2022/12/28

わが社はこうした。ワーケーションの賢い導入法

News Picks Brand Design Senior Editor
 コロナ禍や社会全体の働き方に対する見直しの気運に後押しされ、テレワークの浸透や地方移住、フレックスタイム制など、仕事のあり方の多様化が進んでいる。
「長時間労働の是正」「正規・非正規間の格差解消」「多様で柔軟な働き方の実現」の3つを軸に、官民一体となってさまざまな施策が進んでいるなか、新しい働き方の一つとして注目されているのが、「ワーケーション」「ブレジャー」だ。
「ワーケーション」とは、ワークとバケーションを合わせた造語で、「ブレジャー」はビジネスとレジャーを合わせた造語だ。
 どちらも短期的に都心部を離れて働くことで、様々なメリットが享受できるという。
 2018年から2拠点生活を始め“自由で柔軟な働き方”を実現している一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事の石山アンジュ氏と、ワーケーション制度を導入した(株)SmartHRの副島智子氏、富士通(株)の赤松光哉氏に導入のメリットを伺った。
シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを提案する活動を行うほか、政府と民間のパイプ役として規制緩和や政策推進にも従事。政府の委員なども多数務める。ミレニアル世代のシンクタンクPublic Meets Innovationを設立。ほか、コメンテーターや新しい家族の形を広めるなど幅広く活動。大分と東京の二拠点生活を実践中。著書に『シェアライフ-新しい社会の新しい生き方-』

すでに「自由に働く」ためのインフラは整っている

──石山さんは東京と大分の二拠点生活をされているそうですが、どんな働き方をされているんですか?
 実は、今は4拠点で仕事をしています。東京と大分、それに仕事の関係で大阪と福岡にも毎月滞在しています。
大分県にある石山氏の拠点付近の様子。自然のなかに身を置くと、情報過多な状態に晒された脳が少しずつリフレッシュしていくのを感じるという。
──なぜ、そのような働き方をしようと思ったのでしょうか。
 新卒で入った会社で、大手企業の採用や人事制度や働き方に関する仕事をしていたのですが、その際に違和感を覚えたんです。
 日本企業の場合、転勤や採用などによって、個人の暮らす場所や働き方が企業の論理で左右されてしまいますよね。
 それに身を委ねてしまうと、さまざまな場面で人生の選択肢を狭めてしまうかもしれません。
 個人と企業がもっとフラットな立場で仕事ができる働き方はないのか、個人が自由に時間や場所に囚われない働き方ができないのかを求めて、スキルのシェアリングサービスを運営するクラウドワークスに経営企画として転籍しました。
 その後、シェアリングエコノミーを通じて、会社員を辞めて家族で日本一周をしながら働く生活を選択した方や、子育てをしながら家でライターやデザインの仕事を始めて独立する方たちと実際に出会い、こうした働き方が、これからより多くの人にとって新たな選択肢になると確信しました。
──石山さんご自身は、多拠点生活を始めてみていかがですか。
 大分の家は自然が99、人間が1%みたいな場所です。パソコンを閉じたら、常に自然が目の前にあるんです。
 自然からもらう癒しは、私にとってものすごく大きいですね。
 綺麗な夕日が見られますし、タヌキや鹿などの野生動物も出るし、夏はホタルも見られます。
農作業を行う石山氏。夏はホタル蛍がたくさん出る自然豊かな地域で、大根などを栽培しているという。
 近くに温泉があったりするので、体を大事にできる環境にもありますし。
 また、都会にずっといると気づきにくいのですが、情報過多でないことも大きな癒しです。都会にいるときは、さまざまな広告が目に入ってくるので、頭が常に忙しくなってしまいます。
 自然のなかにいると、そういった情報の波から離れて、頭を休めることができると感じています。
 実家は大分空港から自動車で2時間半という場所にありますが、インターネット環境さえあれば、仕事上は特に困らないですね。
──場所を選ばない働き方が、ここ数年で実現しやすくなりましたね。
 そうですね。特にコロナ禍もありリモートワークが普及したことは大きい。
 以前は「多様で柔軟な働き方」といっても、それができるのはエンジニアやライターといった一部の仕事に限られていました。
 しかし、コロナ禍を経て、オンラインで仕事をする社会的インフラが整ってきましたし、「ワーケーション制度」のような一時的に地方で働くための社内ルールも整備されつつあります。
 また、移動手段はカーシェアリング、宿泊先はシェアハウスや、別荘のサブスクのようなものが普及してきています。
デジタルインフラさえ整っていれば、どこでも働けるようになったと感じます。
 働く側の視点から見れば、社会全体が変わっていくなかで、出勤場所が自由に選択できなかったり、休みが自由に取れなかったりする企業は、就職先として選ばれにくくなるかもしれません。

