2023/2/22

【田中研之輔】企業と個人の生き残り策「キャリアオーナーシップ」とは

AlphaDrive/NewsPicks エディター / コラムニスト
日本の労働人口が減り続けている。
これは少子高齢化がますます加速することが、原因のひとつだと言える。厚生労働省によると、2025年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、高齢者人口は約3500万人にのぼる予想だ。人口が減少する中でも経済成長を成し遂げるためには、企業で働く社員1人あたりの生産性を高める必要がある。
こうした課題に対し、法政大学キャリアデザイン学部・大学院教授の田中研之輔氏は、「人的資本の最大化こそが、企業の持続的な成長を叶える」と語る。
人材を資本と捉え、企業の成長力に繋げていくために、企業と個人はどのような関係性を描いていけば良いのだろうか。2021年4月、企業と個人の「はたらく未来」を模索する「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」(以下、はたらく未来コンソーシアム)が立ち上がった。コンソーシアムを率いるのはパーソルキャリア株式会社と、田中氏だ。
第1期には事務局のパーソルキャリア株式会社に加え、キリンホールディングス株式会社、KDDI株式会社、コクヨ株式会社、富士通株式会社、三井情報株式会社、ヤフー株式会社、株式会社LIFULLの7社が参画。2022年7月には第2期が発表され、三菱重工業株式会社や内閣人事局など12社・団体が加わった。
今回は田中研之輔氏に、はたらく未来コンソーシアムが生まれた背景とその活動について話を聞いた。知らないと取り残されてしまう、これから起こる「時代の変化」とは。

人的資本の「最大化」と「情報開示」が持続可能な企業活動を生む

今後日本は、人口減少と少子高齢化によってどんどん働き手が減ってしまいます。そのため、企業は社員1人あたりの生産性を高められるよう、次の2つのポイントを押さえた上で、経営方針を見直す必要があります。
①人的資本の開示
②人的資本の最大化
まず、人的資本の開示について。組織は社員が個々の能力を最大限に発揮できる環境づくりに励み、その内容や成果をデータとして示さなければなりません。
これは2018年12月に国際標準化機構が発表した「社内外への人事・組織に関する情報開示のガイドライン(ISO 30414)」にも示されており、投資家たちも注目するデータの1つとなります。簡単に言うと、情報開示ができない企業は投資家から選ばれず、企業価値が伸び悩んでしまうのです。
そして人的資本の最大化について。これを実現する上で欠かせない考えが、「キャリアオーナーシップ」です。キャリアオーナーシップとは、個人が自らのキャリアに対して主体性を持って取り組む意識と行動のことを指します。
キャリアオーナーシップを持つことで、個人は仕事に「やりがい・働きがい・生きがい」を見出せるようになり、同時に組織がより強くなると、はたらく未来コンソーシアムの参画企業は考えています。
私は「SDCs(サステイナブル・ディべロップメント・キャリアズ)」を提唱しています。個人がキャリアオーナーシップを持つことで個人のキャリアが成長し、そうした情報を企業が人的資本として公開する。そして投資家がその企業を選ぶ、という持続的な成長が重要だと考えています。
このように、私は日本企業の生産性と競争力をより一層高めるための研究をしてきました。しかし、大事なのは私1人で行う研究ではなく企業が起こすアクションです。そこで、実践に向けたパートナー企業を探していたところ、大手人材会社であるパーソルキャリアに声をかけていただき、はたらく未来コンソーシアムを立ち上げることになりました。

人的資本の最大化を実現したい。大企業同士で知見を交換

「人的資本の最大化」を実現し、社会的な価値へと繋げる。この理想的なサイクルを実現するためにいま最も重要なのは、数万人の社員を抱える「大企業」の協力です。はたらく未来コンソーシアム第1期では、自律型キャリア形成を推進する8社の企業にメンバーとして加わっていただきました。
例えば、コンソーシアム参画企業であるヤフーは、コロナ禍の前からリモートワークを導入し、社員の自律的な働き方を推進してきました。他にもKDDIはジョブ型採用を行ったり、富士通は社内複業を公募制で実施したりと、人的資本の最大化に向けたさまざまな取り組みを実施しています。
はたらく未来コンソーシアムは主に、どのような施策を実施すれば社員のキャリアオーナーシップを実現できるのか、その全体像を型化するための研究を行っています。参画企業は業界も抱えている人材もさまざまですが、互いに意見を交換しながら手探り状態で人材育成施策を考えています。自社の課題を他社に共有し、新しい観点でフィードバックをもらえることも、はたらく未来コンソーシアムに参画する利点の1つです。
また、第1期の活動では「キャリアオーナーシップ経営診断シート(β版)」をつくり公開しました。自社のキャリアオーナーシップ経営・推進の状況分析と、今後必要なアクションを考える際に役立つ診断ツールです。既に多くの企業にダウンロードされています。キャリアオーナーシップ推進における1つの型ができたと考えています。

