2023/3/22

速いだけじゃダメ。アジャイル開発がDX時代に最適な理由とは

NewsPicks / Brand Design editor
 近年、企業のデジタル化が進み、システム開発の需要がより高まっている。
 日々状況が大きく変わる複雑な経営課題を、ITを活用し解決しなければならない昨今のシステム開発だが、いま注目される開発手法が「アジャイル開発」である。
 アジャイル(Agile)とは、直訳すると「素早い」「俊敏な」という意味。アジャイル開発とはその名のとおり、小さな単位で開発サイクルを回し、フィードバックを反映しながら、理想のプロダクトをつくっていく開発スタイルの一つ。
 これまでスタンダードとなっていた、決められた要件を一度で最後までつくりきるウォーターフォール開発よりも素早く柔軟に開発できる点が評価され、2016年頃より徐々に開発現場で取り入れられるケースが増えてきた。
 そんな中、アジャイル開発という言葉が世の中に広く浸透する以前、2013年7月からKDDIの中でチームをつくり、昨年5月に子会社として独立した組織が、「KDDIアジャイル開発センター(通称、KAG)である。
「DXの時代こそアジャイル開発は最適解」と語る、KDDIアジャイル開発センター代表取締役社長の木暮圭一氏に、同社設立までの経緯や強み、アジャイル開発成功のコツについて、話をきいた。

DX時代に必須なアジャイル開発

 国内におけるアジャイル開発の導入状況はどうなっているのだろうか。
 2021年度調査の「企業IT動向調査報告書2022」によると、日本国内の企業でアジャイル開発を「導入済/準備中」の割合は27.5%と、まだ3割にも満たない程度。一方で、「導入を検討している」と回答する企業は、2020年から21年の1年間で16.5%から20.6%と、徐々に拡大していることがわかる。
 アジャイル開発の構想元ともされる「アジャイルソフトウェア開発宣言」が公開されたのが2001年。なぜ、ここ数年でアジャイル開発が再び注目されるようになったのか。木暮氏は次のように分析する。
「いま世の中は、デジタル化と共にVUCA(※)と呼ばれる時代に突入しました。企業のDXを進めていくためには、市場の複雑な状況やさまざまなニーズに対応し、システムやサービスを常にアップデートさせていく素早さが求められるようになりました。
※Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つのキーワードの頭文字を取った言葉。
 そのような中で、土台となる基本設計をもとに開発手順を一つずつクリアして実装するウォーターフォール開発では、対応しきれない場面も増えてきたことが一つの理由です」
 たしかにシステム開発の場面では、プロジェクトが進むにつれて、当初の要件定義とは異なるソリューションにたどり着くことはよくある。そのような場合、プロジェクトの早い段階で仮説検証を行い、素早く軌道修正ができるアジャイル開発は、まさに時代にマッチしている方法といえるだろう。
 では、ウォーターフォールの時代は終わった、ということなのだろうか。
「必ずしもウォーターフォール開発に代わって、すべてアジャイル開発がスタンダードになる、というわけではありません。その開発の要件やつくる目的、期限、ビジネスの状況などによって、使える選択肢を柔軟に変えていくべきではないでしょうか」と木暮氏。
 また、アジャイル開発は、「デジタルで何かを変革したいけれど、どこから着手すればいいのかがわからない」など、はじめから要件が決まりきっていない企業にこそマッチするという。
「いま変わらなければならない。そういった想いをお持ちのお客さまの課題解決と利益向上を、アジャイル開発でサポートするのが、私たちの役割だと思っています」(木暮氏)

アジャイル開発が大企業を動かした

 2013年7月、KDDIアジャイル開発センターはKDDI内の小さなプロジェクトから生まれた。
 当時のチームは5人という少人数で、KDDI社内のBtoB向けサービスの開発に取り組んでいた。アジャイル開発がビジネス的に世の中にも社内にも浸透していなかったなか、チームはいち早く「スクラム」の仕組みを取り入れた。
 スクラム開発とは、多くても数人でチームを組み、役割やタスクを分けつつ、コミュニケーションを積極的に取りながらプロジェクトを進めるアジャイル開発手法の一つ。その特徴から、ラグビーのスクラムにちなんでそう呼ばれている。
 当初は外部の開発業者やチームに頼る割合が多かったが、スクラム開発を活用したこのチームの活躍により、次第にシステムを内製化することに成功した。その評判は社内に広がり、ほかの部署からの相談も増え徐々に組織の規模を拡大していったという。
 2015年頃からはコンシューマ向けの案件の実績を積み上げ、2016年にKDDIグループ全体のアジャイル開発を推進する内製組織として「アジャイル開発センター」が設立された。
 そして昨年2022年5月、KDDIグループ社外のお客さまにもサービスを提供すべく、晴れて子会社化。2022年7月時点ではパートナー含め40チーム、400名がKDDIアジャイル開発センターに所属しているという。
開発をするチームの様子

