2023/1/26

社会の「スイッチ」はどこにある?サステナブルリテラシーの育み方

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
気候変動問題や人権問題、食糧危機、貧困問題、民族弾圧など、世界にはあらゆる社会問題が存在している。
これまで、こうした社会問題を自分ごととして捉えることは難しかったが、問題が地球規模に拡大、深刻化するにつれ、若者を中心に徐々に意識は変わりつつある。しかしまだ多くの人にとって、気候変動などの社会問題を「自分ごと化」して捉えるのは容易なことではないだろう。
そんななか、日本のサステナブルリテラシー向上を目指し、2021年に若者世代と大人世代の架け橋となるサステナブルプラットフォーム 一般社団法人SWiTCHを立ち上げたのが佐座槙苗氏だ。
140カ国以上の若者が気候変動問題を議論する「Mock COP26」を立ち上げ、COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)と各国首脳に本格的な18の政策提言を行い世界的な注目を浴びた佐座氏と、2021年に開催されたCOP26で日本唯一の公式パートナーを務めた日立製作所の執行役副社長 德永俊昭氏が、日本のサステナブルリテラシーを育む方法を語り合った。

若者世代と大人世代の架け橋へ

佐座 私が自然に興味を持ち始めたきっかけは、小学1年生の頃に「もののけ姫」を見たことです。主人公、アシタカの「森とタタラ場、双方生きる道はないのか?」という問いかけから、子どもながらに人と自然の調和、共生に興味を持ち始めました。
 その後大学卒業後に、ロンドン大学大学院のサステナブル開発コースへ進んだのですが、そこで「環境問題について行動を起こさなければ」と考えるきっかけがありました。
 ある授業で環境問題について議論している時に、クラスメートから「あなたの意見は、先進国視点の発想だよ」と言われたのです。大きなショックを受けた一方で、開発途上国の実情に理解が不足していたことを反省しました。
 他にも、海面上昇で島が水没の危機にさらされ、余儀なく移住を迫られた南太平洋ソロモン諸島出身の友人などもいました。多様なバックグラウンドを持つ人と触れ合うことで、私自身、気候変動リスクを「自分ごと」として捉えられるようになったと思います。
幼少期を福岡県で過ごし、インターナショナルスクールを経て、カナダ・ブリティッシュコロンビア大学にて人文地理学を学ぶ。2019年ロンドン大学大学院 サステナブルディベロプメントコースに進学。コロナ禍でいったん日本に帰国。140カ国の若者が気候変動について議論する「Mock COP26」の立ち上げに参加した後、2021年1月一般社団法人SWiTCHを設立し代表理事に就任。
 その後は、先進国で生まれた立場だからこそ取り組める、具体的なアクションを起こしていこうと心に決めました。
 たとえばコロナ禍で気候変動問題を議論する国際会議、COP26が1年延期となりましたが、気候変動は待ったなしの問題です。それを問題視した若者たちとともに気候変動問題を議論・提案する模擬版のCOP「Mock COP」を開催しました。
 ここでは世界140カ国以上から、330人以上のサステナビリティに関心が高い若者が集まり、気候変動をめぐる6つの重要テーマについて議論し、世界に向けた提言を発表しました。
2020年7月に設立された「Mock COP」。11月には国際会議が開催され、COP26議長、イタリア環境大臣、国連青少年担当特使も参加。COP26と各国首脳に向け「18の政策提案」を行ったことで世界から注目を集めた(画像提供:SWiTCH)
 現在は大学院を休学して日本に帰国し、2021年1月に「若者世代と大人世代の架け橋となるサステナブルプラットフォーム」を目指す一般社団法人SWiTCHを立ち上げ、活動しています。
 日立さんは、2021年に開催されたCOP26でも日本企業唯一の公認パートナーということもあり、環境問題に本気で取り組み、それを国際会議でも示す日本企業はまだあまり多くないので、今日をとても楽しみにしていました。
德永 ありがとうございます。私も、今日は佐座さんから多くの学びを得たいと思っています。
 お話を聞いて、私も環境問題との接点が意外と身近にあったことを思い出しました。
 そもそも私は、日立創業の地、茨城県日立市の出身になります。その土地の人間にとって、日立製作所で働くのはごく自然なことでした。父も日立に勤めていたので、私も迷いなく入社しました。
 そこで私が日立に入社するにあたって、父にどの部門にしようか相談した際にITの仕事をすすめられたんです。理由を聞くと、「これから環境問題がクローズアップされてくると、化石燃料を燃やして二酸化炭素を出す事業は、たぶん長続きしないだろう」といまから30年も前に言われました。
 実際にその言葉を聞いて、ITの仕事を選択しましたし、環境について考える、一つのきっかけになったと思います。
1990年、株式会社日立製作所入社、 2021年4月に米国駐在から帰国し、日立製作所 代表執行役 執行役副社長に就任。2022年4月よりデジタルシステム&サービス統括本部長 兼 日立デジタル社 取締役会長。お客さまの業務や社会インフラのDXを推進しサステナブル社会の実現に貢献するグローバルビジネスを指揮している。
 また実は日立製作所の前身となる事業は、銅山で銅を産出する鉱業にあります。
 1900年代初頭、鉱山の発展に伴い、排出される鉱煙の量の増加が問題となっていました。周辺地域の農作物や草木が枯れるなど、予想を超える煙害が発生していたのです。
 そこで1915年、煙害対策のために、当時世界一の高さを誇る155メートルの大煙突がつくられました。そのような歴史がある土地に生まれ、私が感じていたのは、企業がもたらす社会インパクトの大きさです。
 山を一つ、長い間はげ山にすることも、それを再び木の生える山にすることも、企業の意思決定一つで変わってしまう。いま思うと、日立に生まれたこと自体が、はじめての環境問題との接点だったのかもしれません。

