2023/2/4

【長野】女性が望む施設を作ったら、見えてきた地方の課題

フリーランス 働き方専門ライター
2022年10月に創業5年を迎えた「株式会社はたらクリエイト」は、地方の女性のキャリア課題の解消とビジネスを両立させ、年平均16%の成長を遂げています。長野県上田市にそれぞれIターンし、前身である一般社団法人の時代から組織を作ってきた3名の取締役、井上さん、高木さん、柚木さんに、事業が生まれた経緯とこれまでの足跡を聞きました。
INDEX
  • 地方の子育て中の女性、キャリアの壁とは
  • キッチンと託児所のあるワークスペースを
  • 米を数える仕事も、子育て女性の活躍機会
  • 働く自信がない女性たちに門戸を開く
  • スキルは問わず、価値観の適合度をみて採用

地方の子育て中の女性、キャリアの壁とは

長野県の上田市と佐久市にオフィスをおき、主に首都圏の企業の業務をチームで代行するサービスを提供する「株式会社はたらクリエイト」。同社の従業員の85%は子育て中の女性です。
どちらのオフィスにも託児所があり、子ども連れで出勤し、昼休みには親子でお弁当を食べる姿も見られます。子どもが小学校に上がってからも、家庭の都合や本人の希望によって働く時間や雇用形態を選べるなど、無理なく持続的に働ける環境を提供しています。
このような取り組みは外部からも評価され、厚生労働省の「グッドキャリア企業アワード2020」(イノベーション賞)、船井総合研究所の「グレートカンパニーアワード2022」(社会貢献賞)などの受賞実績もあります。裏を返せば、同社の実践は、世間ではまだまだ珍しいのでしょう。
昨今は、従業員がライフステージの変化に合わせて働き方を調整し、能力を発揮するための支援を充実させる会社が増えてきています。しかし、都市部の会社に比べると地方ではまだまだと言わざるを得ません。
例えば、女性の活躍に関して優良な取り組みをする企業の認定制度「えるぼし」を取得しているのは、半数以上が東京の企業です(1822社中の928社 ※2022年7月末日現在)。
もちろん、大企業が集中する東京の方が「えるぼし」を申請する意欲のある会社が多い、地方は建設業や製造業など、キャリアを積む女性がそもそも少ない業種が大半を占めるといった事情はあるでしょう。しかし、それがまさに地方の女性のキャリアの壁になっていると指摘するのは、はたらクリエイト共同代表の井上拓磨さん(取締役CSIO=Chief Social Innovation Officer)です。
井上拓磨さん。今の仕事を始めた頃に自身も子育てが始まった
井上 「いま、DXやデジタル人材の育成に注目が集まり、デジタル化が進めば子育て中でも柔軟な働き方ができるとか、デジタルのスキルを身につければ働き口が見つかるといったことが言われています。それはある意味では正しいのですが、地方の会社には当てはめづらい。
僕らがいる上田の場合、金型やプラスチックの射出成形という製造業が基盤産業で、メーカーやその他の業種が少ないという特徴があります。そうなると、デジタル人材としてチャレンジしようという意欲があっても、経験を積める場所がかなり少ないんです」
出産や夫の転勤を機にいったんは仕事を離れ、子どもが小さいうちは時間の融通がきくパートタイムの仕事につきたいという女性は多くいます。
地方の場合、その受け皿の中心は製造業やサービス業の現場で、単純作業やマニュアルに沿った定型作業に従事することになりやすいです。あくまで「特定の機能を担う存在」として扱われるため、教育研修の機会や、より高度な仕事に挑戦する機会を与えられることはまれです。キャリアアップに役立つスキルや経験が得られないので、子どもが大きくなって時間ができたときに正社員の仕事を得たいと思っても、非常に難しいのです。
そんな女性たちのキャリアの壁に風穴を開けるべく、「子育て中の女性の社会復帰モデルづくり」の事業をスタートしたのが、はたらクリエイトの前身である一般社団法人でした。

