2023/1/27

テクノロジーが実現する「見えない価値」の作り方

NewsPicks Studios Director
新型ウイルスの影響によって消費者の生活が大きく変わったのは言うまでもない。リモートワークの一般化で、住まいと職場の境界はあいまいになったうえ、快適な空間づくりにおいて、目に見えない「空気」の存在感が増している。
これからは、ウイルスとも共存していく時代。「空気づくり」はどのような進化・発展を遂げていくのだろうか。
2000年より「森林の爽やかな空気を人工的に生み出す」新しい空気清浄機としてプラズマクラスターを開発し「空気」の価値向上に挑戦し続けているシャープとともに、新しいイノベーションの可能性を探る。

プラズマクラスターは エアコン普及による「危機感」から生まれた

––そもそもプラズマクラスター誕生には、どのような背景があったのでしょうか?
プラズマクラスターが誕生した2000年より前、シャープの季節商品事業は石油ストーブが主力でした。ところがエアコンの普及に伴って、その事業の柱はどんどん力をなくしていきました。
そこで、新たな技術や商品を生み出そうと考えたのが、空気清浄機に搭載するプラズマクラスターだったのです。
たいていの方は「きれいな空気」をイメージするとき、森や山、滝など、大自然を思い浮かべると思います。そうした環境の空気について調べてみると、プラスイオンとマイナスイオンのバランスがよいうえに、イオンの総量が多かった。
ならば空気中のイオンを増やすことで、どこにでも森の中のように「きれいな空気」を、人工的に作り出せるのではないかと考えたわけです。
ちょうど、当社が石油ストーブに使っていた技術を応用することで、空気中のイオンを人工的に作り出せること、さらに検証を進めていくにつれ、菌の抑制にも効果が見られることがわかりました。
従来の空気清浄機は、汚れた空気をフィルターに通してろ過するので、部屋の空気をきれいにするまで時間がかかりました。
「森林の爽やかな空気を人工的に生み出す」アイデアから、初代「プラズマクラスター」が誕生した。
でも、同時にイオンを空気中に放出するプラズマクラスターなら、ぐっと効率的に空気を浄化できます。攻めと守りのアプローチを実現するこの「アクティブな空気清浄機」は、業界にとっても新しい提案でした。
––フィルターろ過式の空気清浄機が主流のなかで、今までにない試みにチャレンジしていく、シャープの社風が感じられます。
シャープには、「人に真似されるものを作れ」という創業者の言葉が示すように、人と違うことをやろうとするアイデンティティがあります。新製品をつくるときにも、常に「どうしてうちがこれをやるの?」と問われ続けますから。

「アクティブな空気清浄機」その仕組みとは?

––プラズマクラスターは、どのように「きれいな空気」を生み出しているのでしょうか。仕組みをお伺いしたいです。
電極に高電圧をかけて「プラズマ放電」を起こすことで、空気中の水と酸素から、自然界と同じ水素のプラスイオン(H⁺)と酸素のマイナスイオン(O₂⁻)を発生させます。
このイオンは単体だと飛びづらい性質を持っているのですが、周りに水分子を集めることで、安定したクラスターイオンに変身します。そして、空気中を浮遊していきます。
プラズマクラスターイオンは菌やウイルス、カビなどの表面で酸化力の強い、OHラジカルに変化し、表面のタンパク質から、水素を抜き取ることでその作用を抑制します。ニオイについても同様の原理で作用を抑制します。
また、プラズマクラスターイオンは、プラスイオンとマイナスイオンによって、「+」「-」の両方の静電気を除電することができます。
我々の周りにある粒子や家具・テーブル・壁なども「+」や「-」の電気を持つ性質があり、両方の静電気を除去することで花粉や微細なホコリなどが壁や家具などに付着するのを防ぎ、フィルターで捕集しやすくしてくれます。

