2022/12/23
【マーケター必修クイズ】無意識に潜む「ジェンダーバイアス」
NewsPicks Brand Design / Senior Editor
プロが手掛けた企業広告でも、近年はバイアスを孕んだ表現がもとで炎上してしまうケースは一つや二つではない。
性別間での偏見はあってはならない──こう頭ではわかっていても、誰しも持っているのが「ジェンダーバイアス」だ。これを読んでいるあなたも、もちろん例外ではない。
まずは自らが持つバイアスに気づけるかをチェックするために、クイズに答えてみてもらいたい。
以下の4つのダミー広告を見て、どんなバイアスのかかった表現があるだろうか?
あなたはすべてのジェンダーバイアスに気づけただろうか?
これらの広告にいったいどんなバイアスが潜んでいるのか。広告におけるジェンダー表現の課題点や、企業が知るべきジェンダーバイアスのリスクとその対策について、プラットフォーマーとWeb広告代理店、ジェンダー問題に詳しい有識者の3者で議論した。
- ジェンダーバイアスは企業のリスクになる
- 解説編:広告に見るジェンダーバイアスの例
- 広告に求められる「リアリティと新たな価値観」
- DE&I社会の実現に広告業界から貢献できること
ジェンダーバイアスは企業のリスクになる
──女性活躍に関連して、昨今「ジェンダーバイアス」というワードをよく目にします。具体的にどのような偏見を指すのでしょうか?
治部 それにはまず、ジェンダーについて理解しておく必要があります。
私たちは生まれたときに外性器の形で「男」「女」という生物学的な性別を与えられます。
一方のジェンダーは、“社会的・文化的に意味づけられた性差”のこと。いわゆる「男性像」「女性像」を指します。
たとえば七五三という日本の伝統行事では、女の子は振り袖を着て、男の子は袴やスーツを着る風習も、ジェンダーの1つです。
ジェンダーはどんな社会にも存在し、国や民族などによって異なるもの。また、晴れ着にスーツが加わったように、時代によって変化もします。
前提として、ジェンダーは社会的な傾向として存在するだけで、それ自体がただちに問題ではありません。社会によって異なる文化のありようと考えられるからです。
ただ、そういったジェンダーに基づいてバイアスがかかる、つまり“偏見”は問題です。だれかの自己決定を阻害する危険性があるからです。
──企業でいえば、どんなリスクがありますか?
治部 最も多いのは、性別を問わず、ビジネスパーソンのキャリアの選択肢を狭めてしまうケースでしょう。
人材の採用にもマイナスに影響します。
たとえば、こんな事例があります。
同じ年頃の子を持つ30代男女の社員がいて、女性は夫と家事・育児を分担しながら、男性はシングルファザーで一人きりで子育てをしています。
この2人が遅くまで残業をしているときに、上司が女性社員だけに「お子さんは大丈夫?」と声をかけたり、男性のほうにばかり出張をお願いしたりするんです。
上司は、もちろん男性がシングルファザーだとは知っている。それでも「男性はバリバリ仕事ができる」と思い込んでしまっていたんです。
こうした環境下では、育児や介護をする男性は、職場を変えねばならないかもしれません。一方の女性も、キャリアアップの機会が得られず、転職していくかもしれない。
古田 長時間労働がなかなか改善されない広告業界には、まさに男女問わず優秀な人材を獲得しにくいという課題があります。
荒井 役員や管理職の女性比率も課題に挙げられることが多いかと思います。
私たちのグループでも2022年10月、新たに3人の女性執行役員が就任しました。今後も課題に対し積極的にアプローチしていきたいと考えています。
古田 そうですね。組織に多様性がないと、そこから生まれる広告やマーケティングの表現にアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が働きやすくなります。
万が一炎上すれば、業界はもちろん、クライアント企業のブランド毀損につながるかもしれませんよね。
また、広告を目にした利用者、特に子どもたちにジェンダーバイアスを刷り込み、再生産してしまいかねない。
“広告表現の社会的責任”という観点からも、大きな問題と言えます。
解説編:広告に見るジェンダーバイアスの例
──では、ここからは、ジェンダーバイアスがどのような形で広告表現に表れるのかを、ダミー広告を通して考えていきましょう。第1問は、2パターンがセットになったサプリメントの広告です。
※本記事用に制作したダミー広告
荒井 1つの商材に対して、ユーザーの性別に合わせたクリエイティブを用意していますね。
もしこの2パターンしか配信していないとすると、「家事=女性」「仕事=男性」というジェンダーバイアスがうかがえると言えそうです。
一方で、広告のミッションは、限られた予算内で最大の効果を上げること。
さまざまなクリエイティブを配信し、「最も多くクリックされた」といったデータに従った結果、意図せずにジェンダーバイアスを助長してしまうケースもあるかもしれません。
古田 データから最適化できるのが、Web広告のメリットですよね。
荒井さんの指摘の通り、働く女性が増えたからこそ、最初から比較検討の広告クリエイティブを用意しないのは、ビジネスの観点からも合理的ではありません。
その結果、リーチできたはずの利用者を逃すこともあり得ますから。
治部 私が気になるのは、「女性=ピンク」「男性=青」という色使いです。
こういった色分けも非常によく目にしますが、実際に「女性はピンクを好んでクリックする」というデータがあるのでしょうか?
