2023/3/31

研究結果が示す肌の老化要因。我々は「若さ」とどう向き合うべきか

NewsPicks Brand Design シニアエディター
「私たちが日常的に浴びている光は何色」と尋ねられたら、多くの人は半信半疑で「白?」と答えるかもしれない。
 しかし、実際の光は複数の色で構成され、その一端を私たちは「虹」という現象で経験している。
 虹は日本では7色と認識され、最も波長が短い紫色の外側には「紫外線」、最も波長が長い赤色の外側には「赤外線」が存在するが、これらの光はヒトの目には見えない。
 目に見える最も波長が短い光は通称・ブルーライトと呼ばれ、青色発光ダイオード(青色LED)の発明と近年では省エネルギーの波に乗ったLEDの普及により、照明やPC、さらには多くの人の日常の利器となったスマートフォンにも使用されている。
recep-bg / istock
 このブルーライトは昨今、眼精疲労の原因とも指摘されている。だが、その影響は皮膚にも及んでいることはあまり知られていないようだ。
 第一三共ヘルスケアは昨年、ブルーライトが皮膚の老化を促進するメカニズムと、それをトラネキサム酸が防止する可能性を初めて明らかにした。
 本稿では研究の舞台裏に迫るとともに、肌を若々しく保つことに寄与する研究成果を踏まえて、年齢に一家言を持つ若新雄純氏と「若さ」の意義を考察する。

きっかけは2年前の「もしかして?」

第一三共研究開発センター
 山手線、東海道本線、東海道新幹線の線路が接する、鉄道マニアの名所の一つともなっている東京都品川区広町。
 この各線路に囲まれた一角に建物が林立した「第一三共研究開発センター」がある。これから紹介する研究結果はこの地で生まれた。
 今回の成果を明らかにしたのは同センター生物評価・分析グループの久保沙耶香氏を筆頭とする3人の研究員。
 研究は大学と共同で過去2年間にわたって行ってきたものだ。
大学院では生命機能学を専攻。第一三共ヘルスケア株式会社に入社後、医薬品やスキンケア製品の安全性・有用性の評価を行う他、探索研究を推進している。
 研究の端緒を久保氏は次のように語る。
「日常生活での利用シーンが増えるにつれ眼精疲労などの影響が指摘され始めたことで、ブルーライトに興味を持ちました。最初に着目したのは、ブルーライトが日焼けなどで皮膚に影響を及ぼす紫外線に波長が近いという点でした。2年前は皮膚への影響に言及した研究論文はほとんどありませんでしたが、この事実から『もしかして何か影響があるかも?』と考えたのです」
 しかし、研究は入り口から「難題」にぶち当たった。
 当時、ヒトが日常生活でどれくらいのブルーライトを浴びているかという根源的な問いに対し、参考になるデータがほぼ存在しなかったからだ。

地道な測定作業から見えたトリビア

 そこで、まずはヒトが日常生活で接する状況やモノからどの程度のブルーライトが発生しているのかを調べることから研究はスタートした。
 測定したのは日向、日陰での太陽光線、蛍光灯、LED電球、テレビ、PC、スマートフォンなど。測定結果の一覧には「ジェルネイル用ライト」まであった。
「私はジェルネイルをするのですが、ライトの下に指先を入れているとジリジリと熱い感じがします。使うときは指の皮膚に日焼け止めを塗っていたくらいです。そこで測ってみたところ、ライトからかなり強くブルーライトが出ていることが分かりました」(久保氏)
 測定の結果、真夏の晴天・日向で約10秒間浴びているブルーライトの量は、スマートフォンのディスプレイ単体から発するブルーライト最大量の約8時間分に相当すること、テレビから発生するブルーライト量は至近距離では多いが、一般的に考えられる視聴距離ではかなり少ないことなどが分かった。
 しかし、一般生活者の間ではすでに「ブルーライト発生源=PC・スマートフォン」とのイメージが定着しつつある。
 第一三共ヘルスケアが行った「ブルーライトの影響に関する実態調査」の結果は、その現状を端的に示している。
 もっとも人が1日単位で浴びるブルーライトは、太陽光をはじめ様々な光源からの複合的なものである。
 久保氏らはこれらの測定結果から、ヒトが日常生活で現実的に浴びるブルーライトの量を算出。それを基にヒトの皮膚細胞を使った実験を行った。