脱“東京中心視点”で開ける視野

──場所や時間を選ばず、自由に働けるメリットはなんでしょうか。
 柔軟に働けるということは、柔軟に生きられるということでもあります。
 働く場所をたとえ数日だけでも自由に選べれば、介護や育児など個々の家庭の事情に合わせて働くことができます。
 ビジネスという観点でいうと、社員の視野が広がるというのが大きなメリットでしょう。
「いつもの仕事を数日だけ地方でやってみて、夜は現地の人と交流する」、たったそれだけで、社員の視野はすごく広がるのではないでしょうか。
──確かに、東京や大阪のような大都市にずっといると、あたかもそこが日本の縮図のように錯覚しがちです。
 そうですね。
 しかし、実際にそれ以外の地方に出かけてみると、むしろ地方の方が日本全体の平均なんじゃないかと気づくはずです。
 例えば、東京ではここ数年で「副業が今後のトレンド」として注目されるようになりましたが、地方には農家をしながら運転代行をするとか、運転代行をしながら土木屋をするとか、いわゆるパラレルワーカーのような方が、すでにいっぱいいるんですよね。
 SDGsに対する意識に関しても、例えば地方にいる人たちの方が自然に慣習や地域文化の中で、自然の生態系を深く理解している人が多く、環境に対する向き合い方など、気づきを頂くことが多いです。
 現地の人と交流するためにも、ビジネスホテルに泊まっていたらもったいない。
 できるだけスナックとか古い飲み屋とかに飛び込んでみてほしいですね。
 そうすることで、地域のリアルな問題や、新しい世界に出会うことができますし、それが活動のヒントになることも多いですね。
 地域の人と交流できるように紹介をしてもらったり、イベントに顔を出したりして、地域の良さを知り、地域とのコネクションを作っていくような時間の過ごし方をしています。
 地元の方とつながりを持てるのは、ビジネスを抜きにしても楽しいですよ。
──企業側にもメリットはあるのでしょうか。
 あると思います。
 ワーケーションを通じて、複数の組織や多様なコミュニティと接点を持つ人材が増えるのは、事業全体にとってもプラスです。
 会社の名刺だけでは接点を持てないような、いろんなネットワークを持った人材が会社内でどんどん育っていくことが、企業においての重要な資産になるでしょう。
 自分も地方出張の際には、なるべくホテルを使わずにシェアハウスやゲストハウスなどを利用しています。そこで交流できる人との縁が、仕事になることもあるんです。
 また、地方で現在起きている課題が、今後東京をはじめとした大都市にも押し寄せてきます。すでに課題に直面している自治体を訪れてみることで、どんな課題があり、自社に何ができるかという課題発見につながるはずです。
  • 柔軟に働けるということは、柔軟に生きられるということ
  • 自由に働くためのインフラが整ってきた
  • 地方に短期で行くだけでも、視野は大きく広がる
 SmartHRはクラウド人事労務ソフトを開発している急成長企業だ。ベンチャーIT企業でありながら、2020年まで週5日の出社が必須だった。
 そんなSmartHRが2021年よりワーケーションを導入し、社員の働き方の柔軟性が劇的に向上したという。ワーケーション導入までの経緯と、現在の運用についてお聞きした。

