SPORTS-INNOVATION

馬場渉講演レポート・第2回

データとにらめっこするにはセンスがいる

2015/1/23
昨年12月、SAPジャパンにおいて「スポーツアナリティクスジャパン2014」が開催され、本連載の著者・馬場渉(SAP社、Chief Innovation Officer)が登壇した。ビジネス界でもスポーツ界でも、シンプルな指標で複雑な現象を理解することが進んでいる。ソニーやアップルの「キャッシュ・コンバーション・サイクル」などを例に、データアナリシスのエッセンスを紹介する。

経営におけるデータアナリシス

私ども(SAP)はビジネス向けのソフトウエアを作っている会社でして、企業向けのあらゆる事業活動のオペレーティングシステムとしての役割を担っています。ビジネス向けのアプリケーションソフトでは世界ナンバーワンとなっております。

この2年くらいかなりスポーツに力を入れていまして、スポーツ向けでもナンバーワンになろうと。大掛かりにやっているので、すでにかなりの存在感を示せていると思います。

現在、サッカーのドイツ代表、バイエルン・ミュンヘン、ホッフェンハイム、大リーグのニューヨーク・ヤンキース、アメリカンフットボールの49ers、F1のマクラーレンといったチームと提携しています。日本でも各種日本代表やプロチーム、高校・大学などのサポートが始まったところです。

馬場渉、SAPジャパン、バイスプレジデント、Chief Innovation Officer。テクノロジーを利用することで、あらゆる業界のビジネスにイノベーションを起こすことが日々の業務。SAP社の分析システムを使用するドイツ代表が2014年W杯で優勝したことを受け、サッカーや女子バレーの分野にも進出。SAPジャパンの事業のひとつとして、福井県鯖江市のオープンデータへの取り組みにも関わっている。(写真:Shinya Kizaki)

馬場渉、SAPジャパン、バイスプレジデント、Chief Innovation Officer。テクノロジーを利用することで、あらゆる業界のビジネスにイノベーションを起こすことが日々の業務。SAP社の分析システムを使用するドイツ代表が2014年W杯で優勝したことを受け、サッカーや女子バレーの分野にも進出。SAPジャパンの事業のひとつとして、福井県鯖江市のオープンデータへの取り組みにも関わっている。(写真:Shinya Kizaki)

今回の講演はスポーツアナリストのイベントですが、ビジネス界のアナリストとの共通点もすごく多いので、経営分析の世界的動向と考え方を紹介したいと思います。

サッカーの試合が支配率やシュート本数だけでは本質が分からないのと同じで、経営でも売上や利益がどうだという大雑把なデータだけでは何も見えてきません。かといって、膨大なデータを取るだけでも、物事が複雑に感じてしまう。

そこで大事なのが、適切な指標で物事をシンプルに捉えることです。

経営企画や財務の人たちが見ている数字

企業における情報活動・分析を、簡単に紹介しましょう。

サッカーだったら選手やボールの動きをトラッキングしますが、企業の場合、商品やお金の流れをキャプチャーします。購買、生産、出荷、販売、入金…。いわゆる経済活動ですね。物や金のライフログをとると、いろんなことが見えてきます。

こういうデータが上にあがって、売上なんぼ、利益なんぼと分かるわけですけど、さらにいくつかの数字を組み合わせると、いろんなことが分かってきます。
 zaiko のコピー_w600px

数式が目に入るだけでつらくなる方もいると思うんですが、一つひとつは大したことはありません。小学校の算数だけで求められます。細かく言えば、標準偏差も関係してくるんですが、ここでは割愛しましょう。

例えば「売上高÷売上債権」を計算すると、会社の売上債権がどれくらい効率的に回収できているかが分かります。ものすごく大雑把に言えば、「販売から入金までのスピード」というイメージです。

同じく大雑把に言うと、在庫回転率は「仕入れてから物が売れるまでのスピード」です。

経営企画の部門や財務の部門、もしくは工場やサプライチェーンの人たちが、一生懸命この数字を見て、「もっと良くするためにはどうするか」を考えています。

ソニーとアップルの違い

もう少し突っ込んだ話をしましょう。

今みたいな単純な数字、結果指標をちょこっと組み合わせると、企業のスピード感を表現できます。

極めて単純化しますと、商品を仕入れる・加工する・売る・代金を回収する・仕入れた原材料の代金を払うというサイクルです。製造メーカーでも、材料でも、小売りでも、このサイクルをぐるぐるまわしているのは同じです。

指標を計算すると、スピードサイクルがでてきます。

上がソニーで、下がアップルです。よく見ると分かるんですが、ものすごくスピード感が違います。
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まずソニーを見ると、商品の仕入れから販売までに約51日かかり、そこから代金回収まで約42日かかっています。その間に仕入れの支払い期日が先にやってきます。

つまり借金をしなければなりません。これがいわゆる資金繰りというやつです。ソニーの場合、代金回収の約33日前に仕入れの支払いをしています(33日のマイナス)

ちなみにこの数字は、商品一つひとつを追っているのではなく、全部の売り上げを全部の債権で割って…と全体で計算したものです。

一方、アップルは商品の仕入れから約5日後には販売しており、さらにすごいのはすぐに代金を回収していることです。仕入れへの支払いの方が後で、借金の必要はありません。代金回収から仕入れ先への支払いまで約52日も開いています(52日のプラス)。