「目に見えない価値」の信頼性を高めるために

––これまでなかった技術のメカニズムや機能を世に伝え、製品を広めていくのは、とても難しそうです。
確かに、技術のメカニズムをすべて説明しきれるかといえば、なかなかそうはいきません。お客様にとって関心があるのは、やはり「効果」です。
でも、空気の効果はどうしても目に見えないし、「自分たちで言っているだけ」「メーカーは自分の製品を良く言うよね~」となってしまう。
だから私たちは、第三者機関でも実証実験を重ね、オフィシャルへの研究発表をしていただくことで、技術の信頼性を高めてきました。この取り組みは、プラズマクラスターが誕生した20年ほど前から、ずっと続けています。
–「目に見えないもの」の価値を伝えるための取り組みですね。
同じように、製品自体でもその価値を「見える化」することにはこだわってきました。温度・湿度・ほこり・ニオイ・PM2.5といったさまざまな要素に反応するセンサーを搭載し、空気が汚れていたら赤、きれいになったら緑のランプが点灯するようにしています。
空気の状況は音声でもお知らせします。お客様の生活に寄り添う存在になれるよう、英語や中国語、関西弁へのモードチェンジも可能です。
空気清浄機能だけでなく、音や光によって空気の状態を知らせる方法も、長年にわたって試行錯誤されてきた。
要するに、空気の状態やプラズマクラスターの働きを、目や耳でもキャッチできるように、五感に訴える表現を心がけています。
わかりやすく効果を伝えるデモンストレーションやSNSなどの動画もそうです。目に見えないものだからこそ、信頼していただくためには、そうした細やかなアプローチが大切だと考えています。
2017年からはネットワーク接続機能も搭載し、スマホやタブレットからの操作も可能になりました。フィルター交換時期などもお知らせしてくれるので、メンテナンスにも便利です。

「清潔・快適」だけではない、これから挑む「見えない価値」その先

––新型ウイルスの影響で「空気」への関心は高まるばかり、ウイルスとの共存は場所を問わず必須課題になってきました。BtoBにおいては、今後何が求められると感じていますか?
まずは、これまでもやってきた「目に見えない効果をいかに示すか」という点ですね。
これまで進めてきたBtoCでは、イオン濃度が上がれば「効果」が上がることは分かっており、空気清浄機では、使われる部屋の中心で1㎤あたりどのくらいのイオン個数があるかを公表すること、つまり実空間でのイオン濃度にこだわってきました。
BtoBでは、お客様個々の状況に合わせることが求められますので、事前に設置したい場所の情報を頂いて、どこに何台の製品を置くとどのくらいのイオン濃度、そして効果が見込めるか…といったシミュレーションを実施しご提供しています。
また、家庭以外のさまざまな場所に導入が進むにつれ、製品を「いかに手間をかけずに利用できるか」がポイントとなってきました。BtoBの領域では、家庭より広い場所や部屋数が多い場所で使われることがあります。
たとえば病院や福祉施設で、各個室を回らなくても、ひとつのモニターから空気の汚れや温湿度をチェックしてすぐに空気清浄機を操作できるようになれば、現場の手間が大きく抑えられます。
そういう点で、我々の空気清浄機は通常のWi-Fi環境でネットワークに繋がり、複数の空気清浄機を1つののアプリケーションでまとめて管理することが可能です。大規模な工事も必要が無く、皆さんがお店で買える商品でBtoBに展開することができ、経済的なメリットも出ると思います。
もちろんBtoC向けの商品活用だけでなく、他社様と協業し、プラズマクラスターのデバイスを車や新幹線等の電車、バス、エレベーターのような移動空間の空調システムに組み込んでいただくことで、きれいな空気を提供している事例もあります。
––市場や時代が変わるにつれて、プラズマクラスターが提供していきたい価値も変わっていくのでしょうか。
プラズマクラスターの提供価値は、「清潔」「快適」と考えており、そのものの軸は変わりません。でも、そのアプローチ先である「空気」というもののとらえ方は進化していくと思います。
たとえば、空気がどれだけきれいになったとしても、そこに生きている人間そのものが「快適」でなかったら、目的は果たしきれていません。「快適」な空気をつくりだした先で、そこにいる人間そのものを「快適」な状態にする。本当の意味での「清潔」や「快適」を突き詰めていくと、人へのアプローチも必要になってくると考えているんです。
––人に対するアプローチ、とは?
たとえば、2017年に登場した「プラズマクラスターNEXT」搭載の空気清浄機で実証した新たな効果です。
「プラズマクラスターNEXT」シリーズ
従来機では1㎤あたり7,000個や25,000個だったイオン濃度を、自然界をはるかに上回る50,000個以上にまで高めたことで、集中力を維持しやすく、ストレスが溜まりにくい環境をつくる*ことを実証しました。
空気を清潔・快適にするのは前提として、人に対する“プラスα”の価値を付加しているといえるでしょう。
今までは「空気の中にある困りごと」を見つけ、マイナスからゼロの状態に改善してきたけれど、今後はゼロからプラスの価値を提供していくことが大切になります。
そこを体現する製品なので、未来に向かっていく「NEXT」という名を冠しました。ハイエンドモデルながら世の中の需要も高い製品です。
* 約20畳の試験空間における約8時間後のKI-RX100/PX100/NP100での効果であり、精神的ストレスの予防・治療などの効果を保証するものではありません。
––菌やウイルスを抑制するだけでなく、心地よい環境づくりの要素としても、空気が注目されているんですね。
空気に関してはまだ「関心が薄い」という方が多いのが現状と考えています。私たち人間は1日に約2.5キロの水分と、約1.5キロの食べ物を摂取していると言われたりしますが、一方で、空気は1日で約15キロも取り込んでいると言われています。
人間が最も多く身体に取り入れているものは、空気なんですね。だからこそ、私たちがもっと真剣に取り組んでいかなければならない課題だと思っています。