荒井 基本的にはさまざまなパターンを検証し、データに従って効果の高いクリエイティブの配信を強化するのが一般的です。
なので、なかにはそういったデータが含まれる場合もあるかもしれません。
ただ、最初の検証にあたってクリエイターが過去の経験などから、無意識のうちに色や構図を選んでしまっているケースがあるかと思います。
古田 少し前まで「女の子は赤、男の子は黒」が常識だったランドセルも、徐々に色の選択肢が増えています。
こういった現状を考えても、色が持つジェンダーイメージがアップデートされている事実は認識しておきたいですね。
──続いて、転職サイトの広告です。
※本記事用に制作したダミー広告
古田 まず、男性のほうが給与や役職が高いですね。
女性は事務や秘書、男性は営業といった職種と性別の結びつけ方にも、ジェンダーバイアスを感じます。
治部 2021年のOECDの統計によれば、日本の男女のペイギャップ(賃金格差)は22.1%で、主要39カ国のうちワースト3位。
その要因は職種や職歴の違いにあり、特に男性のほうが長く同じ会社に勤められるため管理職につきやすいといわれています。
その意味で、この広告は世相を反映しているとも言えますが、現実にいるはずの女性管理職や男性秘書の存在が隠れてしまっている。
これでは、ペイギャップをはじめとするジェンダー格差の再生産が懸念されますね。
広告に求められる「リアリティと新たな価値観」
──第3問は、不動産系のバナー広告です。
※本記事用に制作したダミー広告
治部 こちらも、非常に“広告あるある”ですね(笑)。「夫が稼いでマイホームを買う」「妻は養ってもらう」という性別役割分担の意識が表現されていると思います。
ただ、こういった「男は仕事、女は家庭」というバイアスは、男性だけでなく女性も内面化しているのが難しいところです。
賃金格差を前提に、「結婚して扶養されたい」「家計を支える責任を負いたくない」と感じる女性も少なくない。
古田 こうした価値観も、多様性の中の1つですよね。
その意味では、Webの広告に求められるものが、ユニークさや新たな価値観の提供へとシフトしている途上だと感じています。
テレビのようなマス広告と比べて、コンテンツが一瞬で消費されていくデジタルの世界では、わかりやすさを追求し、ステレオタイプな表現に陥りやすい。
一方で、少ないリソースで何十パターンも制作して配信できるのは、Web広告ならではのメリットです。
その中にいくつか、従来のステレオタイプにとらわれないクリエイティブを仕掛けていけば、ユーザー獲得の機会や企業イメージの向上の可能性にもつながっていくはずです。
──最後は、育児中の父親を描いたストーリー型の広告です。
※本記事用に制作したダミー広告
治部 子どもの保育園の送り迎えをして、夕食を用意するお父さんは一見、現代的な価値観が反映されているようですね。
荒井 「男性は家事・育児全般が苦手」というのは、ジェンダーバイアスでしょうか。
古田 このダミーと似た過去の事例に、2019年にイギリスで放送されたフィラデルフィアチーズのテレビCMがあります。
これは赤ちゃん連れの父親2人が、子どもの存在を忘れるほどチーズに夢中になるというストーリー。
「男性は育児ができない」というジェンダーバイアスを助長するとの指摘から、自主規制機関によって放送禁止になりました。
また、父親がファストフードを子どもに食べさせる表現は「楽しそう」「リアル」といわれますが、母親の場合は「育児を手抜きしている」と、なぜかネガティブに受け取られやすい風潮があることも、ジェンダーバイアスの典型的な例です。
治部 内閣府男女共同参画局の調査では、日本人女性は日本人男性の5.5倍長く、家事・育児をしているとわかっています。調査国の中でも最も男女差が大きい。
だからこそ、男女不平等な現状を変えていくために、企業の“半歩”進んだメッセージを提案していってもらえたらと考えています。
それを単なる絵空事ではなく、多くの人が共感できる広告にできるかは、古田さんや荒井さんのような広告に携わる方々の腕の見せどころですよね。
DE&I社会の実現に広告業界から貢献できること
──どうすれば広告表現のジェンダーバイアスを防げるのでしょうか?