これを「キャッシュ・コンバーション・サイクル」というんですが、ソニーとアップルのスピード感はこんなにも違います。

この程度の違いは、シンプルな数字の組み合わせのみで分かります。なぜ外への金払いは遅く、もらう時はやたら速い、そんなことが可能なのか? 慣れてくると数字を見るだけで、購買の現場、販売の現場の絵が浮かびます。社風すら分かります。一度も人に会わなくても。

レーブ監督が定めた抜群の「指標」

こういう経営的視点でドイツ代表のレーブ監督の取り組みを見ると、「キャッシュ・コンバーション・サイクル」と同じような、まさにシンプルで適切な「指標」を選んでいることが分かります。

レーブ監督はドイツ代表の選手がボールを受けてからパスを出すまでの秒数が、プレミアリーグの平均値より遅いことを問題視しました。そこで「パスを出すまでの秒数を短くする」というシンプルな目標を掲げ、2005年時点では2.8~3.2秒かかっていたのが2008年には1.6秒まで短縮しました。

パスを出すまでの秒数を短くするには、ボールコントロールの技術を上げる必要がありますし、まわりが動いてパスコースを作る必要があります。そういう要素をすべてひっくるめてシンプルな「パスを出すまでの秒数」という形で示し、さらにデータを取って選手に示した点が、まさにビジネスにおけるデータアナリシスと同じ手法です。

分析には現場視察や会議のチェックも含まれる

企業における経営の分析は、この10年、20年で大きく変わりました。

一昔前は電算室があって、そこで会計や給与計算が行われていましたが、今ではコンピュータによって自動化されています。

「システム・オブ・レコード」と言いますけど、記録するためのシステムがどんどん入った。今はもっと大事なのは「システム・オブ・エンゲージメント」で、記録したり蓄積することより、もちろん使われてなんぼ、思考や行動に影響を与えてなんぼです。

どうしたらアップルのように俊敏になれるのか? ビジネスアナリストたちはその理由と、具体的にアクションに結びつく「では何をすればいいのか?」をそれぞれの企業で考えています。

彼らの仕事はデータを分析することだけではありません。販売現場、代金回収現場、仕入れ購買の現場にも足を運んで、問題を探します。「あ、こういう物の買い方をしているから、すぐに支払わなければいけないんですね」と。

どういう根拠に基づいて意思決定をしているかを知るために、会議の中身まで観察します。

そして最後に「じゃあこうしたら、そもそもそのやり方じゃなくてもよくなりますね」と提示します。その業務がこう変わればきっと数字はこう変わると、自信を持って伝えます。

これが企業におけるデータアナリシスの活動です。

ビリー・ビーンのスポーツ界における功績

ただし、ビジネスの世界でこういう分析が普及しきったかというと、そうではありません。数字を単に積み上げて報告するアナリストもいます。それが自分の仕事だと思っている人もいます。言われた数字を提示するプロもいます。

過去のトレンドをそれらしく分析して今回はこうだったと報告する人間もアナリストと呼ばれます。何をすればいいのか? 次に何が起こるのか? それをガイドするアナリストだっています。レベルはさまざまです。

それはスポーツも同じです。ビジネスがそうであるようにこの辺はやはり欧米の方が進んでいると思います。

2002年、ビリー・ビーンGM率いるオークランド・アスレチックスが最高の勝率を記録し、翌年に『マネー・ボール』が出版されました。そして2004年、ヒューストン・ロケッツが初めてNBAでアナリストを導入。今ではNBAの全チームがアナリストを雇っています。

ヒューストン・ロケッツのダリル ・モーリーGMはデータ分析の大切さに気がつき、スポーツアナリストの育成・能力向上のために、母校マサチューセッツ工科大学とともに「スポーツ・アナリティック・カンファレンス」を2006年に立ち上げました。彼はかつてSTATS社のスポーツデータ・アナリストでもありました。そのような人間がGMや監督をやる時代になってきています。

ビリー・ビーンはサッカー界にも影響を与えています。元ドイツ代表のクリンスマンはアメリカでビーンと出会い、最先端のデータ分析利用を知りました。そして2004年にドイツ代表監督に就任するとそれを導入し、10年後のW杯優勝の礎を築きました。

情報部門のトップが数億円稼ぐ時代に

企業のIT担当やデータアナリストの方は、何から何まで期待される時代になりました。

ビジネスの理解、コミュニケーション力、問題発見能力、イノベーション力、推進力、標準化できる能力が求められ、さらに日進月歩の最新のIT技術も知っておかなければならない。いったいどこまでやらなければならないんだという感じです。

ただし、実際にその期待に応えている人間がいるんです。それがサラリーに反映されて、アメリカの情報部門のトップとなると数億円の年俸を稼ぐ人がいます。

アメリカの場合、証券取引所のルールで、役人のうちトップ5人の報酬を開示しなければならず、その5人の中に情報系の人が入るケースが増えています。日本でも1億円を稼ぐデータアナリストがいます。

日本のスポーツアナリストからも1億円プレイヤーが出る時代が、近い将来くるのではないでしょうか。

(構成:木崎伸也)

*本連載は毎週金曜日に掲載する予定です。