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“テレビ画面“を奪い合う、戦争が始まる

ネットフリックスの衝撃。テレビ局の猶予はあと5年だ

2015/2/12

テレビの「今、目の前にある危機」は、テレビ画面を奪われること

今年1月に開かれたCES(Consumer Electronics Show)は、IoT(Internet of Things)が中心だったという。全ての「もの」がネットにつながる時代が来るのだ。当然、テレビもネットにつながる。少し前の言葉で言うと「スマートテレビ」だ。

スマートテレビというと、多くのテレビ関係者は「またか」「狼少年か」と感じるかもしれない。ネットにつながるテレビは何年も前からあったし、AppleTVやChromeTVなどネットにつなげるデバイスも存在した。にもかかわらず、実際にネットにつなげられているテレビは少なかった。

では、なぜユーザーはテレビをネットにつなげなかったのか。

それはネット動画を見るための操作が面倒だったり、ネットにつないでも楽しめるサービスが少なかったりしたからだ。YouTubeやニコニコ動画もあるが、ユーザーが投稿した動画を大画面で見ることに、ユーザーは魅力を感じなかった。テレビ画面で見るのは、テレビ番組や映画、それにプレイステーションやWiiなどのゲームだった。

しかしネットでは、ドラマやアニメなどテレビ番組や映画が着実に増えてきた。日テレに買収されたHuluは豊富な作品を揃えた。さらにアメリカの巨人、ネットフリックスが今秋の日本進出を発表した。このインパクトは、決定的なものになる恐れがある。

テレビにとって深刻な問題は、これから市場に出るテレビ受像機は、ネット動画を見るための操作が格段によくなることだ。ユーザーや視聴者には便利になることが、放送収入に頼りきっているテレビ局にとっては深刻な事態を引き起こすという、皮肉な状況に陥る。

これまでのテレビは、ネット動画を見るために重たいOSでテレビとコンピュータをくっつけたものだった。しかしCESで展示されたのは、AndroidやFirefoxなど軽いOSを使い、操作性を向上させたテレビだ。地上波放送を見ていても、ごく簡単な操作、例えばフリック一つ、ボタン一つでネットの世界に移れる。

技術の進歩で面倒な操作は不要になる。サービスの充実で魅力的なコンテンツが揃ってきた。この二つの変化は、多くの人がテレビをネットにつなぐ契機になるだろう。

日本のテレビ局の脅威、「Netflix」ボタン

それだけでも便利なのに、ネットフリックスは米国の家電メーカーに働きかけ、テレビのリモコンに「Netflix」ボタンを付けた。視聴者がケーブルテレビやテレビ放送を見ていても、このボタンを押しさえすればすぐにネットフリックスの番組が見られるようになる。この影響はとてつもなく大きい。

参考:『ネットフリックス上陸で起きるかもしれない、7つのこと』

今のテレビのリモコンには、BSやCSのボタンが付いている。地デジ化の際につけられるようになったのだが、これを機にBS放送の視聴機会は激増し、放送局系BS局の売上げはここ数年、毎年二桁増を遂げている。リモコンにボタンを付けるというのは、大変なことなのだ。

もし日本でもテレビリモコンに「Netflix」ボタンがつくようになったら、日本のテレビ局にとって、ゾッとするような事態になる。ネットフリックスにしてもHuluにしても、スマホやタブレットで視聴されている分には、テレビ放送にとってのダメージは限られる。

しかしテレビの大画面で、高画質で、しかも簡単に見られるようになると、テレビ局が放送する番組の視聴時間が直接、奪われることになる。

ネットフリックス普及のカギは、日本のドラマ

それでもネットフリックスが海外コンテンツだけを配信するならまだいい。日本の動画ビジネスのキラーコンテンツは、テレビドラマだからだ。TBSが他局に先駆けVOD事業を黒字化できたのも、豊富なドラマの貢献が大きい。

