2023/3/31

【1500社超がSaaS導入】急成長するウェルネス・データ業界の風雲児

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 企業向けヘルスケアシステムを提供するウェルネス・コミュニケーションズが好調だ。 
 2023年3月期決算の売上高は100億円を突破する見通しで、成長を続けている。
 現在までに2400社を超える企業や健康保険組合に対し、従業員や家族の健康づくりを支援する事業を展開。
 健康管理SaaS「Growbase」や、健診・人間ドック等の予約から結果のデータ化までを一元的に担うネットワーク健診が主力事業だ。
 2006年に伊藤忠商事の社内ベンチャーとして発足。その必要性が叫ばれる遥か前から健康経営の支援に取り組んできた同社は、どんな難局を乗り越えてきたのか。
 ウェルネス・コミュニケーションズの松田泰秀社長に、組織のあゆみと、競争が激しさを増すヘルスケア領域でさらなる成長を実現するための事業戦略を聞いた。

債務超過寸前。大混乱からの増収増益

──今でこそ健康経営は注目を集めていますが、20年前は全く状況が違います。企業向けのヘルスケアに目を向けたきっかけは?
松田 伊藤忠商事の入社2年目当時、医療保険の商品開発やオンライン募集の企画を担当したときのことです。
 保険料を算出するために健診結果を集めるわけですが、これが非常に面倒臭い。
 健診結果に直接アクセスできるシステムがあれば便利ではと思い、現在の当社の主要事業でもある健康管理SaaS「Growbase」(2022年までのサービス名は「HSS」)の雛形になるアイデアを思いつきました。
 同じころ、社内では様々なインターネットビジネスが生まれていました。
 健診結果のデータベース化が進めば、健康管理の効率化、健康づくりの強化につながるサービスができるのではと考え、すっかり保険のことを忘れて「ヘルスケア×IT」の世界にのめり込んでいきました。
 初めに手掛けたのは各種のBtoCのサービスでしたが、当時はビジネスとして早すぎた。
 そこで、これらの事業に共同して取り組んできた当時5年上の先輩とともに、BtoBヘルスケアに路線を変え、HSSを事業化した、というのが始まりです。
 HSSの事業計画書を作り、当時の部門長にプレゼンする機会を得たときのことを今でもよく覚えています。
 普段は優しい人なのですが、プレゼンを聞いているときは視線が鋭く、本当に怖かった。
 25歳前後の若造が作ったひどいプランだったこともあって、部門長は事業計画書に目を向けつつも、多くの時間、私の目をずっと見つめていました。
「こいつは諦めずにどこまでやるか」を見ていたんでしょうね。この時、何が何でも成功させると心の中で誓いました。
 事業への熱意を伝えると、「だったら、まず注文を取ってこい」と言われました。今なら簡易なプロダクトを用意して需要を探れますが、20年前にそんなことはできません。
 PowerPointのモックアップ資料を片手に、先輩と二人で各所へ説明に回ったところ、ありがたいことに仮発注をしてくださる方がいた。
 それでプロダクト開発に入ることができ、社内ベンチャーとして事業をスタートさせることができました。
──その後、2006年に伊藤忠の100%出資でウェルネス・コミュニケーションズを設立しています。その経緯は?
松田 実は社内ベンチャー時代はビジネスとして十分にスケールさせられず、企業化して規模の拡大を目指す絵を描いたのです。
 独立にあたって、HSSが伊藤忠から移管されたほか、グループ外からネットワーク健診事業を譲受しました。
 ところが滑り出しから大混乱。私が責任者として行ったデュー・デリジェンスが甘く、2期目には債務超過寸前になり、伊藤忠に増資をお願いするという状況でした。
 当社社員はもとより、当社に出向していた伊藤忠社員や本社側の上司が一体となった寝食忘れての総力戦によって、5年をかけて単年度黒字を達成。
 2010年以降は成長軌道に入り、ほぼ毎年、増収増益を続けています。
 特に2016年以降は、前期までに営業利益ベースで13倍の規模、年平均68%成長を実現し、今期には当社として初めて売上高100億円、純利益ベースでも5億円に到達する見通しです。
 右肩上がりの成長を維持する一方で、ガバナンス整備、AI・RPA等を含む技術や人的資本投資を拡大させ、セグメント別の事業収益でもSaaS事業が過半を上回る構造転換を図り、着実に成長しています。