時代の変化の中で「見えない価値」を提供しつづけるためには

––プラズマクラスターの変わらない価値を提供し続けるために大事なことは、何だと思いますか?
愚直に継続することでしょうか。プラズマクラスターというものは、結局ひとつの「ソリューション」です。この20年間、いつも世の中の困りごとに寄り添うかたちで開発を重ねてきました。
たとえば、花粉やハウスダスト、PM2.5、昨今であればウイルスなど、空気の困りごとは時代によって、注目される課題が変わります。その波を受けて、都度プラズマクラスターの効果を検証し、ニーズのある機能を提供し続けてきました。
困りごとを見つけ、そこに対して1つずつ解決策を提案していくというアクションを、愚直に継続していくこと。ここからは「プラスα」の価値も目指していくことになりますが、基本の姿勢は変わりません。
––困りごとを敏感にキャッチアップし、真っ向から向き合い続ける。なかなか難しいことのように思います。
でも、時代や地域によって変わる困りごとに対して、我々の技術や商品がどうお役に立てるかを考えてご提案するのは、面白いですよ。
たとえば、東南アジアの「蚊」。現地の方々があまりにも蚊が多いと困っていたので、蚊の習性を学び、それに即した製品仕様を組み込み、約60回、計1万匹以上もの捕獲試験をして、空気清浄機で蚊を取り込めるようにしました。
この黒色も蚊が黒に寄って来るからです。プラズマクラスターイオンの技術とは、直接関係ないのですが……(笑)。
ASEAN地域向け機種FP-FM40に初搭載。現地の「空気の困りごと」にアプローチした。
また先週、アフターコロナの新しい提案を考えるために、東南アジアに出張してきました。タイやフィリピンでは、湿度が高く住居内のカビも大きな問題です。ちょっといい洋服やバッグを家のなかに置いておくと、うっかりカビを増殖させてしまうことが多々あります。
カビを防ぐためには、湿度を70%以下まで下げることや、空気中を浮遊しているカビの胞子や、餌となるホコリやダニの死骸をなくすことが重要ですが、エアコンで湿度を下げただけでは、対策としてまだ弱い。
カビの胞子や餌を減らすために、空気清浄機も置いたほうが良いわけです。商談でこの話をすると、みなさん非常に納得してくださいます。
不動産業のクライアントにも、この話は有効です。あらかじめ部屋にエアコンを設置している物件は多いかと思いますが、さらに空気清浄機の追加をおすすめしています。
部屋のカビが増殖すると賃貸物件の価格が下がってしまうため、カビを防ぐための条件としてご説明すると、とてもロジカルに商談をすることができます。
––空気ひとつが、不動産などの経済活動まで波及するケースがあるんですね。
日本だと家電は入居する方が買うものですが、国によっては住居設備として元から備え付けられているんですよね。そうすると、同じ空気清浄機でも販売時のアプローチが違うわけで、困りごと自体の視点も変わってくる。
製品の機能や我々の持てる知識を組み合わせて、最適な商談のストーリーを組み立てていくのは、なかなか面白いです。
––最後に、プラズマクラスターの今後について展望を聞かせてください。
このブランドが目指しているのは、市場や時代が変わっても同じ「清潔」「快適」という価値を提供し続けることです。そのためには今後、アプローチを多方向に広げていくことになるでしょう。
同じ価値を生み出せるのならば、極端な話、つくるものは家電じゃなくたっていいのかもしれません。「プラズマクラスター」というブランドが示しているのは「提供する価値」であって、提供するための方法論ではないからです。
価値をどう提供していくか、どう表現していくかという考え方をすれば、裾野は大きく広がるので、まだまだできることがたくさんあります。
もちろん違う手段を模索するのは簡単なことではないけれど、まったく違うものをつくることになったら、それはそれで面白いですよね。

プラズマクラスターが掲げる「今日も、いい空気と。」

ーどんな時代や場所にも「いい空気」をつくりだすために、シャープはさまざまな困りごとに寄り添いながら技術を磨き、その価値が伝わる方法を考えてきたことが、今回の取材を通して感じられました。
「目に見えないものの価値」を信じてもらうための積み重ねが、プラズマクラスターの揺るがぬ効果の信頼につながっているのかもしれません。