2023/1/31

【経営×CS】超多忙な経営者が、顧客に向き合うには

NewsPicks Brand Design editor
 カスタマーサクセス(CS)の重要性は、ここ数年で急激に認知されるようになった。
 特に顧客の継続率が成長の鍵を握るSaaS企業では、CSが事業の成否を左右すると言っても過言ではない。
顧客起点の経営をしよう」という言説に、異を唱えるSaaS企業経営者は、ほとんどいないだろう。
 しかし現実では、ビジネス規模が拡大するにつれ、経営と顧客との距離は開いてしまうもの。顧客のケアはCS部門に任せきり、という経営者も、少なくないのではないか。
 そんな課題意識のもと、昨年日本法人を立ち上げたカスタマーサクセスプラットフォームのGainsightとNewsPicks Brand Designは、顧客起点の経営を考えるCxO限定のリアルイベントを開催した。
 Session1で基調講演を行ったGainsight CEOのNick Mehta氏は、「既存顧客の継続」に注力することは、経営判断として理にかなっていると力説する。
「新規顧客を獲得するためには、マーケティング費用や営業コストなど、多大な費用がかかります。
 サブスクリプションの収益でこの費用を回収するには、24ヶ月以上の長い期間がかかることがほとんどです。
 もしそれより前に顧客がサービスを解約した場合、収支はむしろマイナスになってしまう。
 そう考えると、継続率とLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を最大限引き上げることを目標とするCSは、SaaS事業にとって最も重要な収益ドライバーだとお気づきいただけると思います。
 私自身も、10年前にGainsightに参画してから今まで、CSに最も時間を割いてきました。
 それこそ当時は、『カスタマーサクセス』という言葉すら、まだ生まれていませんでしたけれどね」(Mehta氏)
 現に、経済的に不安定な状況が続き、多くの企業が新たな投資を控えている今でも、アメリカのテックカンパニーの大半は、CSへの投資を続けているという。
 情勢が不安定だからこそ、既存の顧客を維持しないと生き残れないのだ。
 企業の存続を左右するものだからこそ、「CSとは、CS部門だけが考えれば良いものではなく、会社全体に普及しなければならない理念である」とMehta氏は話す。
 では、真に顧客を起点とした経営を実現するために、経営陣は何をすべきなのか。その具体的な実現方法を、続くイベントのセッションレポートから読み解いていこう。
続くセッションのテーマは、顧客起点経営の実践。『THE MODEL』著者である福田康隆氏をモデレーターに迎え、マネーフォワード取締役執行役員の竹田正信氏、ユーザベース共同代表Co-CEOの佐久間衡とともに、顧客の声を経営に反映させるための組織作りから、人材の配置、データの活用方法まで語り合った。