自分ごと化が難しい「3つの理由」

德永 佐座さんは、140カ国以上の若者が気候変動について議論する「Mock COP」をはじめ、世界を舞台にサステナブル社会に向けたさまざまな活動を行っています。いまの日本に対しては、どのような課題意識をお持ちなのでしょうか。
佐座 私は世界での活動を通じて、日本は特にサステナビリティへの意識が低いと実感しています。その理由として、大きく3つあると考えています。
 1つ目は、「未来を左右する決議の場に、若者がいないこと」
 これは世界共通の問題でもありますが、未来の議論をするプロセスに若者がいない。それはつまり、未来を考える、未来の価値をつくるその場に、未来を生きる当事者である人の意見が反映されないということです。
 果たして、そこで決めた未来は、本当に若者が望む未来なのか?と疑問に思うことがたびたびあります。特に日本では、意思決定の場に若者を見かける機会があまりないのが実際のところです。
 2つ目は、「サステナブルについての情報が少なすぎること」。2015年と2021年に、気候変動への意識に関して行われた調査結果を見てください。
 世界的に環境意識が高まるなか、日本だけは、数値が8%も下がっているんです。これは教育やメディアの取り上げ方の違いが大きな理由だと言われています。
 世界と比べると、日本はメディアにおいて、サステナブルに関する周知と理解が少ないという調査結果もあります。
 日本は教育機関やメディア、企業がもっと気候変動に関する情報を積極的に発信する必要がある。またフィルターのかかった情報も少なくないので、世界の情報にアクセスする機会が足りていないと感じています。
 3つ目は、「世界との連携が十分にとれていないこと」。サステナビリティに関して、国内だけの取り組みにとどまっているケースが多いため、海外諸国が抱いている危機感や共通認識と乖離が生まれてしまう。
 こうした課題が、日本における社会問題を自分ごと化する難しさの要因になっていると考えています。
德永 日本人と外国籍の方、あるいは世代間の違いによって温度差を感じる機会は、たしかに少なくありません。
 環境問題の存在自体は認知されているわけですが、それが結果的に、自分の生活や未来にどれだけインパクトがあるかまでは知られていない。
 要は、「スイッチ」が押されているか、押されていないか。その危機感の差が非常に大きいと感じています。
 逆に「スイッチ」さえ押せれば、日本は一気に変わるポテンシャルがある国だとも考えています。
佐座 おっしゃる通りだと思います。良くも悪くも、日本は同調圧力が強い国ではあるので、そこをうまく利用すれば急速に意識の変化が生まれる気がしています。

