2023/2/20

サイボウズ青野が聞く。なぜシステム導入は失敗するのか

NewsPicks Brand Design editor
 DXは長期戦だ。
 デジタルツールを導入しても、ツールが現場に馴染まなかったり、新しい仕事のやり方を巡って社内に軋轢が生まれたり。
 次々に降り掛かる難題に圧倒され、DXを志しても途中で挫けてしまう企業は少なくないだろう。
 自家発電システム事業を行うハタノシステムも、DXに取り組もうとした矢先にシステム導入で失敗してしまった企業の一つ。
 しかしその苦境を乗り越えて、今ではDXを軌道に乗せている。
 システム導入で躓く要因とは。なぜハタノシステムは、それでも挫折せずにDXを継続できたのか。
 DXを推進する業務改善プラットフォームの「kintone(キントーン)」を提供するサイボウズの代表取締役社長の青野慶久氏が、ハタノシステム代表取締役専務の波多野麻美氏に聞く。

「あの人しか知らない」情報だらけ

青野 自家発電システムの設計から施工、メンテナンスまでを担うハタノシステムは、大きく分けると建設業に入るわけですよね。
 比較的DXの歩みが遅い業界の中で、なぜ先んじてDXに踏み切れたのでしょう?
波多野 根本的な目的は、DXというよりもSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)でした。
 決意したきっかけは、コロナ禍。世の中の“不確実性”を思い知らされたことで、どんな状況下でも経営を持続可能にする必要性を強く感じたのです。
 そのための企業変革に、デジタル活用の要素は欠かせません。そこで、全社的なDXに踏み切ったのです。
青野 なるほど。ちなみにDXに着手する前、社内はどんな状況だったんですか。
波多野 かなりアナログでした。情報管理は紙がメインで、オフィスには書類保管用の書架がずらりと並んでいて。
 情報の属人化もかなり進んでいましたね。
 PCのローカルファイルに保存しているならまだ良い方で、必要な情報は個人用のキャビネからいちいち引っ張り出す、なんて社員もいる状況でした。
青野 それは大変だ(笑)。
波多野 それ故、社内でのタイムリーな情報共有がほとんどできていなくて。今思えば、本当に多くのビジネスチャンスを逃してしまっていました。
 たとえば自家発電システム施工後のフォローアップの時期が共有されておらず、当社が施工したシステムなのに、管理は別の会社に依頼されてしまったり。
 後任の担当者に案件情報が引き継がれておらず、貴重なリニューアルの話を逃してしまったなんてこともあったんです。
青野 非常によくわかります。自家発電システムのように、お客さまごとにカスタマイズが必要になる事業では、情報は属人化しやすいですよね。
 業務の平準化やパターン化が難しいから、ノウハウの継承も難しい。
「あのお客さまについては○さんしか知らないけれど、もう辞めちゃっています!」なんてことが、起きてしまうんですよね。