従業員の健康管理は「コスト」から「投資」へ

──赤字から一転して増収増益が続いているのはすごいですね。何がターニングポイントとなったのでしょうか?
松田 事業環境の変化は大きいと思います。
 ベンチャーを立ち上げた2003年当時、「従業員の健康管理はリスクマネジメント」と考えられていましたが、そうした意識が時間をかけて変化していきました。
 国の取り組みも後押しになったと感じています。
 2008年には生活習慣病予防の観点から「特定健康診査・特定保健指導」、いわゆる「メタボ健診」が始まりました。
 さらに2016年には、経済産業省が優良な健康経営を実践している企業を顕彰する「健康経営優良法人認定制度」をスタート。
 従業員の健康づくりは「コスト」ではなくリターンを生む「投資」なのだ、という今日の人的資本経営に通じる意識が広がり始めました。
sturti / istock
 私は2008年からしばらくウェルネス・コミュニケーションズを離れ、米国や中国などで様々なヘルスケア領域の事業開発に従事していたのですが、2013年に復帰し、2016年4月に社長に就任。
 当社のビジネスモデルを転換するべく、サービスのクラウド化に着手しました。
 これが当社のターニングポイントとなりました。
──具体的にどのように変えたのでしょうか?
松田 最初に着手したのはネットワーク健診事業の刷新です。
 当時のネットワーク健診事業は、言ってしまえば「健診業務のBPO(外部委託)」。そこから、プラットフォームを活用したソリューション提供事業者に変わっていくことがクラウド化の狙いです。
 その一環として、2016年にウェブサービス「i-Wellness」をリリースしました。
「i-Wellness」のサービス画面
 i-Wellnessは、顧客企業の従業員等が全国約2100の提携医療機関の中から各種の健診メニューなどを選び、24時間いつでも予約ができます。
 婦人科健診であれば、女医の先生に診てもらいたい、胃がん検査は胃カメラを希望したい、といった選択が可能です。
 医療機関ごとに健診結果の判定がバラバラで、異なる様式の健診結果報告書やデータから健康管理体制をスタートしなければならないという課題に対しても、高い精度で健診結果を利活用できるデータに整え、約1~1.5ヶ月で納品する体制を整えました。
 2018年にはHSSを刷新し、従業員の健診や就労データ、ストレスチェックの結果などをクラウド上で一元管理できるようにしました。
Growbase(旧HSS)のサービス画面
 一連のリニューアルもかなり苦労しました。とりわけ「i-Wellness」の開発はトラブルの連続。
 先ほど「2010年以降、ほぼ毎年、増収増益」と言いましたが、唯一それを果たせなかったのが私の社長就任初年度の2016年で、「i-Wellness」リリースでつまずいたためです。
 そんな混乱状態の中にありながら、同時期に数億円を投じてHSSのクラウド化・SaaS化にも着手したので、親会社からは「松田がとち狂って、またおかしなことをやり始めてる」と思われていたのではないかと思います。
 創業当時も大混乱が起きたわけですから、そう見られるのは仕方ありませんが、私自身は、プラットフォームビジネスへの転換は当社の生存戦略として不可欠だろうと考えていました。
 そこにチャレンジさせてくれるのも伊藤忠の懐の深さと言えます。
──右肩上がりの成長をしていながらサービスの刷新を進めたのは、競争環境の厳しさが理由でしょうか?
松田 それもあります。健康管理SaaSの分野は、大手IT企業が長年事業を手掛けていますし、スタートアップの参入も増えています。
 ヘルスケア市場全体を見渡しても、多くの企業が参入し、デジタル化の需要やAIの活用など発展の可能性のある領域が広がっています。
 この世界は群雄割拠と言っても差し支えありません。
 BtoBのヘルスケア市場で言えば、働く人たちを取り巻く環境が大きく変化し、どんどん課題・ニーズも多様化しています。
 労働安全衛生法が施行されたのは1972年。
 戦後の製造業中心の男性社会で作られた法律が今も企業の健康管理のベースになっているわけですが、この半世紀で産業構造は大きく変わり、働く女性や高齢者も増加しました。
jacoblund / istock
 疾病構造も変わり、今や国民の2人に1人ががんになる。メンタルヘルスケアの重要性も高まる一方です。
 企業にとって、法律の枠にとどまらず、従業員に長くハイパフォーマンスで働いてもらうための多様な環境づくりや健康管理のあり方が必要になってきています。
 当社のサービス刷新はこうした現状に対応するための打ち手です。
 2019年には「安心・安全・健康のテーマパークにより、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことができる社会を実現する」をパーパスに掲げるSOMPOホールディングスの出資を受け入れ、SOMPOと伊藤忠商事の合弁会社となりました。
 SOMPOグループの持つリソースを最大限に活用させていただき、成長戦略を加速させています。

