2023/3/7

【提言】大量生産社会は「森を溶かす」ことで終わりを告げる

NewsPicks Brand Design / Editor
 大量にモノを生産し、大量に捨ててきたこれまでの社会。そのあり方を見直す必要性は、昨今の地球環境の悪化を背景に、これまでになく高まっている。

 一方で、大量生産・大量消費を前提に築き上げられてきた社会構造を、全く新しく作り替える難しさは、想像に難くない。

 そんな難題に真正面から挑み、日本を根本から「循環型社会」に変革しようと、虎視眈々と準備を進める人物がいる。

1919年の創業以来、化学製品を通じて世の中に貢献してきたメーカー「ダイセル」代表取締役社長の小河義美氏だ。
「バイオマスバリューチェーン構想」と呼ばれるこの壮大な計画は、日本の国土の7割を占める森林を石油化学原料の代替として活用することで、化石原燃料の利用を抑え、低炭素社会の実現を目指すもの。

 さらに、木材の価値を高めることで林業を活性化させ、健康な森を再生する。その結果、水産業や農業にまで好循環を生み、地域産業も活性化させる。そんな未来像まで描いているのだ。
 バイオマスバリューチェーン構想とは何か。本当に実現できるのか。そして小河氏はなぜこのような難題に立ち向かうのか。全3回の連載を通じて明らかにする。

 連載2本目の本記事では、バイオマスバリューチェーンという壮大な構想の全容とは何か、なぜ産業構造の変革につながるのか、紐解いていく。

林業が孕む根深い課題

小河 「バイオマスバリューチェーン」構想は、大量生産・大量消費を前提に築き上げられてきた社会構造を、新しく作り替えるための仮説です。
 そのために低炭素社会を実現し、資源を有効活用しながら循環させる。さらに新たな産業の創出を行おうと考えています。
 社会構造を変える鍵となるのが“国産林”の活用です。それはなぜか、順を追ってご説明します。まず見込めるのは「低炭素社会」の実現です。
 日本の国土の約7割は森林です。国産林を余すことなく活用すれば、日本が「再生資源大国」に生まれ変わる可能性がある。石油などのエネルギー資源に乏しい日本にとって、森林が資源になればまさに「宝の山」です。
 また、樹齢50年を超えた樹木はCO2を吸収しにくくなってしまうという学説があります。国産林は植物であるにもかかわらず、CO2の吸収源としての役割が弱まってしまっているんです。
 現在の日本は樹齢50年を超えた樹木が多く、荒れ果てたまま放置されています。実に日本の森林面積のうち約4割が放置されていると言われています。
 こうした状況の改善は一筋縄ではいきません。本来は、林業の事業者が担うべき領域ですが、林業には根深い課題がある。
 戦後の住宅需要の急増により、国策として、建材に適した針葉樹の植林を行いました。
 しかし、1964年に木材の輸入が全面自由化され、安価で安定した供給が見込める輸入材が利用されるようになった。そして、国産材の需要が減少しました。
 建材として使い物にならない森林を、保全するためだけに、人件費はかけられません。結果として人の手が入らず、荒れ果てた森林が放置されていった。
 この国産林に建材以外の価値を与えることができれば、木材に新たな需要が生まれます。需要が高まれば、林業に人が参入するモチベーションになります。
 林業が再び活性化し、荒れた森林にも、必然的に人の手が入るようになる。国産林を再生するための費用も生まれ、植林も進む。
 需要を作り出すことができれば、森林がCO2の吸収源として正常化するんです。

循環型社会と林業の関係とは

 また国産林の活用は、低炭素社会の実現に止まらず「循環型社会」の実現にも寄与します。林業を活性化することで、農業や水産業といった他の一次産業にも好影響をもたらすことができるのです。
「暗い森」という言葉をご存じでしょうか?
 人の手が入らず、荒廃した森林は木と木が過度に密集するため、日光が届きにくい「暗い森」になります。木の成長が抑制され、土に根がしっかりと張らず、栄養不足の細々とした樹木が増えます。
 そうすると、山の土壌の保水力が減ります。土壌に栄養分が蓄えられなくなるため、川や海に流れる栄養分も減り、魚などの水産資源の成長が鈍化します。
 また土壌が弱くなり、大雨などの災害に耐え切れず、土砂崩れを起こしやすくなる。田んぼや畑は山よりも低い、平地で耕作されているため、土砂崩れは耕作量の減少を引き起こします。
 林業、農業、水産業といった一次産業はそもそも生態系の循環の輪の中にあります。
 昔の人は海からとれる食料、つまり海の幸のことを、山の幸と呼び、山の幸のことを海の幸と呼んでいました。それだけ生態系というのはつながっているんです。
 荒れた森林を再生するということは、一次産業に豊かな循環を生むきっかけ作りにもなるんですよ。