システム外注で大損失

青野 その後、本腰を入れてDXに向けて動き出したと。どのように進めていったんですか?
波多野 それが……。最初の取り組みは、大失敗だったんです。
 社内の情報管理をデジタル化すべく、システム構築を外部の会社に委託したのですが、いざ蓋を開けたら、当社の業務に合わない箇所が次々と出てきてしまいました。
 結局ほとんど使い物にならず、約1千万円もの損失を出してしまったのです。
青野 そうだったんですね。なぜミスマッチが生じてしまったのでしょう?
波多野 要件定義が思い通りにできなかったことが最大の要因ですね。
 一般的にシステムを外注する際は、発注するタイミングで「こんな機能をつけたい」とか「こんな画面フローにしたい」といった要件を決めますよね。その要件をもとに、システムを開発してもらうのです。
 私たちも、発注時に要件定義をした上で開発してもらったのですが、実際に使い始めると、「ここが使いづらい」とか「この機能をつけたい」とか、修正や追加の要望が現場からどんどん上がって
 今思うと、当たり前ですよね。
 ITのプロでもない私たちが、何もないところから利用イメージを完璧に想定して、要件を定義するなんて、そもそも無理があったんです。
 ですが、システムが完成した後に修正や追加の要望をシステム会社に伝えたところ、全然取り合ってもらえませんでした。
 確かに最初に決めた要件は網羅しているので、システム会社の落ち度があるわけでもない。
 そこで気づいたのは、システム会社って、システムを納品すること自体がゴールだということ。
 納品したら終わりで、実際にシステムが現場で価値を出せるかといった点には、基本的にノータッチなんです。
 ですがそれでは、システムの専門家が社内にいない当社のような中小企業では、自力でシステムを機能させるレベルまで、持っていけませんでした。
青野 いやあ、本当にそうですよね。日本企業のシステム導入で、失敗するのはほとんどその要因じゃないかと感じています。
 システム会社は、納品するシステムを見ているだけで、実際にそこに入力する人の顔は見えていないわけです。
波多野 ええ。そんなときに、ノーコードで自分たちでシステムを構築・修正できるkintoneを知ったんです。
 “システムは外注するもの”と思い込んでいた部分があったので、自分たちで作れるというのは大きな発見でした。
 とはいえ、「本当に自分たちで作れるのか?」という不安があったのは事実です。
 そんなときに、kintoneの導入・運用をITのプロがサポートしてくれる「伴走サービス」の存在も知ることができて。
「これなら私たちにもできそうだ!」と希望を持てたんです。
青野 そう言ってもらえるのは、本当に嬉しいです。どんな点に共感していただけたんですか?
波多野 伴走サービスの“思想そのもの”に、共感したんです。
 というのも、納品がゴールのシステム開発とは異なり、伴走サービスはkintoneが組織に根付いて、現場で価値を発揮するところまでがゴールなんです。
 私たちと同じ方向を向いて、DXをITのプロがサポートしてくれる。だからこそ、付き合いも単発ではなく、長期的。
 ユーザーのDXの成功に、本気で寄り添うためのサービス設計だと感じました。
青野 ありがとうございます。kintoneの導入と同時に、伴走サービスを使い始めていただけたのは、私たちとしても嬉しいです。
 もちろん、kintoneは簡単にアプリを作れるノーコードツール。
 ですが、全社のDXにお使いいただくとなれば、アプリ同士の連携や、基幹システムとの連携など、やはりITの専門知識が求められる場面も出てきます。
 そこで挫折してしまうkintoneユーザーも、実は少なくないんです。ですが、DXをやろうとせっかく一念発起したのに、諦めてしまうのは本当にもったいない。
 特に情シス担当者がいないような中小企業では、伴走パートナーがいることで、DXの成功率を大幅に上げられると思います。
波多野 そうですね。実は私たちも、専任の情シス担当がいないんです。それも、伴走サービス導入を決めた要因でした。
 kintone導入当時の情シス担当者は、人事や総務との兼務。ですから、情シス担当者に全社横断のDXをゼロから推進してもらうのは、難しい状況だったんです。
青野 ちなみに、専任のシステム管理者を雇う選択肢は、考えなかったんですか?
波多野 検討はしました。ですがシステム関連の人材は、最も採用が難しい職種の一つです。
 それに、もし優秀な方が入社してくれたとしても、当社がその方の力量を最大限活用できる環境を提供できるのか、正直判断がつきませんでした。
青野 確かにそうですね。加えて、採用した方がハタノシステムさんのユニークなビジネスを理解し、実力を発揮し始めるまでにも、おそらく時間がかかりますよね。
波多野 そうなんです。そういった観点でも、伴走サービスのように、あえて“社外”にITのプロがいてくれて、必要な分だけご相談できる環境は、理想的だと感じたんです。

DXなのにコミュニケーション研修?

