2022/12/26

「M&A」が企業と経営者の“熱”をドライブする理由

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 2022年11月23日、晩秋の時雨が降るなか、「地域から『希望』を創る」をテーマにした大型イベント「WestShip」が、大阪で開催された。
 天候とは打って変わり、大阪・梅田には多くの聴衆が集まり、熱を帯びたイベントになった。
 本稿では、そのセッションの1つ「未来志向のM&A戦略」のダイジェストをお届け。
 日本M&Aセンター 取締役 大阪支社長 渡部恒郎氏のモデレートで、スマートメディア代表の成井五久実氏USEN-NEXT HOLDINGS執行役員の北川貞光氏が、M&Aの意義、可能性について語り合った。
INDEX
  • スマートメディアが売却後も成長できた理由
  • なぜ、M&Aが「成長投資」に有効なのか
  • 買い手も売り手も「成長」を続けられるM&A
  • 「10年後」の成長を考えるために必要なこと

スマートメディアが売却後も成長できた理由

渡部 本日は、スマートメディア代表の成井さんと、USEN-NEXT HOLDINGSの執行役員である北川さんにお話を伺っていきたいと思います。
 はじめに、スマートメディアのビジネスモデルについて、それぞれ教えていただけますか?
成井 スマートメディアは、ベクトルグループというアジアナンバーワンのPR会社が運営しています。
 プレスリリースの配信サービス「PR TIMES」も、グループ会社のひとつです。
渡部 どんな経緯でベクトルグループからスマートメディアは生まれたのですか?
成井 ベクトルグループが、私が28歳のときに起業したキュレーションサービスの「JION」を買収したのをきっかけに、スマートメディアが誕生しました。
 クスッと笑えるトピックを扱う「笑うメディア クレイジー」や、ラグジュアリー層向けの「OPENERS」、ミレニアム世代・Z世代に向けた動画メディア「McGuffin」など、複数のウェブメディアを運営しています。
 また、近年はオウンドメディア事業にも注力しています。 
 我々が従来の「メディア」で配信するだけではなく、Webサイトの運用や管理に必要なSaaS型CMSや、さまざまな企業のオウンドメディア制作を担当する、コンテンツマネジメントもしています。
渡部 スマートメディアができた当時は、「JION」を含めて、5社の統合があったそうですね。
成井 最初は3社の統合で、最終的に5社になりましたね。
 そのときから、ただ単にベクトルグループの傘下に入るのではなく、今後上場も見据えた上で事業運営をしていくという目標がありました。
 なので、統合後も事業が伸びてきたのは、上場の可能性も含めた、成長戦略を当初から描いていたから。
 また、買収後も経営者が成長していくための、インセンティブもきちんと設計されたのは良かったですね。
 一般的にM&Aというと、買収後に前経営者が辞めてしまうという事例もありますが、スマートメディアの場合は、経営者は据え置きにしつつ、バックアップしてもらいながら、事業を成長させられています。

なぜ、M&Aが「成長投資」に有効なのか

北川 素晴らしいですね。逆にUSEN-NEXT GROUPは「買い手」という立場で、成長戦略におけるM&A推進を掲げています。
 会場のみなさんは、なんとなく音楽配信サービスの「USEN」や、動画配信サービスの「U-NEXT」は知っていただいているかと思うんですが、それだけをやっているワケじゃありません。
 まずは「U-NEXT」を中心としたコンテンツ配信のサービスを展開しています。
 次に、「USEN」での店舗BGMをはじめ、POSレジ、デジタルサイネージや看板、AIカメラ、それから配膳ロボットといった、いわゆる店舗や施設の事業支援に関わるサービスをしています。
 そして、インターネット回線やグリーンエネルギーなどを供給する通信・エネルギー事業と、大きく分けて3つのセクターで事業を展開しています。
 現在、25の事業会社がありますが、M&Aを通じて業務拡大をしていくのが長期的戦略のひとつです。
渡部 確かにUSEN-NEXT GROUPでは、2022年の中期経営計画において「M&A等の成長投資による非連続成長への挑戦」と発表されています。
 M&Aが成長投資に有効な理由として、どのようにお考えですか?
北川 コンテンツ配信事業で言うと、コンテンツやIT、知財の企業や事業を買収し、内包していくことでビジネスを拡張していけます。
 一方、業務効率化を推進するサービスを提供している店舗・施設事業支援でのM&Aでは、飲食店や美容院、ホテルなど、我々が保有するネットワークとの“マッチング”を活用できる。そこに意味があります。
 たとえば、急成長したスタートアップも、そこから全国展開をするとなると、さまざまな壁が立ちはだかります。
 我々のグループに参画いただければ、よりスケーラビリティのある事業にできますし、当社としては、スタートアップの拡大とともに既存のサービスを提供できるクライアントも増える。
 2022年に、日本M&Aセンターさんに仲介に入っていただき、フードデリバリーブランドのフランチャイズ事業を手がけるバーチャルレストランを買収しましたが、それはまさにそう。
 M&Aは、Win-Winを生み出す戦略のひとつだなと感じています。