国産林はどうすれば活用できる

 ではどのようにして国産林を活用するのか。われわれは「木を常温で溶かす技術」を用いてバイオマス原料にしようと考えています。
 連載の第1回でもお話ししましたが、「木を常温で溶かす技術」を使えば、木材から製造できる製品のバリエーション(種類)が劇的に広がります。石油化学製品を代替したり、石油からは製造できない製品を生むこともできる。
 この「木を常温で溶かす技術」を根幹とし、木材をはじめとするバイオマス原料を高度に、かつ環境負荷の少ない形で活用し、生態系の循環を促進する技術の束を総称し、「新バイオマスプロダクトツリー」と呼んでいます。
 一次産業の課題の解決に、二次産業であるわれわれの「新バイオマスプロダクトツリー」を使っていただく。
 バイオマスバリューチェーン構想は、一次産業と二次産業が連携し、永続的な産業生態系を作ることから始まるんです。
 この「新バイオマスプロダクトツリー」を林業以外の一次産業に活用するといっても、木材のような資源がないと疑問に思うかもしれませんが、資源はどの一次産業にもあります。
 たとえば、農業や水産業から出る廃棄物。農業では、キャベツの芯、たまねぎの外皮。水産業から出るカニの甲羅やエビの殻からも繊維質を取れることがわかっているんです。
 繊維質が取れるということは、ナノファイバーや、糸といった化学製品を作れるということです。
 こうした素材を活用すれば、一次産業の方が住む地域に、新たな特産品が生まれるかもしれません。農業や水産業の事業者も廃棄物を売ることで収入が増える。つまり地域全体のキャッシュフローが上がります。
 無駄をなくして需要のある製品に変えることは、経済面にも効果的なんです。
 「木を常温で溶かす技術」は、既に研究のレベルで実現し、高付加価値材料を作る研究も進んでいます。つまり「新バイオマスプロダクトツリー」は絵に描いた餅ではないのです。

需要があれば新しい産業が起こる

 では荒れた森林、農業や水産業から出る廃棄物を、有価値なものに変えた後、つまり、需要が生まれた後の世界がどうなるか。
 大きな需要があることを知った異業種が参入し、新しい産業分野が立ち上がると考えています。
 たとえば森林活用の需要が高まることで現在、日本では発展していない「木を自動で切るロボット」なんてものも開発されるのではないかと期待しているんです。
 そもそも日本の山は奥深く、急峻です。国産材を伐採するためには、木材を運ぶために専用の作業用の細い道を造り、重機を使って搬出したり、架線を設置してロープウェーのように吊り上げて運んだりしなければなりません。
 この作業にはものすごい手間とコストがかかります。ただし、この課題を現在の林業事業者だけで解決することは難しい。もしロボットを作るという発想があっても、技術も研究開発費もない。
 また研究開発費があったとしても、森林に建材以外の需要がなければ、なかなか協力者は見つからない。しかし、大きな需要があれば異業種が連携を持ちかけてくるということが起こりえます。
 われわれのような化学メーカーと連携するのであれば、切り出した木材をその場でチップにしたり、溶かしたりもできます。メーカーと連携すれば作業道なしでも山に入って、自動で森林を伐採するロボットができる。
 自分たちが参入する意義があり利益が出ると思えて初めて連携が進む。連携が進めば新しい産業はいくらでも生まれるんですよ。

社会全体を一つの生産プロセスと捉えたモノづくり

 今まで価値が薄かったものに新たな需要を与え、さらに新しい産業を作る。これは一次産業だけでできるものではありません。また加工・製造をするわれわれのような第二次産業が単独でできるものでもない。
 つまり共創が重要です。「共創」と言うと堅苦しくなりますが、難しく考える必要はまったくないと思っています。共創とは、要は技術の「見せっこ」です。
 私は自社の生産革新手法を考案し、その手法を自社にとどめることはせず、社外に出向き他社のコンサルティングもしてきました。
 その経験からわかったことは「隠すメリット」より「見せるメリット」の方が大きいということ。
 企業同士が「見せっこ」をすることで、自社の生産工程だけを考えてモノづくりをするという視点を変えられます。自社だけではなく、他社の技術、さらに言えば社会全体を一つの生産プロセスとみなし、モノを作るという発想まで俯瞰することができるんです。
 これまでの社会構造は大量生産・大量消費社会でした。これは自社の生産プロセスの都合から、大量に作らないと、エネルギーのロスが大きかったり、コストが上がったりしてしまうためです。
 そのため無駄がたくさん生まれてしまった。しかし、社会全体を一つの生産プロセスとみなせば、必要なものを必要な分だけ作ることができる。またそれでもどうしても出てしまう廃棄物は、資源として有効活用して無駄を削減する。
 この二つを徹底すれば、環境にもよく経済にもよい循環が出来上がると考えています。
 バイオマスバリューチェーンは産業の枠組みを超えた壮大な仮説です。この構想のコンセプトに共感してくださるサプライチェーンのみなさん、大学・研究期間、官公庁、様々な企業が共創することで、実現されます。
 私は、この構想への共感者をもっと増やしていきたいんです。真の循環型社会の実現に寄与するためなら、自社の特許権を放棄しても構わないとさえ思っています。
 私が重視するのは、自社だけが儲かる世界ではありません。そう言うと、偽善者と思う方もいるかもしれませんが、儲けたお金や培った知見を、企業の内側に溜めこんでも何も生まれません。
 社会を構成する様々な立場のみなさんとともに知恵を出し合い、環境も経済も両立する。バイオマスバリューチェーンを実現して、豊かな社会を築く。そっちの方が楽しいと思いませんか?
(続く…)
※連載第三回では、バイオマスバリューチェーン構想を生んだ、小河社長の思想を深堀りし紹介します。