青野 kintoneの伴走サービスは、パートナー企業によってサポートの仕方がさまざまです。ハタノシステムのパートナーであるMOVEDからは、どのような支援があるんですか?
波多野 まずは、kintoneの導入や運用についてはもちろん、月に一度の定例会議に加え、アプリの作成やデータ連携の方法で行き詰まったら、Zoomやチャットで即座に相談。
 全社へのkintone導入もスムーズに進み、挫けることなく使いこなせています。
 さらに効果が大きかったのが、コミュニケーションについて研修していただいたこと。
青野 DXを進めるために、コミュニケーション研修ですか?
波多野 ええ。DXを通して会社全体を変える過程は、組織文化を変える過程でもあるのではないかと考えていました。
 デジタルを導入することは、仕事のやり方がこれまでと大きく変わるということ。うまく適応できない社員がいるのも、社員一人ひとりの意見が違うのも当然です。
 ですが、やはり全社として同じ目標に取り組むには、社内である程度目線を合わせて協力する必要がある。その土台となるのが、コミュニケーションなんです。
 然るべきタイミングを見計らって、DX推進に必要なコミュニケーション力の習得を目的に「発信する技術の学習」「対話する方法」「合意形成の方法」「業務改善の実践」などをテーマとした研修を実施いただきました。
 その結果、組織間の垣根も低くなり、「こんなアプリを作ってみたんだけど……」といった会話が組織を超えて生まれているのは、嬉しい驚きですね。
青野 システム導入に関しても、開発側が「作ったから使え!」というコミュニケーションの姿勢だったら、仮に良いシステムだとしても、その時点で使う気がなくなりますよね。
 確かにコミュニケーションは、DXや業務改善を推進する上での要ですね。改めて良い気づきになりました。

最初から完璧は目指さない

青野 2020年から伴走サービスを利用されて3年。社内に変化はありましたか?
波多野 目に見える変化としては、紙の書類を保管していた書架が、103台から70台に減ったこと。それに伴い、オフィスも330坪から220坪の場所へ移転しました。
 狭くできたからこそ、より良い立地の場所に、より安い家賃で移転できました。座り方も、固定席からフリーアドレスに変わりました。
 机の上に積まれていたファイルも、めでたくなくなりましたよ(笑)。
青野 それはすごい効果ですね。
波多野 また、以前は完全に属人化していた工事の進行管理も、現在はガントチャートにして、全ての現場の進行状況がkintone上で確認できるように。
 これを見れば、どの現場にヘルプが必要かといった情報が誰でもわかる。情報の見える化と、コミュニケーションの改善が重なって、部門や階層を超えた協業文化も根付いてきたと感じます。
青野 デジタルツールが浸透し、仕事のやり方が変わり、社員の考え方まで変わってきたと。これはもはや、DXの最終段階ですね。
 ちなみに、社内で「kintoneアプリのここが使いづらいから直してほしい」というような要望を出せる社員は、何割くらいいらっしゃいますか?
波多野 半数以上いると思います。
青野 とても良い傾向だと思います。今まで一般社員の方は、システムに対して「自分の意見なんて反映されるはずがない」と諦めモードだったんです。
 実際にガチガチに要件が決まっているから、「入力欄を逆にしてほしい」という要望すら簡単には叶わなかった。
 でも社内でkintoneを使える人がいれば、そんな要望はすぐに反映される。それで生産性の向上を実感できる。
「システムについて主体的に意見を言えば、仕事がやりやすくなる」ことに味を占めた人が過半数になれば、DXは勝ちだと思いますね。
波多野 なるほど、面白い! これまで3年間DXに取り組んできて、長期戦の中で試行錯誤を繰り返すことが、何より重要なのだと気づきました。
 kintoneでアプリを作って、現場で使ってみて、フィードバックを踏まえて改善して……というプロセスの中で、ノウハウや価値が生まれてくる。
 最初から完璧にデザインする必要はなく、失敗も含めて全てが学びになると考えています。
 そんなときに、kintoneの伴走サービスを使っていれば、失敗しやすいんです。言い換えれば、失敗しても“大損しない”
 やってみて「違ったな」と思えば、伴走パートナーと相談して軌道修正すればいいだけですし、そもそも試行錯誤の過程に寄り添ってくれる存在こそが伴走パートナーですから。
 私たちもまだまだ道半ば。これからも、しっかりと挑戦と失敗を繰り返したいと思います。
 本記事は、DXに踏み出す中小企業を後押しする連載「今年こそ、DX」の最終回。さまざまな実践のヒントが詰まった連載を、ぜひ通して読んでいただきたい。