2023/1/18

【地方のリブランディング】過疎の島で高校生が新商品を開発

編集オフィスPLUGGED
山口県は、日本海と瀬戸内海のどちらにも面した唯一の県です。岩国錦帯橋空港や宇部空港などから、車で15分走れば市街地に出られる利便性から、移住やUターンも増え、地方創生事業も多く進行しています。

今回は、瀬戸内海側に移住やUターンをした起業家を取材。地元の名産のリブランディングや地元の農家と協同して行われた商品開発によって起こりつつある農業の変化、周防大島へと進学した高校生との商品開発活動などから、地域が内包する可能性が見えてきました。(全4回)
INDEX
  • 地域創生科のある島の高校が目指すもの
  • 地元企業とのコラボで商品開発。島の課題に取り組む
  • ビジネスを学び地域のために起業を目指す高校生

地域創生科のある島の高校が目指すもの

山口県の周防大島は、瀬戸内海では3番目に大きな島です。人口は約1万4000人のこの島にある山口県立周防大島高校には、現在30人の生徒が「地域みらい留学」などの制度を使って県外から在学中。地域みらい留学制度は、都道府県の枠を超えて地域の高校に通うことができる制度です。
島の高齢化、過疎化が進む中にあって「地域創生科」を持つ同校では、島の課題に取り組むプロジェクトが進行しています。周防大島高校校長の大田真一郎さんに伺いました。
周防大島高校校長の大田真一郎さん。自身も島の出身であり同校の卒業生
大田 「連携型中高一貫校である我が校は、生徒が186人在籍しています。うち、島内の生徒が38%、島外からきているのが62%、さらに、地域みらい留学の制度等を使って30人が県外から来ていて、現在82人が寮生活をしています」
周防大島高校では「島じゅうキャンパス」を前面に押し出し、学校内だけでなく島のあらゆる場所で授業を行っています。
「本校は、普通科の授業の中で、フィールドワークや環境科学といった体験型の授業を行ったりしているのですが、併せて全国で唯一の地域創生科を設置しており、福祉やビジネスを専門的に学んでいます。福祉コースは島が抱える高齢化にも向き合っています」
経済産業省の調査によると周防大島町の高齢化率(65歳以上の人口比率)は51.88%で、人口1万人以上の市町のなかでは全国でも最も高齢化が進んでいます。
周防大島高校の校舎から見る風景。眼下に紺碧の海が広がる
大田 「近年、周防大島は『起業の島』と呼ばれるほど、ローカルベンチャービジネスが増えてきています。それもあって、当校の地域創生科のビジネスコースは、新たなビジネスの創生を目指しています」
島内の生徒たちはもちろん島外からきた生徒たちもこの島を好きになり、この島で起業してくれることができれば、島の課題を解決することにもつながります。それが将来の雇用を生み出すことにつながるかもしれません。

