「ビジネスウェア3.0を定義する」というミッションを掲げ、さまざまな取り組みを行っている、青山商事とNewsPicks Creationsの共創コミュニティ「シン・シゴト服ラボ」。1月25日には「シゴラボ企画会議スペシャルVol.2」と題してコクヨのワークスタイル研究所/ヨコク研究所所長・山下正太郎氏と「次世代の『シン・シゴト服』とは?」をテーマにディスカッションを行いました。

ワークスタイルや働く環境の変化について15年以上研究している山下氏。働き方とともに変化するビジネスウェアのあり方をコミュニティメンバーと語り合うなかで、未来のシゴト服に繋がる新たなアイディアも飛び出しました。
この記事は青山商事のメンバーを中心とした「シン・シゴト服ラボ」編集部が制作しています。「シン・シゴト服ラボ」は、洋服の青山と、法人向けマーケティング支援事業 NewsPicks Creations が運営し、『ビジネスウェア 3.0 を定義する』をミッションに掲げる共創コミュニティです。新しい商品やサービスの開発など、ビジネスパーソンと共に新しい価値を創造することを目的としています。
【登場人物紹介】
●青山商事メンバー
平松 葉月:執行役員 リブランディング推進室長
岡本 政和:リブランディング推進室 室長補佐
宇塚 雄祐:リブランディング推進室 室長補佐
●コミュニティメンバー
長尾 康平、飯野 桃香
●NewsPicksメンバー
中山健志:NewsPicks Creations

ワーカー自身に重点、ハイブリットワーク主流に

ディスカッションの告知
1月25日のテーマは「次世代の『シン・シゴト服』とは?」。ワークスタイルや働く環境の変化について15年以上研究しているワークスタイル研究所/ヨコク研究所所長の山下さんを迎えてコミュニティメンバーとのディスカッションを行いました。次世代のビジネスウェアへの理解を深めるため、まずは山下さんに現代の働き方の変化について伺いました。
山下:まさにリアルタイムで働き方が新しい形に変わろうとしています。90年代以降、モバイルやネットワーク技術の発達で、家と働く場所がシームレスになりましたが、2010年代頃からその裏返しとして、ワークとライフを切り分けるのではなく、積極的に融合していこうという動きがありました。
例えば、シリコンバレーに代表されるようなテック系の企業ではオフィスの中に映画館やジムを併設することで、コミュニケーションによって新しいイノベーションを生み出していこうという働き方。一方で、オーストラリアやオランダではABW(Activity Based Working)どこで仕事をしてもいいという、分散的で柔軟性に重きを置いた働き方が多く採用されてきました。
しかし、コロナのパンデミックによって、前者のオフィスに集まりましょうという考え方の企業は大きな打撃を受けました。
一度手に入れたワーカー側のWFA(Work From Anywhere:どこでも働けるはたらき方)に対する要求は強く、彼らは分散的な働き方とオフィスを組み合わせたハイブリッドワークという新しい考え方をスタンダードにしようとしています。
従来のABWとの違いで言えば、ABWがあくまで効率性を重視したワーク起点だったのに対し、ハイブリットワークはワーカー自身の人生観や生活のスタイルに重きを置くライフ起点であることが決定的に異なります
そういった流れの中で、出社頻度も落ちるわけですから例えば今までオフィスのカフェテリアやリフレッシュスペースなどで気軽にとれていた偶発的なコミュニケーションが取りづらくなっています。Slackのようなチャットツール以外にもメタバースなどのバーチャル空間で、仕事上のコミュニケーションをとろうという動きが活発化しているところですね。
ディスカッションの様子(zoom)コクヨ ワークスタイル研究所/ヨコク研究所所長・山下正太郎氏(上段中央)、青山商事執行役員 リブランディング推進室長・平松葉月(中段中央)、青山商事リブランディング推進室 室長補佐 岡本政和(上段右)、青山商事リブランディング推進室 室長補佐 宇塚雄祐(中段左)、コミュニティメンバー 長尾 康平(下段)、飯野桃香(中断右)、NewsPicks Creations 中山健志(上段一番左)
長尾:私の会社も在宅・リモートを取り入れているのですが、普段オンラインで仕事をしていると、オフィスに行ったときにどう関わったらいいのか悩んでしまいます。
山下:日本は自分で考えて勝手にうごくことが難しい空気・文脈が支配的なカルチャーがあるので、ワーカーが戸惑わないよう新しい働き方のモデルを企業側が提示してあげることも有効かもしれません。
飯野:私は人と会話をすることが好きなので、人と直接的な関わりがあるほうが好ましいと思っていますが、家からなるべく動きたくない人や私のように人と会って何かしら繋がりを持ちたいという人もいると思います。完全にオンラインに移行する・オフィスに固めると固定化してしまうよりも、個人の意思に基づいて職場のありかたを自分でクリエイトできるような、そういった選択肢を与えてくれる企業は魅力的だと感じています。
山下:個々人に働き方の裁量が増えた分、多様性の名のもとに本来は会社としてあるべき働き方が決められなくなってしまっていますよね。実際に会社からは部門やプロジェクトごとに決めてくださいと放り出される格好でミドルマネジメントが困っています。こういう場面ではリアルでコミュニケーションをとりましょうなどとコミュニケ―ション・プロトコルを企業として予め決めておくことが重要ではないでしょうか。