キッチンと託児所のあるワークスペースを

愛知県生まれの井上さんは、信州大学に進学して上田で過ごし、大手印刷会社に就職。東京や福岡で数年働いた後、「故郷に帰りたい」という妻の希望で上田に移住しました。個人事業主として、都市部のクライアントを相手に携帯アプリの開発などを手掛けましたが、iPhoneの登場でいわゆるガラケー向けの仕事が激減。それをきっかけに、地域に仕事の相談ができる仲間が欲しいとイベントや勉強会を開くようになり、その延長で長野県初のコワーキングスペースを開設します。
「仲間が欲しくて作った」というコワーキングスペースですが、作っただけでは利用者が増えません。運営を成り立たせるために、必然的に地域課題と向き合うことになりました。
井上 「市内で起業しようとする人の創業支援をしたり、上田にUターンしようという人たちがキャリアを生かせる場を増やすために企業の誘致に関わったり、中長期のインターンシップを受け入れたりと、いろいろなことをしました。その中に、女性が活躍する場をつくるというテーマもあったんです」
いろいろと手がける中、特に女性のキャリアの課題にフォーカスすることになったのは、コワーキングスペースの利用者の声がきっかけでした。
「女性の会員さんから、『こういう施設があったらいいな。キッチンがあって、託児所があって……』という声があったんです」
2号店、3号店とコワーキングスペースを広げていくつもりだった井上さんは、「キッチンと託児所付き」というアイデアを企画書に盛り込みました。それをいろいろな人に話してまわると、タイミングよく適した物件や補助金の存在を教えてもらい、トントン拍子で新店の立ち上げが進んだそうです。
現在ははたらクリエイトの上田オフィスとなっているコワーキングスペースの上階に、託児所を開設した
キッチンと託児所付きのコワーキングスペース「HanaLab.UNNO(ハナラボ ウンノ)がオープンしたのが2015年6月。それ以前から週末ごとに東京から通い、社会人インターンとして関わっていた高木奈津子さん(現・はたらクリエイト共同代表取締役CEmO(Chief Empowerment Officer))が、このタイミングで上田に移住して運営を担いました。
高木奈津子さんは、東京で女性やエンジニアに特化した転職フェアの企画・運営をしていた
高木 「まずは人に集まってもらう仕掛けとして、女性向けのワークショップをやったり、ランチを提供したり、マルシェを開催したり、様々なイベントを企画しました。そこで皆さんが何を求めているのかを聞き、『それなら、こういうチームを作ってやってみようか』と、2つのチームを立ち上げました。
ひとつは『ママランチ』といって、子育て中の女性がワンコインでランチを食べられる『町の社食』のような場を運営するチーム。もうひとつが県内の企業の仕事を代行するチームです」
後者のチームが子連れでコワーキングスペースに集まって働き始め、今のはたらクリエイトの事業へとつながったのです。

米を数える仕事も、子育て女性の活躍機会

チームを立ち上げた当初、メンバーとは業務委託契約を結び、近隣の企業からもらってきた仕事を分担して進めました。
最初は「このメンバーでできそうなことはなんでもやる」という姿勢で、様々な依頼を受けました。中には、収穫した稲を預かり、稲穂の数や米粒の数を数えて報告するという、NPOと大学の共同研究を手伝う仕事もあったそうです。
高木 「チームができて1年くらい経った頃でした。最初こそ、封入作業のようなアナログな仕事も多かったのですが、メンバーのPCスキルも上がってきてデジタルの仕事を増やしていたときだったので、『お米を数えるの、私たちがやる?』という意見が出てきました。もっといいやり方があるんじゃないかと話し合って、お子さんが生まれたばかりのお母さん向けのイベントのような形で実施することにしました」
0歳児を抱えるお母さん同士がペアになり、一人がお米を数えている間、もう一人は保育士と一緒に子どもたちを見るという「相互保育」の形式で取り組み、参加者には「自分へのご褒美を」とギフト券をプレゼントしました。
出産以来ずっと赤ちゃんと向き合う毎日で話し相手は家族だけ、少しでも他の人とコミュニケーションする時間が欲しい、子育て以外のことに集中してリフレッシュしたい——お母さんのそんな気持ちを知っているメンバーたちだからこそのアイデアでした。
当時の「HanaLab.UNNO」、現在のはたらクリエイトの上田オフィスは商店街の一角にあり、子連れでも訪れやすい。
高木 「『久々に何の罪悪感も持たずに、集中して自分の時間をとることができた』という感想がありました。子どもを見ている間も、保育士さんとの会話や、他の赤ちゃんと接することからの学びがあったようです。他の人とつながりができ、これからのことを考えるきっかけになって、後にうちに入社してくれた参加者もいました」
「HanaLab.UNNO」がスタートして2年目には、現・取締役CMO(Chief Marketing Officer)の柚木真さんもジョイン。しかし、3店舗あったコワーキングスペースは会員数が伸び悩み、厳しい状況を迎えます。
そこで「子育て中の女性の社会復帰モデルづくり」に集中すべく、「HanaLab.UNNO」以外の2店舗は撤退。と同時に、顧客ターゲットを長野県内の企業から東京の企業にシフトしました。
そこから案件の規模や数が大きくなり、チームも拡大。メンバーとは業務委託から雇用契約に切り替えます。そして、2017年には法人格を一般社団法人から株式会社に移行し、はたらクリエイトが設立されたのです。