買い手も売り手も「成長」を続けられるM&A

渡部 成井さんはご自身の事業を売却されて、今はベクトルグループの一員として事業運営をされていますよね。
 ベクトルグループ全体としては、M&Aをどのような戦略として位置づけていますか?
成井 実は、ベクトルグループは他でもM&Aを繰り返していて、現在は約40社がグループに入っています。なので、重要な戦略のひとつなのは間違いありません。
 ベクトルの特徴として挙げるなら、買収後も私のように旧経営者が残り、事業運営を続けていくことが多いこと。
 売却側の経営者としては、資本力のある大企業の傘下に入るという選択によって、自分のやりたい経営に集中できるので、とてもよい選択だったと考えています。
 有り難いのですが、ベクトルの傘下に入った後はV字回復を達成しました。
渡部 「V字回復」ということは、売却される前はかなり大変な状況だったのでしょうか?
成井 「JION」をベクトルに売却した2016年ごろは、WebメディアによるM&Aブームが起こっていたと思います。
 例えば、女性向けキュレーションメディアを運営していた「Candle」が、ファッション通販サイトなどの運営を行うクルーズに12.5億円で買収されたり……。ただその後、Webメディア全体の信頼が落ちるような事件があったんです。
 すると、その影響で 「JION」においても、すべての広告主が出稿をストップするという状況で、キャッシュを見てみると、300万しか残ってない……。
 どうすれば事業を続けられるかと、考えついたのがM&Aだったんです。
 なんとかこの事業を続けたいと、経営者や投資家に話したところ、ベクトルが早期に決断をしてくれて。資金がショートするギリギリ前に、M&Aができたという、大変ドラマチックな出会いでした。
 話がそれてしまいましたが、M&Aは売却側としても事業存続や、その後の成長を考えたいときに有効な手段だと考えています。
渡部 我々も京都でAI開発を行うRistというスタートアップ企業と京セラコミュニケーションシステムのM&Aに関わらせていただきました。
 売却後、創業者は経営の第一線からは退きましたが、買い手側から経営のサポートを受けて、劇的に成長しているんですよね。
 創業者はAI技術者としてもちろん素晴らしいのですが、ご自身では「経営は向いてない」という話をされていました。
 M&Aによって、経営戦略の選択肢が増えるというのは、とても実感が湧きますね。

「10年後」の成長を考えるために必要なこと

渡部 さて最後のテーマです。10年後の成長のために必要なこと、なんだとお考えですか? かなり長期的なスコープですが……。
成井 私の場合、M&Aという選択肢が加わって、世界が加速したというのを実感しています。
 早く大きくしていくための手段として、M&Aは最適な手段だと思いますね。
 ただ、買収後に旧経営者や売却企業にとってのインセンティブ設計を明確にして、買い手も売り手もマッチングする努力をしていかないと、長期的には続いていかないと思います。
 やはり違う会社同士がひとつになるので、カルチャーショックもありますし、評価制度も違いますから。
渡部 北川さんは10年後の成長について、どうお考えですか?
北川 難しいですね(笑)。10年後だと、売り上げ規模が2.5倍から3倍になるとして、現状USEN‐NEXT GROUPの総売上が2500億円くらいなので、6000億円の世界をどうつくるかってことですよね。
 そういった視点で捉えると、基礎事業を伸ばすのはもちろんですが、マーケットが成熟してきたり、ルールチェンジしたりするのは、10年もすれば必ずある。
 そういった状況を想定すると、やはり新しいケイパビリティをどんどんアダプトしていかないと、ゲームには勝てません。
 そういう意味でも、M&Aは考えざるを得ない。「したいか、したくないか」というよりは、マストでやらないと、太刀打ちできない世界になってくるでしょうね。
 その上で、優秀な経営人材を獲得していきつつ、事業全体を大きくしていくことがとても重要かなと考えています。