2023/3/10

「成長市場」に止まらないビジョンが「21兆円」市場を切り拓く

NewsPicks Brand Design / Editor
 空気清浄機・エアコンなどに代表される「空質・空調機器」。くらしにおいて欠かせない製品の一つだ。
 その市場規模は莫大で、グローバルで推計すると約21兆円※1。今後もさらなる成長が予測されているという。
 一方で「冷暖房や換気という従来の機能のみではなく、新しい価値を提供しないことには、持続的な成長は難しいのではないか」。そう懸念するのは、パナソニックで「空質・空調機器」を手掛ける空質空調社社長、道浦正治氏だ。
 では「空質・空調機器」は今後どのような役割を担うのか。未来の「空質・空調機器」の在り方について伺った。
※1 出典:三井物産戦略研究所「空気質への注⽬で変わる空調市場 ー⽇本企業の現状とポテンシャルー」

なぜ21兆円もの市場があるのか?

──グローバルで見ると「空質・空調機器」の市場は約21兆円、今後も右肩上がりと伺いました。そもそもなぜ市場が拡大しているのでしょうか?
道浦 「空質・空調機器」は世界中で生活に欠かせないインフラのような存在になっています。これは先進国に限った話ではありません。
 地球規模で見れば人口は増加しているため、需要が増すことは明らかです。
 さらに冷暖房や換気といった機能以外の新たな需要も生まれています。その背景は大きく2つ。1つは、健康面の不安です。
 コロナ禍を経てウイルスなどの有害物質に生活者が敏感になるなか、空質機器を通じてこの不安の解消ができないか。
 また、寒暖差による心身の不調やヒートショックなどを、空調機器をうまく活用することで減らすことができないか。
 快適な環境をつくりだすことで、安全に暮らし、安心して集まれる、そんな活力ある場所を生みだしたいという声があります。
 2つ目は世界的な課題となっているCO2の削減。現在、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの達成を、各国が模索しています。
「空質・空調機器」を省エネ化するインパクトは大きい。日本のオフィスやビルなどに使用されているエネルギー量のうち、約3割は冷暖房が占めていると言われています。※2
 世界的な人口増とあわせて「空質・空調機器」によって解決できる社会課題が増えているため、市場が伸び続けているんです。
※2 出典:資源エネルギー庁「企業・事業所他部門のエネルギー消費の動向」(令和3年度)

社会課題は簡単に解決できるのか

──パナソニック空質空調社も2025年までに1兆円と高い売上目標を設定しています。そうした社会課題に応えていけば、達成は難くないということでしょうか。
 現在、顕在化している社会課題は、日本を初め多くの国にとって共通の課題です。
 各メーカーがこぞって解決に努めているため、スピード感を持って実行しなければ簡単な目標ではありません。
 そのため、われわれも2021年に従来、別々に運営していた空質事業と空調事業を一つにし、技術統合を行いました。
 冷暖房に代表される空調設備・機器と、換気システムのような空質設備・機器を組み合わせて、うまくコントロールすれば、より省エネで快適で安全な空気環境を提供できると考えています。
──空質事業と空調事業を一つにしたことでどのようなソリューションが生まれていますか。
 たとえば住宅全体をルームエアコン1台で冷暖房し、熱交換気による換気も組み合わせた「全館空調熱交換気システム(全館空調)」ウィズエアーがあります。
 今までは3LDKの家であれば、当たり前のようにルームエアコンが4台備えつけられていましたが、全館空調では1台でまかなえます。
 夏場の湿気や冬場の過乾燥を抑制するなど、室内の環境を効率的に整えることができる。窓を開けずにエネルギーロスなく換気ができるので、省エネにもつながります。
 また高断熱高気密の住宅でも、ウイルス・菌・アレル物質などの有害物質が排出されやすいという利点も生まれています。
──空調と空質、それぞれの事業で培った技術を、うまく組み合わせたということですね。
 そうですね。技術を組み合わせることで、スピーディーな開発につながっています。また、さらにスピード感をあげるために、自社間の連携にとどまらず、他社との技術協業も行っています。
 たとえば、2022年に、ヤンマーエネルギーシステム(ヤンマーES)との協業を発表しました。
 ヤンマーESの持つ「マイクロコージェネレーションシステム」という発電システムからでる廃熱を、われわれの業務用空調機「吸収式冷凍機」で冷暖房に活用できるように連携しています。
 電気というのは本来地産地消なんです。発電した場所から送電線を通じて使われる場所まで運ぶ間にかなりのロスが生じます。
 このロスをなくすために、使われる場所の近くで発電し、ロスを抑えつつ廃熱も利用して給湯などが行えるのが「コージェネレーションシステム」です。
 ただそれでもでてしまう廃熱がある。これを、冷暖房に有効活用しました。
 ヤンマーESと協業し、エネルギー資源の利用効率を高めることは、大きなインパクトがあります。日本国内で使われる化石燃料から生みだしたエネルギーのうち約6割は廃熱といわれているためです。
 こうした協業はこれからも促進していくつもりです。