「出社必須」のIT企業は、なぜ変われたのか

──もともとリモートワークも一切やっていなかったそうですね。
 そうなんです。
 以前は「オフィスに集まって議論をする方が生産性が高い」と思っていたんです。
 リモートワークを導入したきっかけは、東京オリンピックに際しての混雑緩和とコロナ禍でした。
──そこからなぜ、ワーケーションをやることになったんですか?
 リモートワークについては、コロナ禍の緊急事態宣言に合わせて逐次延長するという方針をとっていたのですが、2021年7月に「社員のためにもコロナ対応に準拠した労働規則に整備し直そう」と決めました。
 そのなかで、社員のなかから「ワーケーション制度を入れてほしい」というリクエストが上がってきました。
 当時はみんな経験もないし「よく知らないけどやってみたいよね」ぐらいの感じだったんです。
 弊社の発想はすごくシンプルで、「ワーケーション=自宅を一時的に移動させる」という制度です。
 コロナでリモートワークを1年続けたときに、私たちの業種はパソコン1台あればどこでも仕事はできる、Zoomなどのオンライン会議の場合、背景画像を入れてしまえば、自宅なのかオフィスにいるのかなんてわからないと気づいたんです。
「だったら、どこで仕事をしていても問題ないのでは?」と考えたことが制度の根底にあります。
 以前はセキュリティ上、パソコンを自宅から持ち出しての仕事はNGだったのですが、自宅を一時的に別の場所に移動させるという考え方と、ネットワークの安全性に関するルール整備をして、温泉街でも実家でも仕事できるようにしようと制度をスタートさせました。

夏は沖縄、秋は京都で紅葉を見ながら

──実際に制度はどのように使われていますか。
 親の介護や子供の面倒を見たい、妻の里帰り出産に同行したい、という目的で使っている人が多いですね。
 一番多いワーケーション先は実家で、全体の7割を占めています。
 もちろん、秋は京都の紅葉を見ながら働いて、夏場は沖縄で働くといった社員もいます。
「妻の出産に立ち会えて良かった」とか「日本の四季を堪能しながら働けて楽しい」といった声が上がっており、社員の幸福度の向上に直結していると感じています。
──企業側のメリットには、どのようなことがありましたか。
 休むことのハードルが下がったと思っています。
 例えば2週間、休みを取るときに「パソコンを持ち出せません」というルールだと、社員も丸々2週間分のタスクが溜まってしまうし、部内も引き継ぎにかなりの労力をかけなければいけません。
 しかし、出先でパソコンを触れる環境にしたことで、そうしたストレスがなくなりました。
 もちろん、有休はしっかり消化してもらっていますが、「パソコンを出先でも触れる環境にしておくワーケーション」という制度があることは、休む上での安心感にもつながっていると感じます。
 また、都内に住んでいる人が気分転換にホテルで仕事をして、ホテルからオフィスに出社することも可能です。
 自宅を移動させるという考え方なので、この場合はホテルを一時的に自宅扱いとしているため通勤手当の考え方もシンプルになります。
 導入を不安に思われる企業の担当者の方もいらっしゃるかもしれませんが、漠然とした不安を言語化して、大きく何が課題になるのかを洗い出すことをオススメします。
 最初から「旅先での労災はどうするんだろう」とか、不安を数えていたらいつまでたっても導入できません。
 また、ワーケーション先で想定外に仕事ができなかった場合、従業員は仕事ができないことを問題視することがわかりました。つまり、従業員はワーケーション先でしっかり仕事をしようとしているんです。
まずやってみてから出てきた課題を精査する方が理にかなっていると思います。
  • 考え方を変えれば、導入は難しくない
  • ワーケーションは社員のQOLを上げる
  • 大きな課題を洗い出してシンプルに始めると良い
 日本のレガシー企業のなかでも、いち早くワーケーションに積極的に取り組んでいるのが富士通だ。一連の働き方改革の延長として導入し、自治体とも連携した各種プログラムを社員に提供している。そこには大企業ならではの課題意識も隠されていた。