荒井 やはり、できるだけ多くの異なる視点のメンバーで、偏りがないか確認することに尽きると思います。
たとえば弊社サイバーエースでは、顧客と弊社の営業チームやクリエイターチームが、配信前の広告クリエイティブの内容を確認できる仕組みを整えています。
また、広告戦略や企画を練る際に実施するアンケート調査においても、バイアスに基づく回答に誘導してしまわないよう、内容をチェックし合っています。
古田 私たちMetaでは、サイバーエースさんのような広告代理店や人材会社などをお招きして、ジェンダーやDE&I(※)に関するワークショップを開催しています。
※Diversity,Equity and Inclusion(多様性、公平性、包摂性)の略。
まさに今回のようにWeb広告の事例を見ながら議論するのですが、毎回ジェンダーバイアスとは無意識の産物なのだと実感します。
ただ、一度気づけば防ぐのは難しくない。
ワークショップを実施して、広告主や広告代理店の方が広告表現にバイアスがかかっていないかを、積極的にチェックしてくださるようになりました。
広告効果として支障のないケースもすでに見受けられており、広告業界のリテラシーが向上しつつあるのを感じます。
DE&I のトレーニングにVRも活用する。Meta、電通、セプテーニグループの3社で企画したワークショップを、2022年5月31日にトライアルイベントとして開催した。
荒井 私も先日、Metaでのワークショップに参加させてもらいました。
クリエイターはもちろん、役員の方や私のようなバックオフィスのメンバーも含めて30人ほどで議論しても、反応は本当に人それぞれ。
どんな人にも偏見があるならば、完全に性差にとらわれないジェンダーニュートラルな広告を作るのは難しい。
炎上を防ぐ唯一にして最大の予防策は、多様な人の意見を聞くことなのだろうと再認識させられました。
治部 それに尽きますよね。一定規模の企業であれば、多様な意見がそろうはず。
それにもかかわらず、ダイバーシティに関する研修をさせてもらうと、伝統ある企業ほど、経験則からの思い込みにとらわれがちだと感じます。
古田 「今までのパターン通り」という思考停止こそ、偏りのある広告表現が生まれる要因ですよね。
今、実社会で人々はどのような生活をしているのか。そしてダイバーシティの観点からどのような社会を目指すのか。
全員で認識をアップデートし続ける必要性があると思います。
治部 それには、組織内の心理的安全性が不可欠です。
違和感を抱いた人が自由に指摘できる環境づくりが、最も大切なダイバーシティのマネジメントではないでしょうか。
特にチーム内でのポジションや年齢が上の方には、若手社員、あるいは非正規社員やフリーランスといった雇用形態において弱い立場の人にこそ、意識的に耳を傾けてほしいと思います。
古田 今日はジェンダーの視点に絞って議論させてもらいましたが、真のダイバーシティ社会を実現するには、LGBTQや障害者、外国人など、もっと広くマイノリティに目を向けていかねばなりません。
Facebook上の広告表現をサポートするMetaのクリエイティブショップのミッションは、「私たちのすべてのクリエイティブにダイバーシティを」です。
それがプラットフォームの社会的責任だと考えています。
旧来のメディアでは見過ごされてきたマイノリティの存在や生き方は、デジタルプラットフォームで可視化されました。この流れを、広告やマーケティング業界でも後押ししていきたい。
──グローバルに展開するプラットフォームとして、取り組みたいことはありますか?
古田 今後は広告表現だけでなく、その制作過程においてもダイバーシティを推進していきたいです。
Metaのクリエイティブショップが2020年に、アメリカの全米広告主協会の「SeeHer(※)」と共同で、自動車会社フォードの手掛けたオンラインキャンペーンがあります。
※広告やメディアにおける女性や少女に対する偏見を排除し、正しい表現の増加を目指すプロジェクト。ジェンダーバイアスを測定する独自の指標「GEMスコア(Gender Equality Measure)」を開発した。
このキャンペーンでは、出演者に黒人女性のロールモデルを複数人起用してフォーカスを当てたほか、撮影現場に黒人の若い女性たちを招いて、彼女たちに未来へのインスピレーションを与えられるような取り組みを行いました。
Metaには、広告表現のジェンダーバイアスがないか、制作メンバーに多様性があるかまでチェックするフレームワークも全社で共有されています。
こういった知見を、日本でも生かしていきたいですね。
執筆:有馬ゆえ
撮影:森カズシゲ
デザイン:小谷玖実
取材・編集:中道薫