2023/2/10

【組織の学び】なぜゲームが企業研修の質を高めるのか

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 政府は人材をコストではなく、経営資本と捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上へつなげる「人的資本経営」を進めるべく、ヒトへの投資を強化する方針を打ち出した。

 2023年から大企業には人材情報の開示義務が課せられ、企業はこれまで以上に人材のスキル開発やキャリア支援に投資し、生産性向上や成長につなげることが求められている。
 
 これからの日本企業は、自社の人材にどう投資し、どんな学びを提供すべきなのか。

 企業研修づくりの現場を知るエキスパートたちの鼎談を通して、これからの組織の学び=企業研修のあるべき姿を考える。
INDEX
  • 正解を教える場から、自発的に考える学びへ
  • 知識を使う疑似体験が、学びの質を高める
  • 企業の人的投資は、“学びのきっかけづくり”から

正解を教える場から、自発的に考える学びへ

飛田 近年、「人的資本経営」への注目が高まるなか、企業研修のあり方が変化していると感じます。お二人は現状をどう見ていますか?
伊藤 企業研修は明らかに、従来あった講師が正解を教える場から“対話を通じて学び合う場”へと変わりましたよね。
 参加者全員が自由に意見し、フラットに対話できる場をいかにつくるかが重要です。
 だからZアカデミアでも、インプットするだけの研修は完全になくしました。授業の中でも、インプットに使う時間を10%以内に抑えるようにしています。
 ただ、社会全体で見ると、研修を売上に直結するスキルを教える場のように捉えている企業も多いのではないでしょうか。私はそこに問題意識を持っています。
藤本 長年、研修は一つの場に集まるものでしたが、ここ数年でオンラインのスタイルが定着して、選択肢が増えましたよね。
 インタラクションが多い研修は対面で。情報伝達のみの研修ならオンラインで、と使い分けるようになったと感じています。
伊藤 同感です。コロナ前は、対面がオンラインより優位であると考えられていました。
 しかし最近の実感としては、内省のような対話が必要なセッションも、オンラインで不自由なく、効果も対面と変わらないと思います。
飛田 そうですよね。この2〜3年で、研修の意義が変わってきたように感じています。
 コロナ禍でeラーニングが一気に普及したことで、これまで対面で行ってきた「インプット学習」のときに、受講者が集まることの意義を見直す企業も出てきました。
 そうやってインプットの土台が整備された今だからこそ、研修で「対話」や「アウトプット」の機会をつくることに力を入れる企業が増えている印象です。
「ゲーム学習論」を研究されている藤本先生は、ゲームが企業研修に与える影響についてどう考えていますか?
藤本 ゲームは、参加者の“自発的な参加”が起こるように設計されています。
 参加者が達成してみたいと思うゴールがあり、チャレンジ要素を高めるルールがあり、自分の達成度がわかるフィードバックがあると、失敗してもまたやってみたくなる。
 これらが機能すれば、参加者が自発的に学ぶ環境がつくれます