大企業ならではの危機感から始まった

──富士通のような規模の大きな会社が、先陣を切ってワーケーションを取り入れる理由はなんでしょうか。
 2020年の7月から、働き方改革をWork Life Shiftという名前で進めています。
 仕事だけでなく社員の生活、ライフの部分も充実させていきたいという思いと、企業文化を根本的に変えなければいけないという思いで進めています。
 これをやらないと会社として生き残っていけない、という覚悟を持って進めています。
──今までの企業文化とはどんなものでしょうか。
 今までは、お客様からいただいたオーダーを、正確に品質よく、納期通りに、できれば安く納めるということを重要視してきました。
 でもこれからはそもそもお客様が何に困っているのかとか、何を望まれているのかをお客様と一緒に考え、解決するというふうに変わっていかないといけない。
 そのために、社員が指示を待つのではなく、自律的に一人一人が行動していくような集団になっていかなければ、という思いが強くありました。
──自律的な社員を育成するにあたって、最初に手を付けたところはどこでしたか。
 人事制度ですね。
 社員が働く場所や時間をフレキシブルに選択できるという制度を整えました。
 ワーケーションのタイプについて導入を検討したのも、こうした一連の改革の流れの中でのことです。
 制度としては各個人が独自に行うウェルネス型と、会社が自治体などとプログラムを作ってそこに参加してもらう合宿型があります。
 合宿型の場合、自治体の担当部署と事前に連携して、1カ月半ほどかけてプログラムを作ります。
 自治体としては、「地域のファンになってくれる関係人口を増やしたい」という地方創生的な側面もあり、積極的に協力してくださっています。

参加後に変わった社員の姿勢

──実際にワーケーションを導入してみて、印象的だった出来事を教えてください。
 やはり社員の仕事に対する姿勢が変わります。
 行った先で地域の方とつながってみて、帰りのバスなどで「これってうちのビジネスになるんじゃないの」とか「うちのソリューションを提供すれば、あの問題は解決するんじゃないの」なんて話し合っている社員が結構いるんですよね。
 例えば、魚市場で働く方々は、市場でカツオやマグロの鮮度を確かめるときに、しっぽの先をちょっと切って、その断面を見て判断しているらしいんです。
 テレビなどで市場の様子として報じられることもある光景ですが、現地で話を聞いてみると「これ結構当てが外れるんだよ」とのこと。
 それを聞いて、「うちの技術ならもっと魚を傷つけずに中身を正確に確認することができるんじゃないか」とビジネスにできないか話し合っている社員がいました。
ワーケーション中の富士通社員。通常業務のほか、地元自治体とのワークショップなども行う。
 やっぱり生の声で地域の人が困っているっていうのを聞くと、こちらとしても何かしてあげたいというモチベーションが湧くんですよね。
 そこから事業のアイデアが生まれていく。
 おそらく普通に言われた業務だけやっている社員だったら、「これはビジネスになるな」みたいなことを自主的に考える機会はあまりないと思うんです。
──地域のファンになったからこそ湧いてくるアイデアですよね。
 そうですね。
 それが結果的に会社が求めている、自律的に考える社員の育成につながっていると感じています。
 ただ、こうした成果は体験してみないと感じられない部分が多いかもしれません。
 まずは経営者や推進しようと思う人たちが、実際にやってみて制度の是非を判断してほしいですね。
 体験談は思っている以上に効果的です。
 弊社の場合、社内のSNSでワーケーションの体験事例が共有され、参加の後押しになっています。
 現在は全国9つの自治体と連携し、今や社内公募の倍率は毎回20倍以上。
 社員の変わりようを思えば、「会社のお金で旅行に行ける」という動機での参加でも私どもとしては嬉しい限りです。
  • 制度を通じて、自律的な社員が育つ
  • 社員同士のつながりも生まれる
  • 地方創生にもつながる