2023/3/29

【医療DX元年】“マイナ保険証”の先に、患者体験に起こること

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 ありとあらゆる業界でDXが進むなか、特に2023年に注目すべきが医療業界だ。
 日本の医療は世界トップクラスと称されてきた。
 一方で、「多様な個人に最適な治療やケアを選び、一人ひとりが自らの健康を維持管理できる」という、真にあるべき医療サービスの実現には課題が多い。
 その要因は、究極のプライバシー情報である医療データのデジタル化と、データ利活用の観点での議論が進んでこなかったからだ。
 しかし今、国をあげた医療DXが劇的に動き出している。医療DXがもたらす新たな患者体験とは?
 デジタルヘルスソリューション事業を大きな柱の1つとするPHCホールディングスの代表取締役副社長COO佐藤浩一郎氏と、同社執行役員兼ヘルスケアソリューション共同ドメイン長の大塚孝之氏が、デジタルヘルス領域の若き旗手との呼び声が高い加藤浩晃氏とともに、その現在地と未来を語った。
INDEX
  • 国が“本気”で挑むデジタルヘルス改革
  • オンライン資格確認が1丁目1番地
  • デジタル化が変える患者体験と医療の価値
  • 行政頼みから共創の医療へ

国が“本気”で挑むデジタルヘルス改革

──医療分野でも「デジタル化」という言葉を耳にする機会が増えたように思います。加藤先生は現状をどのように見ていますか?
加藤 昨年から強く感じているのは、国が医療DXに本気になったということです。
 日本では現在、診療報酬明細書(※1)や特定健診データからデータを抽出したNDB(ナショナルデータベース)やDPC制度(※2)による入院医療費などが、厚生労働省からオープンデータとして公開されています。
※1 通称レセプト。医療機関が市区町村や健康保険組合に診療報酬を請求するために発行する明細書。治療内容や使用薬剤が記載されている。
※2 診断群分類別包括評価方式。病名や診療内容に応じて、あらかじめ1日当たりの入院医療費を定めた計算方式。
 しかし、これらは日本全体の医療データの一部にすぎません。
 だから現状、個々の病気に最適な治療法なのか、その治療費の実態がいくらなのかが把握しきれていないのです。
 たとえば、電子カルテの普及率を見ても、先進国では80%程度といわれるのに対し、いまだに50%前後にとどまっています(2020年10月時点)。
 こうした現状に対して2022年5月、自民党は「医療DX令和ビジョン2030」を公表し、2030年までの電子カルテ導入率100%の達成や電子カルテ情報の標準化を提言。
 首相を本部長とする医療DX推進本部が内閣に設置されました。
 この一連の動きが、国をあげての医療DXに本腰を入れたことをうかがわせています。
大塚 ヘルスケアITのプロバイダーである私たちの立場から見た大きな変化は、「オンライン資格確認(※)」に関する変化です。
※ 保険証機能を統合したマイナンバーカードで、患者の加入する保険資格を即時確認するシステム。勤務先の変更等で手元に保険証がない場合も、保険証の有効性をリアルタイムで確認可能になり、これまで生じていた後日精算等の手間の軽減も期待される。
 この変化に関連して、昨年4月に診療報酬が改定されました。
 当初は、マイナンバーカードを使用する患者さんのほうが、紙の保険証の場合よりも受診料が高く設定されてしまい、かなり批判的に報じられましたよね。
 しかし半年後の10月には、マイナンバーカード使用者のほうが安くなるように見直しが行われました
 一度改定した診療報酬の内容を半年でさらに改定するあたりに、医療DXやデータヘルス推進に対する国の本気度が表れていると思います。
加藤 マイナンバーカードに関しては、政府が「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022」に、マイナンバーカード利用によるオンライン資格確認の原則義務化を盛り込んだ点も大きいですね。
大塚 全国の診療所や病院、薬局、歯科医院を合計した約23万軒に影響する療養担当規則(※)にまで定めましたからね。「違反すれば保険診療資格をはく奪する」という強いメッセージと受け止めています。
※ 健康保険法により定められた「保険医療機関及び保険医療担当規則」の略称。保険医療を行う医療機関が守るべきルールを全24条で定めている。違反した場合は、保険医療機関の指定取消し、または保険医登録の取消しなどの行政処分の対象となる可能性がある。
加藤 実はこのオンライン資格確認の基盤システムには、患者さんに処方されている薬剤情報なども連携されています。
 データの利活用が進めば、他の医療機関での処方薬を把握し、重複投与や薬剤同士の飲み合わせで起こる副作用を防ぎやすくなるでしょう。
 また、電子処方箋もオンライン資格確認の基盤が活用され、厚生労働省のモデル事業が進んでいます。