働く自信がない女性たちに門戸を開く

当時は「地方創生」のために国がテレワークを推進したり、個人がオンラインで仕事を受注できるクラウドソーシングの認知度が高まったりと、ITやデジタルを活用すれば地方でも仕事ができると、盛んに言われていました。
しかし、成功事例として紹介されるのは、首都圏の企業でクリエイティブな仕事を経験し、地方でもその経験とスキルで活躍しているといったキラキラした人たちがほとんど。先の井上さんの指摘のとおり、これからデジタルスキルを身につけようという人たちには、そのチャンスが得にくいのが地方の実情でした。
はたらクリエイトは、そんな女性たちに門戸を開いてきました。即戦力は求めず、入社後にスキルを身に付けてもらうことにしたのです。
また、地方では「子どもが小さいうちは一緒にいてあげなさいよ」と言われることもまだまだ多く、保育園に預けて働くことに罪悪感を覚える女性も多いようです。はたらクリエイトなら子連れで出勤でき、短時間から働き始められるという点も、母親たちのチャレンジする気持ちを呼び起こしました。
井上 「例えば認可保育園に1歳で入れようとしたら、0歳3カ月とか4カ月のときに申し込みをしなければならない場合もあります。自分には大したキャリアも専門スキルがあるわけでもないと思っている人が、そのタイミングで働くという決断をするのは難しい。でも、子どもが歩きだす頃に『やっぱり社会に出たい』という気持ちになっても、もう認可保育園には入れない。そんなとき、我々のところだったら引き受けることができるので、一歩踏み出すきっかけになるんです」
昼休みにはオフィスの共有スペースでお弁当を食べる親子の姿も(写真提供:はたらクリエイト)
特に第1子のときに、「子どもが3歳くらいまでは家にいようと思ったけれど、やっぱり働きたい」とやって来る人が多いといいます。
井上さん「第1子を育てながら働く経験をして、第2子からは迷いなく認可の保育園に入れる人が多いです。こういう“気持ちの部分”は、公的な制度では対応しづらいところですよね」

スキルは問わず、価値観の適合度をみて採用

既存の制度では捉えきれなかったニーズを満たす職場となったはたらクリエイトは、創業5年で約130名の規模に成長しました。これまで多くのメンバーの採用面接を担当してきた柚木さんは、採用の基準を次のように語ります。
柚木真さんは、神奈川で大手製造物流小売業で物流と店舗マネジメントを担当した後、もともと興味のあった地方で働く道にシフトチェンジした。
柚木 「重視していることは2つあります。ひとつは会社の方針と本人の意思をすり合わせていけそうかどうか。スキルよりも、会社が向かおうとしている方向に共感してくれるかということが大事です。もうひとつは、会社への要求が高すぎないこと。スキルがあっても、自分は「支援」される側であるという意識が強い人は、合わないなと思っています」
事前に受けてもらう「キャリア・アンカー」診断の結果も、応募者の適性をみるのに参考になるそうです。
「キャリア・アンカー」とは「仕事において大切にする価値観」を8つに分類したもので、40の質問への回答を元に、その人がより重きをおくものが分かります。
メンバー全員がキャリア・アンカー診断をしているため、はたらクリエイトに合う人合わない人の傾向が見えてきているのです。
高木 「それを選考基準にしているわけではありませんが、『保障・安定』『自律・独立』『ワークライフバランス』の3つともが高めに出ている場合は、カルチャーフィットしづらい可能性があります。例えば、『安定』を強く求めている方であれば、変化の多い組織カルチャーについて来られそうか、自分のやりたいことを重視するタイプの方であれば、お客さんに伴走することができそうか……そういったことに注意を向けて選考を進めています」
はたらクリエイトが顧客に提供するサービスは契約更新率が約96%で、非常に顧客満足度が高いことがうかがわれます。働きやすさで注目される会社ですが、サービスのクオリティも追求しているのです。
即戦力ではない、子育て中の女性たちを束ね、どうやってそのクオリティを維持しているのか、次回は同社の人材育成や生産性管理の手法に注目します。
Vol.2に続く