どう作る“良い空気”という価値

──一方で、解決したい課題が各社共通であるために、製品やソリューションが似通ってしまいコモディティ化してしまうということはないのでしょうか?
 自社間での連携や他企業との協業が進むことで、元々持っている技術が掛け算されていきます。それぞれの独自性が掛け合わされれば、コモディティ化は起きにくいのではないのでしょうか。
 問題なのはコモディティ化ではなく、顕在化された社会課題の解消だけで、事業が持続的に伸びると捉えてしまうことです。
「空質・空調機器」を通じてもう一歩進んだ価値を提供できないか。人と社会に活力をもたらす「空気」を届けることも同時に模索したいと考え、「空気から、未来を変える。」というブランドスローガンを掲げました。
 空気には「3つの提供価値」があると思うんです。
 この提供価値のうち「空気から、健やかな地球を。」「空気から、安心安全を。」という2点は、まさに現在、顕在化している2つの社会課題を解決することです。
 一方、3点目の「空気を通じて、活力」がわいたと、皆さまに実感していただくためにはまだ時間がかかります。まずは目に見えない「空気」というものの価値をもっと身近にする必要があるためです。
 ではそもそも、良い空気とは何か。
 われわれがあいまいではいけませんので、温度や湿度だけではなく、良い空気を司る要素を研究し「空質7要素(温度・湿度・清浄度・気流・除菌・脱臭・香り)」を定義しています。
──壮大ですね。「空質7要素」を具体的にどう浸透させていこうと考えていますか。
 われわれは「空気」に関わる幅広い領域を担っています。
 業務用空調設備といった対企業向けの「BtoB」ソリューション。住宅メーカーなどの企業を通じて生活者に価値が提供される「BtoBtoC」、全館空調などもこれにあたります。そしてエアコン、空気清浄機などの生活者向けの商品です。
 いずれの領域も重要ですが「良い空気」が生みだす価値を浸透させるためには、現在「空気」に対してどのようなニーズがあるのか見極める必要があります。
 現時点で「良い空気」の価値を比較的スムーズにご理解いただけるのは企業です。
 エネルギー消費量も多く、パブリックな空間を司るため空気の質には生活者以上に敏感になっています。省エネ、CO2削減、また安心安全といった文脈から、空気が提供する価値について関心が高い傾向にあります。
 一方で、「空気」が快適であれば、生産性を向上させ、さらには人に活力を与えることにつながるという概念は、まだ浸透していないため、この価値もお伝えするようにしています。
 われわれは「空質7要素」をコントロールする独自技術を持っています。オフィスや工場、商業施設、公共交通機関など、企業が担っている場に応じて空質を司る要素をブレンドしながら提案し、搭載していただく。
 すると、様々な場所の空気環境が徐々に変わっていくはずです。
 職場や公共の機関で、良い空気を体験し良い空気の中で過ごす機会が身近になれば、自宅の空気環境にもっとこだわりたいと考える方が増えるのではないでしょうか。
 ペットを飼っているから臭い対策をしよう、花粉対策をしようといった、顕在化した課題の解決のための空気環境作りだけではなく「空質7要素」へのニーズが生活のシーンにおいても、拡大していくと考えています。

いずれ“空気のコンサルタント”を生む

──既に「空質7要素」を活用したいという企業からのニーズは生まれているのでしょうか?
 ニーズは高まっています。一方で「空気」を通じた具体的なサービスを企業単独で生みだすのは難しい。
 そのため、われわれはニーズを具体化する試みの一つとして、東京・日本橋に「AIR HUB TOKYO」を開設しています。
 オフィスや商業施設と近しい空気環境の空間を作りあげ「空質7要素」を制御するソリューションを導入し、「空気」の状態をセンシングした上で、専用のモニターで可視化しています。
「AIR HUB TOKYO」は単なるショウルームではなく、様々なビジネスパートナーとの共創を生みだす場として機能するように運営しています。
 実際に良い空気を体感いただきながら、様々な企業と良い空気からどんなビジネスが生まれるのか、要件が固まっていないやわらかい段階から検討する場として活用しています。
──「AIR HUB TOKYO」を初めとした、様々な挑戦を通じて、どのようなビジネスが生まれてほしいと考えていますか?
 われわれの究極の目標は、お客さま一人ひとりにとって良い空気をつくり、お届けすること。ここにつながるビジネスが生まれてほしいと考えています。
 くらしを豊かにする基準の一つに空気環境が挙がるようにしていきたい。過去を遡れば「照明」も全く同じなんです。オフィスや住宅環境で「光」を気にしていた方はほぼいなかった。
 私は、以前照明部門の責任者をしていたことがあり「光」の重要性を説き続けていたんです。その結果、照明の種類や配置などを考え提案をする、つまり「光」のコンサルテーションを職業とする方がでてきた。
 では現在「良い空気」をつくるためにどのような空質・空調機器を組み合わせ、どのように配置をするか。コンサルテーションを職業にしている人は? と問われたら、残念ながら、存在していません。
──パナソニックでは「MakeNew」というアクションワードを掲げています。空気のコンサルタントを生みだすことが、道浦さんにとって新しく実現したいことなのでしょうか。
 そうですね。「AIR HUB TOKYO」や、われわれのソリューションを通じて、遅くとも20年後には、空気の語り部に事欠かない世の中になっていてほしいと思っています。
 空気のコンサルタントを生みだし「良い空気」という市場をつくりだす。そして自社の独自技術を他社の製品やサービスと組み合わせることで、お客さま一人ひとりに良い空気が提供できるようにしたい。
「空質・空調機器」は現在右肩上がりの市場でかつ、解決しなくてはいけない社会課題がある。複雑化する課題に対し、機器の提案から導入、保守・メンテナンスまで含めたトータルの提案はもちろんする。
 その上で「良い空気」をつくるという高い付加価値をお客さまに提案していきたい。そのための挑戦を重ねていくつもりです。