オンライン資格確認が1丁目1番地

──DXに向けた動きが活発になる医療業界のこれからを、医療ITプロバイダーであるPHCグループは、どのように捉えていますか?
佐藤 加藤先生の著書『医療4.0』でも述べられていたように、今後は見える化されたヘルスケアデータを、患者自らが活用して健康増進を図る社会が到来します。
 そのインフラ構築に、PHCグループが貢献できると思っています。
 当社は昨年11月、中期経営計画「Value Creation Plan」の改定を発表しました。そのなかで、デジタルヘルスソリューション事業という成長領域を新たに掲げています。
 診療所向け電子カルテや薬局向け電子薬歴におけるテクノロジー、そしてオンライン資格確認の早急な普及を支援できる強固な顧客基盤が、PHCグループのヘルスケアソリューション事業における強み。
 その延長線として、健康経営やクラウドサービスの拡張、遠隔医療、および医療ビッグデータ分析といった、2ケタ成長が見込まれるデジタルヘルス領域へも積極的に展開していきます。
大塚 当社が提供するオンライン資格確認用ソフトウェアは、2021年10月にオンライン資格確認が本格稼働して以来、すでに2.5万軒以上の施設が導入し、普及拡大に貢献しています。
 PHCグループだからこそ、ここまでスピード感を持って導入を進められているのだと自負しています。
 レセコン(※)市場をリードし、診療所と薬局を合わせた4万軒の既存顧客のみなさまと、早期に取り組んできた結果です。
※ レセプトコンピューター(医事コンピューター)の略称。診療報酬の請求に際して、レセプト(診療報酬明細書)を作成するシステム。病院・診療所・調剤薬局における普及率は約96%(厚生労働省「レセプト請求状況」2022年8月診療分)。
 その意味では、先ほど加藤先生がおっしゃっていたオンライン資格確認の基盤を活用した重複処方の防止といった点で、当社の強みが発揮できそうです。
加藤 すでに電子版お薬手帳も活用されていますが、今後は診断病名や検査結果、治療の履歴などの分散していた医療情報が、マイナポータルで一元管理できるようになるでしょう。
 その第一歩こそが、オンライン資格確認なのです。
 さらには、そういったPHR(パーソナルヘルスレコード)を民間のアプリなどでもAPI連携で活用可能になれば、どの病院へ行っても、最速・最適な治療にアクセスできるようになるはずです。
佐藤 いわば、“健康の戸籍”ですね。PHRが蓄積されていった先に、患者さんにとって真に有益なインフラになると思います。

デジタル化が変える患者体験と医療の価値

──医療・健康情報のデジタル化が、患者体験に向かって進んでいるということですね。
大塚 日本では、年1回の健康診断が珍しくありません。
 これは世界的に見ても非常に素晴らしいのですが、現状は結果を紙で受け取ったままになりがちです。
 つまり、真の見える化が実現していないので、後に生かしきれていない。
 今後、デジタル化でマイナポータルを通じてヘルスデータの集約がさらに進めば、新たな活用の姿が見えてくると思います。
 その結果、医療の最適化と安全性の向上、さらに医療費低減も実現できます。これは“ボリュームベース”から“バリューベース”への医療変革を意味します。
──バリューベースとは?
佐藤 「バリューベース・ヘルスケア」という、医療業界におけるここ数年の潮流です。
 近年、地域や収入によって医療格差が広がり、医療費の増加も社会課題化しています。
 こうした課題に対して、人々にとっての医療アウトカム(治療の成果)の最大化と医療コストの最適化を目指す、という考え方です。
 PHCグループは、1969年に松下寿電子工業株式会社として始まり、国内外のさまざまな企業とのアライアンスを経てきました。
 現在は、血糖値測定などを扱う「糖尿病マネジメント事業」、ヘルスケアITや臨床検査などを扱う「ヘルスケアソリューション事業」、病理検査や研究・医療を支援する機器を扱う「診断・ライフサイエンス事業」という3本柱で事業を展開しています。
 そして今、PHCグループの事業を貫く経営理念「健康を願うすべての人々に新たな価値を創造する」に立ち返ったとき、私たちが価値提供できるのが、バリューベース・ヘルスケアへの貢献だと考えました。
 私たちは、研究から診断、治療、予防まで、各場面のニーズに対応する事業を展開し、医療機関や研究機関、検査施設、製薬企業、患者さんというほぼすべての医療のステークホルダーと直接つながっています
 そして、一つひとつの事業が高いシェアを誇るブランドを持っている。こうしたPHCグループの強みを集結し、世の中にインパクトを与えていけると考えています。
加藤 たしかに、PHCグループは非常にユニークな事業を多岐にわたって展開しています。
 手掛けるソリューションもその提供先もここまで幅広い企業は、国内でも他にあまり思い浮かびません。
──具体的には、どのように貢献に取り組むのでしょうか?
大塚 直近では、各社で規格が異なる電子カルテの共通規格構築に積極的に取り組むことで、医療データの見える化から始めていきます。
 診療所の電子カルテやレセコン、薬局の電子薬歴について、PHCグループは高いシェアと強い顧客基盤を有している。それらを生かして、電子カルテ情報の標準化と普及の加速に貢献するのです。
 そういった医療の標準化の先にいる最終受益者である患者さんの体験価値を高め、健康を願う一人ひとりの価値につなげていきたいと考えています。