顧客全員を見なくてもいい

福田 マネーフォワードもユーザベースも、創業から十数年で複数プロダクトを軌道に乗せて、急成長を遂げたSaaS企業ですね。
 GainsightのNickさんの話にもあったように、SaaS企業の成長には、顧客のエンゲージメントを高め、サービスを使い続けてもらうことが欠かせないわけですが、お二人は経営者として顧客とどう向き合ってきたのでしょう。
佐久間 おそらくここにいる経営陣の皆さんも、「顧客起点の経営が重要である」ということには、異論がないと思うんです。
 ですが、「重要なのはわかるけれど、そこに時間を割くのが難しいんだ」というのが本音ではないかと思います。
 一人ひとりの顧客にインタビューして、ペインに向き合い続けられればもちろん理想ですが、経営者の皆さん、忙しいですよね(笑)。
 そこで私がおすすめしたいのが、全ての顧客を知ろうとするのではなく、「変化のある顧客」を捉えること。そして、そのための仕組みを作ること。
 たとえば、我々のサービスが顧客課題に確実にマッチしており、かつサービス活用も十分されていたのに、解約されてしまった顧客。
 そういった“変化”があった顧客の解約要因を具体で見にいってこそ、サービスをどう改善すべきかのヒント、つまり経営陣が注視して分析すべきポイントが潜んでいると思うのです。
 そういった顧客を見逃さないように、我々のSPEEDAというサービスにおいては、見るべき顧客のステージを定義付けして、顧客の状況をGainsightに連携しています。
 さらにステージに変化があった顧客は、Slack上で自動的に共有されるように設定しています。
竹田 マネーフォワードでも、CS観点でのデータ活用と自動化の仕組み作りに励んでいます。
 その際に私たちが最も注力しているのは、オンボーディング。
 というのも私たちが提供するバックオフィスSaaS「マネーフォワード クラウド」は、一度しっかりと使い始めていただければ、他のSaaSサービスに比べて解約率が低いんです。
 だからこそ、オンボーディング期間における顧客のケアが、その後の継続率を左右する鍵になる。
 ですが以前は、そのフェーズの顧客ケアを、CS部門の負担がかなり大きいやり方でしていたんです。CS担当者が顧客の管理画面に入って、何に躓いているのかを逐一確認してアドバイスをする、というような。
 そこで、フォローすべき顧客を判別するための指標を決め、自動的にアラートが上がる仕組みを整備。
 さらに、「このフェーズで悩んでいるお客さまに対しては、このアクションをとる」など、とるべき施策がわかるアセットも作成しました。

エースを全員、CSに投入?

福田 一括りにCSのためのデータ活用と言っても、製品やサービスの特性によって、注視すべき指標や顧客フェーズは大きく異なりそうです。
 経営陣は、自社が注力すべきポイントを見極めて、リーダーシップをとっていく必要があるのですね。
佐久間 ええ。そもそも「顧客起点」を全社の共通認識にするためには、トップダウンでの推進が欠かせないですよね。
 ユーザベースでも、コロナ禍でSPEEDAの解約率が高まってしまった時期がありました。
 その時は、とにかく既存の顧客の満足度を高めることに注力しようと、SPEEDA全体のOKRを「All For Customer Success」にしたんです。とにかく、それだけは達成しようと。
 具体的には、CSチームに各部門のエースを投入し、週次の全体会議では、毎回必ずCSの報告からスタートする。無理矢理にでも、全員で既存の顧客の成功に向き合う状態を作りました。
 その結果、解約率をきちんと元の水準まで戻し、さらにそこから改善することもできました。
福田 経営者が音頭をとって、顧客を意識するための組織を作っていくと。マネーフォワードはいかがですか?
竹田 私たちも組織作りについては、試行錯誤を続けてきました。
 というのも私が見てきた組織は、約4年前までは、組織を機能別に分けており、開発・マーケティング・営業・CSなどごとに担当役員も別にしていました。
 結果として、互いの連携がしにくく、組織の間にボールが落ちる状態がありました。
 たとえばCSが顧客から要望を受けても、開発にその要望の意図や文脈がうまく伝わらず、顧客からの貴重なフィードバックが“スルー”されてしまう。
 それを打開するために注力したのが、「製販一体」の組織作り。
 顧客の声を製品開発に活かし、顧客のエンゲージメントを高めるために、開発部門とビジネス部門の連携が欠かせないのは、皆さんご認識の通りです。
 その部門間を繋ぐ役割として、一般的にはプロダクトマネージャーやマーケティングマネージャーが入るのですが、マネーフォワードではその役割をCSとの兼務にしたり、あるいは営業とCSを兼務にしたりという形を積極的にとってきました。
 CSが各部門と繋がりやすくし、部門を横断して顧客の満足度を上げに行く
 こういった組織の変革は、やはり経営側がトップダウンで推進する必要があると思います。
 さらに現在は、サービスごとのCS部門間の垣根も無くそうと、まさに取り組んでいるところです。
 たとえば我々の経理向けのサービスを契約してくれた顧客が、HR関連の悩みも持っているかもしれません。
 そういったケースでCS部門同士が繋がっていれば、顧客の悩みに横断的に応えることができ、クロスセルにも繋げられる。その理想型に近づけたいと考えています。
最後のセッションのテーマは、経営とCS部門の理想の連携のあり方について。SansanのCS部門の責任者を経て、現在は多くの企業にCSに関するコンサルティングを行う山田ひさのり氏と、Gainsight Japan 代表取締役社長の絹村悠氏によるセッションを振り返る。

CSの役割、腹落ちしていますか?