身の回りのものすべてがビジネスウェア

ディスカッションのテーマ
宇塚:多様性というキーワードはビジネスウェアにも当てはめることができますよね。今回のテーマのひとつに「そもそもの『ビジネスウェア』の定義と役割ってなんだろう。」というお話がありますが……。
山下:価値を生むために仕事をしているわけですから、そこに寄与するビジネスウェアの役割は「実用的である」というところが外せないと思います。スーツの歴史をふり返ってみても、もともと農作業着からきているとか、燕尾服に疲れた人が着替えるリラックスウェアだったという話があって。理念からではなく働いている人たちの現実的な用途から生まれてくるというところにポイントがあるのではないでしょうか。
宇塚:ビジネスウェアは仕事のための服であり、TPOに合わせて着るというのが前提ですが、ただ、そのTPOが多様化してしまったことにより、着るべき服が複雑化してしまってるという現状も感じています。
山下:かつては貴族が1日に何度も着替える服の中にスーツというものがあったといわれています。自分の役割が変わる度に着替えていたということです。それが近代化によって分業が進み、事務を担当するいわゆるホワイトカラーがずっとスーツを着ている状態になった。
しかし現代の状況をみれば、単一の役割を担っているワーカーは少なくなってきていますし、副業や兼業などの広がりもある。自分自身がいろんな役割を担う、あるいは仕事の形態が変わっていくことで、スーツだけでは対応しきれなくなりさまざまな服が必要になる、あるいはすべてに対応できる柔軟な服が求められています
平松:社会の流れとしては、もう一度分化していく過程にあるということですね
山下:私が入社した15、6年前はスーツとは帰属意識の象徴だったと思います。それが今はオフィスのように1か所に集まるということ自体がなくなってきているので、服が帰属意識を象徴するものではなくなってきています。むしろ今、おそろいのzoomの壁紙もそうですが、デジタルや身の回りにあるものすべてがビジネスウェアであるという状態になってきているのではないでしょうか。
平松前回の野崎さんとのお話でもちょうどそのお話がありましたね。このシン・シゴト服ラボ自体がコロナ禍の真っ最中に生まれたコミュニティなんです。だから、オンラインでエンゲージメントをどう高めるかというところで、おそろいの壁紙や同じグッズを持つことをしてきたので、実体験としてリアルに感じています。
長尾:壁紙を揃えることで、自分がコミュニティに参加している実感を得られていますよね。逆に、リアルで参加させてもらったときは服装から悩みましたね。それはやっぱりTPOを考えるということなのかなと。
宇塚:リアルとオンラインではどうしても温度感が違ってきてしまいますよね。これからのビジネスウェアを考えたときに、繋がりを表現できるものが必ずしも服ではなくなってきていると感じました。
飯野:個性や多様性が叫ばれる時代ですが、その中でも会社としては帰属意識をもって働いてほしいという想いもあると思うんです。制服の形もひとつではなく、例えば会社のモチーフやイメージとなるポイントがありつつも、個人の好みやTPOに合わせて選択肢があれば帰属性と多様性の両立が可能なのかなと思います。
岡本:名刺もビジネスウェアのひとつと捉えたり。服だけじゃない観点からも考えるきっかけを得られた気がします。

