2023/2/15

【岡山】地方移住したクリエイターが民間仕事に絞る理由

編集オフィスPLUGGED
岡山県西粟倉村は人口約1400人ですが、実は起業家やクリエイターなどの移住者が約150人もいます。中小企業のブランディングデザインを手掛けるnottuo(ノッツォ)株式会社もそのひとつです。2011年に西粟倉村に本社を移転し、2021年東京事務所を閉鎖し、西粟倉村に統合。名実ともに村の会社となりました。

ベンチャー企業の地方移住のメリットや、地方の中小企業との信頼の構築、事業の拡大方法について代表の鈴木宏平さんに伺いました。(全2回の前編)
INDEX
  • クリエイティブ系ベンチャー企業の地方移住のメリット
  • 地方に来て改めて感じた人の信頼の力
  • 地方で自立できる企業になるために

クリエイティブ系ベンチャー企業の地方移住のメリット

鈴木宏平さんが東京から西粟倉村へ移住してきたのは2011年のこと。もともと地元の宮城に帰る予定だったのですが、震災で帰る場所がなくなり、移住地を探していたときに西粟倉村に出合いました。2015年に法人化し、西粟倉村の事務所を本社とし、東京事務所との2拠点で事業を展開してきましたが、2021年に統合。名実ともに西粟倉村の会社となりました。
nottuo株式会社代表取締役兼CCO鈴木宏平さん
nottuo(ノッツォ)の社員は現在4人で、鈴木さんを含む3人がデザイナー、1人は建築士。メインの仕事は日本各地の中小企業のブランディングデザインです。
鈴木 「コロナ禍もありいよいよ東京に拠点を持つ理由がなくなりました。地方を拠点にするメリットといえば、地元の企業さんと直接やりとりをしながらデザインを手段として事業の発展に貢献できること、土地代や家賃などの固定費が破格なことですが、それ以外にも多くのメリット、そしてポテンシャルを感じています」
森の緑や小川のせせらぎ、澄んだ空気は、デザイナーにとって核となる五感を常に最善の状態に保ってくれるといいます。
鈴木 「物事を考えたり、集中して作業したりするには、都会の喧騒よりも田舎の静けさのほうがいい。とはいえ、東京はやはり、日本の中心であることに違いはありません。ただ、住む必要があるかというと僕にとってはそうではなかった」
一方で、東京の存在価値にも改めて気づいたという鈴木さんは、月に1度、スタッフも2カ月に1度はリサーチのために東京に出張するようにしているといいます。
鈴木 「離れていて、外から時折触れるからこそ、東京の今を客観的に感じることができます。東京には東京の良さ、洗練、流行がありますが、『自分は東京じゃないな』と感じたクリエイターが地方に移ることで、地方の中小企業とデザイナーが出会い、企業がデザイン経営に取り組むことによって、日本全体の経済の活性化につながると思うんです」

地方に来て改めて感じた人の信頼の力

武蔵野美術大学建築学科在学中に家具や雑貨などのプロダクトデザインを発表するデザインユニットで活動し、卒業後は就職せずにそのままフリーランスになった鈴木さん。プロダクトデザイナー、グラフィックデザイナー、Webデザイナーを経験し、現在は、それらのスキルを全て活用して企業全体をデザインで作りあげていくブランディングデザインを企業に提供しています。
鈴木 「地方では、デザイン会社の顧客は広告代理店ではなく企業の経営者です。地方の中小企業と直接やりとりができる環境こそが、地方移住の最大の魅力でした」
移住当初は地元企業へ直接営業をしたこともあるという鈴木さんは、徐々に地方ならではの特性に気づいていったといいます。
鈴木 「地方は人のつながりや信頼で仕事が生まれます。『信頼の価値』がすごく高い。ひとつの仕事を大切に育て上げることに集中していれば、営業をせずとも『あそこいいよ』と広がっていく。結果的に地方は、僕らが本来のデザインに集中できる素晴らしい環境でした」
デジタルの時代に、改めて感じた口コミや信頼の力。生み出したデザインによって信頼が生まれ、次の仕事につながるというあり方は、本来の仕事のあり方を実感したといいます。
鈴木 「地方ではメディア露出も実はしやすい。西粟倉で面白いことをやっていれば、確実にニュースになります。これらの利点を活用することで地方の企業はものすごく飛躍することにも気づきました」
nottuoがブランディング・建築設計を手掛けた「直島旅館ろ霞」

地方で自立できる企業になるために

西粟倉村といえば、「地方創生」「ローカルベンチャー」という言葉が生まれた場所と言われています。平成の大合併を拒み、村として存続するときに村長が宣言した「百年の森林構想」によって官民一体の地方創生プロジェクトが進行し、林業の再生とベンチャー企業の誘致を行ってきました。15年で150人もの人が移住し、多くの企業が生まれています。
nottuoの事務所兼ショールーム
鈴木 「人口1400人の小さな村に、デザインに関わる事業所が5社あるんです。1400人中10人もデザイナーがいる地域なんて、すごいことだと思いませんか?」
移住者に対してオープンマインデッドだという西粟倉村の中にあって、鈴木さんは、村の中で、自治体の仕事をしない選択をしたといいます。
鈴木さん。事務所の坂を下りると小川があり、せせらぎに癒やされる
鈴木 「官民一体の村起こしが盛んな西粟倉村で、自治体やそれに関わる仕事を受けると、自治体がいないと食べていけないデザイナーになってしまう。そうはなりたくなかった。自立できてこそ移住は成功です。だから、最初から村の仕事はしないと戦略的に決めていました」
村で仕事をしない理由はそれ以外にもありました。
鈴木 「小さな村の中では、人間関係のレイヤーが重なり合っています。もし、自治体の仕事を受けたとして、昼間は対等に打ち合わせをした方と、夜は消防団で先輩後輩として活動する……ということが普通に起きます。そうすると、健全なビジネスができなくなります」
西粟倉への完全移住の決断が功を奏し、業績は伸び、規模も大きくなっていっているのだそうです。田舎に移住したクリエイターが成功した状態というのは、自治体だけに頼らず、地域の中小企業の経営者と対等に関わり合うこと——。地方に移住したいと考えるクリエイターの目指す姿がそこにあるように見えました。
後編に続く