初めて明かされたブルーライトによる皮膚の光老化促進要因

 結果は顕著に表れた。ヒトの皮膚細胞は一定量のブルーライトを浴びると、炎症を引き起こすタンパク質「インターロイキン8(IL-8)」が産生され、表皮細胞内で炎症反応が起きることが認められたほか、皮膚のシミを作る原因となるメラニンの生成を促進する成分(α-MSH)や、皮膚の弾力を保持するコラーゲンを分解する成分(MMP-1)が増えることも判明した。
 また、IL-8には細菌などを死滅させる免疫細胞「好中球」を呼び寄せる働きがある。今回の研究では、IL-8によって呼び寄せられる好中球がブルーライトに触れて死滅(ネトーシス)することも確認された。
 こうした現象を明らかにしたのは「今回の研究が初めて」(久保氏)だという。
 好中球の細胞死も皮膚に悪影響をもたらす可能性が考えられる。好中球の中に含まれる皮膚のシミやシワの原因となる因子が皮膚中に放出されてしまうためだ。
 つまりブルーライトは皮膚のシミやシワの促進要因になってしまうのである。
 紫外線やブルーライトが太陽光から発せられるという現実を考えれば、人はその影響を避けられない。
 紫外線の場合はサンスクリーン剤(日焼け止め)を塗ることで影響を軽減できるが、サンスクリーン剤の多くは紫外線の波長に合わせて作られているため、紫外線とは波長が異なるブルーライトを防ぐことができるものはまだ少ないという。
 実は久保氏自身がネイル用ランプで塗っていたサンスクリーン剤はほぼ効果がなかったのである。

カギとなる成分「トラネキサム酸」

 そこで久保氏らは第一三共グループが保有する化合物の中に、ブルーライトによる皮膚への影響を緩和できるものがないか検討を開始。
 その結果、ブルーライトを当てたヒトの細胞にトラネキサム酸を添加すると、表皮細胞でのIL-8の発現量や好中球のネトーシスを抑えることが分かった。
 トラネキサム酸は、第一三共が創製した成分で、抗炎症作用等を有する医療用医薬品として1965年に発売。長年の使用実績から豊富な知見を持っている。
 シミ対策に有効なことから皮膚領域で活用されているほか、歯茎の炎症を抑える成分として歯磨き粉に含まれるなど、その用途は広い。
 久保氏も「複数の化合物を使って実験した中で、当初はトラネキサム酸が効いたら面白い、というくらいの感覚でした。そもそもブルーライトによる炎症やネトーシス自体がかなり急激に起こることもあり、実験した化合物の中でトラネキサム酸がこれほど劇的な効果を示したことにかなり驚きました」と語る。
 今後はこの研究をベースに、より健やかな肌に導くための製品開発や、従来言われているブルーライトの睡眠や眼精疲労などへの影響のより詳細なメカニズム解明にも取り組んでいきたいという。
 同時に久保氏は次のように語った。
「男女を問わず、肌のシワやシミの多さに悩まされる人は少なくありません。これを改善できれば、単に他人からの見た目の問題ではなく、自分の肌を健康に保てていることが自身の前向きな気持ちにつながることも多いものです。私たちはこうした今まで知られていなかった事実の解明と社会への発信、さらには悩みの解決につながる製品開発を通じて人々のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上に貢献したいと考えています」

社会が定義する「若さ」の本質

 今回のブルーライトによる肌の光老化促進メカニズムの解明と、それに対する抑制手段の研究は、老いを少しでも避けたい生活者にとっては福音である。

 ただし、心身を健やかに保つことによる若々しさと、実年齢より下に見える若さは同義ではない。

 先進国有数の超高齢社会に突入し、平均寿命もさらに延びると言われる中、これからも心地よく暮らし続けるために我々は「若さ」とどう向き合うべきなのか。

 この問題に関して各種のメディアで発信する若新雄純氏と考えた。
──若新さんは社会が定義する「若さ」をどのようなものと考えていますか?
若新 僕は若さの世間的な基準は単純に年齢だと思います。
 個人差が激しい個人同士を比較する際の統一基準として年齢ほど都合の良いものはありません。
 例えば社会保障制度の受益者を決定する際は年齢基準が一番シンプルです。
 年齢で決まる「若さ」に世間がなぜ価値を置くのかと言えば、若い人ほど回復力があるからでしょう。
 社会は匠の技を持つ人だけでは運営できず共同作業が必要です。体力があり回復の早い人は労働力として重宝されます。
福井県若狭町出身。慶應義塾大学大学院修了、修士(政策・メディア)。現在、慶應義塾大学特任准教授、株式会社NEWYOUTH代表取締役などを兼任。「今も思春期」を自称する仕掛け人。トレードマークは長めの茶髪と、耳に優しい声。大学ではコミュニケーション研究のラボを運営。人間関係のリアルや葛藤と向き合うフィールドワークを多数行い、新しい働き方や組織、地方創生・まちづくり、キャリア・教育などに関する実験的企画をプロデュースする。現在、テレビ・ラジオ番組等でのコメンテーターとしても活躍中。
──「若さ=年齢」という世間の価値基準に疑問を感じることはありますか?
若新 世間では「若さ=未熟」という捉え方がありますよね。これはもったいないと思います。若い人の中にもハイ・パフォーマーはいるにもかかわらず、「年齢」基準で未熟と切り捨ててしまう。
 これは僕なりの解釈ですが、日本は身体的な回復能力が衰えた人でも社会に居場所があるように、今までの経験、つまり「蓄積」という評価を重視した社会を構築してきたと思っています。
 でも、実際の物差しは表面的なもので、「蓄積=熟練度」ではなく、「蓄積=年齢」
 だから、若い時は未熟と扱われても、皆が等しく年を取る中で熟練できなかった人が退場を迫られず、時間が経過すれば自動的により上位の地位が得られる。
 それで「一応」の不公平感のない社会構築に成功しました。反面、創造性が生まれるチャンスを失っているとも言えます。