地元企業とのコラボで商品開発。島の課題に取り組む

周防大島高校の地域創生科ビジネスコースに通う3年生、山崎心結(みゆ)さん、岡田藍さん、杉本琥珀さんは、現在、授業の一環として地元周防大島の企業とコラボして商品開発を行っています。協力しているのは、周防大島でクラフトソルト「龍神乃鹽(りゅうじんのしお)」を開発し、販売を手がける村上雅昭さんです。
周防大島高校の地域創生科ビジネスコースに通う杉本琥珀さん(左から2番目)、山崎心結(みゆ)さん(中央)、岡田藍さん(右から2番目)と、大空授業を行う村上さん(写真右)。この日は挨拶の大切さについて伝えていた
村上 「高校生とはいえ、実際に商品開発は大手代理店とプロのデザイナーとの仕事になります。大人と同じ土俵での勝負です。人間力を磨きながら、ビジネスというものの土台を身につけてもらえたらと思っています」
開発しているのは「龍神乃鹽(しお)」を使ったオリジナル商品の開発です。「夢鹽プロジェクト」という名前がつけられました。
海水を蒸発させて出来あがった塩の結晶をすくい取っている山崎さん
杉本 「新しい製品を作るには、まず商品(塩)のことを知らなくてはなりません。なので、自分たちで海水を汲んできて塩づくりにも挑戦しました。夜通し寝ずに塩の番をしたのですが、自分たちが作った塩ができあがったときはうれしかったですね」
また何よりも勉強になっているのは、村上さんによる人間性を磨く授業だといいます。
岡田 「挨拶一つにしても、心を込めてきちんと相手に『おはようございます』と言葉を届けることが大切だと教わりました。また、『楽な道と困難な道があったら、楽な道では何も得られないから困難な道を選びなさい』とか、学校では学べない社会を生きるための知恵をいただいていると思います」
山崎 「大人として、どう仕事に取り組むかという土台の部分を教えていただいているところです。商品開発はただ商品を生み出すだけではなく、どうやって受け入れられるものを生み出して、どう売っていくのかを考え、行動し、人と関わっていかなくてはなりません。それにはやっぱり人間性を高めることが大切なんだということが理解できました」
生徒たちの言葉を隣で聞いていた村上さんは、「ただの授業の一環だけで終わってほしくない」と話します。
村上 「私が彼らに伝えたいのは、ビジネスの世界は甘くないという現実です。それを乗り越えるために必要な人間力を身につけてもらえたらうれしいですね」
2022年7月には生徒たちが考案したパッケージの商品が完成しました。また、夏休み中は、ブランディングの専門家でもある稲葉綾子さんにも定期的に来校していただき、マーケティングの考え方や商品開発を行う上での必要な発想力、創造力の引き出し方等を学びました。
現在は、生徒主体で、これまで学んだ教えや知識を取り入れながら、龍神乃鹽を使ったプリンや飴細工などの商品開発に取り組んでいます。これからも売っていくこと、広めることに重点を置いた授業が続いていきます。
村上さんが周防大島高校へ出向き、生徒たちと一緒に「売れる商品」について検討した

ビジネスを学び地域のために起業を目指す高校生

現在周防大島高校のビジネスコースで夢鹽プロジェクトに携わり、起業を目指している3人の将来の夢について聞いてみました。岩国から通っているという山崎心結(みゆ)さんは、実家の農業を継ぐことを目的に同校で学んでいるといいます。
山崎 「自分で作った農作物を使ってカフェを経営するのが夢なんです。なので、進学するときにビジネスコースのあるこの学校で学びたいと思いました。実家の農業はIT化が進んでいて最先端の農業をもっと勉強したいので、卒業後は農業大学校へ進学する予定です」
岡山から来ていて寮生活をしている岡田藍さんは、ビジネスをする人たちのサポート役に回りたいと語ります。
「夢鹽プロジェクト」のパッケージを制作する岡田さん(左)と杉本さん(右)
岡田 「昔からそろばんを習っていたり、数字について興味があったのでこの学校を選びました。私は起業を目指しているわけではないのですが、起業した人たちを支える、税務の仕事に就きたいと思っています」
岩国から進学し、寮生活をしているという杉本琥珀さんは、高校卒業後に就職して社会を知ってから起業したいという夢を持っていました。
塩の袋詰めも自分たちで行った
杉本 「食品関係の会社に就職したいと思っていて、人の生活を支える仕事を数年してから、自分で起業したいと考えています。ビジネスコースでは、実際に、地元の企業とのコラボで商品開発に携わることができ、とても勉強になっています」
「龍神乃鹽」を使ったプリンの開発に挑戦している杉本さん
実際のビジネスの場に足を踏み入れた未来の起業家たちが、将来を見据えて学んでいる様子がうかがます。島に戻り、島の人たちとともに事業を行う生徒も現れるかもしれません。学校と地域が関わりを深め、未来を生み出す動きを今後も見守りたいところです。