぜ、eスポーツ?OPENREC買収の狙い

OPENRECについても、簡単に沿革をたどってみましょう。会社設立は2022年12月。サイバーエージェントの子会社であるCyberZがライブ配信事業を会社分割することにより、設立されています。
「OPENREC」はもともと、2014年9月にスマホゲームに特化したプレイ動画共有サービスとしてリリースされ、2015年9月からライブ配信を開始。その後、2019年1月にサイバーエージェントが運営するライブ配信プラットフォーム「FRESH LIVE」(無料配信チャンネル)とサービス統合しました。
OPENRECはこのほか、エイベックス・エンタテインメントと共同で、eスポーツ大会「RAGE」の運営も手掛けています。
eスポーツ領域では、DONUTSも2020年にプロゲーミングチーム「Unsold Stuff Gaming」を受け入れるかたちで株式会社DONUTS USG(現:株式会社VARREL)を設立。同社のプロゲーミングチーム「DONUTS VARREL」の活動に加え、eスポーツ大会の主催や雑誌とのタイアップ企画など、eスポーツの認知向上に向けた幅広い活動を展開してきました。
今回のM&Aの狙いについて、DONUTSはプレスリリースで「グループ内でゲームやeスポーツなどの事業とのシナジーを発揮できる」としています。また、OPENREC代表の兵頭陽さんも「DONUTSのライブ配信&動画アプリ『ミクチャ』でのイベント連携や出版メディア事業、eスポーツ事業とのコラボなど、それぞれのリソースを共有でき、シナジーを生み出せる」とコメントを寄せています。
VARRELが運営するeスポーツ関連事業はもちろんのこと、DONUTSが運営するミクチャやRayなどでもシナジーが見込めると判断した結果、買収に至ったようです。

武器はマーケティング力。“伸ばせる”事業を次々と仲間に

DONUTSのM&Aを考察するにあたり、キーワードとなるのが「シナジー」です。ファッション誌「Ray」、VR・VTuber研究所「Akihabara Lab」、eスポーツ配信「OPENREC」と並べると、一見、相互に関連性がなさそうですが、実はミクチャを中心に既存事業とのシナジーが見込めそうなものを買収しています。例えば、Rayを買収することで、ミクチャ内でRay専属モデルのオーディションを開催するといった企画なども可能になります。
実際、2022年3月には48グループに所属するメンバーの中から、Rayの専属モデルを選出する大型オーディションをミクチャで開催しています。そのほか、Rayのオンライン版で、ミクチャを活用するライバーなどを取り上げたこともあります。
DONUTSのM&Aでもう1点、特徴的なのが「事業譲受」が多いということです。単一事業のスタートアップではなく、社内の新規事業などをM&Aし、それらを成長させているケースが目立ちます。
事業譲受は株式譲受に比べ、買収時の法務リスクも低く、金額も抑えやすい一方、雇用契約の巻き直しが必要になるため、関与する全ての従業員を引き継げる確約がないことはリスクにもなり得ます。この点、DONUTSは社内に事業を伸ばすためのメソッドがあることが強みとなっているようです。
同社が特に得意としているのはマーケティングです。代表の西村さんは「DIAMOND SIGNAL」の記事でクラウドサービス事業について語る中で、「僕たちはリリースする前から、いくら広告費を投資したら、どれくらいリードが獲得できるのか、また営業体制はどうすればいいのか、すべて分かっています」と述べています。
少し伸び悩んでいたり、伸ばすのに時間がかかったりしそうな事業、いわば“お買い得”と思われるような事業に目をつけ、ジョブカンやミクチャなどで培ってきたグロースのノウハウを注ぎ込み、伸ばしていく。これがDONUTSにおけるM&Aの基本的な戦略のように見受けられます。
また、DONUTSは非上場かつ自己資本で経営しているだけに、のれんの大きい事業でも買収しやすい環境とも言えます。
社内のカルチャーも大きく関係していると思います。DONUTSは新規事業の立ち上げやグロースにチャレンジしたい社員を積極的に支援しており、先の「DIAMOND SIGNAL」記事で取締役の根岸さんは、「社内にいくつもスタートアップをつくっているようなもの」と語っています。そうした点も「買収する」という意思決定を後押ししているでしょう。
自己資本でコングロマリット経営を実践しているDONUTS。類似の事例としては、ソーシャルゲーム「ドラゴンエッグ」「ドラゴンスマッシュ」を運営するルーデル、テイクアウトアプリ「menu」を運営するmenuなど、いくつかのグループ企業を傘下におさめ、コングロマリット経営を実践するレアゾン・ホールディングスが挙げられますが、国内においても非常に珍しい存在と言えます。
DONUTSには、ゲーム事業やクラウド事業のように、安定して収益を生み出せる事業があります。そのため、いくつもの事業を買収し、コングロマリット経営を実践できているのだと思います。
今回、OPENRECを買収したDONUTS。「OPENREC.tv」と「ミクチャ」は“ライブ配信”という観点では近しい領域に位置しています。両サービスが持つアセットを活用することで、今後DONUTSはゲーム実況、eスポーツ関連ビジネスをどう発展させていくのか、引き続き注目したいと思います。
ココがポイント!
①DONUTSはライブ配信アプリ「ミクチャ」を中心に、既存事業とのシナジーが見込めそうな領域を買収。2013年以降、少なくとも6件のM&Aを実施している。

②ジョブカンやミクチャなどでグロースのノウハウを培ってきたことから、プロダクトのスケールに強みを持ち、事業譲受を積極的に行っている。

③非上場かつ自己資本で経営しているため、のれんの大きい事業でも買収しやすい環境。ゲーム事業やクラウド事業で安定した収益を上げられる体制もあり、未上場ながらコングロマリット経営に成功している。