「若さ」が与える試行錯誤のチャンス

──若新さんは公の場で年齢を公表していません。「年齢不詳」を自称している若新さんにとっての「若さ」とは?
若新 僕は「若さ=未熟」ではなく、「若さ=猶予」と捉え直したいですね。より突っ込んで言うと「猶予=許される」。
 若者は蓄積がないゆえに間違っても許されやすい。そして体力や回復力があるから、ひとたび失敗したところで何度でもやり直しがきく。
 つまり、若さを保っているうちは猶予が与えられ、結果が見通せない新たなチャレンジが可能になる、という捉え方です。
 ただ、実は「許される」ことは、若い人だけでなくすべての人に等しく価値のあることと言えるかもしれません。
 蓄積評価重視社会では、一度認められても別の機会に許されないことをすれば全てを失います。そう考えると、たとえ認められなくとも、最後の最後まで許されている人は様々なことに取り組める最も幸福な人と言えます。
 実は僕はこの猶予に魅力を感じています。年を重ねても、試行錯誤したい人にとって若く見られることは得なわけですから。
 こうした「若さ=許される」という効能を自分も最大限使いたい。その効能を得たいがために始めたのが、僕の「若づくり」です。
──蓄積重視の社会において年を重ねることで一律に得られるメリットよりも「若さ」から得られる猶予や立場に価値を置いている、と。
若新 そこは個人の選択の問題ですよね。
 例えば今回の第一三共ヘルスケアの研究成果は肌に関わるものですが、これまで多くのビジネスパーソンは肌のシミやシワに対してあまり忌避感を抱いていなかったように思います。
 なぜかと言えば、蓄積社会においては、それらが見た目に貫禄を与え、立場を強くすることに寄与する面もあったから。
 長年にわたって溜まった肌の老化要因が年を重ねるごとに目立つようになっていくのですから、シミやシワはまさに「蓄積」を象徴しています。
 仕事上でメリットもあるし、肌の老化は全く気にならないという人は今も一定数いるでしょう。一方で僕のように、やっぱり猶予が欲しいという人も少なからずいるはずです。
 どうすることが自分にとって生きやすいか、というシンプルな話ですよね。
──蓄積社会において生きやすさをコントロールする鍵はどこにあると思いますか。
若新 まずは、我々は一人ひとりに大きな個人差があることを改めて自覚することではないでしょうか。
 同じ年齢同士でも能力や身体的特徴は全く異なるのに、蓄積社会は年齢を基準に人を集団的に規定する。
 それで社会の秩序は保たれるのかもしれませんが、人によってはその枠組みに息苦しさを感じます。僕の「年齢非公表」も、その枠組みから抜け出すための自分なりの生存戦略です。
 ただし、本来的には「この年齢の人間はかくあるべし」といった蓄積社会の規範を、実年齢を公表しながら突っぱねることもできるわけです。人には個人差があるじゃないか、と。
 それにもかかわらず「年齢非公表」としているのは、僕自身が、一人ひとりに年齢では括れない個人差があることを自覚しながら、それと同時に年齢という世間の基準も強く気にしてしまっている、というパラドックスがあるということです。
 社会の中に存在するゆえ、僕を含め多くの人にとって世間基準から完全に逃れることは難しいわけです。
 その事実を受け入れた上で、個人の基準を確立できる分野を一つでも多く見つけることが生きやすさにつながっていくと思います。
 僕の「若づくり」とて、別に他人から勧められたり、求められたりしたわけではなく、「若さ=許される」という効能の価値を見出した上で、個人的に取り組んでいる自分基準の行為です。
 これは「自己満足」という言葉で表現できますが、ややネガティブなイメージが強いので、「自己納得」という言葉に置き換えると良いでしょう。
 蓄積社会の仕組みを理解し、時にはそこで得られる恩恵にあずかりながらも、世間のお仕着せではない自己納得の「若づくり」に励むことが、蓄積社会で自分らしさを保つために必要なスタンスだと思います。
 今回の研究による新たな知見も、そういう心構えで活かしてこそ真価を発揮するものです。