行政頼みから共創の医療へ

──今後、ヘルスケアデータの見える化はどのようになっていくのでしょう?
加藤 データのデジタル化と統合を進めると国が宣言し、今まさに医療DXが始まりつつあります。
 今後はさらに、企業内の健診情報や個人がウェアラブルデバイスで収集したヘルスデータなども統合されていくのが理想です。
 ただ現状、国が示したDXのロードマップには遅れが生じてきている(※)。これをよりスピーディーに進めるには、1つは医療従事者や関連企業関係者のデジタルリテラシーの底上げが重要だと考えています。
※政府は保険医療機関と薬局へのオンライン資格確認の導入を2023年4月から原則義務化としていたが、医療機関側のシステム整備が遅れているといった場合に、期限付きの経過措置がとられている。
 これまでは、医師や薬剤師が医療におけるITや経営を学ぶ機会が少なかった
 今年からようやく医学教育のコア・カリキュラムにICTが入りましたが、これを一層推し進める必要があります。
大塚 国の本気度が高まった分、現状のロードマップはかなりアグレッシブなスケジュールですよね。
 河野太郎デジタル相の「紙の保険証を廃止する」発言の直後は、戸惑いの声も噴出しました。このアグレッシブさこそが、医療DXへの政府の本気度の証とも言えるでしょう。
 私たちの顧客である診療所や薬局にも、「医療DX令和ビジョン2030」による激変で、戸惑いの声は聞こえます。当面はそうした顧客の課題解決にも注力していきます。
 そのためにも、医療DXの推進を目指した新会社「ウィーメックス(WEMEX)」を立ち上げました。
 私たちが50年にわたって手掛けてきたヘルスケアIT事業と、国内医療のさらなる効率化や健康経営事業の強化に取り組み、成長領域のデジタルヘルスソリューション事業を展開していく予定です。
 医療現場の先生や事務スタッフ、薬剤師の方々のお困りごとを解決するIT事業をリードしてきたPHCグループなので、これからもステークホルダーのみなさんと一緒に取り組んでいきたいですね。
佐藤 医療のデジタル化が進展するほど、ステークホルダーも増えるはず。それに伴って、官民連携の重要性が一層増していると感じています。
 公的規制が多い医療分野ですが、行政による判断を待つのではなく、今後は民間が汲み取った医療現場のニーズや声を積極的に行政へ届けるべき時代になるのかな、と。
加藤 行政だけに頼った医療からの脱却は不可欠ですね。
 行政だけでなくテクノロジー企業や研究機関、医療機関らがつながり、共創しながら次世代の医療の開発が進んでいくでしょう。
佐藤 ウィーメックスはまさに、データと患者さん、そして医療機関との結節点を担います。
 ヘルスデータの一次利用で患者体験の向上を実現し、そのネクストステップとして今後、新薬開発や新サービスを生み出すために、データの二次利用を促進していきます。
 そして新たな価値を創造し、医療の質と医療アクセスの向上、費用対効果の改善に貢献したいですね。