知識を使う疑似体験が、学びの質を高める

藤本 私は2000年代前半からゲームがもたらす学習効果の研究や教育ゲームの開発や実装、評価を手掛けてきました。
 ゲームの要素を企業研修に取り入れることには、本当に多岐にわたるメリットがあるんですよ。
 たとえば、疑似体験ができるゲームは、普段経験できないことでも“自分ごと化“しやすくなります。
伊藤 飛田さんの会社ではどのようなゲーム型研修を提供しているのですか?
飛田 たとえば、弊社の「Marketing Town(マーケティングタウン)」は、会社経営を疑似体験してもらうことで、マーケティングや財務、経営戦略を実践的に学べます。
 みずほ銀行やサイバーエージェント、LINEをはじめ、人材育成に力を入れている企業にご活用いただいています。
 次世代リーダーや経営幹部育成では、経営理論のアウトプットや意思決定のトレーニングとして。新入社員〜若手向けの研修では、ビジネスの仕組みやマーケティング、財務などのビジネスパーソンの土台となる基礎知識を学ぶ場として、選ばれています。
 また、キャリアデザインを体感で学ぶ「CAREER MAKER(キャリアメーカー)」も、お問い合わせをいただくことが多いです。
 新卒1〜3年目の若手向けのキャリアデザインから中堅ミドルシニア層と対象に合わせたキャリア教育にご活用いただいています。
 私たちが提供する研修の特徴は、疑似体験と講義がワンセットであること。
 ビジネスやキャリアデザインには、理論やフレームワークがあります。しかし、それを単にインプットするだけでは、どんな場面で何のために使うのかがわかりづらく、主体的な学びになりにくい。
 ゲームのルールは、企業の業態や受講者のレベルに合わせて、カスタマイズ可能です。そういった実務に通じるゲームで、受講者自ら理論を使った意思決定を疑似体験してもらいます。
藤本 ゲームによる学びには、疑似体験を“自分ごと化”しやすくなる効果があります。マーケティングタウンで扱う経営のようなテーマには最適ですね。
 キャリア研修も、単に「人生設計をきちんとしましょう」「何をしたいか、どうなりたいか考えましょう」などと一方的に講師から教わると、まるでお説教ですが、キャリアメーカーのようなゲームなら、自然と自分ごととして理解しやすい。
 一方で、自分ごととして考えすぎるとしんどくなるような話を、“客観的に捉えられる”という面もあるんです。だから、ゲームによる疑似体験であれば、気兼ねなく失敗できる。
伊藤 なるほど。疑似体験は自分ごとであり、他人ごとでもあるんですね。
飛田 ビジネスでもプライベートでも、失敗して初めて気づけることってありますよね。
 そういった失敗から学ぶ機会をつくれるのは、ゲームによる企業研修の大きなメリットだと、私たちも考えています。
 マーケティングタウンでも、会社を倒産させるくらいチャレンジングな手を選んだほうが、学びになったりするんです。
伊藤 私も以前にビジネスゲームをプレイして、そう感じた経験があります。
「買い占めが最強の戦略だ!」なんて言いながら、完璧に勝てそうな状況から、火災イベントが発生して、大逆転されちゃって。
 ゲーム内の経験だけれど「リスクヘッジって超大事なんだな」と身にしみて理解しました。あの負けで得た学びは絶対に忘れないと思います(笑)。
藤本 ゲーム要素を取り入れた企業研修の強みは、ゲーム研究の分野で「マジックサークル」と呼ばれている概念で説明できます。
 これは、参加者だけが共有し、ゲーム特有のルールが適用される空間のことです。
 マジックサークルの内側なら、普段しないような挑戦ができる。失敗しても取り戻せるし、短時間で何度も試行錯誤できる。OJTだけでは難しい学びの場が、ゲームならつくれます。
 組織行動学者のデイヴィッド・コルブが提唱した「経験学習モデル」では、繰り返すことで人間は成長していくと言います。これはゲームを使った学習でも同じです。
 知識のインプットとセットで、その知識を用いる経験をしたほうが、学習効果が高まる。
 事前に一度経験までした人と、そうでない人とでは、前者のほうが試験の成績がいいという研究結果も出ています。
飛田 私たちも、この経験学習モデルを意識しながら研修を設計しています。
 ゲーム学習をeラーニングやOJTと組み合わせながら、このモデルに沿って人材育成の施策全体を設計する企業も多いですよね。
 私たちの研修を導入いただいた企業でも、研修1カ月後の調査で84%の参加者が「研修で学んだ内容を実践できた」という結果になり、しっかりと行動変容につながっていることがわかりました。
藤本 ゲーム学習は決して万能ではありませんが、リアルでは危険性が高かったり、時間やコストがかかったりする領域は、古くからゲーム学習が導入され、得意とする分野です。
 代表例は、軍事演習やパイロットのフライトシミュレーター、医療技術のシミュレーションなどでしょうか。
 その意味では、経営やキャリアデザインは、まさにゲーム学習に向いているテーマと言えますね。

企業の人的投資は、“学びのきっかけづくり”から

飛田 「人的資本経営」への注目が高まるなかで、研修やキャリア支援に注力する企業は増えていますよね。
伊藤 たしかにここ数年で、人的資本経営という言葉の認知度は上がっていますが、日本のGDPに占める企業の能力開発費の割合は、諸外国よりまだ圧倒的に少ない
藤本 おっしゃる通りですね。いくらでも研修メニューの選択肢がそろっている今、まずビジョンを設計しないと、実にならない研修で時間やコストが奪われるばかりになりかねません。
伊藤 今日のお話を聞いて、ゲームは現実の出来事を抽象化して体験できるから、楽しいだけじゃなくて、実践的な学びにつながるのだろうなと腑に落ちました。
 マーケティングタウンやキャリアメーカーもまさにそう設計されていますよね。
 僕の授業では極力インプットの時間を取らないと言いましたが、それは知識やスキルのインプットを疎かにしていいという意味ではありません
 実践の中で自分に足りないものを認識すれば、「社会的に求められるから」という動機ではなく、自ずとインプットし始める。
 どんな知識・スキルを身につけるかよりも、こうやって“自分ごと化する力”こそが、学びにとって重要だと僕は思います。
 だから、人的資本経営でまず企業が投資すべきは、社員一人ひとりが「自分はこの会社で、これがしたい」と目覚めるきっかけづくりなんでしょうね。
 その実現に知識やスキルが必要だと感じさえすれば、人材は自発的に学び始める。
 その次の段階として、従来のように留学やプログラミングなど、目指す姿に必要な学びをサポートすればいいのです。
飛田 そういった学びの場を設計できれば、企業はさらに成長していけると思います。ただ現状は、なかなか難しい面もあるようです。
 実際に、私たちも研修を実施しても「なかなか定着していない」や「実践につながらない」とご相談いただくことが少なくありません。
 そういった企業にこそ、私たちのゲーム型研修を提供していきたいですね。より質の高い学びの場づくりをお手伝いしていければと思います。