2023/3/22

ソニー半導体の挑戦。スマホカメラは人を“感動”させられるか

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 スマートフォンカメラのシャッターを切り、目の前の景色を切り取る。誰もが日常的に行っている体験は、さまざまな技術の進歩に支えられている。
「いい写真が撮れる」とはどういうことか。小さな筐体に搭載されたレンズやセンサーチップは、どのように像を結び、光や色を表現するのか。その疑問を解いていくと、「電子の眼」ともいえるイメージセンサーのイノベーションがあった。
INDEX
  • イメージング技術で「感動」を呼び起こす
  • カメラの表現力はどう決まる?
  • 世界のスマートフォンに採用される理由
  • 次の「感動」への進化軸とは
 そのパイオニアであるソニーのCMOSイメージセンサーは世界中のスマートフォンメーカーに採用され、金額ベースで50%に迫るグローバルNo.1のシェアを誇っている。
 この技術・製品を世に送り出しているのが、2016年に分社化され、ソニーグループの半導体デバイス事業を担うソニーセミコンダクタソリューションズ(以降、SSS)グループだ。

イメージング技術で「感動」を呼び起こす

「ソニーのイメージセンサー開発は、1970年代にさかのぼります。世界で初めてイメージセンサーを世に送り出したSSSが今も目指しているのは、『テクノロジーの力で人に感動を、社会に豊かさをもたらす』こと。
 技術を向上させたり、デバイスの機能を高めたりするだけでなく、光や色の表現を通して心を震わせるような体験をしてもらいたい。それをミッションに据えているところが当社の特徴であり、いわゆる半導体メーカーらしくないところです」
 こう語るのは、ソニーに入社してから23年間、一貫してイメージングの技術開発に携わってきた小関賢氏。回路設計のエンジニアに始まり、現在はSSSのモバイル向けイメージセンサー事業を牽引する。
 彼がソニーに入った2000年頃、携帯電話は普及し始めたばかりの黎明期で、機能は限られていた。いわゆる「ガラケー」と呼ばれるもので、ネット環境にはつながらず、カメラも付いていないものがほとんどだった。
 一方でソニーは、当時デジタルカメラやカムコーダー(ビデオカメラ)に使われていた「CCD」と呼ばれる種類のイメージセンサーですでに世界シェアトップにあった。そんななかで、「携帯電話にしっかり撮れるカメラを付けられたらいいね」という話からモバイル向けイメージセンサーの開発が始まったという。
 イメージセンサーとは、光を電気信号に変換する半導体素子(画素)の集まりだ。デジタルカメラやスマートフォンカメラはレンズで光を取り込み、その光をイメージセンサーで電気信号に変換し、ソフトウェアがさまざまな調整を行って画像データを記録する。
 当時イメージセンサーの主流だったCCDは高画質ではあったものの、構造的に電気信号への変換や伝送速度が遅く、消費電力も大きかった。手軽に撮影する携帯電話に搭載するには、難が多かったのだ。
 一方で、現在世の中で使われているイメージセンサーの大部分がCMOSイメージセンサーだ。センサー内に読み出し回路を組み込むため、伝送速度が速く、消費電力が小さい。ただ、構造が複雑で変換された電気信号の質にばらつきがあり、初期のCMOSはCCDに比べて画質が大幅に劣っていた。
「まだ携帯電話で思い出に残すような写真を撮る文化が存在しなかったこの時代に、CMOSイメージセンサーの欠点と向き合い、画質改良に徹底的に取り組んだ。そして電子の眼による表現力を追求し続けたことが、SSSの今を支える強い技術基盤につながっています。
 誰もがスマートフォンで写真や動画を撮り、SNSで思い出を共有し、家庭の大きなディスプレイにつなげて楽しむようになった今、イメージセンサーの表現力が、ますます重要になっているからです」(小関氏)

カメラの表現力はどう決まる?

 デジタルカメラの性能を決める要素は、基本的にはレンズ、イメージセンサー、ソフトウェアの3つだ。それらによって得られる「表現力」とは、なんだろうか。
「よく『画質がいい』っていいますよね。そのなかには『ピントが合っている』『明るい』『解像度が高い』『ノイズが少ない』『ダイナミックレンジ(描写可能な明暗の幅)が広い』など、いろいろな要素が含まれています。
 ソフトウェアが電気信号を処理する段階で画像調整や加工はできますが、そもそも捉えられていない電気信号から画像データを『作り出す』ことはできません。たとえば、ソフトウェアで画像データを加工してノイズを除去すれば、その分解像度が下がってしまいます。
 つまり、レンズで取り込んだ光をイメージセンサーで電気信号に変換するまでの過程で、写真のクオリティの上限は、おおむね決まってしまうのです」(小関氏)
 一眼レフカメラであれば、大きなレンズを載せられるため、明るさ(取り込む光の量)や画角、ピントや絞りをコントロールして狙った画が撮りやすいが、スマートフォンの薄く小さな筐体にはわずか数ミリの小さなレンズしか設置できない。そうなると、写真の表現力には、イメージセンサーの性能がますます重要になってくる。
「レンズが小さければ、取り込める光の量は限られ、データはどうしても暗くなります。この制約のなかで少しでもイメージセンサーが受光できる光の量を増やしたい。さらに小型化と性能を追求しながら多様な機能を載せたい。
 それを実現しようと、ソニーでは『裏面照射型』と『積層型』というふたつの技術を編み出しました。イメージセンサーの歴史を振り返ると、これらはもっとも大きなブレイクスルーだったと思います」(小関氏)

