女性イノベーター対談_夏野x玉城 (1)

この世にないなら、自分が作る

女性イノベーター、発想の源は「欲深さ」

2015/2/11
iモードの生みの親でありドワンゴ取締役の夏野剛氏が、既存のビジネスや価値観に新風を吹き込んだ女性イノベーターと、イノベーションを実行する上での難しさや面白さを余すところなく語りあう対談企画。第二弾は、 人の手をコンピュータで動かす世界初の装置「PossessedHand」を開発し、 米『TIME』誌が選んだ「The 50 Best Inventions(世界の発明50)」に選出された開発者、玉城絵美氏が登場。医療機関や大学、研究所を対象に製品版の販売を開始し、2014年に単年度黒字化を達成するなどビジネス面でも成功する玉城氏の“イノベーティブな仕事ぶり”とは?(全4回)
第1回:リアル”攻殻機動隊”を実現した女性イノベーター
ポゼストハンドとは?

アンドロイドに、自分を似せる

夏野:ところで、そもそも玉城さんはなぜ「人の手を動かすコンピュータ」を作ろうとしたんですか?

玉城:端的に言いますと、私、部屋の中からあまり出たくなかったんですね。

夏野:手だけ独立して、どっかでなんかやってくれ。で、動くのも面倒だから、なんか持ってきてくれ、みたいな(笑)?

玉城:そうです。大変近い考えです。

夏野:あの、僕のお友達に変人の石黒浩先生というのがおりましてね。あの人も自分で講演に行きたくないから、自分にそっくりのジェミノイド(遠隔操作型アンドロイド)を作って講演先に送り込んでいるんです。

そのうち、本人よりも、アンドロイドを送ってくれという講演依頼が多くなってしまった(笑)。でも、アンドロイドは年を取らないのに、本人が年を取っちゃった。それで、彼、どうしたと思う?

玉城:そのお話、聞いたことがあります。確か…。

夏野:彼は、形成外科の知り合いに頼んで、ヒアルロン酸注射をしてもらって自分の皺を伸ばしながら、自分を変えているんです。作ってしまったアンドロイドを修正するほうが、はるかにお金がかかるからって。

「俺に似せてつくったアンドロイドに、今度は俺を似せてくれ」って(笑)。彼にとって、自分とアンドロイドのどっちが実像かなんて、もはやどうでもいいんですよ。

玉城:それはすごい。実体が義体を追っているんですね。

女性イノベーターは欲深い

玉城:私は、いろんな人の経験をしてみたいという欲があるんです。たとえば、朝はニューヨークに行って、昼は東京でランチして、午後はインドネシアに行って、夕方はマレーシアに行って夕日を見て。で、夜はヨーロッパに行って街の風景を楽しむみたいな。

夏野:欲が深いですね(笑)。

玉城:はい。でも、それを自分ひとりでやろうとすると、飛行機で移動するのはちょっと無理。なので、ネット通信とかで他人の経験を共有できないかなと考えました。

実は高校の頃に入院をしていまして、入院する前は自分でいろいろなところに行く気だったのですが、入院してみたら、それは無理。でも、入院生活は、意外と快適だったんです。もちろん病気はつらかった。でも、安静時になると、結構楽じゃないですか。だから、楽をして、他人の体験に憑依できたらなと思うようになったんです。

夏野:ちょうどその頃って、通信やネットワークが普及してきたときと一致していますよね?

玉城:はい。私は1984年生まれなので、高校生のときにはネットが完全に一般のものとして普及していました。ほとんどの方がパソコンを持ち、ネット通信をし、携帯も持っていた。

夏野:しかも、「写メール」が出てきて、仲間同士で写真や画像の交換が爆発的に始まった時代でしょ。その世界に没入していったら、自分も人の体験の疑似体験できるのではないかと思ったのかな?

玉城:そうなんです。それで調べてみると、視覚とか聴覚の共有を研究している人はたくさんいることが分かりました。でも、「触覚の共有」をやっている人は大変少なかったのです。それで、私は触覚からもアプローチしてみようと思ったわけです。

玉城絵美(たまき・えみ) H2L株式会社代表取締役。1984年沖縄県生まれ。2006年琉球大学工学部情報工学科卒業。2008年筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程修了。2010年に米国ピッツバーグのディズニー研究所でインターン。2011年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了、同年東京大学総長賞を受賞。東大大学院総合文化研究科特任研究員。2012年、東大の研究室の後輩だった岩崎健一郎氏らとH2L設立。2013年から早稲田大学人間科学学術院助教。

玉城絵美(たまき・えみ)
H2L株式会社代表取締役。1984年沖縄県生まれ。2006年琉球大学工学部情報工学科卒業。2008年筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程修了。2010年に米国ピッツバーグのディズニー研究所でインターン。2011年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了、同年東京大学総長賞を受賞。東大大学院総合文化研究科特任研究員。2012年、東大の研究室の後輩だった岩崎健一郎氏らとH2L設立。2013年から早稲田大学人間科学学術院助教。

寄り道していたら、商品化できない

夏野:ところで、この「PossessedHand」を発表した後、この関連技術や周辺技術をやっている人がたくさん寄ってきませんでしたか?