オーガニック成長だけには頼らない

──現在はどのような成長戦略を描いているのでしょうか。
松田 まずは当社のプラットフォームをより多くの企業・組織に広げること。そして、そのプラットフォーム上で、健診を起点とする健康づくりに寄与するソリューションをつなげていくことに注力しています。
 その一環として今年1月、HSSのブランド名を「Growbase」に変更し、ラインアップの追加やサービス拡充を実施しました。
──新たなラインアップとして、Growbaseに中小企業向けの健康管理サービスが追加されましたね。
松田 Growbase(HSS時代も含む)の導入件数は年々伸び続けていますが、特に2020年以降、急速に拡大しているのが、従業員規模で1~999人以下の企業です。
 日本経済を支える中小企業は、経営者の高齢化により事業承継ができなくなる「2025年問題」に直面しています。
 健康管理の専任担当者も常勤産業医もほとんどいません。健康経営を実践したくても、リソースが全く足りていないのです。
 でも私は、大企業並みの健康管理を中小企業にも提供したい。そんな思いで、従来のHSSから最低限の機能をパッケージした中小企業向けのラインをGrowbaseに投入しました。
 このプラットフォーム上で中小企業が外部の産業医や保健師らとシェアリング・エコノミーを形成し、健康経営を実践していくことを想定しています。
 正直、このサービスで短期的かつ十分にマネタイズできるとは思っていません。
──では「Growbase」の成長の起爆剤となるものは?
松田 オープンプラットフォーム化によるサービス拡充を進めます。
 企業の健康管理を川の流れにたとえると、健診は川上にあたります。当然ですが、健診を受けるだけでは、人は元気になりません。
 流れには川中や川下があり、支流もある。いろいろな健康づくりのソリューションが川上(健診)の後に必要です。
 そのソリューション開発に我々も関わっていきます。
 Growbaseをオープンプラットフォーム化し、既存機能に加え、新たな提携ソリューションを順次拡充していき、顧客の課題解決や生産性向上を図っていくのです。
 一例を挙げると、コロナ禍において面談や保健指導のオンライン化が進みましたが、これに対し、ZoomやMicrosoft Teamsとの連携を進め、健康管理のDXを後押ししています。
 また、がん検診を強化する健康保険組合や企業も増えているので、Growbase上で医療相談や専門医との接点が持てるようにしようと考えています。
 ただし、これだけ需要や課題が多様化する時代ですから、全てをGrowbaseで対応するのは現実的ではありません。
 非連続な成長を実現するためには、オーガニック成長以外の打ち手が必要です。
──他社との提携や買収を積極化させていくということでしょうか。
松田 それを推進するために、今春より、独立系プライベート・エクイティ・ファームであるロングリーチグループの関連会社「LHP Holdings.L.P」の出資を受け入れ、SOMPOホールディングスと同社の2大株主体制に移行しました。
  ヘルスケア領域、特にコーポレートウェルネス領域には、事業会社のカーブアウト(※1)やスピンオフ(※2)などに買収のチャンスが眠っています。
※1 企業の事業の一部を切り出し独立させる経営手法
※2 組織の一部門などを分離・独立し、事業展開すること 
 そういった特殊な買収案件はPEファンドが得意とするところ。
 LHP Holdings.L.Pの資本が入ることで、従来仕掛けられなかった大胆なM&Aやアライアンス戦略の実行が期待できます。
 また、売上高100億円を突破する会社規模になり、今後さらなる成長を加速させる上で、M&Aに限らず同社が有するガバナンス強化や企業価値向上に係るノウハウも活用していきたいと考えています。
 SOMPOグループとは別の形でシナジーを生み出します。
 SOMPOグループは広範囲なアセットを保有し、保険や介護をはじめとするヘルスケア分野ではDXやデータ解析に強みを持ちます。それらを利活用させていただき、革新的なソリューションの開発につなげます。
 当社は今がまさに第二創業期。新パーパス「ウェルネス・データで、未来をつくる。」を掲げ、新体制のもとで業容拡大を加速させていきます。
──ウェルネス・コミュニケーションズは企業の健康管理にフォーカスした会社です。サービス拡充や業容拡大の先に思い描く、企業と従業員の理想の関係を教えてください。
松田 これは健康経営や人的資本経営の考え方そのものだと思いますが、業績を上げ、長く存続し、発展・変革していくために、企業は働く人や支える家族を大事にしなければならないと思っています。
 成長・変革を続けることは容易ではなく、厳しく困難な局面も多くあります。働く人が頑張ることで、企業や社会が発展するという関係になってほしい。
 当社が掲げるビジョンは「企業と人を元気にする。」です。企業や働く人たちと家族を支える広義のヘルスケア事業のプラットフォーマーでありたいと考えています。