世界のスマートフォンに採用される理由

 CMOSイメージセンサーには、信号を読み出すための金属性の配線が使われている。「表面照射型」と呼ばれる従来の構造では光の入る面に配線層が配置されていたため、光の一部が配線に遮られ、十分に取り込みきれなかった。
 だが、「受光部と配線部をひっくり返し、受光部の基板を薄く削っていけば、もっと光を取り込めるのではないか」と発想を転換。これは当時、世の中では実現が不可能と言われていたアイディアだったが、SSSは世界で最初に量産化に成功したのだ。
半導体の基板を裏返す。発想としてはシンプルだが、非常に高い技術が必要で、当時これを実現できたのはソニーだけだったという。
 このブレイクスルーが起こったのが、2008年。ちょうどスマートフォンが登場し始めた頃だ。「裏面照射型CMOSイメージセンサー」は感度とノイズ抑制性能を大幅に向上させ、デジタルカメラの画質を飛躍的に高めた。
 次に業界を驚かせたイノベーションは、2012年。光を電気信号に変換する画素部分と、信号処理を行う回路部分が1個のチップ上にあった裏面照射型CMOSを、それぞれの機能を持たせた2個のチップに分けて重ね合わせる「積層型CMOSイメージセンサー」の発明だ。
1個のチップに画素と回路を組み込むと、より広い面積が必要になる。そこで領域ごとに分割して重ね合わせたことがソニーのふたつめのイノベーションだ。
 チップを2階建てにしたことにより、それぞれの階層により大きな画素部分と回路部分を設置できるようになり、イメージセンサーの小型化と高機能化がさらに進んだ。加えて、チップ1個あたりの面積を小さくして1枚のウェーハ(半導体の基板となるシリコンの円板)から取り出せる数を増やすことで、安価に提供できるようになったこともポイントだ。
「発売当初の積層型CMOSは、写真や動画のクオリティを高めました。とくにスマートフォンで高解像度、かつ滑らかな動画を撮ろうとすると、センサーからのデータ出力のスピードと消費電力の高さがネックになります。
 それらを解消するには、回路は微細であるほどいい。つまり回路部分には、高価でも高速で低消費電力な先端の半導体を使う価値があります。
 ただ、光を取り込む画素部分は画づくりを大きく左右しますが、回路ほどの微細化は不要で、先端の世代を使う必要はないんです。
 このふたつを分割して2階建てに積層したことで、画質と性能を突き詰めながらも、コストと消費電力は抑えられた。だから、私たちのセンサーを世界のセットメーカーに選んでいただき、HD品質の滑らかな動画が撮れるスマートフォンを広く普及させられたんです」(小関氏)
 写真の明るさや解像度、動画の滑らかさ、電池の保ち。振り返ってみると、スマートフォンのカメラ性能は、新しい端末が出るたびに格段に進化し続けてきた。その背景には、こんな技術の革新があったのだ。

次の「感動」への進化軸とは

「こんなものがあったらいい、こんなことができたら楽しい──こういう理想を思い描き、実現させることで人に感動を与えられる」
 小関氏はこれまで手がけてきたイメージセンサーの開発を振り返り、こう語ってくれた。モバイル向けに開発を始めた当初、エンジニアとしての彼が抱いた最初の野望は、「携帯電話のカメラで、星を撮ること」だったという。
「2000年代前半の携帯電話のカメラはまだまだ性能が低く、とくにノイズが多かった。夜間や暗い屋内でまともに撮れなかったことが、最大のペインポイントでした。
 私は星空が好きだったので、星を撮ることを目標にした。あの手この手でイメージセンサーに改良を加え、2005年にようやく自信作ができました。
 それを搭載した携帯電話で夜空を撮ると、おおいぬ座のシリウス、一番明るい一等星がひとつ写ったんです。“ついにやった!”と。そのときのことはよく覚えています」(小関氏)
 今のカメラの性能は、当時から比べものにならないほど向上している。一等星が写るだけでは、SSSがミッションに掲げる「感動」は得られないかもしれない。
 この先のイメージセンサーは、どうすれば感動を与え続けられるだろうか。
「たとえばダイナミックレンジの幅を広げて逆光でもきれいに写るようになったことは、感動というより『不満を解消した』という感じがします。人の眼はよくできていて、瞳孔に絞りの機能が付いているから、肉眼では逆光でもきれいに見えるんですよ」(小関氏)
 少なくとも、見たままの光景が表現できないと人は満足しない。SSSが目指す感動は、満足よりもはるか先にある。
(画像提供:ソニーセミコンダクタソリューションズ)
「自分が想像した以上のものが撮れたときに、人は驚き、不思議な感覚を味わいます。さらに、肉眼で見えていないものが写真に現れてくると、人は感動するんじゃないでしょうか。
 そのためには、ただ画素数を増やせばいいわけではないし、明るさを上げ、ノイズを減らすだけでもいけない。人の眼ですらまだ捉えきっていない光を捉え、動的な光景から人が認知できない瞬間、さらに目の前の空気感までも表現する。イメージセンサーには、まだまだ進化の余地があります。
 それをスマートフォンの制約のなかで実現するのは難しいことですが、だからこそ想像を超えられる。これからも、誰もが日常的に使うデバイスを使って、驚きや好奇心、そして感動を生む “Sense the Wonder”な体験をつくっていきたいと思います」(小関氏)