デジタル世界から逆輸入、新しいファッションの流れ

ディスカッションのテーマ
宇塚:2つ目のテーマは「これからのビジネスウェアに求められることは何か」。山下さんはビジネスウェアにどんなことが求められると思いますか?
山下:ひとつの軸として考えられるのは、「個人」というものからもう一度、「分人(対人関係・環境ごとに分化した個人)」的なものに移行していくということ。今まではある特定の役割をもった個人の服としてスーツがあったと思いますが、分人のなかにあるそれぞれの人格に対して特別な服装とはどんなものがあり得るのだろうかと。私生活の私、副業しているときの私、と見たときに、それぞれのビジネスウェアに求められる世界というのがデジタルと親和性が高いと思っているんです。
宇塚:先ほどのメタバースやオンラインゲームのお話ですね。
山下:デジタル上のコミュニケーションの中で、いろんな自分を表現するものとしてビジネスウェアが存在していくということもありますよね。例えばオンライン上でスキン(服や靴のデータ)の売買を行うことができるフォートナイトというゲームの1年間の収益は5000億円を超えるなど、デジタルファッションの世界が今注目されています。さらにはリアルの世界にデジタルの世界から逆輸入されるという形で、新しいファッションの流れができているので、ビジネスウェアにも同様の動きがあるのではないかと思います。
平松:アバターの服をリアルで着るみたいなことが起こる感じはしますね。
山下:実際、ゲームの中で流行ったスニーカーがリアルで発売されたり、髪の色がカラフルな傾向にあるのもそういった影響だったり、行き過ぎてしまうと社会問題となっている「醜形恐怖症」のようにフィルター加工されたデジタル上の顔が、本来の自分であると感じる人なども出てきています。
宇塚:オンラインで自分のアバターを作って、そこでいろんなスーツを着せてみてイメージに近いものを現実で商品化するというのも面白そうですね。
平松:本当に似合う服をデジタル上で確認してから買うってとても現実的な気がします。

自分起点の価値観で服を選ぶ

ディスカッションのテーマ
宇塚:3つ目のテーマであった「ちょっと先の未来のビジネスウェアとはどんなモノが考えられるか」というお話に繋がりましたね。山下さん自身はビジネスウェアにどのようなことを求めますか?
山下:私自身は、一般的にビジネスウェアに分類できるものをほとんど持っていません。コロナ以降、すっかり仕事とプライベートの服装の区別をしなくなったので、フォーマルな場面でジャケットを羽織る程度です。そういう意味では、自分起点の価値観で服を選んでいる感触があります。これを着ていると気分が良いとか、リラックスできるとか。他人の視点を意識して買うことが減った気がします。
平松:ビジネスウェアのスーツでもそういう傾向が見られますね。スーツに求められているものを市場調査すると、洗える、ストレッチ、撥水といった機能性が一番上に挙がってきます。
山下:企業が商品の魅力を機能性だけで勝負し始めると、数字だけで優劣がついてしまって途端に厳しい戦いになりますね。社会学者のエヴァ・イルーズは近代以降の恋愛を例に取り、マッチングアプリのような条件を比較する理性的な判断が、恋に落ちるような強い感情を妨げると指摘しています。どんな相手や物でも分析すると冷めてしまうわけです。
平松:売るときにはいろいろと言いようはありますが、最終的には結局同じものがどこかにあるということになってきます。昔は、服を選ぶ基準は他人視点が中心だったので、おしゃれは我慢なんて言葉もありましたが……。
山下:D2C(Direct to Consumer)の勢いもありブランドとのコミュニケーションがますます個人的なものになってきていますよね。流行だからというよりは、自分のストーリーとブランドのストーリーが合っているかが大切で。ブランドの立ち上げからクラウドファンディングで応援するとか、プロセスへの関わり方も増えてきている。私もなぜこの服を買うのか、なぜこの物を買うのかと、自分の感情と向き合う理由を考える機会が以前より増えた気がします
ディスカッションの内容まとめ
中山:僕は逆に周囲の目を気にする日本の文化的に、結局スーツやオフィスカジュアルというものがマスとして残りそうだなという感覚があります。
山下:確かにそうですね。大学でも教えているので学生と接点をもつなかで感じるのが、今の大学生のほうが昔に比べて周囲の目に対する意識が高いということです。情報リテラシーが高い分、ある種の正解が浸透するスピードが速い一方で、全員が相互監視するようなインターネットカルチャーもすっかり内面化されています。就活や入社式にしても、バブル時代は服装が意外とバラバラで、今のほうがリクルートスーツも髪型もみんな画一的ですよね。
中山:そのときに何が差別化要素になるかというと、機能的な面では横並びなので、ストーリー的にブランドを好きになれるかどうか。企業やブランドとしては、そのストーリーを紡いでいくのがいいのかなと思いました。
宇塚:もし山下さんが作り手となったときにリサーチするとしたら、どのターゲット層にヒアリングしますか?
山下:私はいわゆるエクストリーム(極端な)ユーザーの話を聞いてみたいなと思いますね。つまり、365日ずっとスーツを着ている人か、逆にまったくスーツを着ず、むしろ何か憎んでるぐらいのタイプの人。両極端の人に聞くのが一番面白いかなとは思います。意識的にそういうエクストリームユーザーの価値観を知るというのは、いろんなプロジェクトで試したなかでもヒントを得ることが多い印象はあります。
宇塚:あえて両極端の人に話を聞くということですね。デジタルファッションなど、ビジネスチャンスになりそうなお話もたくさん伺えて大変参考になりました。本日はありがとうございました。
編集:山尾 真実子(シン・シゴト服ラボ編集長・青山商事)
共同編集:西村昌樹(NewsPicks Creations)
執筆:齋藤倫子
デザイン:椵山大樹