「キャリアオーナーシップ経営」を掲げなくても。まず実践する企業が増えてほしい

いま、世の中にはキャリアオーナーシップ経営以外にも、キャリア自律、ウェルビーイング経営、人的資本経営など、いろいろな言葉があります。それらはいずれもキャリアと人を軸にした取り組みであり、実際に企業が取り組む内容はほとんど同じです。そこで、我々はたらく未来コンソーシアムでは改めて、「キャリアオーナーシップ経営」を新たな経営概念として世の中に広めていきたいと考えています。
厳密に言うと、キャリアオーナーシップに関する施策を行う企業はあっても「キャリアオーナーシップ経営」を掲げている企業はまだありません。私が見るに株式会社サイバーエージェント、カゴメ株式会社、ソニー株式会社はキャリア自律を促す取り組みをしていますが、いずれも経営方針として表明はしていません。
なので現時点(取材:2022年)では、キャリアオーナーシップ経営を掲げているかどうかよりも、企業で働く個人が主体的にキャリア形成できる環境整備の施策を組織が行っているかどうかが大事だと考えています。
おそらく5年後には「キャリアオーナーシップ経営」が企業のスタンダードになると考えています。もしスタンダードにならなかったら、日本企業は再躍進できないと言っても過言ではないでしょう。

人事と経営の距離を縮め、社員の自律を図る

では、どうすれば社員がキャリアオーナーシップに自ら取り組む組織をつくることができるのでしょうか。重要なのは「経営陣と人事部の距離」です。これは私自身が日本の企業に対して最も課題意識を持っている部分でもあります。
現在も、多くの企業では人的資本をマネジメントする人事部と、経営陣がうまく繋がっていないように見えます。これからの経営の3種の神器は「経営戦略、事業戦略、キャリア戦略」です。経営陣を巻き込まずに人事部だけでキャリアオーナーシップ施策を進めようとしてもうまくいきません。いずれも切り離して考えてはならず、責任者が隣同士にいなければならないのです。
キャリアオーナーシップ経営に取り組み、人的資本を最大化させていくためには、人に投資しなければいけません。そのためには、経営判断として人への投資を素早く、的確に進めていく必要がありますよね。こうした判断は、経営と人事が遠ければ遠いほど難しくなってしまいます。
外資系企業の多くは、人事部を戦略ユニットに組み入れます。経営陣が人事部の真横で働いているイメージです。実際に、はたらく未来コンソーシアムの参画企業である三井情報株式会社は、キャリアオーナーシップ施策を今後積極的に行うために、CHRO(最高人事責任者/Chief Human Resource Officer)が副社長を兼任しています。ボードメンバーの中に人事業務に関わる人がいることで、経営戦略、事業戦略、そしてキャリア戦略を同時に立て、接続させることができます。
コロナ禍で働き方が多様になり、リモートワークを導入する企業が増えました。リモートワークでは、より一層社員の自律性が求められるようになります。そのため、これまで以上にキャリア戦略と経営戦略を一緒に考え、キャリアオーナーシップを推進していくことが求められるのではないでしょうか。

キャリアオーナーシップを持つために、個人はどう行動すべき?

ここまで、組織の視点でキャリアオーナーシップの推進について話してきましたが、はたらく個人の意識と行動も同じように重要です。
まず、組織に所属するビジネスパーソンの皆さんには、「会社は挑戦機会の宝庫」だと思って過ごしてもらいたいです。社内複業や、社内起業制度など、どんどん手を挙げてキャリアの幅を広げてください。
例えばですが、ホールディングスに属する銀行の従業員が、系列の証券会社の業務を複業できるという事例もみかけました。このような会社が提供する機会に興味を持てるかどうかが、キャリアオーナーシップを持つための分かれ道になると思います。
もし社内にまだ十分な挑戦機会がなく、思うようにアクションを起こせないという人の場合は、会社を辞めるのではなく自ら「越境する」ことを考えていただきたいですね。本業に取り組みながら、本やニュースを読んで情報を集めたり、他社の情報を聞いたりして、自分自身で会社の壁を越えていくことは不可能ではありません。私が運営する、キャリア開発支援を行う「一般社団法人 プロティアン・キャリア協会」など外部の力を有効活用するのも1つの手です。
ビジネスパーソンの皆さんには、組織に自らのキャリアを預けるのではなく、キャリアのオーナーになってほしい。雇われているから組織にいるという考えではなく、自らが主体的に働く場所として組織があると考えていただきたいです。
ここから5年、10年先のキャリア形成のために、社内の挑戦機会という「宝」を活かしていただきたいです。

これから、日本の企業が取り残されないために

時価総額100億円以上の大企業に投資する投資家たちの間では、「人的資本の最大化」が非常に注目されています。最近、100人以上の投資家に会いましたが、皆これからの組織のキャリア戦略について教えてほしいという姿勢でした。
早ければ2023年3月から、人的資本の開示が一部の企業を対象に義務化されます。いよいよ、「人的資本の開示」ができない企業は市場に取り残されてしまう時代へと変わっているのです。
私含めはたらく未来コンソーシアムの事務局や参画企業は、キャリアオーナーシップは社会を動かすという思いで活動に臨んでいます。私自身、1人のビジネスパーソンとして、日本の企業をもっと伸ばしたいと考えています。
私は、個人が「やりがい・働きがい・生きがい」を感じながら働くことこそが、本質的な働き方だと考えています。これからもはたらく未来コンソーシアムでは、「本質的な働き方」を取り戻すため、研究を重ねていきます。