社会の「スイッチ」を押す方法

德永 社会のスイッチを押すために、佐座さんがどのような解決策を考えているのか、ぜひ教えていただきたいです。
佐座 そうですね。私は、日本の「3.5%」のスイッチを押すことが大切だと考えています。
德永 3.5%、ですか。
佐座 はい。ハーバード大学の政治学者エリカ・チェノウェス氏による有名な研究で、「3.5%理論」があります。
 1900年から2006年の間に世界で起こった数百の社会運動を分析し、「3.5%」の人が平和的な社会運動に参加することで、社会のシステムは変えられるということを実証的に示した研究です。
 そこで私は、日本の人口3.5%、440万人を変えるために「100万人サステナブルアンバサダー育成」というプロジェクトを立ち上げました。2025年に開催される、大阪・関西万博に向けて、まずは2025年までに100万人のスイッチを押すことを目指しています。
(画像提供:SWiTCH)
 日立さんも非常に多様な取り組みをされていますが、どのように社会のスイッチを押そうとされているのでしょうか。
德永 そうですね。たとえば私たちは環境投資を加速する「サステナブル・ファイナンス・プラットフォーム」を開発しています。
 これは欧米を中心にグリーンボンド(※)の発行が加速するなか、その投資によりプロジェクトが生み出す環境・社会への効果を示す、測定可能かつ比較可能な指標を示すためのモニタリングやレポーティングを可能にした技術です。
※企業や地方自治体などが、環境改善効果のあるプロジェクト(グリーンプロジェクト)に要する資金を調達するために発行する債券のこと。
(画像提供:日立製作所)
 実は、このプラットフォームは、一人の社員の「グリーンエネルギーへの開発投資を増やしたい」という思いから生まれました。このように、一個人の挑戦のスイッチを押すような事例を増やしていければと考えています。
 またイギリスでも、「電気自動車の普及に貢献したい」という社員の思いから、EV普及拡大を支援するコンソーシアム「Optimise Prime」を日立グループが主導しています。多様なグローバル企業とも連携することで、人や社会を巻き込むスイッチを押していきたいと考えています。
佐座 日本企業の中でも、なぜ日立はサステナブル社会に向けた取り組みが多くなされているのでしょうか。
德永 日立は、1910年の創業当時から「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」を企業理念に掲げていました。社会貢献への意識がDNAに組み込まれているんです。
 シリコンバレーの若者からも、「100年以上前から社会貢献をパーパスにしてきた会社で働けるなんて、この上ない喜びだ」と言ってもらえることもあります。いまの時代になって、改めて創業時の理念の価値を再認識しています。
佐座 まさに現代にも通じるパーパスですね。上層部の方のサステナビリティに対する意識は、どのような感触をお持ちですか。
德永 そうですね。役員クラスの業績評価の中には、非財務指標、環境にどれだけ貢献したかの指標があります。そのためか役員クラスに、環境意識は十分に受け継がれていると思います。
 一方で、Z世代と役員世代の中間層であるミドルマネジメント層の方々は、環境意識はあるものの、その日のオペレーションで手いっぱいという実態はあるかもしれないのが、正直なところです。
佐座 短期的な利益に集中しなければならない層、ということですよね。そこからの脱却は、多くの企業が抱える課題です。
德永 短期的な視点からの脱却については、それこそ若い世代も含めた議論の必要性を感じます。どういう未来をつくりたいのか、そしてそれが経営に反映されること。そのうえで、長期的な社会貢献が成功の指標の一つになることが重要ですよね。
 そのためにも、お手本となる企業が必要でしょう。それに日立がなれるように、今後も努力しなければと考えているところです。

多様なステークホルダーと目指す、社会イノベーション

佐座 日立のイギリスでの事例もそうですが、近年業界を越えたパートナーシップが多様ですよね。こういったムーブメントを通じて、企業や人をより巻き込むためには、どのような視点やアクションが必要だとお考えでしょうか。
德永 まず入り口としては、やはり「目的」を共有できるかどうか。たとえば「社会に貢献する」という目的を共有できてはじめて、その意義の大きさがバックグラウンドや立場を超える一つの原動力になるはずです。
 そのうえでメリットとして実感してもらいたいのは、課題解決のエコシステムに参加することで、全員が「主役」になれるということ。
 参加したことで、企業としてのアピールにもつながりますし、参加企業数が増えれば、社会インパクトも大きくなる。
 この好循環を繰り返していくことを「社会イノベーション」と呼び、現在日立で挑戦しているところです。
 ここでは社会課題を解くために、どれだけさまざまなパートナーと組めるかを重要視しています。そうして日立だけでなく、多くの企業と一緒に未来をつくりたいと考えています。
佐座 あらゆるステークホルダーと連携しようとする姿勢は、とても大切ですね。
 現在、日本にはCSRやSDGsに関する部署は多くあるものの、他部門の方々とのコミュニケーションがうまく取れない状況もあると思います。そうした時の解決策として、「目的」の共有と相手を尊重する姿勢が一つ大切になってくるかもしれません。
 加えて、社会や組織のサステナブルリテラシーを育むために、上の世代と若い世代がよりコミュニケーションを取ることも重要だと思います。
 先ほど温度差の話もありましたが、世代間の分断が日本では大きい。ですからある程度強制的なやり方で、対話を促すアプローチも必要だと考えています。
 たとえば、「会議のメンバーの何割かは必ず若者でなければならない」など、少し泥くさいかもしれませんが、枠組みを整えるところから、壁を取り払っていきたいですね。
德永 そうですね。日立は110年以上前から社会貢献を掲げてきた企業でありながら、最新のデジタル技術も持っている稀有な会社です。
 サステナブル社会を実現するために、日立は何ができるのか。人々のウェルビーイングを高めるために、どんなことができるか。デジタル技術を通じて、サステナブルな社会と人々の幸せを支えていきたいと考えています。
 そうした価値を今後も生み出し続けるには、ジェンダーや国籍の多様性などに加えて、若い世代の力が非常に重要になってきます。
 今後はより一層、日立が向き合う課題をオープンに共有し、若い世代はもちろんさまざまな方と一緒に未来をつくれるような会社を目指したいと思います。
 私たちは、日立のスイッチを押してくれる、若い世代の挑戦をいつでもお待ちしています。