現在、HuluにはNHK、TBS、テレビ東京のほか、WOWOWやMBS毎日放送、CBC中部日本放送などが番組を提供している。もちろん日テレのドラマも多いが、作品ラインナップを見るとTBSの作品数が多いのが目立つ。

当然、ネットフリックスも日本のドラマを取り込もうと日本のテレビ各局に積極的に働きかけ、かなりの高額を提示しているという。しかもexclusive(独占)で調達しようとしているとの話も聞く。もしNHKやTBS、テレビ東京がこれに応じれば、Huluからは作品を引き上げることになる。

さらにTBSと同様、ドラマのアーカイブが豊富なフジテレビがネットフリックスに提供するようになると、その威力は強大なものになる。この秋のサービス開始時に、ネットフリックスがどれだけの日本ドラマを確保するかは、重要なポイントだ。
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恐るべきネットフリックスのオススメ機能

もう一つ重要なのは、ネットフリックスの高度なオススメ機能が、日本でも提供されるかということだ。ネットフリックスのレコメンドエンジン非常に優秀である。

参考:中谷和世さんのブログ『Netflix視聴の75%を支えるオススメ機能の秘密』

中谷さんの記事にもあるように、ネットフリックスでは番組内容の詳細なメタデータベースを作り、ユーザー一人ひとりの視聴ログデータとクロス解析して、きめ細かな「オススメ」を提供している。ユーザーの視聴動機の75%はこの「オススメ」によるものだという。

つまり一度、ネットフリックスの世界に取り込まれると、強力なオススメによって次々と視聴が繰り返されることになる。このオススメが日本のドラマや映画でも行われれば、テレビ画面はネットフリックスに奪われてしまう。

テレビの命運を握る、見逃し視聴サービス

テレビ局に残された時間は、次のテレビの大規模な買い替えまでの、あと5年だ。5年後に東京オリンピックが開かれる。

前回のテレビ買い替えは2011年の完全地デジ化だった。それから9年後の2020年は、大規模な買い替えタイミングとなるだろう。ネットにつながるというだけでなく4Kという要素もあるので、買い替えの動機はさらに強くなる。

簡単にネットにつながるスマートテレビや、リモコンに「Netflix」ボタンがついたテレビが一気に普及すると、テレビ放送にとっては大打撃になる。かといってそれを阻止することはできないだろう。ユーザー、消費者の利便性向上に反対するのは難しい。

むしろその前に、テレビ局側でコンテンツの出し口を多様化し、様々なデバイスで、いつでもどこでも視聴できるようなサービスを実現しておかなければならない。テレビ局は新しい視聴スタイルをユーザーに提示し、収入源を分散させなければならない。

「テレビ広告市場は下げ止まっているしテレビのリーチ力は圧倒的に強力だから、そんなに心配する必要は無い」などど言って変化をサボっていると、テレビは深刻な局面を迎えるだろう。

だがテレビには希望もある。民放連会長が言及している全キー局による見逃し視聴サービスだ。早ければこの秋にも実験的に行われるという噂もあるが、テレビにとっては絶対に欠かせない。全局の見逃し視聴サービスは、テレビの命運を握るといってもいい。

見逃し視聴サービスだけでなく、各局バラバラにやっている有料VODサービスも、共同でできればなおさらいい。ネットフリックスに作品を提供すれば、強力なレコメンドエンジンで視聴回数が増え、収入も増えるだろう。しかしユーザーの視聴ログデータは手に入らない。

実はユーザーの視聴行動のすべてを記録したログデータは、ネットフリックスのオススメ機能を見てもわかるように、大きな価値を持つ。これをネットフリックスにとられ首根っこを握られるより、テレビ局自らが独占して、メタデータと合わせて価値の高いマーケティングデータを生み出した方が、テレビ局の新たな収入につながる。

スマートテレビが普及しネットフリックスに支配される前に、テレビ局が全局の「いつでも・どこでも見逃し視聴」に乗り出し、できれば有料動画配信も全局共同で行うべきだ。

テレビ局に残された時間は、もう僅かしかない。

(写真:©iStock.com/luismmolina)