玉城:ええ。寄ってきます。私がやっているのは触覚や身体動作の分野ですが、視覚や聴覚の研究者の方々から「一緒に研究してみないか?」などとお声掛けいただいています。みなさん、自分の専門範囲だけで大変だから。

夏野:それこそがね、ネットワークのパワーなんですよ。そして、いずれ全身義体化が可能になっちゃう。

玉城:「人の身体を共有し合う」というのが、私にとってのひとつの目標です。

夏野:本人たちはみんな寝ていて、義体が自分の代わりにいろいろな体験をしてくれるという、SFの世界の実現だね。

玉城:ただ、一般的には「人の身体を共有し合う」というのは怖いという感覚があるようです。そこで、まずはバーチャルリアリティのゲームの世界で、ユーザーがゲームの中のキャラクターを操作し、キャラクターがバーチャルなものを触ると、その感触がユーザーの手に触覚としてフィードバックされるコントローラーを発売予定です。

聴覚と視覚を刺激する3D映像に対応して、モノを触ったら感触が返ってくるようになれば、臨場感がさらに増しますから。そうした体験を少しずつ積み重ねていって、だんだん現実世界の共有へと入っていきたいと思っているんです。

夏野:そういった、商用化を意識して研究開発しているという姿勢がいいですよね。最終形のイメージを持ちながら研究するので、方向性が定まりやすいんじゃないですか?

玉城:そうですね。研究途上で寄り道していたら、いくら時間があっても足りません。まず最後にこれをつくるという絵を描き、計画を練りながらいろんな分野を勉強しないといけない。そうじゃないと、最後まで到達しないんですよね。

夏野剛(なつの・たけし) 株式会社KADOKAWA・DWANGO取締役、株式会社ドワンゴ取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授、World Wide Web Consortium顧問会議委員。エヌ・ティ・ティ・ドコモにてマルチメディアサービス部の部長や執行役員などを務め、iモードを起ち上げたメンバーの一人として知られる。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA。

夏野剛(なつの・たけし)
株式会社KADOKAWA・DWANGO取締役、株式会社ドワンゴ取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授、World Wide Web Consortium顧問会議委員。エヌ・ティ・ティ・ドコモにてマルチメディアサービス部の部長や執行役員などを務め、iモードを起ち上げたメンバーの一人として知られる。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA。

身体の一部が光る「スマートネイル」

玉城:とはいえ、一般の人たちに自分の身体がハッキングされる感覚を味わってほしいと思って、最近「光るネイルチップ」を作ったんです。
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夏野:(「スマートネイル」を見て)これを、ジェルネイル(人工爪)に埋め込むの?

玉城:そうです。ジェルネイルにこのチップを埋め込むと、自動改札機などの磁力に反応してLEDが光る仕組みです。この商品は光るだけですが、たとえば温かくなったり、震えたりといった機能をプラスすることも可能です。

夏野:えっ、ほんと? 面白いね。

玉城:ありがとうございます。

夏野:というのも、僕が「お財布ケータイ」のサービスをつくったとき、お客さんがお金を“払った感”を演出することが大事だなと思ったんです。だから、何かをキャッシャーにかざすとシャリンだの、ピロンだのと音が鳴って、「ああ、俺はお金を払ったな」というフィードバックがあることにこだわった。

この「光るネイル」は、機能を付け加えて、たとえば高額なものを払うときに、ちょっとした痛みを与えて、「痛っ。あー、財布が痛っ」なんて効果を演出することも可能だよね。払うたびに痛みが増す”節約ネイル”とか(笑)。

玉城:それ、いいですね。

夏野:それも、「いいものを買った」とか「無駄遣いしちゃった」などの”気持ち”によって、緑に光ったり赤く光ったりするとなお、面白い。

僕は、義体とかハッキングというのは、最後は「人の心」を反映させられると思っているんです。だからこそ、面白い。だって、義体が人間の心にプラスの影響を与えられたらすごいよね。(次回に続く)
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※本連載は毎週水曜日に掲載する予定です。

(取材:佐々木紀彦、佐藤留美、構成:朝倉真弓、撮影:遠藤素子)