絹村 日本企業では、経営陣とCS部門の距離がまだまだ遠い企業も少なくないと感じます。この乖離はなぜ生まれてしまうとお考えですか?
山田 大前提として、BtoBのSaaS企業では、経営とCSの距離はかなり縮まっていると思います。
 ですがそれでも、CSの役割を「顧客の満足度を高める役割」などと、曖昧に捉えている人は多いと感じます。
 CSという仕事への解像度の低さゆえ、CS部門の重要性を過小評価している経営陣もいるのではないでしょうか。
絹村 では山田さんは、CSの本質的な役割を、どのように捉えているのでしょう?
山田 私はCSの役割を、PMF(Product Market Fit)を回すことではないかと考えています。
 PMFとは、「適切な市場に対して、顧客が満足する製品を提供できている状態」を目指すこと。
 PMFを目指すことは、プロダクトやサービスを持つ企業にとって、最も重要な仕事と言っても過言ではありません。もはや経営そのものとも言える。
 ですが、誰がそのPMFに責任を持つか、定まっていない企業は意外と多いんです。
 私は顧客との距離が最も近いCSこそが、明確な指標を持ってPMFの度合いを測り、達成に向けて経営陣や開発と連携していくのが、理想の形ではないかと考えているのです。

解約率で正しく顧客を捉えられるか

絹村 確かにCSは顧客との接点が一番多く、手触り感を持って市場を捉えられる立場ですものね。
 とはいえ、その達成度を測るための指標、つまりCSが追うべき指標をどう設定するか、悩む経営陣も多いのではと感じます。
 通常CS部門の指標といえば、チャーンレート(解約率)やNRR(Net Retention Rate:売上継続率)を見ることが多いですよね。
 しかし、まず私の考えをお伝えしてしまうと、それらがCS部門における最重要な指標かどうか、懐疑的な部分もあって。
 というのも、「解約」はさまざまな要因が複合的に絡まった結果です。
 だから「チャーンレートが高まっているので、下げる努力をしてください」と言われても、言葉の抽象度が高すぎて、現場はどう行動したらいいか困ってしまうと思うのです。
山田 そうですね、共感します。
 ユーザーが数十社程度の規模であれば、継続が正義な側面もあるでしょう。
 しかし何千社ものユーザーを抱えるようになると、中には「サービスを使っていないけれど、やめていない」だけの企業も多く出てきます。
 そういった企業の解約は、チャーンレートやNRRを用いて予測することはできません。それらを放置していると、不景気などで経費の見直しがかかった場合に、解約が一気に増加するなどのリスクもある。
 そこで私は、CS部門は「プロダクトが“よどみなく”利用されている状態」を追いかけることが重要だと考えています。
 単に「使われている」「使われていない」だけではなく、「どのように使われているか」までをしっかり追っていく。
 では「“よどみなく”使われているか」を、どんな指標で測るのか。残念ながら、これは各プロダクトで全く異なるので、各社で見つけ出さなければなりません。
 その指標探しにこそ、CSは労力を使うべきではないでしょうか。
絹村 その指標を追うことが、結果的にチャーンレートやNRRの改善にも繋がりますね。
 経営陣がCSの役割を解像度高く理解するとともに、自社で追うべき独自の指標をしっかりと定義し、追っていく。
 そういったサイクルで、経営とCSが連携していく状態を、ぜひこのセッションを聞いた皆さんに目指していただきたいですね。