積み上げてきた“実践知”が強み

 ではKDDIアジャイル開発センターは、どのような強みを持ってアジャイル開発を行っているのだろうか。木暮氏は次のように話す。
「私たちの最大の強みは、すでにKDDIグループ内で数多くの実績を生み出していること。そして、アジャイル開発という言葉が日本国内に広く浸透する以前からアジャイル開発に取り組み、経験を実践知として蓄積し続けていることです」
 KDDIアジャイル開発センターは、実践知を3つの強みとして提供可能だという。
 チームと実績を拡大してきた「アジャイル開発」、ユーザーの視点に立って隠れたニーズを見つけ出し、最もよい体験とは何かを設計する「サービスデザイン」、DXには必須なクラウド活用を継続的にサポートする「クラウドネイティブ」。
 この3軸の強みを最大限に活かし、顧客のアジャイル開発を全面的に支援することができるという。
 こうしたアジャイル開発に関するノウハウを組み合わせて開発した実績の一つが、『auでんきアプリ』だ。auでんき契約者数359万(2022年12月時点)のタッチポイントとなるプラットフォームを同社が開発し、運用している。
 当アプリの機能として、「でんき料金の見える化」「でんき料金の利用予測」があるが、季節や市場の影響を受けやすい電気料金可視化によりユーザーの満足度を向上させている。KDDIアジャイル開発センターが携わったことにより、従来とくらべ、開発期間もコストも半分に削減することに成功し、より素早くユーザーからの要望などに対応することができるようになったという。
「お客さまからの要望やフィードバックに対し、素早く柔軟な対応が求められるサービスなどは、とくにアジャイル開発と相性がいい」と木暮氏は強調する。

速いだけではダメ。アジャイルへの「誤解」

 昨今、国内企業の「アジャイル開発」への興味や関心が高まる一方で、アジャイルに対する「誤解」も多い。木暮氏は次のように警鐘をならす。
「『速い』ということに過度に期待されている方が多いように思います。たしかにアウトプットのスピードは、ウォーターフォール開発よりも速いかもしれません。しかし、ただ対応がクイックなだけでは、真のアジャイル開発とはいえません」
 KDDIアジャイル開発センターには、同社の行動規範をしめす『アジャイル開発センター憲章』という約束事がある。同社の実践知を反映させた。その中には、「アウトプットよりアウトカム(成果)」という項目がある。
「これは、アウトプット=リリースすることよりも、アウトカム=価値を提供できた方が、アジャイル開発においては重要で意味があるということです。そこを取り違えてしまうと、気づけば『速く終わらせること』が目的になってしまいます」(木暮氏)
 改善に対し柔軟な体制をとれることがアジャイル開発のメリットである一方、最初から大規模なプロジェクトとなることを避けるため、KDDIアジャイル開発センターでは一つの目安として、「半年」という初期開発期間を設けることが多いという。
「私たちはどのようなプロジェクトであっても、半年で初期リリースをむかえ、少しずつ調整を行っていくことが最適だと考えています。壮大なプロジェクト構想があったとしても、『まずは半年でここまでやりましょう』と決めることができれば、メリハリをもって開発と検証のサイクルをまわせます」(木暮氏)

内製化のカギは、権限委譲

 もう一つ、木暮氏はアジャイル開発を成功させるためのコツを教えてくれた。
 アジャイル開発において重要なことは、「初期リリースをむかえた後にフィードバックを行い、さらに改良していく」ための組織構造だという。2013年のアジャイル開発チーム始動当初、木暮氏も「社内調整」に骨を折ったと振り返る。
「社内稟議の通し方や意思決定の流れなど、それまでのKDDI本体の仕組みに手法がマッチしなくて苦労しました(笑)。ただ、迅速にアジャイル開発を進めるために必要なのは、社内決定に要する時間を短縮すること。リリース後のアップデートや方針転換のたびに時間がかかってしまうと、それだけでサービスを作り込む時間が削られてしまいます」
 自分たちで考え、自分たちで動くことがアジャイル開発では重要だからこそ、チームへの権限委譲は大前提となる。
「一般的にいわれている『アジャイル開発のチームは内製化すべき』という意見にも同意です。私たちはお客さまの内部のチームが自走できるようなサポートを伴走型で行っています」(木暮氏)
 とはいえ、最初からすべての権限を現場に委ね、柔軟に適応できる企業はほんのひと握り。木暮氏の場合、まず小さなチームの中で成功することを目標に掲げ、その実績をもとにKDDI本体の上長に信頼してもらいながらできる範囲を少しずつ広げていったという。
「今後アジャイル開発を検討されているお客さまには、まずは『チームが自走できる組織運営が実現可能か』というところを確認いただきたい」と木暮氏。
 アジャイル開発さえ行えば、即座に顧客の課題や悩みを解決できるわけではない。プロジェクトや企業の組織構造によってはできる部分、できない部分がどうしても出てくる。それをどう乗り越え、企業側とも納得し合いながら進めるかがポイントだ。
「できる範囲の中で、お客さまの『実現可能なアジャイル開発』をサポートしていきたい」と木暮氏は力強く語る。

アジャイル開発をやってよかった、のために

 では「これからアジャイル開発を推進していきたい」という企業に対し、KDDIアジャイル開発センターは、どのようにアプローチしていくのだろうか。木暮氏は語る。
「やはり『デジタルで何かを変革したいけれど、どこから着手すればいいのかがわからない』というお客さまにこそ、アジャイル開発はマッチします。ただその『分からなさ、不透明さ』はお客さまによってさまざま。まずは現状理解と整理をしたうえで、効果的なツボを探っていきたい。
 また、先ほど申し上げた通りアジャイル開発を許容するための組織構造をつくることが必要です。定期的にさまざまな役割の方を巻き込んだステークホルダーミーティングやワークショップを設け、解決策を提示しながら進めていくこと。そしてさまざまなパターンに対応できるような準備が、私たちには求められていると思います。
 たとえそれが多少遠回りになったとしても、我々の最終目的は『アジャイル開発をやってよかった』と思っていただくことです。まだまだ誤解が生まれやすい手法だからこそ、丁寧な伴走を心がけていきたいと考えています」